11 警邏 その2
「あぁ、腹減った……」
「本当、もうお昼過ぎてるじゃない……」
午前の業務が押してしまい、実際に昼休憩に入ったのは、正午をだいぶ過ぎた頃になった。
食い逃げ犯を詰め所に連行した俺達だが、今度はスリだの喧嘩だのひっきりなしに問題に対応することとなってしまったのだ。
そして気づいたらこんな時間だ。
「とりあえず、そこの喫茶店でいいよな?」
「さんせー」
俺とエリィは疲れた体を押して、近くのオープンテラスの喫茶店へと入った。
食べ物の注文を終え、ひとまずの休憩を取る。
「はぁ、まったくあのスリ犯、往生際が悪いんだから……」
「まぁまぁ、ああいう奴は犯した犯罪をとぼける奴も多いよな」
店員に出された水を飲みながら、業務中に起こった愚痴を同僚とこぼし合う。
こんなひとときの時間が結構至福なんだよな。
「……それで、あんた、その……どうなのよ?」
「どうなのって?」
「お姫様との……アレよ」
「あぁ……」
その質問に、俺は水をがぶ飲みしながら。
「なんか俺、あいつを怒らせたみたいなんだよな……」
「へ、へぇー、そうなの……そっかそっか、それは残念ね」
残念ね、と言いながら、どこか声が弾んでるエリィ。
こいつ、なんか嬉しそうにしてやがるな。
人の不幸が自分の幸せって言うような、性格がアレのような奴だったのか?
「まぁ、それであんたが極刑になったら、墓参りぐらいには行ってやるわ」
「シャレにならねぇよ……」
なんでみんなして同じこと言うんだよ。
俺の不幸がそんなに面白いことなのか!?
まぁ、俺とシシィにはかけがえのない絆があるから、そんなことで壊れない、はず。
「ふみゃー」
「お、猫だ」
黒い猫がこちらへと歩み寄って来た。
「――おっ」
すると俺の膝へと乗っかり、寝転がってしまった。
「いいなぁ、猫は気楽で。そこら辺に寝転がれるんだから」
「何言ってんのよ、あんたは……」
ひざ上の猫の生暖かい感じが、なんだか癒されるというか、ウトウトしてしまう……。
「ふぁあああ……なんか眠くなってきた……」
午前の疲れからか、なんだか瞼が重くなってきた。
「ご飯がまだ来てないから、それまで少し眠ったら? 来たら起こすわよ」
「あぁ……」
やれやれ、とエリィの半ば呆れ気味な声が聞こえてきて、それから眠気に身を委ねた。
〇 〇 〇
気づいたら、周りは暗闇だった。
「こっち、こっちだにゃ~」
誰かがこちらに手招きしている。
顔は見えない。でも声からして女の人って感じがする。
「こっち、こっちへおいで~」
俺は女の人の声の方へと歩み寄って来た。
「こっちへ来て、みゃーに身をゆだねるにゃ~」
何を言っているのかは分からない。だけど自然と足だけが声の方へと向かう。
「おっ、なんかお前、いい男だにゃ!! これは運命かにゃ!? お前! お前がいいにゃ!! お前に決めたにゃ!!」
なんか女の人の声がやけに興奮気味になっている。
だけどそれがなぜなのかは分からない。だけど足だけは声の方へとどんどんと歩み寄っていく。
――きなさい。
それとは別に声が聞こえてきた。
「なんにゃ? この声は?」
――起きなさい。
うるさいなー。今いい所なのに
「うるさいにゃー。今いい所にゃのに」
俺と女の人の声が重なった。
――いいから、起きなさい!
うわっ!?
「ふにゃーーっ!!」
謎の声の怒鳴り声で、俺と女の人の声が、同時に悲鳴をあげた。
〇 〇 〇
「こら! あんた! 起きなさい! もうご飯がきたわよ!」
「え!?」
気づいたら机に伏せていた俺。
何していたっけ?
「もう! ご飯が来たから起こしてあげたのに、なかなか起きないし。なに休憩中に寝入っちゃってるのよ!」
寝ていた……?
あぁっ! そうか! 俺、眠いって言って、ちょっと寝ちゃってたんだった。
気づけば、テーブルの上には注文していた飯が来ている。
すっかり寝ちゃってたな。陽射しがまぶしいぜ。
「あれ?」
そう言えば、寝る前猫が俺の膝上にいたような……?
「猫なら私が声を掛けた時に、どっかに行っちゃったわよ」
そうか、行ったのか。結構温かくて、猫がひざ上にいる感触が好きだったのに。
「それより、ご飯食べましょう」
「そうだな」
そして俺達は飯を食べ始める。
しかし食べ始めて数分後、気づいたのはエリィだった。
「ね、ねぇ、あれ……」
「ん?」
エリィが指さした先には、建物の陰になんか怪しげなコートに身を包み、帽子を深くかぶり、サングラスをした女性の姿が。
って言うか、あれって……。
「……何をやってるのかしら、うちの姫様は」
「さ、さぁ……?」
バレバレな変装で、すぐにシシィだと分かる。
って言うか、周りの人も不自然な変装のせいか、シシィを避けて歩いてるし。
しかも決定的なアレ! ミリエラ姉さんがいつものメイド姿でシシィの後ろに待機しているし! 絶対隠す気ないだろ、アレ!
「まぁいいわ。さっさとご飯を食べましょう」
「あ、あぁ……」
俺は見なかったことにして、ご飯を食べ始めた。
なんだか、シシィに見られて(監視されて)、飯の味が全くしない。
「ほらほら、早く食べないと、午後の業務に差し障っちゃうわよ」
そう言って、エリィが俺の口の中にどんどんと飯を放り込んでいく。
バキッ。
「ひぃぃ……」
シシィのいる方で、何かが壊れる音がして、思わず悲鳴を上げてしまった。
冷や汗がだらだらと流れる。
そりゃそうだろう。シシィから見たら、俺達「あ~ん」ってしているように見えるだろうから。
それにエリィもなんかニヤニヤしながらやってるし。
きっと分かってやっているのだろう。こいつ!
エリィが俺の口にどんどんと飯を放り込んでいくわ。そのたびにシシィのいる方向で何かが壊れる音、そして人々の悲鳴が聞こえるやらで、全然食べた心地がしなかった。
あぁ、休憩のはずが、余計疲れちゃったよ。
そして食べ終え、会計の為に椅子から立ち上がった。
やっと休憩が終わった。休んだ心地がしなかった。
会計を終え、店を出る。
「……うわぁ……」
まだ見てるし、シシィ……。しかもなんかすっごく怖い顔で。
姫様が部下の様子をここまで見てるって事は、よほど俺の勤務態度が信用ならないのか? 俺はこれでも必死にやってるつもりなんだけどな。
「あっ、そうだ!」
一緒に歩くエリィが何やら思いついたのか、声を上げた。
なんだ? シシィの監視から逃れる方法か?
でもなんかイヤラシイ顔を浮かべているのが、とても気になるんだけど……。
「えいっ」
何を思ったのか、エリィが俺の腕に級に抱きついてきた。
「はぁっ!?」
「あぁっ!?」
遠くにいたシシィと驚きの声が重なった。
何をやってるんだ、こいつは!?
「ふふふ、これであの姫様はどんな反応をするのやら」
抱きついてきたエリィがすごく楽しそうな笑みを浮かべながら、シシィの方を見ている。
俺も恐る恐るシシィの方を見やる。
「うわぁ……」
シシィがミリエラ姉さんに羽交い絞めされながらも、今にもこちらに襲い掛かりそうな感じになっている!?
ミリエラ姉さんがこちらに顔を向けて、頭を下げている。そして口をパクパクさせている。なんて言ってるんだ? 「こちらは大丈夫ですので、お仕事に戻ってください」って言ってるような気がするけど……。
「ふふふ、あんな反応もするのね、うちの姫様は。なんかスッキリしたわ!」
いまだに俺の腕に抱きついているエリィは何やら勝手にスッキリしてるし。って言うかさっきから無い胸が当たってるから、いろいろな意味で反応に困る。こんなのエリィに言ったら、せっかくスッキリしたものが不機嫌になるし……。
なんでこんなことになってしまったんだ……。
「さぁさぁ、早く仕事に戻りましょう」
「あ、あぁ……」
そして文字通り腕を引かれる形で、仕事へと戻ることに。
「うがぁあああああああああっ!!」
バキッ!
ドゴッ!
俺らが立ち去る背後では、シシィの雄たけびと共に、いろいろな物が壊れる音が聞こえてきた。
たぶん、アレの後片付けも俺らがやるんだよな……。
仕事を増やさないでほしいよ、まったく。
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