凍星
真白な、まるで冬の星みたいな色になって、あの子は帰宅した。三ヶ月前のことだ。
ワタシは、少年とともに山へ行き、錆びたシャベルで以てあの子を掘り起こした。まだ少し肉片は残っていたものの、その殆どが微生物によって分解されており、白い骨がただ横たわっているだけだった。唯一髪の毛だけはしっかり残っていて、そこには赤いリボンが解けずに結ばれていた。
「じゃ、ワタシはこの子を連れて帰るから」
「……ほんとうに、警察に言わないんですか」
「約束したからネ。ア、でも、君が自首するってコトなら止めないよ」
そう言うと、少年は、土を掘り返したからだけではないであろう汗を拭って、ワタシから目を逸らした。まァ、彼が罪を告白しようと沈黙を続けようと、ワタシには関係のないコトなのだけれども。
「帰ろうか、凛」
少女R──
去っていく紅い車を見送りながら、ぼくはぼんやりと、これからどうしようかと考えていた。まさか再びシャベルを握るとは思ってもいなかった。今度は二人がかりで、しかも掘り返すだけだったから前よりは簡単だったけれど、それでもぼくの両手はまたじぃんと熱を持っていた。
──凛とは、小学校に上がる前からの付き合いだ。彼女はよく、ぼうっとするのが好きだったぼくの手を引いてあちこち走り回っていた。手を離してと言っても無駄だったから、ぼくは諦めて彼女について回っていた。
それがいつからだっただろうか、彼女は段々とぼくに話し掛けてこなくなり、いつしかそれは無視と呼べるほどになっていった。ぼくが話し掛けようとすると、ふいと顔を背け、何処かへ行ってしまう。そのくせ、ぼくが休み時間中庭でのんびりしようとしていると、通りすがりに頭や肩なんかを叩いていくものだから、本当に意味がわからなかった。
ぼくがイヤホンで音楽を聴いていると、突然それを引っ張って、何を言うでもなく地面に棄てるなんてこともした。どうしてさ、と聞いても、「あんたのせいよ」と言うばかり。ぼくには彼女の行動が終ぞ理解できなかった。
ぼくは彼女に、文句の一つも、反抗の一つもできなかったし、する気もなかった。ぼくにはなんの取り柄もない。目立たず、誰にも迷惑をかけず、ひっそりと暮らしていきたかったから。彼女と争って、目立ちたくはなかったのだ。
「逃げてるだけでしょ」
と凛は言った。そうかもしれない、でも、それの何が悪い? ぼくは静かに生きていきたい。いきたかった。でなければ、
ぼくには物心ついたときからある衝動があった。それは、途轍もなく凶暴で、
だというのに、彼女がすべてを壊した。ぼくは彼女の挑発にまんまと乗ってしまったのだ。
だから殺した。
夜の山に呼び出して、首を絞めて殺した。彼女の息が途絶える瞬間の快感は、きっと生涯忘れられないだろう。
バレないとは思っていなかった。けれど、何故だか警察は彼女もぼくも見つけられず、二ヶ月も無駄にした。あの探偵さんが来なければ、きっと未解決のままだっただろう。
凛に名前を呼ばれなくなったのはいつからだったか。それは彼女がよそよそしく(というのは的確ではないだろうが)なったのと同じくらいだったはずだ。死ぬ直前まで、凛はぼくのことを「あんた」としか呼ばなかった。
ぼくの名前を呼んでくれる人は、もう、凛しかいなかったのに。
「あ、せめてリボンだけでも貰っておけばよかった」
まあ、許してもらえないだろうけど。さて、これからどうしようか。警察にいくもよし、黙って日常に戻るもよし。だけどぼくには、もうひとつ、考えていることがあった。
「……何の用かな? 少年」
「あの、お願いがあって」
「お願い?」
「ぼくを、助手にしてくれませんか?」
「ン? 聞き間違い」
「ではないですね」
「というかよくここがわかっ……凛のご両親から聞いたのかな?」
「はい」
探偵さんはウーンと唸って、頭に手を当てた。糸目も心なしか困っている。ぼくは、黙って頭を下げた。
「お願いします。どうしても、確かめたいことがあるんです」
すると、ぼくの頭にぽん、と少しの重さが乗った。探偵さんの手だった。
「いいよ。その代わり、こき使うからねェ」
「ありがとうございます!」
「じゃ、少年! 早速仕事だ。部屋を片付けるのを手伝ってくれたまえ」
こっちだよ、と促されて部屋の中へ足を踏み入れると、そこは雑然という言葉すら勿体ないほど散らかっていた。
「わ、あ……」
「ワタシは依頼書を読むので忙しいから、あとはよろしくネ」
ぼくは、これは土を掘るよりも大変なのでは、なんて思いながら、先ずは床に散らばっている本を集める作業に取り掛かったのだった。
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