67.ガイド日出豊国神社 向かうは彼方の大阪か

※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。

 今回は実在しないモノで1話使っちゃいました。


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 日出城の西側、元々の天守がだった三層櫓が建つ方にグルっと回って…

「これも層塔式だねえ。九州は層塔式天守多いねえ」

 ちょっと感心しつつウンザリしつつ、感想を漏らした。


「層塔式は二層づつ箱を重ねていく構造なんで、望楼式みたいに巨木を使った心柱が無い分、建て易くて地震にも強い先端技術だったんだろうね」

「でもここまで破風の無い、ビルみたいな天守ばっかだとねー。

 熊本城や柳川城の天守は綺麗だったな~」

「小倉のドンジョンはイーデスネ!エスパーニャのカステーリョみたいデス!」

「それ位がいいのかも。にしてもちょっとあの天守は装飾過多だよね」

 黒と金の元大坂城天守を見上げながら言った。


「ホント、城も天守も色々だなあ~」


 大手を出て、お隣の豊国神社へ。


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 大鳥居、そして巨大な楼門を潜り、これまた巨大な絢爛豪華な唐門を潜ると京の豊国神社を移築、改築した本殿。

 豪壮ながらも、何故か心落ち着く境内。


「日出豊国神社は、大坂の乱後官職を返上しこの地に移り住んだ豊臣秀松公が京より移築したものです。

 本殿や楼門も京のもので、付帯する御殿は大坂城の奥御殿を移築しています。


 民衆の秀吉公への信仰は篤く、ここ日出の地は一大門前町となり、多くの寄進が寄せられました。

 秀松公はこれを幕府へ寄進し恭順の意を示したため二代秀忠公を始め何代かの将軍がこの地を訪れました。

 明治には天皇陛下自ら行幸され、豊臣秀吉の功績を讃えました」


「豊臣時代の京はバブルだったから、あの貧相な禿鼠でも御利益ありと思われたんだろな」

「足利将軍が逃げて信忠公が聚楽にお住まいになり、太閤殿下に替わったと思えば徳川様の御代。

 本当にせわしない日々でした」

「私らその半世紀をピョンピョン飛んで過ごしたから更にせわしなかったしねー」

 お次さん、何気に大事な事をサラっと!


「そーしなかったら私お玉ちゃんに会った時オババサマになってしまいマシター」

「グラちゃんはおばばになっても綺麗だよきっと」

「オー!お玉チャーン!」

 ひっしと抱き合うグラ玉、何だこの芝居。


「太閤殿下も、秀松公も秀次公も、他の武将の方々も安らいでいらっしゃるのでしょうか?」

「そうでなかったら、行った先は…地獄だろうね」

「そうあって欲しくはないな」

 そう言いつつ、皆で本殿前で手を合わせた。


 何故だか、私まで戦国の英雄達と会ったことがある様な錯覚に陥った。

 その時代から今にやって来たこの4人が、もしかしたら彼らの魂をここに呼んだのかも知れない。

 思い上がりかな?


「あっちが大坂だよ」

 本殿に背を向け鳥居の方を見ると、国東半島の斜面が。

「この本殿は、大坂に向かって建てられているんだ」

 この春に訪れた、徳川の大坂城の地下に眠る織田・豊臣の大坂城。

 その天守や遺構が、この地から遥か大坂を見ているんだなあ。


「まさか太閤殿下もこんなオチは思ってもみなかったろうなあ~」

 時サンが白目で何か言った。そりゃそーだろね。


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 その後太閤の木造を見学、案の定お次さんは嫌そうな顔をして足早に去って行った。

 続く間に建つ秀松、秀次、秀長像には手を合わせ、祈っていた。

「御立派になられて、何よりでしたね」

 幼少で病弱だった頃、時サンと秀松様の世話を必死にしたお延さんも、慈母の眼差しで秀松像に祈っていた。


 続く社殿も豪華だった。流石伏見城の遺構。

 ここで徳川将軍家を饗応したのかと思うと中々不思議だ。因果応報って言うのかな?

 金屏風に黒漆塗、金細工と極彩色の透かし彫り、天井画。

 戦国末の栄華が織田豊臣徳川の移り変わりを、この九州の小さい町で語り継いでいる様だ。


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 大鳥居を出てから駅まで、駅前でみたのと同じでまるでお祭りの様な賑わいだった。

 屋台からソースの匂いが、砂糖を焼いた匂いが…

「「うまうま」」「食べてるし―!!」この食欲シスターズめ!


「アッチも瓢箪、コッチも瓢箪…」

 お次さんはウンザリしている。

「でもお宿がないのですね」

「あるけど、木賃宿くらいだね。ちょっとしたいい宿は別府まで三里先だよ」

「三里って…12キロか。今朝来た道だね」

「一応江戸時代から鉄道馬車や人力鉄道があったから往来は大変じゃなかったよ。

 参拝や食事、土産はここ日出で。宿と温泉は別府で。

 分業して二つの町は栄えたんだ」

「折角遠出するなら温泉がいいもんねえ」

 鉄道様サマだ。


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 戦国の香り豊かな日出を後に、一旦大分へ。そして久大本線を特急ゆふで2時間程で日田へ。

 日出から日田…こんがらがりそう。

「特急で駅弁もいいねえ」

 大分和牛弁当を頂きながら、大分川の谷間を眺めながらゆっくり移動。

 そして時サンは日本酒。良い御身分だねえ。

「「うまうま」」

「あんたたちさっき門前町で色々食べてたよねー」

「別腹だよ別腹ー」「ベルバラー」「グラちゃんそれ違う」


 特急は私達のトンチキな会話を乗せて川を上って行った。


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※実際の京都の豊国神社は京大仏の近くにあり、江戸時代に徳川幕府の手で入り目の前に日吉神社が建てられたため参拝が困難になり荒廃ました。

 その後明治になり明治天皇の顕彰等を経て復興しています。


 とはいえ豪壮な建築は伏見城からの移築と伝わる唐門位で、天下人の霊廟としてはつつましやかに存続しています。

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