53.お玉 島原の乱

※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。


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 私は天草で生まれた百姓の娘。

 兄弟が何人いたか解らない。半分は死んでしまったのよ。


 皆貧しいのは今までデウス様に祈っていなかったからだって。

 これからデウス様に祈れば幸せになれるって。


 だから朝起きて、ご飯の前に、寝る前にお祈りして、何日かに一度の安息日には南蛮寺に行ってミサを受けた。

 でも、伴天連という人はいつも

「日本は可哀想だ」

「日本は大名にご飯を奪われている」

 と何だか私達を何だか悪く言っている。

 だったら伴天連が私達にご飯をくれて、死んでしまった赤ちゃん達を助けてくれればいいのに。


 あまり将軍様とか有馬様とかを悪く言うと、有馬様の侍が伴天連を捕らえて連れて行った。

 伴天連は

「デウス様は見ている!我等をお救いになる!」

 と叫んだけど、それなら今助けてくれないのは何故だろう?


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 ご飯が食べられなくなった。

「有馬様が移られてしまった。松倉の殿になって年貢がきつくなった」

 と父さんは言う。

 その父さんも城の工事に連れて行かれた。

 それからは米を育て、年貢を取られ、雑草を食べる日々が続いて、弟と妹が動かなくなった。


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「デウス様がお救いになる!今ぞ幕府を討つべし!」

 村の人達に飯が配られた。私達も必死で食べた。

「松倉を討て!」

 伴天連と、侍達が村の辻で大声で叫んでいた。

 村の人達が鍬を持って、刀を持ってゼウス様の旗の後を付いて行った。


 その時、大きな音がした。怖くなって皆伏せた。

「天下に仇成す逆賊!直ちに成敗せい!」

 侍が飯を配る人達を殺した。


「下々に命ず!禁教に背き…」

 侍が叫ぶと、

「待て!それじゃ駄目だ!」

「しかし!」

「私が言うよ。あ~、皆聞いて」


 何だか変なおじさんが出てきた。


「皆は今、とても厳しい年貢の取り立てに苦しんでいるけど、その厳しい取り立てをした松倉重政はこの地から追い出された。

 これから年貢は減って、ちゃんと皆が食べられる様になる。

 それまで、徳川幕府が皆に米と魚を配る。

 だから伴天連や侍が戦いに付いて来い~!って言っても付いていかないで欲しい!」


 周りの侍達が、私達から採って行った米を村に運んできてくれている。


「戦いに行ったら死ぬぞ。

 ここに居れば、食べていける。

 だから行くな!

 皆が信じる神は、イエズス・キリストは殺し合いなど求めていない!」


 変な人だった。何て言って解らないけど、伴天連でも、侍でもない、変な人だった。


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 しかし村の人達は夜中に集まったみたいだ。

 母さんも集まりに行った。

「城の工事に連れていかれた連中を連れ戻す」

 そう言われたそうだ。


 富岡のお城を攻めると言って、私達も連れていかれた。

 母さんが「これで毎日食べられるよ」と言って。


 私達はみんなのご飯を支度した。

 初めの内は皆笑顔でご飯を食べた。

 でも、富岡のお城に私達が入る事はなかった。


 そして、私達は村があった島を離れ、島原という所へ行き、ここでもお城に入れなくて、有馬の殿様の新しいお城に入った。

 お城と言っても、お屋敷と門が少しあるだけだった。


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 毎日恐ろしい音がして、お城のあちこちがはじけ飛んで、侍や他の村の人達の頭や手足がばらばらと落ちて来る。

 眼の前に、小さい子供の顔が落ちてきた。

 私もこうなっちゃうの?

 デウス様が助けてくれるんじゃなかったの?

 この子はデウス様が殺したの?


 デウ…神さ…神って何?

 あの変な人が言った、イエズス・キリストって何だったっけ?


 数日後、みんなで夜にお城の崖を降りてコンブやワカメを採って、食べた。

「飯を食わせてくれるって言ったじゃないか!」

 そう言った女の人が刺殺された。

「デウス様を呪った罰だ!」

 そのデウス様が私達を騙したんじゃないか。


「私達は死んでもデウス様の手で天国に迎えられる。

 死を恐れる事など無い!

 最後まで戦って、殉教するのだ!」

 最初と言ってる事が全然違う!


 ご飯はどうなった?

 父さんはどうなった?


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「このままじゃ殺される。そうじゃなきゃ飢えて死ぬ。

 この城を出よう」

 夜中に母さんがそう言った。

「他の人達に言わないでいいの?」

「私達の廻りは、私達を騙したデウスを硬く信じてるんだ。話したら私達が殺される。黙って行くよ」


 そして私達は崖を降り、海沿いに逃げた。

 でも城は大きかった。

 随分走ったのに声がした。

「裏切りだ!」

 叫び声がした。「走って!」母さんが叫んだ。

「はや…」と言って母さんが倒れた。

 前を走っていた兄ちゃんが倒れた。

 私は怖くて崖にへばりついて弟の手を握って、ゆっくり這った。


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「もう大丈夫だよ」

 いつの間にか気を失っていた。

「君のお母さんも、お兄さんも大丈夫だ。

 もう戦いに係わらなくていいんだよ」


 あの、私達を食べさせてくれると言った変な人が、小さな弟を抱いて話しかけた。

 その後ろでは、倒れた筈の母さんと兄ちゃんが寝息を立てていた。


「あなたが神様なの?」

「違うよ」

「そうだよね、神様なんて、いないよね…」そう思った。

「そうかも知れないけど、私は神はいると思うよ?」


 腹が立った。

「じゃあ何であんな酷い地獄がこの世にあるのよ?!

 私だってバラバラになって死んでたかも知れないよ?!

 デウスだか仏だか知らないけど何であの子を助けてあげなかったの?」

「神様なんて誰も助けないよ?」

「じゃあ神様って何よ!!」

「この世の真理。それだけだよ。私達の生き死にや暮らしを直接良くしたり悪くする事なんて有り得ない」

「そんなもの、何の為にいるのよ!」

「人間の為に居るんじゃないよ。

 この世の道理の上に、人間が乗っかって生きているだけだ。

 その道理である神を信じるも信じないも、人次第だ」

「そんな神なんて、信じる意味ないじゃないの!」

「この世に道理はある。絶対に曲げられない真理はある。

 その真理は誰かの考えが無ければ成り立たない。

 それが神様だ。

 私はそう思うよ?」


「私達を助けてくれないの?」

「ああ。私達が助かる道は何か、それを考える導きにしかならない。

 それを決めて行うのは、結局私達なんだ」

「信じるって…何?」

「考えて、決めて、迷わず行うための道しるべだよ」


「私が頑張らなきゃだめなのね」

「そうだよ。そうすれば、前に進める」


 その日、有馬のお城は攻め滅ぼされました。

 私達は村に帰される事になりましたが、その前にお城を見せられました。


 お堀に、道に、門に、死んだ人が山積みになって。


 その向こうでは、子供達が母親と一緒に首を斬られて堀に捨てられ。


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 みんな、歌いながら、祈りながら殺されていく。

「玉ちゃん!玉ちゃん!」

「お玉!お玉!しっかりおし!」

 何だか上も下も死んだ人だらけ。

「亘様!お玉がおかしくなって!」

「玉ちゃん、御免ね。少し待ってて」

 私もああなっちゃうんだ。

 周りで何か叫ぶ声が聞こえる。


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 私は今日もご飯を食べています。

 父も母も、兄弟も元気です。

 有馬様の年貢の取り立ても普段と変わらず、皆食べていけています。


 あの変な人が家に来て言いました。

「君は京の都で、色々学んでみないか?」


 その日から、私はあの地獄から解き放たれたのでした。

 優しいお姉さん達が、南蛮人のお姉さんも、あの変なおじさんも私に色々教えてくれました。


 私も小さい子供の世話をし、読み書きを習って、小さい子に教えて、田畑の世話をして。

 皆で一緒に起きて、ご飯を食べて、読み書きを習って、お湯に浸かって、寝て。

 それでも時々、祈りの言葉が口から出ます。

「ソレはネ、玉チャンの心の言葉。嫌がらなくてもイイヨ?」

 南蛮人のお姉さんが優しく抱きしめてくれます。

 二人で泣きながら、止まらない祈りの言葉を唱えて、寝ました。


 あの地獄。あれは、本当にあった出来事でした。

 多くの人が殺されていた事も、本当にあったのです。

 でも、もうこの地上から消えてなくなったのでした。


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※徳川幕府の公的資料では、乱の生存者は投降した1名のみとなっていますが、実際は農民が多数投降したという説もあります。


※「デウス」は元々ラテン語で言う「男性神」の一般名詞であり、色々やらかした助平親父神「ゼウス」とは語源こそ同じながら特定する相手は全く別モノでした。この辺ややこしい。

 現在でも「ヤーウェ」(ヘブライ語)と言ったり「デウス」(ラテン語)と言ったり用語の統一はしていません。

 戦国時代の切支丹は唯一神をラテン語の「デウス」と称して布教していました。


※原城を発掘調査した際、堀や本丸の巨大な虎口では厖大な人骨が発見されました。乱鎮圧と「殉教」の美名の下に行われた壮大な自滅の爪痕です。

 また乱後の調査で「女も子供も死を恐れず喜んで死ぬのが恐ろしかった」との証言が残っています。

 これを殉教と見るべきか、カルト的洗脳と見るべきか。

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