49.グラシア ホラ(こんにちは)ハポン!

※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。


******


 私は日本へ行くのが嫌でした。

 地球の反対側、シャムよりシナより遠い島国なんか行きたくなかった。

 でもパパは無理やり私を連れて行った。


 しかし今では、日本が大好きです。

 私は狭い国で、カトリックでなければ殺される息の詰まるスペインを離れ、見たことも聞いたことも無い港を、人達を、言葉を、食べ物を知りました。


 同時に、人として扱われない黒人、物の様に扱われる奴隷を見ました。

 それでも彼等は逞しく、商売をする人、雇い主に叩かれながら耐えて逞しく働く人々に強く惹かれました。

 いつの間にか激しい波も乗り越えて、嫌だった筈の旅が、未知の東洋に何があるのかを夢に見る旅路に替わっていました。


 インド、シャム、マラッカ、ルソンのマニラ、シナのマカオ。


 どの港の人々も逞しく、魅力的でした。

 しかし、何かが欠けていました。それは私達商人も同じですが…

 彼らは、当たり前だけど、彼等だけの未来、それも今がそのまま続くだけの未来しか見えていない。


 私達は、確実に彼らの国を、自由を奪う。

 あのしゃくれ顎の、異教徒殺しの王の下で。


 それなのに、誰もが皆、パパが運んで来る征服国の産物や武器を喜んで手にして、自分の国のために使わなければいけない金や銀を惜しげなく差し出す。

 この人達、このままでいいの?

 中には、自分の仲間や妻、子供までも売る人までいた。

 もしパパが私を金と引き換えに他人に売り払ったら、私はパパを呪うかも知れない。


 そんな、パパの仕事の恐ろしい面を知ってしまった。

 売られた女の子の一人は、船の中で死んでしまった。

 死体は海に捨てられた。

 でも私はそんなパパの商売のお蔭で生きているんだ。

 せいぜい、私も売られて死なない様にしなければ。


******


 日本は、他の国の港と違って冴えなかった。

 ナガサキという港は、マニラを小さくした様だった。

 と思っていたけど。


 サガという町に行ったら驚いた!白亜の塔が聳え、黄金の壁で飾られた香りの良い宮殿に招かれた!

 フクオカという町の宮殿は白と黒と金が輝く、いくつもの塔が聳えて、サガより大きな塔が聳えていた!

 ハカタの町は故郷より賑わっていたし、子供が好きそうな玩具が一杯あった。

 一体どれだけの物が作られ、買われているのだろう?

 パパは陶器に、ママは色鮮やかな布に夢中になっていた。


 私は日本の言葉を必死で学んだ。

 日本の人達が何でこんなに色々な物を作っているのか知りたかった。

 少し喋れるようになったら、大変な事が解った。


 日本の人はみんな、日本で一番の、一番でなくても日本で有名な技術を持ちたいと言っていた。

 最高の物を日本中に届けたいと。


 他の国にもそう言って目を輝かせる人はいた。

 日本はその割合が違う。誰もが自分の仕事に誇りを持っている。


 もっと驚いたのは、中には「日本が世界に負けない国になるために頑張る」という人がかなりいた事だ。

 パパと同じだ。いや、ちょっと違う。

 スペインが世界を支配する、だからパパは世界を股にかけて商売する、そう言っていた。

 あの残酷なフェリペ王の下で商売すると言っている様な気がする。


 でもこの世界の端っこの日本人達は違う。

 そんな後ろ盾が無くても頑張るつもりだ。


 無茶苦茶だ。でも、どこか憧れる。


******


 そんな私の小さな思いがひっくり返る毎日の中で、この日本でも奴隷の売り買いがある事を知った。

 私が知り合った小さい子が、親や兄弟と一緒に売られていった。

 この豊かで物に満ち溢れた国でも貧しい人は貧しい。


 でも私は許せなかった。

 あの子の家族を引き連れて行ったのが、宣教師だった。

「あなたたちは神に仕えるのです」

 奴はそう言った。


「嘘つき!お前は金儲けの為にこの子の家族を売ったんだ!」

 私は叫んでしまった。

「金が欲しけりゃ金のため、って言え!お前の欲の言い訳に神の名を使うな!」


 一同は動かなくなった。


「君達の言う神は、こんな少女の問いに答えられないのか?」

 スペイン語で冷たく話す声が聞こえた。

「これは奴隷売買だ。この国では禁止されている。私は領主に訴える。

 直ちにこの人達を解放しろ。売買に使われた金は保証されない」


「貴方は誰ですか?神の教えを…」

「神を人身売買の道具にするな!」

「この人達はこのままでは冬を越せません。飢えて死ぬだけです。

 貴方はこの人達を救えますか?

 教会は彼らを救うのです」


「南は温かいが、そこまで必ずたどり着けるのか?

 女達が船で無事でいられると誓えるのか?神の名を使っているんだぞ?

 辿り着いた先で日本人奴隷がどれだけ生き延びているんだ?

 この20年で何人連れていかれ、何人死んだ?」


「あなたは神を疑うのか?!」

「神じゃない!神の名を金儲けに使うお前達を疑うんだ!

 神の名の元に罪を行う者は、地獄へ堕ちろ!」


 気が付けば、周囲は日本の兵に囲まれていた。


 彼らは何か叫んで宣教師たちを殴り、蹴り、捕らえた。

 しかし、あの子の親達は泣いて兵達に逆らっていた。


 あの子は兵に殴られるのか?そう心配したのだけど。

 兵達はあの子達を乱暴にはしなかった。親達とも話し、元来た道を連れ帰った。


「どうなったの?」

 そう呟くと、さっき宣教師を言い負かした日本人が言った。

「あの家族達は大丈夫だよ、ちゃんと冬も越せる。

 それでも神を信じるなら、本物の信仰かも知れないね」

 と笑って言った。


「貴方は誰?」

「失礼しました。私は織田家預かり孤児院の院長、亘時(わたりとき)。

 この九州で奴隷貿易の取り締まりに協力している。

 さっきは有難う」


 え?


「君が、神の名を商売に使うな!って叫んでくれたお蔭でこの場を取り締まる事が出来た。

 新約聖書に対する違反として取り締まりできるよ。


 あの宣教師にも考えがあるだろうが、私には君の方が正しいと思える」

「だって、あの子故郷を離れたくないって泣いていたのよ?」

「その通りだ。故郷に残る自由、旅立つ自由。両方の自由を選んで海外に行くのはいい。

 貧困に付け込んで、その先の保証もない所へ連れて行くのは悪魔の行いだ」


 やっぱりそうよね。


「君の勇気に、心から感謝するよ」

「あ、私はグラシア・ハビ…仕事で日本に来た親に付いてきました」

「グラシアさんか。また会えたら嬉しいね。元気でね」


 私程度の背丈しかないその中年は去って行きました。

 何故だか、不思議な人でした。


******


※ちょっと火葬戦記、もとい下層戦記が続きます。

 近世城郭の話をすると、どうしても南蛮貿易や切支丹の話を無視できないもので、スミマセン。

 尚、この後には例の大戦闘が(ガクブル)。

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