5.お宿は帝国ホテル

※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。


******


 江戸東京で一番人気の宿、それは帝国ホテルだ。

 世界に名高い建築家、フランク・ロイド・ライトによる、泊まれる芸術。

 しかも、江戸城大手門の少し南。江戸城内郭を眺める絶好の地に位置している。

 そこから眺める、ライトアップされた江戸城内郭、金の装飾が煌めく天守。

 こんな絶景、初めて見るなあ…


「はっ!」何してんだ私。

 ここ一泊いくらだよ?!貧乏大学生にそんな金ないよ!


 ガイド検定ツアーで全国転々にしたくないのも、そんな運賃捻出できなかったからだよ!

 畿内巡りなんて鈍行&ホステル連泊でやっとだよ。男女同室が超イヤだけど。

 で、何この目の前の…


「これ?『江戸開城』って、浜御殿のあたりのビルで醸された新しいお酒だよ」

「じゃなくて!え?ビルで?お酒造れるの?しかも都内?!」

 世界的な大都会である東京の真ん中で酒造ってる奇特な人がいるのかー。

 しかも「江戸開城」って、徳川幕府が行政権を天皇家に奉還した、江戸から見たら屈辱的?な名前。


「江戸開城と大政奉還があったから日本はスムーズに中央集権国家に…なっちまったんだよなあ~」

「時様がポルトガルとの戦いの時に色々言い過ぎた所為ですよ」

「何言ったのこのオッサン?」

「泰平が長く続き天下が割れた際には天皇家を象徴として内紛を避け、合議にて政すべき、でございましたか」

 お延さんがすらすら~っと説明してくれた。くれたけど…


「それで徳川幕府がカンタンに政治を降りたって訳?たしかにそう習ったけどさ」

「内府様が江戸にて幕府を始められた時はまだイスパニアもポルトガルも、って言うかフェルペ2世が日の本を狙ってた。

 だから、彼の国と内通した武家との戦いは避けられなかった」

 お次さんがこれまたすらすら~っと説明してくれた。


「あ~大坂の乱ね。淀君と石田三成ってデキてたのよね~」

「下衆の極みです」「破廉恥な女」「あのお方は…おかしくなってしまった。禿鼠の所為で」

 禿鼠?誰?


 オッサンハーレムの内日本人3人が淀君をケチョンケチョンに言う。まあ史上三代悪女って言われてるしね。でも待てよ?


「おかしくなったって?」

「茶々様は、太閤への輿入りなど嫌ってた」とお次さん。

「お次さんは豊臣秀吉を『太閤』って、様とか付けないよね」

「付けない。あれは結局は禿鼠」

「猿、じゃないの?」

「それは手前を宣伝するため。鼠で充分」

「まあまあ。それは君が危なかった時代の話だ」

「あ…すみません…」ん?

「危なかった時代って何よ」

「追々お話しするよ。それより、見てくれこの椅子にテーブル、そしてグラス」


 そうだった。ここは世界遺産、帝国ホテル。建物のみならず、家具、調度品、照明、そして食器に至るまで芸術家ライトのデザインで統一された世界だ。

 今から30年程前に老朽化と収容率(部屋数)向上のため高層ビル化が計画されたところを、徳川家が「帝都に冠たる宿を失わせしむる莫れ」と天皇家に直談判して解体修理された、泊まれる世界遺産となったのだ。


「私の時代では玄関部分だけ犬山の明治村に移築されてしまってね」

「私の時代って、何ですか?」

「詳しくは追って話すよ」


 またゲームの話かい。


「今『この』日本はね、古い物を大切にしている。

 無暗に新しい物を偏重する事無く、古い物を極力捨てない。

 それも長短両方あるけど、日本は鉄や石油なんて資源が少ないから物を大切にしないとやっていけない。

 それに急激な変化は貧富の差や一部の人への負担を偏重させる。

 だから時にはゆるやかな変化が必要なんだ。

 戦争の時はそんな事言ってられないけどね」


 このオッサン、何だか遠い目をしているな。

「それも戦国ゲームのシナリオですか?」

「ああ。上手くいく保証はなかったけど」


 そこで、周りで聞いていた美少女達が声を上げた。

「いいえ、全て上手くいきました。私も、姉さまも仲間達も、焼かれずに済みました!」

「私も、一の台様も首を刎ねられずに済んだ」

「とうさまもかあさまも、殺されなかったよ…」

「ワタシもイッショね。ハポンでトキサマと暮らせマシタ」


 彼女達が何を言っているのか解らない。いや、ちょっと解る。

 このオッサンがもし歴史を変えたなら、世界史上異常な程に平和的に政権がバトンタッチされた戦国末期が、本来血水泥で凄惨なものだったら…


 色々考えてたら、私は寝入っていた。

 かすかに声が聞こえる。

「ツカサ、一人でビン空けちゃったヨー!」

 すんません飲み過ぎたみたいです。


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 目が覚めると、意外とスッキリしてた。あ…お酒がよかったお蔭だ。新歓コンパとか翌朝最悪だったからなあ。


 窓の外には連なる白亜の壁と随所に聳える二層や三層の櫓、そして巨大な青い屋根の本丸御殿に、朝日を浴びて黒く輝く大天守。その周囲を囲む首都東京のオフィスビル群。


 ふと思った。もし、あの巨大な建築群が失われて、只の緑地になっていたら。

 誰もここに泊まろうとは思わないな、ビジネス以外では。


 江戸東京、正しくは東京なんだけど、江戸東京と並べて言われるのは、あそこに江戸城がしっかり残っているから。

 古い建物や街並みの中でも、目立つものを残してその裏側を近代化して来たから。

 昭和元禄なんて言葉も日本が巧みに戦争を避けて、江戸の香りを今に伝えて来たから。


 もしあのオッサンが、あの娘達が言わんとしていた、血水泥っぽい歴史とかだったら、私こうして生まれてただろうか?

 あのオッサンが作るというゲーム、どんな話かちょっと気になった。


 だが、壁の向こうから聞こえるイチャイチャな声はムカつく。

 やっぱりお巡りさんコイツです!


******


※この世界では帝国ホテルが日比谷公園の向かいよりもっと北にあります。

 そしてライトの建築は保存されて補強されて活用されている様です。

 6人一緒に泊れるスイーツがあったかは調べてません。

 なお、GHQに作らされたパレスホテルは存在しません。

 怪獣映画が撮影されてもパレスホテルじゃなくて帝国ホテルになってる様です。


※この世界、大政奉還とか史実よりスムーズだった模様。

 いえ現実世界の明治維新でも世界的には充分珍しい平和的な政権移譲だったらしいけど。

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