第3話 結婚式
リンゴーン、リンゴーン、と鐘が鳴り響く。
空は快晴で、青空に白い雲が私たちを見守っている。
二ヵ月という短い婚約期間を終えた六月のある日、私と公爵の結婚式が行われた。
場所はウェステリア王国王都・ウェルスティンにある大教会。
国の中で最も古い歴史を持ち、王国内にある教会を束ねる大教会であるその場所で、私たちの結婚式が現在進行形で進んでいた。
参列者は互いの家族に親戚、友人に仕事関係者に交流がある家、一部の高位貴族……とたくさんの人間が参列している。
そしてこの婚姻を命じた王族である国王陛下と王妃様も参列している。
祭壇の中央にいる大神官と公爵の元に父にエスコートされながら、まっすぐと姿勢良く歩いていく。
長いヴェール、純白のウェディングドレスを着てゆっくりと進んでいきながら参列席を観察する。
ベルンの方を見ると一見微笑んでいるけど、内心むすっとしているのが分かる。隠しているけど姉の私には分かる。
母は私の姿をじっと見つめていた。少し不安な瞳を宿しているけど、婚約した初期よりかはましになっていてよかったと一人安堵する。
次に親友と目が合う。ヴェール越しに見えるか分からないけどニコリと笑っておく。
エスコートを終え、公爵と向かい合う。
公爵がヴェールを上げてくれて、二人で大神官に向き合う。
大神官による長々しい誓いの言葉を黙って聞いた後に誓いの言葉を互いに述べ、指輪の交換をする。
私の左手の薬指に銀色のシンプルな指輪を
指輪の交換が終わると、結婚したことを証明する誓約書に公爵が先に自分の名前を記入して、ペンを私に渡す。
ペンを受け取り私も自分の名前を記入して、大神官に記入した誓約書を渡す。
大神官は私たちの名前を確認した後、大きく頷いて周囲にはっきりと聞こえるように声高に口を開いた。
「よろしい。これにより、貴方たちは夫婦となりました。幸せな時も困難な時も共に助け合うように。──神の祝福が末長く続くことを願います」
大神官がそう告げると、止まっていた祝福を告げる鐘が再び鳴り響いた。
この時をもって、私……アリシア・フォン・エインズワーズは、アリシア・フォン・ランドベルになったのだった。
***
大教会で式を終えた後、今度は披露宴が行われ、夕食を摂りながら色んな人を応対した。
その披露宴も終わり、今は公爵と共に公爵家の馬車に乗っていた。
楽な体勢になって、僅かに揺れる感触を感じながら夜の景色を窓から眺める。
公爵は仕事を持ってきていたのか書類を見てはパラパラと
それにしても今日は疲れた。参列者が多くてその応対が大変だった。名門公爵家の結婚式はすごいと思う。
「疲れたか?」
力を抜いていると公爵に声をかけられて驚いて目を開く。書類に意識向けているから大丈夫と思っていたのに。
力を入れてすぐさま姿勢を正して謝罪する。
「申し訳ございません」
「いや、いい。招待客が多くて時間も長かったからな。仕方ない」
「ありがとうございます」
どうやら怒ってはいなかったようで安堵する。
私も何人にも声をかけられたけど、もっと大変だったのは公爵の方だ。私よりも明らかに倍以上の人間を応対をこなしていた。
「…………」
「…………」
互いに無言になって、馬車の中で書類が捲れる音だけが響く。
「……お仕事の書類ですか?」
気になって仕事の書類かと公爵に尋ねてみる。
すると公爵は動きを止めて、顔を上げると深海のような、深い青い瞳とぶつかる。
「いや、これは公爵家の書類だ。急ぎの内容だったから見ていたんだ」
「そうなのですね」
「ああ」
そして再び沈黙になる。急ぎの書類、か。
公爵は一年前に先代の公爵から公爵位を継承している。
外交官もして公爵家の当主も務めていて忙しいはず。邪魔してはいけないため、口を閉じて再び外の景色を眺める。
そしてどれくらいそうしていたのだろう、公爵が書類を自分の隣に置いて静寂な空間を破って私に声をかけてきた。
「さて、少しいいだろうか」
「書類はもうよろしいのですか?」
「終ったさ。少し話したいがいいか?」
「勿論です」
話、か。どんな話だろう。
身構えながら公爵の話に耳を傾ける。
「結婚はしたが婚約期間に君と私がやり取りしたのは手紙が数回、会ったのは婚約の挨拶の一回だけだ。そのため、色々と話しておきたい」
「分かりました。どのようなことでしょうか?」
「まずこれから住むことになる公爵邸は君の家にもなる。屋敷にある調度品に庭園も君の好きな形にしてくれていい」
「よろしいのですか?」
驚いて目を丸める。私の自由にしていいとは。
「ああ、君の好きにしてくれていい」
「……なぜそのようなご配慮をしてくれるのですか?」
不思議に思って公爵に尋ねる。自由だと思っていたけど、まさかそこまでだったとは思わなかったから。
「最初に言った通りだ。政略結婚であれ、君は公爵夫人となる。蔑ろにする気はない。急な婚姻で急がせてしまった詫びとでも思ってくれたらいい」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「いいや、好きな形にした方が早く馴染めるだろうしな」
意外だ。もっと政略結婚だからと冷たい関係だと思っていたのに。
蔑ろにはされなくても、私に無関心だと思っていたから少し驚いた。
「君には苦労かけるだろう、それくらいするつもりだ。使用人には女主人として仕えるようにと命じている。分からないことがあれば家令か侍女長に尋ねるといい」
「分かりました」
「それと君専属の侍女も用意しているから着いたら紹介するから時間をくれるか?」
「承知しました」
どうやら私に気を遣ってくれているようだ。
自分の方が爵位も何もかも上なのに、私を尊重しようとしてくれている。
……それも、政略結婚で私を愛することができない罪滅ぼしから来ているのかもしれない。
公爵にとって私は突然政略結婚を命じられた年下の憐れな令嬢と認識しているのかもしれない。
「それと手紙で問いかけてこなかったが、何か気になることはあるか?」
「……では、閣下。立ち入り禁止の部屋はありますか?」
「立ち入り禁止……そうだな、私の執務室くらいか。隣の寝室と書斎も同様だと思ってくれ」
「分かりました」
公爵の私室全般の部屋か。覚えた。あとで公爵家の使用人にでも教えてもらって近付かないようにしよう。
「それと“閣下”はやめてくれ。結婚したのだから閣下はおかしいだろう。私もいつまでも“君”と呼ぶのはおかしいだろうしな」
「確かにそうですね。……それではシルヴェスター様と呼んでも? 旦那様とは言う性分ではないので」
「構わない。ではこちらもアリシアと呼んでも?」
「はい、よろしくお願いします」
よかった、名前呼びが許可されて。旦那様なんて私の性分じゃない。
間違えないように、これからは心の中でもシルヴェスター様と呼ぼう。
そして練習としてお互いの名前を二、三度「アリシア」「シルヴェスター様」と呼びあった。
ずっと閣下呼びだったため緊張したけど、名前を呼んだら普通に返事してくれた。
「あとはそうだな。アリシアから何か要望はないか?」
「要望ですか?」
「ああ。手紙でも何も書かなかっただろう。あれば言ってくれたらいい。叶えられるものなら叶えよう」
「……そうですね」
要望……なら言ってもいいだろうか。
まぁ、ダメならダメでいい。私が慣れればいいだけの話だ。
「それでは……共に食事を摂ってほしいのですが」
「食事を?」
「はい。私の家は食事は家族で食べていたので。無理なら構わないのですが」
夜は父も仕事で毎日は難しかったけど、基本的に朝は父と母、私とベルンの四人で、昼は母と私、ベルンの三人で食べるのが日課だった。
しかし、ダメならいい。郷に入れば郷に従えと思っているから。
「分かった」
「え」
「? どうした?」
「いえ……まさか了承してもらえるとは思わなかったので」
迷惑はかけるつもりはないからダメならもう言うつもりはなかった。なのにまさか了承をもらえるとは思わなかった。
「確かに仕事の量によっては夕食は約束できないだろう。だができるだけ共に食事をしよう。他には?」
「いえ、今は特に……」
「そうか。ならいい」
話は終わったのか、シルヴェスター様も窓から景色を眺める。
……とりあえず、私の要望を聞き入れてくれたのだからお礼は言っておこう。
「……ありがとうございます」
「気にしなくていい。無理なら無理と言っていた。無理ではないから了承したんだ」
「そうですか」
私の方も話が終わったので窓から景色を眺める。
まぁ、確かに無理なら無理と言うだろう。シルヴェスター様はそれが可能にすることができる人だ。
この短時間のやり取りでシルヴェスター様は私を無下に扱うこともなければ、無視する気もないのだと分かった。
淡々としていて、社交界で会う華やかで派手な子息のように言葉を飾ることはないけれど、その方が真意が分かりやすくて信用できるから助かる。
「着いたようだな」
「え?」
シルヴェスター様が言ったと同時に馬車がゆっくりと停車する。
「シルヴェスター様、アリシア様、公爵邸に到着しました」
「分かった。下りようか」
「はい」
ドレスの裾を持ち上げて立ち上がると、先に降りたシルヴェスター様に手を重ねて降りる。
「わっ……」
夜ということもあり、公爵邸の外観は分からないけど、私の伯爵邸なんて簡単に入ってしまうくらい広いのだけは分かる。
暗いため庭園は見えないけど、きっととても美しいのだろう。
「アリシア、改めて紹介する。彼はレナルドで従者だ」
シルヴェスター様がそう紹介すると、その人は丁寧に礼をしてくる。
彼のことは知っている。それこそシルヴェスター様より多く会っているから。
名はレナルド。年齢はシルヴェスター様より一つ下の二十四歳の平民で、茶髪に黒い瞳を持つ穏やかな笑みが絶えない人だ。
シルヴェスター様が伯爵邸に初めて来て政略結婚だと突きつけて来た時も後ろに控えていて、私たちの手紙を届けてくれていた人でもある。
そして本日、御者としてこの馬車を走らせていたのも彼だ。
「シルヴェスター様の手紙を届けていたのでご存じだと思いますが、従者のレナルド・スエルクです。この度はご結婚、おめでとうございます」
丁寧な礼をして挨拶するレナルドに私も挨拶する。
「ありがとう、レナルド。これからよろしくね」
「僕の方こそよろしくお願いいたします。僕はシルヴェスター様の側に仕えているので、何かシルヴェスター様に言付けがあればお伝えください」
「分かったわ」
そして挨拶を終えるとシルヴェスター様が声をかけてきたため公爵邸へと歩いていった。
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