第2話 国の現状

※今回の話で結婚する羽目になった背景の一部を書いています。全てを書いているわけではないので分かりにくかったらすみません。

また、残酷な表現が少しあります。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「お嬢様、荷物をまとめました」

「ありがとう。それはこっちに置いておいてくれる?」

「かしこまりました」


 侍女のアマリーに指示して嫁ぎ先のランドベル公爵家へ持っていく荷物をまとめる。


「これで全部ね」

「はい、そうですね」


 まとめ終えて他に持っていくものはないか確認する。嫁いだらそう簡単には帰ることできないのでしっかりと確認する必要がある。


「大丈夫そうね。少し休憩するからアマリーも休憩して」

「かしこまりました。何かあれば呼び鈴を鳴らしてくださいね」

「ええ、分かったわ」


 頷くとアマリーが深く礼をして退室して、部屋には主である私一人となる。

 しん、と静かになった部屋を見渡し、ベッドに座り天井を見上げる。

 

「なんだかこの二ヵ月、本当あっという間だったな」


 公爵と婚約したこの二ヵ月間は結婚式の準備でとても忙しく、慌ただしかったので時間の流れが早く感じる。

 婚約発表したのは一ヵ月前。理由は婚約発表して騒がしくなるのを私が嫌がったからだ。

 騒がしくなるのは嫌だと手紙で伝えれば、公爵も直前の方がうるさい時間も短くて済むと返してくれたので、双方の意見の一致で直前発表となった。

 王命による婚約と結婚を強調して発表するとあちこちの貴族たちから祝福の手紙が届いて、一ヵ月はその返事を母と一緒に書いて慌ただしく過ごし、やっと最近落ち着いた。


「準備は全部できた。あとは……ベルンね」


 思い浮かべるのは弟・ベルンのことだ。

 元々私に懐いていたベルンは私が嫁ぐと知ってからはさらにベッタリとなった。

 遊んでほしい、勉強を教えてほしい、一緒にお茶してほしい、お出かけしよう。以前から甘えん坊だったのがさらに甘えるようになった。  


「姉離れできてないけど、私も甘いわね」


 姉離れできていないのを本当は注意しないといけないけど、かわいくてどうしても許してしまう。だってかわいいのだから仕方ない。

 それにもう、嫁いだらベルンの我儘を聞くのは難しいから少しくらいと思ってしまう。


「……結婚、か」


 この二ヵ月、忙しく回っていたけどどうも結婚するという実感が湧かない。

 婚約者となった公爵とはあの顔合わせから一回しか会っておらず、公爵の従者が時折訪れては公爵の伝言を伝えてくれて、私も手紙で連絡することもあれば彼に伝言を伝えたりしていた。


「……それにしても、私たちのように王命で結婚をする人はどれくらいいるのかしら」


 天井の色合いを眺めながらポツリと呟く。

 きっと、珍しいだろうと考える。

 これが王族と婚姻する政略結婚なら王命であっても珍しくないけど、私たちの結婚はどちらも王族と関係ない。

 私は一介の伯爵令嬢だし、公爵家もここ百年ほどは王家と婚姻を結んでいない。

 王族との婚姻ではないのに、王命による政略結婚をする人はそうそういないだろう。


「そう、これは紛れもなく政略結婚」


 自分に言い聞かせるように呟く。

 私が住むウェステリア王国には今、三つの派閥が存在する。

 王家で国を統治する国王陛下に忠誠を誓う「国王派」、戦争継続を唱える「継戦派」、そして中立に位置する「中立派」の三つだ。

 そしてこの結婚は国内を安定させ、国王派の結束を深めるための政略結婚だ。

 

 どうしてこんなことになっているのかというと、始まりは五年前に遡る。

 ウェステリア王国は肥沃な大地と北部に海を有する豊かな国で軍事力はあっても無闇矢鱈に戦争はせず、平和な国だった。

 ──そう、五年前、隣国のグロチェスター王国が侵攻するまでは。


 グロチェスター王国はウェステリア王国より鉱山資源に恵まれた王国だけど統治する国王は寵妃にうつつを抜かし、政治に無関心だった。

 作物が育ちにくい土地が多く、そんな時に飢餓が発生し、重い税に苦しむ民たちは次第に国王に不満を持つようになった。

 国王はそんな民の怒りの矛先を外に向けるために、ウェステリア王国に侵攻してきた。


 友好国として長年接していたグロチェスター王国からの突然の侵攻はウェステリア王国からしたら完全に予想外で侵攻初期はかなり苦戦を強いられた。

 防衛しようにも敵の猛攻撃に対抗できず、防衛拠点が突破されてグロチェスター王国側に領地を賜っている貴族も応戦したけど次々と陥落もしくは降伏した。

 そしてグロチェスター軍は降伏した貴族は捕虜として生かしたが、最後まで激しく抵抗した貴族には残虐にも当主一家を見せしめとして容赦なく処刑した。


 当時の私はまだ王都の学院に通う学生だったが、その話を聞いて震えてしまった。

 幸い伯爵領はグロチェスター王国側になかったので被害はなかったけど、学園にはグロチェスター王国側に領地を持つ同級生もいてその悲報に嘆いている子もいて胸が苦しくなった。


 そして防衛拠点を突破して侵攻してきたグロチェスター軍だったが、しかし、それは長くは続かなかった。

 ウェステリア軍が大きく反撃に出たからだ。

 きっかけは平民出身の兵士たちの軍隊がグロチェスター軍からの強襲を受け、激しい攻防戦の末に撃退したことだった。

 損害を受け、負傷したグロチェスター軍の中には地位の高い指揮官もいて、平民軍隊から応援を受けた他の軍隊が敗走中のグロチェスター軍と遭遇、戦闘して指揮官を討ち取った。


 ウェステリア軍側の久方ぶりの勝利は国全体を高揚させ、軍の士気を上げるのに十分だった。

 それからは早かった。当時の王太子殿下が軍の指揮権を持って王都から優秀な士官と軍を派遣して、敗走により散らばっていた士官と兵士を集めて次々とグロチェスター軍から奪い返した。

 そして今から二年前の戦闘を最後に、ウェステリア王国とグロチェスター王国は国境付近で睨み合いが続き、緊迫状態ではあるものの、仮初めの停戦状態となっている。


「早く落ち着いたらいいのだけど……」


 停戦状態になっているのは双方理由がある。

 グロチェスター王国は一部の土地で内戦状態になっていて、ウェステリア王国では国王陛下が崩御したことで息子の王太子殿下が即位したものの、今度は国内で政争が起きているからだ。

 両国共に争っている場合ではなくなり、現在は国境付近では小競り合いは起きているものの、大規模な戦闘が起きていないのが今の現状だ。


 即位した陛下は戦争継続より国内の復興と安定を取り戻すことを優先しているけど、その陛下の考えに異議を唱えているのが「継戦派」と呼ばれる一派だ。

 継戦派の多くはグロチェスター王国の潤沢な鉱山を欲しており、継戦派の中には大貴族の公爵家までいてここ最近発言力が増している。

 そんな継戦派と敵対しているのが私や公爵が所属する「国王派」で、継戦派を牽制するために決まったのが私たちの結婚だ。


 父が補佐する宰相は陛下の忠臣で生粋の国王派だ。父も国王派に属し、宰相からの信頼も厚くて実家も伯爵家で父が役職付きとあって発言力を有している。

 そして私の結婚相手の公爵は陛下のご友人でこちらも忠実な臣下で国王派の筆頭である。


 つまりこの婚姻は国王派である有力者同士の家同士を早急に婚姻させ、国王派の結束力を強めるための結婚だ。

 最もいいのは王家の血を引く令嬢だけど、一番王家の血を濃く引く公爵令嬢はまだ十三歳ですぐに結婚なんてできない。

 宰相の方にも娘はおらず、親類にも年頃の令嬢はいない。いるのは孫娘の五歳のみだ。

 

 さすがに一回りも離れた公爵令嬢に五歳の宰相の孫娘と結婚できないと判断され、代わりに宰相からの信頼の厚い宰相補佐官の娘である私に白羽の矢が立った、ということだ。

 まぁ、外交官の妻になるので共に外交パーティーに参加しないといけないので語学が堪能な令嬢がほしかったのも関係あると思う。

 しかし、これは完全なる政略結婚だ。

 政略結婚でなければ公爵と関わることもなかっただろうと考える。


「……公爵夫人か」


 結婚はいつかするとは思っていたけど、まさかこんな形で婚約してすぐに結婚するとは思ってもみなかった。

 しかも相手は全てにおいて格上のランドベル公爵家で、はっきり言うと熾烈な政争の中心に放り込まれるというわけだ。


「……大変だけど、頑張らないと」


 国が乱れるのは嫌だ。戦争前のように平和な国に戻ってほしい。それは私も同じだ。

 公爵は必要なパーティー以外は自由にしてくれていいと言っている。きっと他の家に嫁げば色々としがらみがあると思う。そう思えば楽かもしれない。

 それに、公爵家に嫁いだら実家の伯爵家は公爵家の庇護下に入る。公爵家の庇護は何かと便利で伯爵家を守ってくれるだろう。

 父のためにも、ベルンのためにもなるなら私は私の役割を果たさないといけない。

 

 そう考えていると窓から風が入って来て外に目を向ける。

 空は私の心情を知らないかのようにいつも通り美しい青をしていて、部屋から見えるその光景をじっと見つめ続けた。

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