第4話 公爵家の使用人
王都にある公爵邸に足を踏み入れると、エントランスホールに執事と侍女たちが並んでいた。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」
「ああ。ただいま、ロバート」
大勢の使用人の代表として年嵩の男性が挨拶するとシルヴェスター様が返事をする。
ロバートという家令は六十代くらいの年齢か、白髪が混じった灰色の髪の男性が優しそうに微笑んでいる。
「アリシア、家令のロバートだ」
「初めまして、奥様。王都の公爵邸を統括するロバート・スエルクです。これからよろしくお願いいたします」
「初めまして、ロバート。アリシア・フォン・ランドベルです。こちらこそよろしくお願いします」
丁寧な礼をするロバートにこちらも挨拶して微笑むとロバートもニコリと微笑んだ。
「こっちはサマンサ、侍女長だ。その隣にいるのがエスト。アリシア、君の専属侍女だ」
「初めまして、奥様。侍女長のサマンサ・ファーレイと申します。よろしくお願いいたします。そしてこちらはエスト、私の娘です」
「初めまして、奥様。奥様の専属侍女のエスト・ファーレイと申します。以後、よろしくお願いいたします」
サマンサとエストという二人の侍女は挨拶するとロバートと同じように礼をしたので、ロバートと同じように挨拶を返す。
「初めまして、サマンサにエスト。これからよろしくね」
こちらも微笑むとサマンサがニコリと微笑む。エストは微笑むことはなかったが雰囲気が少し柔らかくなった気がする。
つつがなく挨拶を終えると、シルヴェスター様が二人に話しかける。
「サマンサ、エスト。アリシアは今日の披露宴で疲れているから早めに休ませてあげてくれ」
「「かしこまりました」」
二人が礼をするのを確認するとシルヴェスター様が私を見る。
「アリシア、ゆっくりと休むように。全員各地の仕事場へ戻れ。ロバート、この書類は片付けた。次は領地からの報告書を持ってきてくれ」
「かしこまりました」
前半は私に、後半は使用人たちに言うとレナルドとロバートを連れて歩いて行った。どうやらまだ仕事をするらしい。
「奥様? どうかしましたか?」
シルヴェスター様たちの後ろ姿を眺めているとサマンサから声をかけられる。エストは無表情で、サマンサは心配そうに私を見る。
「いいえ、何もないわ」
「そうですか。では浴室まで案内します。こちらです」
サマンサが先頭に立って歩いて、エストが私の一歩後ろに控えて歩いていく。
さすが公爵邸。エントランスホールから浴室まで遠い。
「シルヴェスター様は仕事熱心なのね。馬車の中でも公爵家の書類を読んでいたわ」
「まぁ、旦那様が? 馬車の中くらいはゆっくりと過ごしてほしいのに」
私が話すとサマンサは少し驚きながらもそうぼやく。頬に手を置いて困った人だ、と言う。
「でも仕方ないわね。外交官の仕事に公爵家の当主の仕事もあるから大変でしょう?」
「そうですが、お体を崩されては元も子もありません。旦那様ったらまだ時間に余裕がある仕事も早く手をつける癖があるのです。無理は禁物だと進言しておきます」
その発言から仕事熱心な人なのだと想像する。硬派な印象だし真面目な人に見えるので違和感はない。
「サマンサとエストは親子なのね」
「はい、私は父親似ですからあまり似ていませんが」
「でも顔立ちは似てるわね」
私は髪色と顔立ちが母似だが瞳の色と中身の性格はどちらかと言うと父似だ。これは父も同じ感想だ。
エストは髪と瞳は父親と同じようだけど顔立ちはサマンサと似ていると思う。
「エストですが仕事に関してはきっちりと叩き込んでいるのでご安心ください」
「分かったわ。頼りにするわね、エスト」
「はい、よろしくお願いいたします」
「私とロバートは代々ランドベル公爵家に仕える使用人一族出身なので何か分からないことがあればお気軽にお声かけください」
「ええ。ありがとう、サマンサ」
そしてサマンサとエストと話しているうちに浴室にたどり着き、ゆっくりと入って疲れを癒す。やっと結婚式から解放された気持ちになってほっとする。
豪華なウェディングドレスは重くて肩が凝った気がするけど、温かくて広々とした湯船に入るとほぐされて気持ちいい。
温かい湯船に癒されて上がると、今度はエストに公爵夫人の部屋を案内されて部屋に入った。
「素敵……」
案内された公爵夫人の部屋は広く、調度品も派手ではなく、落ち着いた雰囲気が感じられる。
私好みの机やベッド、テーブルにソファー、ドレッサーなどが置かれていて、実家の部屋と似ている。
一方の公爵夫人の執務室である部屋は執務机にソファーと長テーブルくらいで簡素な形となっている。
「執務室は代々この形となっています」
「そうなのね。私室も素敵ね」
「奥様の好みがどのようか分かりませんでしたのでデザインしやすいようにひとまずこのようにいたしました」
「ありがとう。落ち着いた雰囲気で気に入ったわ。あとはちょっと手を加えるわ」
「ではカタログを明日にでもお渡しします」
「ええ」
ベッドに腰がける。触れるとふわふわとしていて柔らかい。
「お疲れでしょう。もうお休みしますか?」
「そうね、休んでもいいのなら」
「勿論です。何かありましたら呼び鈴を鳴らしてください」
「分かったわ。お休みなさい」
「はい。お休みなさいませ、奥様」
そしてエストに挨拶をするとエストはドアを閉めて退室した。
くるりと部屋を改めて見る。
さすがは公爵家。家具や調度品がどれも超一流だ。
実家の伯爵邸も母の方針できらびやかな方ではなく、落ち着いた気品がある雰囲気にしていて実家を彷彿させる雰囲気にそっと息を吐く。
「さて、明日から頑張らないと」
明日から公爵夫人として生活しないといけない。早く寝て疲れた体力を回復しないと。
シルヴェスター様とはお互いに尊重する関係に、使用人たちとは良好な関係を築きたいなと思いながらベッドに入って目を閉じた。
***
コンコン、とドアを叩く音が聞こえる。
「奥様、入ってもよろしいでしょうか?」
「ん……、はい……」
ドア越しに聞こえる声にかろうじて返事すると、ドアが開く音が聞こえて部屋が明るくなる。
「奥様、朝です。起きてください」
「ん……」
声をかけられてゆっくりと瞼を開けるけど、眠い。まだ布団にくるまりたくなるけど起き上がるとライトグリーンの瞳と目が合う。
「おはようございます、奥様」
「おはよう、エスト」
起き上がれば少しずつ意識が覚醒してくる。ふわぁ、とあくびが零れる。
「よく眠れましたか?」
「ええ。よく眠れたわ」
「それならよかったです」
淡々と話すエストは話しながらもテキパキと仕事をしていく。
今はドレッサーの前に座り、胸より長く、腰より短い私のプラチナブロンドの髪に丁寧に触れながら尋ねてくる。
「髪はどうしますか? 結いますか?」
「いいえ、このままでいいわ。実家でもいつもおろしていたから」
「かしこまりました、では髪を整えますね」
そう言うとエストは痛みを与えないように優しく丁寧に櫛で梳かしてくれる。
無表情だけど、私に気を遣ってくれているのが読み取れる。
エストは私の専属侍女。つまり、使用人の中でも長い時間を共にすることになるだろう。それならもっと親しくなりたい。
「そういえば、エストって何歳なの?」
「私は二十歳になります」
「そうなの? なら私より二つ上なのね」
私より年上か。道理で大人っぽい。
「エストの髪と瞳はライトグリーンの色をしてきれいね」
鏡に映るエストの髪を見て呟く。
エストの髪は明るい黄緑色で、肩くらいのウェーブになっていて私のストレートとは真逆だ。
「ありがとうございます。奥様のプラチナブロンドもお美しいですよ」
「ありがとう。でもエストのウェーブが羨ましいわ」
「では今度、ウェーブ風の髪型にしましょうか? 気分転換もできるかもしれません」
「いいの? ありがとう」
嬉しくてふふ、と笑うと鏡越しにエストの目元が柔らかくなった気がした。もっとエストに他の使用人たちと交流を図って親しくなりたいなと思う。
「ねぇ、エスト。早くここに馴染みたいから使用人の皆にちゃんと挨拶したいんだけどいいかしら?」
様子を見ながらエストに尋ねる。
公爵邸の使用人と仲良くしたいのは本当だ。だけど、彼らにはそれぞれの仕事がある。邪魔するのは如何なものかと考える。
不安に思いながら尋ねると、エストが安心させるように微笑む。
「大丈夫です。むしろ、使用人一同喜ぶと思います」
「そう?」
「はい。それでは屋敷の案内と一緒に挨拶もしましょうか」
「じゃあ、お願い」
エストも大丈夫と言うし、今日公爵邸の散策と一緒に使用人に挨拶しようと決意する。
「お待たせしました。旦那様が食堂にいらっしゃいるので参りましょう」
「え、もう食堂にいるの?」
「はい。既におられます」
なんと。昨日も屋敷に帰ってから仕事していたのにもう起きているなんて。
驚きながら着替え終えるとエストに食堂へ案内すると言われて案内してもらう。
食堂へ繋がる回廊に飾られている調度品などを一瞥しながら歩いていく。回廊に飾っている調度品も高位貴族らしく値の張る物ばかりだ。
観察しながら食堂へ入るとシルヴェスター様が新聞を読んでコーヒーを飲んでいて、気配に気付いたのか新聞から目を離して私を捉える。
「おはよう」
「おはようございます。お待たせしました」
「いいや。新聞は毎朝読んでいる日課だから気にしなくていい」
「そうですか」
向かい側に座ると料理が順番に運ばれてきて一緒に食事をする。
特に会話などない。実家でも夕食の時、ベルンがよくお話ししていたけど、朝は静かに食事していたから気にしない。
だけど一人で食事を摂るより誰かと一緒に食事をする方がおいしく感じる。
食事を摂った後、シルヴェスター様が出発しようとしていたので挨拶だけでもと思って見送る。
「いってらっしゃいませ」
「ああ、行ってくる。ロバート、エスト。アリシアに屋敷を案内させるように」
「はい、旦那様」
「かしこまりました」
ロバートとエストに命じると外套を受け取って馬車に乗り込む。
そんなシルヴェスター様についていきながらも、レナルドが私に頭を下げてきたので微笑み、馬車が出発するのを見送った。
「では奥様。屋敷を案内しましょうか? それとも午後にしましょうか?」
「今からでいいわ。お願いできる?」
「はい、お任せください」
「よろしくね」
そしてロバートとエストに案内されながら私は公爵邸を散策したのだった。
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