第4話 リコランデ・グラナードス

 さて。担当教官としてどう指導するべきか。リコランデにどれだけの指導や忠告をしてよいものか。そもそも、私はリコランデに、冒険の厳しさを教えて諦めさせるべきなのか。それとも……彼女を一流の冒険者に仕上げるべきなのか。


 少し笑いが込み上げた。

 あのリコランデを一流に? アレを「英雄」にでもするつもりか?


 成績をよく見てみろ。

 英雄の成績には程遠い。無茶させる必要はない。

 成績表では、どの課目もギリギリの合格だ。

 五年間の授業を経て、中の下といったところだ。特に目立った成績がない。


 諦めたいと思わせ、英雄と呼ばれる者たちとの彼我の差を、なるべく早く知ることができればいい。そして、別の道を歩ませる。


 ならば、どの課題でもいい。

 どこかにたどり着くより先に、それを知ることになるだろう。


 A課題だろうが、C課題だろうが、その過程は困難の連続だ。

 むしろA課題のほうが、長期化する可能性は高い。

 C課題は一人でやるのは困難だから、そもそも選択しないだろう。


 残るB課題は、運の要素が大きく出るが、古代遺跡の新発見そのものは、一人でもやろうと思えば可能だ。山野の中ならば、ダンジョンほどの魔獣は出てこない。

 これは、延々と地面を這いずり回る課題だ。

 少々手ごわい相手が出たら、逃げて終わりになる。

 それに私の得意分野でもある。未発見の古代遺跡などというパワーフレーズを聞くだけでうれしくなってくる。


 リコランデにはこれを選んではくれないだろうか。


 ただ、リコランデは一人で課題をやると言い出す程の世間知らずだ。

 もしかしたら、パーティーを組まない理由として、A課題のことを考えている可能性はある。A課題は基本的に既に現場にいる他の攻略部隊やギルドの指令を待つことになる。その時、ソロで登録されていると、他の冒険者と組まされることもある。


「随分、難しい顔をされていますね。モーリ先生」


 後ろから声をかけられて、何事かと振り返った。

 そこにいたのは、生徒ではなかった。温和な表情で佇むグロッシ校長だった。


「校長」

「あなたが、そんな顔で立つものだから、生徒が逃げてしまいましたよ」


 気付けば、周りの生徒は誰もいなくなっていた。

 校長は、現役時代に『聖女グロッシ』と呼ばれた特級冒険者だ。

 今では品の良い、温厚そうでふくよかな体の中年女性、と言った見た目だが、現役時代の話は、とてもご本人とは思えないほど、凄惨で強烈な冒険をされている。


 私も短い冒険者時代に晩年に近いお姿を現場で数度、見たことがある。

 返り血を浴びながら微笑み、モーニングスターを振り回す姿は、今では想像がつかない。ただし体型はあの頃のままだ。


「卒業試験課題を見ていただけです」

「あなたも、ようやく、卒試に向き合うことが出来るようになったのね」


 温和だが、その言葉には棘を感じる。


「いつでも向き合えましたよ。機会がなかっただけで」

「教師になって二十年経って、ようやくね。あなたがリコランデの担当教官になるって職員室で聞きましたよ。初めてじゃない? 担当教官になるのは」


 さすが耳が早い。

 まるで私が担当教官を拒んできたように思われているが、真実はそうではない。

 生徒たちが、私ではなく、私の蘇生を期待していたのが問題だ。


「しかし、よりにもよって、リコランデの担当教官の依頼を受けるとは、あなたも変わったのかしらね」


 確かに。

 どうせなら、もっと有名な生徒から声を掛けてもらいたかった。

 それをよりにもよって、リコランデの依頼を受けるとは。

 正直、私は子供の面倒を見るような性格はしていない。

 

「あの子が孤立しているから、同情したの?」

「……」


 学生時代の自分を思い出していた。

 学校で薄気味悪いと評判が立ち、意味なく孤立を強いられていた。

 自分はあいつらとは違うのだと言い聞かせて、五年間を過ごした。そして、卒業試験を受けずに、魔法大学に編入するつもりだった。

 彼らに、いや……あの時、ミディアという女性の同級生に誘われなければ、私の世界は、永遠に机の上だっただろう。


「リコランデは、どこか違うからです」


 その言葉が何故、私の口を衝いたのか。

 自分でも、リコランデは凡庸な成績の生徒だと思っていたじゃないか。まさか卒業試験に挑むとは思ってなかったはずだ。

 しかし、その言葉は嘘ではない。

 彼女は何かが違うのだ。

 だがグロッシ校長は私の言葉に少し驚き、少し安心したように頷いた。


「そう。よかったわ。確かにあの子には見どころがあります。リコランデ・グラナードスは、ただの成績の振るわない子ではありません。あの子が、授業中に魔力は何故あるのかという質問をしたのをご存知?」

「はい。それで魔法担当教官を困らせたとか」

「昔なら『うるさい。黙って授業を受けろ』って言われていたものよ。でもね、その質問、この学校で一番最初にしたのは、四十年前。あのベイランドなのよ?」


 ベイランド。この世界で知らないものがいない英雄ベイランド。

 かつてのグロッシ校長とともに魔王城に乗り込み、魔王軍を相手に一歩も引かなかった男だ。

 

「この世界がどうやって出来上がっているのか。理屈を知りたがるのは、英雄の素質よ。ただ強いだけではなく、ただ賢いだけでもなく、ただ運がいいだけでもない。英雄は、それらを超越しているの」


 ベイランドもそうだったのか。


「私の世代にも、同じ質問をしたものがいました」

「ラグランジュのこと?」

「いえ……ミディアです」

「ああ、あなたのパーティーの副リーダー」

「……私のパーティーではありません。ラグランジュのパーティーです」

「あなたも参加していたじゃない」

「二度、追放されました」


 何故か気まずい空気が流れた。

 私はただ事実を言っただけだが、どうも雰囲気が悪くなったようだ。

 校長がため息とともに、気を取り直してくれた。


「リコランデが同じ質問をしたと聞いて、ふと、生まれ変わりだったらいいのにって思ったわ」

「現世転生ですか?」

「ええ。でも違うのは知っている。ベイランドは転生が出来る人物ではないし、転生していたら、もっと成績が良いはずよ」


 あの人は、命を使い切ったのだから。

 そうグロッシ校長が呟いたように聞こえた。

 校長にとっても遠い思い出なのだろう。


「私もリコランデ・グラナードスが、英雄になれるとまでは思っていません」

「もちろん。あの子はまだ未熟なところもあるし、何か隠している部分もあるわ」

「隠している?」

「そう。うまく言えないけど、あの子は、まだ自分が殻の中にいるのを知っているのかしら? それとも自分から、その殻の中に留まることを選択しているのかしら。あなたは、何も感じない?」

「……いえ。全く。あの子から感じるのは、強い意思くらいで……」


 強い意思。

 そうだ、私は見落としていた。

 あの子から発せられていた何かを感じ取っていた。『行けるところまで行く』とは、そこらの山の中でギブアップしますという意味ではないかもしれない。だとしたら、出来そうなC課題より、挑戦し甲斐のあるB課題、若しくはA課題を選んでくるか。


 ◇


 数日後。生徒たちが選んだ初期課題が提出された。

 多くの者が、B課題やC課題を選んでいるが、四つものパーティーがA課題を選んでいた。


 しかしA課題を選んだパーティーに、リコランデ・グラナードスの名はなかった。

 だが、胸をなでおろすことは出来なかった。

 私は紙を手にしたまま震えていた。

 滝のように汗が流れていた。


 彼女が選んできたのは……S課題だったのだから。

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