第3話 卒業試験課題

 卒業試験の課題は、学校の正門脇の掲示板に張り出される。

 そこには今年卒業予定の生徒たちが群がっていた。

 どの課題をやるのがいいのか、作戦を練っているのだろう。


 課題はS、A、B、Cに別れる。

 もちろん、ランクでありSが最も難しい。S課題は毎年同じ課題だ。


 C課題は、非常に単純であり単調だが、こなすべき数が多い。

 主に、材料採取のような課題だ。俗に「お使いクエスト」なんて呼ばれている。……が、そう単純ではない。


 例えば今年は、フリジアキノコの採取、竜紋蝶の採取、サルディス石の採取、神威猫の雌の捕獲、不死鳥の羽根の採取、ゴートン鯨の龍涎香、浮遊雲母の採取、シートン草の若葉の採取の依頼が出ている。

 どれかではない。この全てを採取することを求められる。

 依頼主は、地方豪族。年齢は四十二歳の男性か。


 なるほど。

 これはクシマン地域の秘術で作る「惚れ薬」のレシピだ。


 ただ採取すればいいだけではない。これが惚れ薬のレシピと見抜いたうえで、生物系の材料は鮮度を保って手際よく採取する必要がある。

 この中ではフリジアキノコと竜紋蝶の鮮度が課題になることだろう。

 これが浮遊雲母が流れる季節とは違ううえに、キノコと蝶の発生する季節は一ヶ月しか重なっていない。

 採取の順番も順序だてる必要があるし、なによりもゴートン鯨は滅多にお目にかかれない上に、神威猫は絶滅危惧に指定されるほどで、最後に生体が記録されたのは、二十年も前の話だ。


 Cを選択した生徒は三年間を、もしかしたら棒に振ることもあり得る課題だ。

 他にも似たような課題が全部で五種類も出ていた。

 どの課題も簡単そうに見えて、並程度の冒険者では三年以内に終わらないだろう。そもそも学生では聞いたことがない材料もあるくらいだ。相当の知識が必要な課題だ。


 B課題は、探索系だ。

 今年は古代遺跡探索が中心のようだ。

 ラーナ遺跡、クルガリ遺跡、コメル遺跡など、有名どころの遺跡の名が並び、そこで未発見の石碑の発見と解読が課題とされている。

 どの遺跡も、古代文字を使っているため、言語能力が必要だ。時代によって記法も違う。文字を知っているだけでは解読は無理だ。

 場所は参考程度で、未発見であれば、これらの遺跡群に限ったことではない。

 そう、未発見のものを発見しなくてはいけないというのがネックだ。運の要素もあるし、それなりに実力が必要となる課題だ。

 この場合の実力とは、古代遺跡で生き残れる実力も含まれる。

 多くの古代遺跡はまだ機能を失っておらず、ありとあらゆる魔物が放たれ、罠が作動したままなのだ。特にアンデッド系に守られているケースは多い。


 魔法使い同士の仲良しパーティーがこの課題を選びやすい。

 特に研究肌の魔術師は、この課題を好む。実際、この探索によって新発見をし「勇者」または「賢者」の称号を手にしたものは存在する。


 B課題の依頼者の大半は魔法大学の研究室だ。

 古代遺跡の魔物は厄介だが、A課題に比べれば、まだマシかもしれない。


 そして大本命のA課題は、攻略系課題だ。

 いくつかのダンジョンや、魔族の砦が示されている。

 この課題をクリアしたものは「勇者」。モノによっては「英雄」とも呼ばれる。


 過去に卒業生の中の最も有力な生徒が、この課題に挑み、功績をあげている。

 だが「英雄」の称号を手にしたものは実は少ない。

 最も多くの犠牲者がでる課題でもある。一級冒険者並みの課題を、準一級冒険者が挑戦するのだから、その差は歴然なのだ。課題の中身を読んでいるだけでも、動悸が激しくなり眩暈めまいがしてくる。

 

 依頼者は帝国だ。

 政府からの依頼もあれば、地方貴族からの依頼もある。

 この課題を選ぶと、攻略部隊に配属される。

 攻略部隊全体では、その国の軍隊や傭兵崩れの冒険者が参加している。大きなダンジョンとなると、常時百名近くがダンジョンの中に潜っている。いや、生きていれば、千人近くが入っていることになる。

 当然、何日も何日も、何度も何度も、生きている限り、ダンジョンに潜り続けることになる。

 お客様扱いはされない。むしろ、最前線に放り込まれることになる課題だ。他の冒険者たちと一緒に戦い、勇者学校出身だからと容赦もされない。

 何よりも、相手を殺すという、最も死と隣り合わせの課題だと言っていいだろう。当然相手も本気で殺しにかかってくる。

 ダンジョンや砦は魔族にとっての最も大事な場所だ。相手のレベルも相当高い。

 古代遺跡や山林に登場するモンスターとは比較にならないようなレアモンスターも飛びだすことがある。


 大勢の冒険者の中で成長し、三年間の戦いの中で先頭に立って攻略に成功したとき、間違いなく「英雄」の称号が相応しい冒険者になっている。


 残念だが、参加しても特に活躍もなく、他の冒険者によって攻略されたりした場合は、査定が入る。場合によっては英雄の称号がもらえないこともある。

 A課題を選択する担当教官は、生徒を助けるというよりも監視する役目になる。

 担当教官が活躍を認めない場合は、攻略に成功しても卒業認定されないことすらあるのだ。


 結局、どれを選んでも、技術、頭脳、そして運の要素がある。

 そして何よりも、パーティーに恵まれるかどうかの要素が大きい。

 S課題を除けば。


 S課題は異質だ。依頼者は、この学校だ。

 実にシンプルな課題だ。


『五匹の古代竜のいずれかを討伐すること』


 ただそれだけだ。

 四十年前にこの課題が出題されて以来、誰一人、達成していない課題だ。

 達成できない理由は明らかだ。


 人間が挑む相手ではないからだ。

 A課題のように軍隊を出しても全滅するだけで、何も得るものはない。

 命を失うだけの課題だ。


 この課題のことは、みな存在すらも忘れている。

 どれほど優秀な生徒も、この課題に挑もうと計画を立てることすらない。


 無理だからだ。


 人数や役割分担以前に、歯が立たない。

 技術を究めようが、頭脳を鍛えようが、運に恵まれようが、古代竜の前では意味がない。


 ため息が出た。学校が何故これを課題としているのか、私はいまだに知らない。

 二十年前に、一つのパーティーがこの課題に興味を示したことがある。


 当時、学生だった私が所属していたパーティーだ。

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