第2話 パーティー

 冒険者たるもの、単独行動は慎むべし。


 鉄則だ。

 冒険とは未知なる場所へ、既知の方法を使って進むものだからだ。


 既知の方法とは、この学校で教えた冒険技術である。魔法や剣術だけではない。生活能力も必要だ。場合によっては語学もいる。知識だけでなく知恵も必要だ。

 つまり冒険とは多岐に渡る総合的な力が必要とされる。


 だからこそ、冒険には役割分担が必要となる。

 冒険者がパーティーを組む場合、自分に無い能力を他者に求めるのだ。例えば仲良しの武術科ばかりでパーティーを組んでも、単なる旅行でしかない。その能力では解決できない場所に遭遇すれば、先には進めなくなる。


 バランスの良いパーティー編成が必要なのは、言うまでもない。

 古来から英雄と呼ばれた者たちが引き連れてきた基本パーティーは、物理攻撃系が二人、魔法攻撃系一人、回復役一人だ。

 これに弓使いや盗賊が加わることもある。それは、行き先によって彼らの能力が必要になるからだ。


 だが、こいつは……リコランデは、一体何の役に立つのか?


 顔は可愛いが、冒険に役立つのか?

 いや煽情的な服を着させて踊り子とかをやらせれば、もしかしたら、生きていけるかもしれないが、……冒険者としては……どうなんだ?


「実は、誰も組んでくれなくて」


 それは君が何もできないからだとは、さすがに言いにくい。

 いや、本当は言ってやるべきなのかもしれないが、出来れば担任から言ってもらいたい。ただの選択授業の講師には荷が重い。


「だから、ま、一人でやろうかなぁって」

「……いや、そんなノリでやれるものか、考えてもみてごらん。リコランデ」


 リコランデは笑顔で首を傾げている。

 その姿は愛くるしいが、一歩間違えれば死ぬ世界だということを、誰も教えなかったのだろうか。授業を聞いていなかったのか?


 これが教育の限界なのか。

 授業で「してはいけないこと」を教えても「何故してはいけないのか」を教えていただろうか?


 人間は失敗から学ぶこともある。

 無謀な挑戦で失敗したとき、何が原因で失敗したのかを知ることで、対策を立てることもできる。


 リコランデはそっちのタイプか。


 問題は、冒険の失敗はすぐ死につながることがある。という一点だけだ。

 重要すぎる問題なのだ。


「私、やれるところまでやろうと思ってます!」


 リコランデの鼻息は荒い。

 ここで当人のやる気を削ぐようなことを言うかどうか、迷うところだ。

 死なない程度にやれるところまでやるのであれば、彼女の学びにはなる。

 まあ、それなら、数日で片がつきそうだ。この子の成績では、数日持てばよいくらいだろう。


 実際、毎年何人かは、数日でリタイアする。

 リタイアは罪ではない。

 そもそも三年に及ぶ卒業試験だ。

 そのまま生きていく術を学んで、別の国で冒険者になるものさえいる。


 何も英雄になることだけが、唯一の道ではないのだ。

 この子も、この冒険で、何かを掴みとってくれさえすればいいのではないか。


「そうか。まあ、止めはしない。で、なんで私なのだ?」


 卒業試験は見届け人が必要だ。それを担当教官と呼ぶ。

 最低限、一年間だけは、何かあれば呼び出されて、何かと面倒を見ることになる。厄介な仕事でもある。基本は一年だが、場合によっては三年間、つきっきりのこともある。


 なので、担当教官は、なるべく強いパーティーからお誘いを受けることを期待している。そのほうが見届け甲斐があるからだ。強いパーティーほど、強い敵を求めるに違いないし、へこたれそうな時に励まし甲斐があるというものだ。


 この学校の大部分の教師は卒試の担当教官向けに割り当てられているのだ。

 しかし私は今日まで担当教官を引き受けたことはない。

 理由は簡単だ。

 私のとある専門魔法を期待している生徒は断ることにしているからだ。

 そして、私のその魔法を期待していた生徒を落胆させている。


 その専門魔法とは「蘇生魔法」だ。

 冒険者にとって、これほど魅力的な魔法はないだろう。この学校で蘇生魔法が使えるのは私だけだ。そして、それを学校で教えたことはない。赴任した年に禁呪となったからだ。


 理由は簡単だ。蘇生魔法は不安定な魔法であり、失敗率が高い。


 そして魔法には制限がある。そして術を教えるには、その場で死んだ新鮮な死体が必要だ。この醜悪な魔法の伝承は禁じられて当然だ。

 だから、蘇生術目当てに私を担当教官に選んだ生徒には全員事情を説明している。


「蘇生は禁止だ。してあげられない」


 と。その時点で皆「ならば結構です」と引き下がる。

 あの先生は蘇生しないことが条件の先生だ。そんな噂が立ったのだろう。この十数年は担当教官にという話すらない。そして、今の生徒はほとんど、私が蘇生魔術を知っていることすら知らないだろう。

 いや、生徒どころか、同僚の教師すら、怪しいものだ。

 

 代わりに私が教えている授業は「他種族言語学」だ。

 動物、幻霊、魔獣、魔族、異種族の大半の言語を教えている。

 古代語や魔法語の授業に比べると、極めて人気のない授業だが、野山で獣と会話をしたり、鳥の鳴き声で水の在処を知ったりするのに便利だ。

 

 その授業にリコランデがいたことは覚えている。

 授業態度は至ってまじめだった。しかし成績は中の下。ギリギリでの合格だ。

 ただ、彼女からは他の生徒とは違う何かを感じ続けていた。

 異質な生徒であるのは確かだ。


 それを生徒の純粋な好奇心と捉えるのか、自信がない。


 とはいえ、それを彼女に言ったことはない。それほど深い交流があったわけでもないのだ。単に生徒と教師の関係だ。

 では何故リコランデが、担当教官として指名してきたのか。

 理由はたいしたことではなかった。


「モーリ先生だけが、授業中に私を怒ったりしなかったからです! ……他の先生は、意地悪なことばかり言うし、質問に答えてくれないし、叱ってくるし」


 口を尖らせている。

 よほど、私に叱られなかったことが嬉しかったのだろう。

 それだけで私の名を覚えるとは。


 ……いやまて?

 ということは、ほとんどの授業で、彼女は叱られているのか?


 なんてかわいそうな生徒なんだ。


 私もうっかり「お前には無理だ」と言いそうになっていた。言わずによかった。

 そうか。少なくとも私の蘇生術を頼りにしているというわけでは無さそうだ。

 ならば、こちらも覚悟を決めるしかない。


「まあ、担当教官といっても、冒険の同行者でありパーティーの一員だ。君が、一人で行くというのであれば、話し相手くらいは必要だろう。これでも私もかつては冒険者だ。何かと教えてあげられることはある。ただ、同行するといっても、卒業試験は君がやらなくてはいけない。でも……まあ、多少は面倒をみてもいい。学ぶことも多かろうが、くじけそうになった時に、一人で乗り越えるよりかは、相談相手がいたほうがいいだろう」


 そういうと、リコランデは予想外に心配そうな顔をしてきた。

 私の名前を憶えてもらっていたことが嬉しくて、つい早口になったようだ。


「それって、どういう意味ですか?」


 どういう意味も何も、そっちから誘って来たのに、なんだ?

 コミュニケーションも出来ないのか? 私は言葉に詰まった。


「えっと、OKかOKじゃないかでいうと、どっち?」


 ああ、そういうことか。私は頷いて返事をした。


「もちろん、OKだ。担当しよう」


 その時のリコランデの顔と言ったらない。私がたしなめるまで、職員室をぴょんぴょんと跳ねまわって、喜んでいたのだ。


 まあ、この子の実力で、音を上げるまでに早くて数日。長くても数週間なことではないだろうか?

 私はそう思っていた。


 そう言えば、今年の卒業試験の内容はどのようなものだったのか。

 一度、内容を確認しておくのも悪くない。

 学内の掲示板に確か張り出されている筈だ。

 生徒は、そこから課題を選ぶことになる。


 どれどれ……。

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