【新連載】勇者学校の卒業試験 ~不出来の生徒が古代竜討伐に挑む! ……けど先生、蘇生する気ないからね?~
玄納守
第1話 勇者学校
炎の中で、リコが何か叫んでいる様子が薄っすら見えるが、それもぼやけ始めた。遠くで何かが爆発しているのがわかるが、もはや音が聞こえない。
「胸を張りなさい! あなたには卒業の資格があります!」
そう叫んだつもりだが……もはや自分の言葉すらも脳に伝えなくなったらしい。ああ、私はきちんと彼女に卒業を伝えられただろうか。言葉を発した感触も薄い。
リコが駆け寄ってきたのが、ぼやけた影でわかった。
おやおや。泣いているのかい?
さあ、涙をふきなさい。リコ。リコランデ・グラナードス。
あなたに悲しそうな顔は似合わない。ほら。折角の可愛らしい顔が台無しだ。
静寂の中、視界の何もかもが暗くなる。
つまり……これが死か。
どうやら、この体は
どうにもこうにもすまない。ミディア……。
◇
私は教師だ。
名をゾーンタイク・モーリという。
ほとんどの生徒からは「先生」としか呼ばれていない。
私の授業は人気がない。
そもそも選択授業のため、接する生徒も限られている。私の名前を知っている生徒がどれくらいいることやら。
私の勤務するこの学校は、正式名称を「グランブルク帝立冒険者及び探索者育成学校」という。長過ぎるため世間では通称『勇者学校』と呼ばれている。
その名の通り勇者、つまり上級の冒険者となる若者を育成するための冒険技術全般を教えている。
そして、この学校の卒業生から、魔族の排除や、古代遺跡の調査、ダンジョン攻略を引き受ける冒険者を数多く輩出してきた。
毎年数百人規模の新入生が入ってくるが、五年後の卒業試験に挑めるのは、その中の一割程度だ。そしてその三年に及ぶ卒業試験を無事に終えられるのは、更にその一割程度だ。
中退した者は、冒険者ギルドに加入して第二の人生を歩むことになる。
学校の授業を真面目にさえやれば、四年までに冒険者二級の資格はとれる。現に、活躍している冒険者の大半は、この学校出身だ。
多くが一級資格を目指してこの大学に入学するが、九割が現実を知ることになる。一級品はほとんどいない。
保証のない卒業試験に三年もかけるより、普通に冒険者になったほうが稼げる。
しかも毎年のように死者がでる試験だ。そのレベルは並大抵ではない。
我々教師はもとより、経験豊富な冒険者ですら手を焼くような課題しか出ない。だからこそ、一級にふさわしいとされているし、「勇者」や「英雄」と呼ばれる卒業生が出るのだ。
卒業試験に答えのある問題は一つも存在しない。
これは暗記で通過できるようなテストではないのだ。
冒険者としての最初の依頼を受けることに他ならない。
それにしても今年は特に面白い奴らが多い。過去の卒業生に比べれば、よほど優秀な部類にはいるだろう。
卒業認定試験に進む生徒は八十人もいる。例年の倍だ。
中には、魔法大学に進ませても良さそうな、強力な魔法使いが何名かいる。
爆炎系の魔法を使いこなす、アナスタシア。
あまりにも炎を自在に操るために、攻撃魔法系の教師が降参するほどだ。ただ、自分の才能よりも、古代遺跡に興味がある研究肌だ。
精神魔法を得意とする、カイザック。
無詠唱での精神魔法というとても危険な技を習得するに至ったが、根が正直で、そしてとてもスケベだ。危険な奴だが、何故か、人気がある。精神魔法をこっそり使っている可能性もある。
もう少しで暗黒魔法の淵さえも覗きそうなオレオノール。
暗黒魔法は大学でも教えない秘中の秘だが、一人でその独自理論にまでたどり着いている。才能は素晴らしいが、危うい存在でもある。私と同じ系統だ。
魔法と剣を使いこなす天才もいる。
コリーは数十年に一人の魔法剣士となるだろうと言われている。ただし、私の知っている数十年前の魔法剣士は、同じ年齢の時に、もっと強かった。
多くの生徒が魔術と武術を習得するが、両方で好成績を残せるのは僅かだ。
魔法剣士と呼ばれる生徒は剣術もさることながら、魔法使いとしてもかなりの腕と知識が必要となる。
単純に剣術系で言えば、そのコリーを筆頭に、長剣術では、ラジックとボランザは、双璧と言える腕だ。彼らなら、上級モンスター程度は一人で任せることができる。
だが、短槍術で最優秀と評価されたダレンには、敵わないと噂されている。
もっとも冒険者同士は戦い合う必要はないが、学校という狭い場所では、「俺の方が強い」は永遠のテーマだ。
東方からの留学生、ミフネやトウゴウは、片刃剣で独自の技術を身に着けている。寡黙な二人だが、魔法はからっきしなため、剣術に特化して学んでいる。
弓で神業を披露したフィンも天才の部類に入る。コインほどの的を、壁越しに射貫く遠距離射撃を得意としている。
男っぽい外見で、男女から人気がある生徒だ。弓術は魔族砦の攻略には特に重宝されるが、本人は冒険に興味があるらしい。
我々教師は、そのような優秀な生徒を見出すことに生きがいを感じている。
一方で問題児もいる。
どこの学校でも、学校の基準からすれば問題児というのはいるのだ。
怪力自慢だが粗暴なスノウ。
快足だが、喧嘩が多すぎて退学になりかけたシルベスタ。
その喧嘩相手のアイザックは、長槍術が好きだが、シルベスタに喧嘩で負けて以来、何も身が入らなくなっている。
またセルブスという、頭脳明晰で知られるものの、その能力を全くみせようとしない生徒もいた。正しく伸ばせばオレオノールとも争えるほどの才能を感じるが、本人にその気がない。
授業で才能を伸ばしていく生徒に比べ、これらの生徒は教師からも厄介扱いされ、他の生徒からも孤立していった。要するに、くすぶっている生徒だ。
その気持ちは私にもわかる。
努力で成長していく同級生ほど、眩しすぎるものはない。
徐々に生まれ持った才能が通用しなくなっていくことを目の当たりにすることは、著しくプライドがへし折られるものだ。
そんな問題児でも、冒険者の二級資格を取っているものは多い。中身は真面目だ。
更に、そんな問題児グループにすらも属せない生徒もいる。
誰からも相手にされないような変人もいる。
才能もあるのかないのかわからないような子たちだ。
リコランデ・グラナードスは、その変人中の変人だ。
決して成績は芳しくない。
魔法の才能も、武術の才能も、あるにはあるのだが、彼女は止まってしまう。
ある日、魔法科の教師に「何故魔力は存在するのか?」という答えのない疑問をぶつけてきて、困らせたこともある。武術科の教師にも評判は悪い。考えるよりも動ける人間でないと、冒険者は難しい。
彼女は考えよりも善悪や根本を考えすぎて、目の前の状況を的確に判断できないと言われていた。
それは冒険者の才能ゼロの烙印を押されているに等しい。
だから彼女はきっと卒業試験を受けないのだろうと、どこかで思っていた。
それどころか、彼女が五年間の学習期間を無事に終えたことのほうが意外だった。
それゆえ、彼女が卒業試験を前に、私に担当教官を申し込んできた時は、驚く前に呆れたものだ。
「卒業試験を受けるということは、リコランデは、ここを卒業するつもりか?」
「……それは当たり前でしょ? 先生」
確かに教師としてはあるまじき発言だった。
彼女が卒業できる可能性は、ゼロではない。
何故ならば、冒険には仲間が付き物だ。仲間に恵まれれば、こんな子でも困難を乗り越えることも可能だろう。
「そうか。挑戦はいいことだ。他には誰がいる? 誰と組んだ?」
「単独です」
「単独……?」
「はい。一人です」
正気とは思えないその返事に、長い沈黙が続いてしまった。
確かに勇気や挑戦を我が校では教えてきたが、もしかしたら、無謀や無茶とは違うということまでは教えてないのか?
……この子の面倒をみながら、果たして冒険できるのか? 正直、自信がない。
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