第30話 どんな手を使っても勝てばよい

「ふざけないで! そのような話を受けるつもりはありません!」


 オルタンシアの言うとおり、八百長をしろなど到底受け入れられない話だろう。それに本人も言っていたが、オルタンシアはダインがキルドを殺害したと思っていない。この話を受けると父親の罪を認めることになってしまう。

 それはアーホもわかっているはずだ。


「ほう⋯⋯この私に向かってそのような口を聞いてもいいのか?」

「何を言われてもわざと負けるなんて出来ません」

「何を言われても⋯⋯か。時に母親の容態はどうだ? 確か不治の病に犯されているんだよなあ」


 アーホは卑しい笑みを浮かべながらオルタンシアに視線を向ける。


「母に何かするつもりなら許しませんよ!」


 オルタンシアは神武祭では見せていなかった殺気を放ち、アーホを睨む。

 気持ちはわかるが、それだけ感情を見せてしまうと、母親が自分の弱点だと教えているようなものだ。


「直接危害を加えるつもりはない。だが薬がなくなったらその母親の容態がどうなるかな?」

「それはどういう意味ですか!」

「我がバカダ家の力を使えば、この街にある全ての薬を独占できると言いたいだけだ」

「あなたという人は!」


 そしてオルタンシアは怒りと共に剣に手をかけようとする⋯⋯がすぐに手を引く。


「どうした? 剣を使わないのか? だがその時は不敬罪で裁かせてもらうがな」

「くっ!」


 今のは危なかった。試合でもない限り、平民のオルタンシアが貴族のアーホに対して剣に手をかけたら、罪になる所だった。


「命拾いしたな」


 お前がな。

 オルタンシアが不敬罪になったら目撃者を消すため、俺がアーホ達を始末していただろう。

 俺にとっては差程問題ではない。

 オルタンシアを手に入れるための策がいくつか使えなくなるだけだ。


「どのような選択をするか、今日一日考えるがいい」

「そのような卑怯な手を使って恥ずかしくないのですか!」

「卑怯? この世界は結果が全てだ。どんな手を使おうがな」


 アーホのやり方には共感しないが、その言葉には同意する。

 日本でも勝てば官軍と言うしな。


「明日の決勝戦、賢い選択をすることだな」


 アーホは高笑いをしながら取り巻き達を連れて、この場から立ち去って行く。

 そしてこの場に残ったオルタンシアは、アーホの命令に従うと認めたかのように地面に膝をつくのであった。


 アーホ達がこの場を離れてから五分、十分と時間が経つが、オルタンシアは膝をついたまま動く気配がなかった。


 オルタンシアは父親が処刑され、犯罪者の娘となり、家が取り潰された。だが家を再興するために努力を重ね、神武祭で優勝する目前まで来ることが出来た。

 しかしアーホの手によって、その目標が潰されようとしている。

 今のオルタンシアは絶望の淵に突き落とされているだろう。


 俺は建物の陰から姿を現し、オルタンシアの元へ歩み寄る。


「⋯⋯何の用ですか? 今は戦いをする気にはなりません」

「アーホに脅されたからか。その様子だと俺が後をつけていたことに気づいていなかったようだな」

「それは⋯⋯私にはもうどうでもいいことです」


 自暴自棄になっているな。希望が絶たれたのでわからなくもないが。


「がっかりだな」

「⋯⋯」

「俺の尾行に気づかなかったこともそうだが、アーホごときの脅しに屈するとは」

「あなたに⋯⋯あなたに何がわかるの! 父を亡くし、母までいなくなったら私は⋯⋯素顔も見せない人に言われたくないです!」

「ほう⋯⋯まだ言い返す力は残っているのか。それならば⋯⋯」


 俺は外套を外し、オルタンシアの前で素顔を晒す。


「えっ? えっ? あなたは⋯⋯あの時の子供!?」

「俺の名前はユウトだ」


 オルタンシアは俺の正体が予想外だったのか、先程まで落ち込んでいた顔が驚きの表情に変わる。


「で、ですが今日の神武祭では」


 オルタンシアも俺の試合を見ていたのか。昨日自分と戦った時とは動きが違いすぎると言いたいのだろう。


「力量を見間違えたな」

「今考えれば確かにそうですね。私の拳が見えた方が、少年・少女の部で苦戦するはずがありません」

「それで改めて問うが、アーホの脅しに屈するのか?」

「母の⋯⋯母に薬を渡すためなら仕方ありません」


 病気の母親を交渉材料に使うとは。アーホは噂通りきたない奴のようだ。

 だが俺もこれから同じようなことをするから人のことは言えないな。


「もし良ければ、一度母親の病気を見せてもらえないか?」

「やめておいた方がいいですよ。病気が移っても責任は取れません」

「それでいい。病気にかかってもオルタンシアのせいにはしないよ」

「医者でもないのに病人に会いたいなんて⋯⋯おかしな人ですね」

「そうなのか? 今までそんなことを言われたことはないな」


 この時、何故か頭の中で「そんなことありません!」とフローラの声が聞こえたけど無視しておこう。


「それにその落ち着いた態度と話し方⋯⋯本当に12歳ですか?」

「どこからどう見ても年相応だろ?」

「そこは信用出来ませんね」


 疑われるのは仕方ない。だがこれからも会う機会が多くなるため、ここは本来の喋り方で話した方がいいだろう。


「では私について来て下さい」


 そして俺はオルタンシアの後に続いて、母親がいる生家へと向かうのであった。

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