第29話 尾行

 神武祭からの帰り道。


「少年・少女の部はユウトさんの優勝で間違いないとして⋯⋯」

「いや、決勝の相手が思わぬ強敵かもしれないぞ」

「わざと負けない限り、ユウトさんの優勝は確実ですよ。それより大人の部はオルタンシアさんとアーホさんどちらが勝ちますかね?」

「フローラはどう思うんだ?」


 フローラも短い期間だが鍛練を積んできた。二人の戦いを見てどう分析したのか聞いてみたい。


「う~ん⋯⋯まだ二人とも本気を出していない可能性もありますけど⋯⋯私はオルタンシアさんが勝つと思います」

「そのとおりだ。正々堂々と戦えばオルタンシアが勝つだろう」


 アーホは今日の一回戦で見せた戦いがほぼ全力だろう。それに比べてオルタンシアはまだ本気を出していない。

 力、スピード、剣の技術、どれを取ってもオルタンシアの方が上だ。闘技大会というルールの中での戦いなら、この実力差を覆すのはほぼ不可能だ。


「良かったです。やっぱりあのアーホさんみたいな傲慢な人に優勝してほしくありませんから」

「だが実際の勝敗はどうなるかわからない。俺は正々堂々と戦えばオルタンシアが勝てると言っただけだ」

「えっ? それってどういう」

「大人の世界には汚ないやり口があるってことだ」


 光の中を生きてきたフローラには、検討もつかないだろう。

 もしどんな手を使ってもいいというなら、暗殺、審判団の買収、そして母親を人質に取るなどいくつかの方法がある。

 俺が街の住民から聞いた話から推測すると、バカダ家の者ならそれらの方法を実行することに躊躇しないだろう。


「子供扱いしないで下さい。私の方がユウトさんより一つお姉さんですよ?」

「そのセリフはもう少し身長が大きくなってから言うんだな」


 フローラが勝っているのは生まれた年だけで、身長、容姿、精神年齢は俺の方が勝っている。


「わ、私だって後一年経てば素敵なお姉さんにきっと? たぶん? おそらく? なるはずです」


 いや、一年じゃその幼児体型が変わることはないだろう。それに自信がないのか疑問系になっているぞ。


「そうだな。楽しみにしている」


 だが未来は誰にもわからないし、人の努力を笑うようなことはしたくないので、ここは同意の言葉を返しておく。


「その生暖かい笑顔が逆に辛いです」

「奇跡は行動しないと起きないからな」

「そんな天文学的確率みたいに言わないで下さい!」


 まあスタイルに関してはわからないが、フローラの容姿は悪くないので数年後にはそれなりの美少女にはなるだろう。


「この後俺はやることがあるからそろそろいくぞ」

「えっ? どこに行かれるんですか?」

「秘密だ。もしかしたら今日は戻らないかもしれない」

「何だかエッチぃ感じですね。まさか夜の繁華街に⋯⋯」

「バカなことを言ってるんじゃない」


 俺はフローラの頭を軽く小突く。


「あいたっ! 冗談じゃないですか~」

「笑えない冗談だ。じゃあな」


 俺はふざけたことを口にしたフローラを置いて、闘技場から出てくるオルタンシアを待つのであった。


 そして外套を纏い五分程経つと、目当てのオルタンシアが闘技場から出てきたが⋯⋯

 背後からあとをつけている四つの影があった。

 アーホとその取り巻き達だ。


 やれやれ。こうも予想通りのことをしてくれるとはな。だが悪党達の考えは単純で助かる。

 俺は気配を消して、オルタンシアの後ろにいるアーホ達の背後から後をつけるのであった。


 段々と人気のない方向へと向かっている。

 アーホ達は全く後ろを気にしていないな。この街の権力者である自分をつけ狙うものなどいないと考えているのか?

 権力者こそ命を狙われる可能性が高いということを教えてやりたいが、今は別の目的がある。

 それと元貴族であるオルタンシアも背後を気にしている様子がない。

 いや、オルタンシアが向かっている方向は⋯⋯


 オルタンシアは誰もいない寂れた空き地へと到着すると足を止める。


「そろそろ出てきたらどうですか?」


 そして声を上げるとアーホ達は隠れるのを止めて姿を現す。


「気づいていたのか」

「あなたはともかく、残りの三人は気配を隠せていませんでしたから」


 なるほど。最初からアーホ達がつけていることに気づいていて、この人気のない場所におびき出したということか。


「チッ! 愚図どもが」

「す、すみません」


 そもそも四人で固まって追跡するなど、尾行する上でありえないがな。


「私に何かご用ですか? 明日の決勝戦を戦う者同士がこうして会うことはよろしくないと思いますが」

「お前が了承すればすぐに済む話だ」


 アーホ達は剣に手をかけてはいない。どうやら少なくとも力ずくで何かをしようという訳ではなさそうだ。


「話ですか? そのような言葉を聞くつもりはありません」

「お前の父親は俺の父親を殺害した。被害者一族の言葉を聞くつもりはないとはひどい話だな」

「くっ! 父はキルド侯爵の命を奪っていません!」

「だが司法はダイン侯爵に死刑の判決を下した」

「そ、それは⋯⋯でも父は無実だと私は信じています!」

「貴様がどう思おうが関係ない。例え無実だとしてもダインが父を殺した。それが真実だ!」


 アーホの言うとおり刑はもう執行された。そしてダインとキルドは死んだ。それは何をしようが変えようのない事実だ。


「⋯⋯⋯⋯そのような話をするためにわざわざ私の後をつけてきたのですか?」

「もしバカダ家に対して申し訳ない気持ちがあるなら、明日の試合わざと負けろ」


 やはりアーホは俺の予想通り、実際に試合をすればオルタンシアに勝てないと悟り、場外戦を仕掛けてくるのであった。

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