第9話 初日は惨敗
「お客さん⋯⋯来ませんでしたね」
フローラの言うとおり、オープン初日としては散々な結果だろう。
品揃え、価格はほぼ同じ。そうなると知名度が高いサレン商店に客が行くのは当然のことだ。従業員も三人雇ったが、皆この有り様に不安そうな表情をしている。頭の中ではオープン初日から転職がちらついていることだろう。
「ハッハッハ! 今日は1日中貴様らの店を見ていたが、客が全く来ていなかったじゃないか!」
辺りが暗くなり始めた頃、ボーゲンが意気揚々とフローラの店に現れた。
「初日くらいは優越感に浸らせてあげようと思っただけです」
「負け惜しみを。客が来なさすぎて頭がイカれてしまったのか?」
店がオープンしてからずっと見ていたということか。暇な奴だな。
「どうだフローラ! お前の店ごときが俺の店を潰すだと? 夢を見るのも大概にするんだな」
「ま、まだ初日が終わっただけ。負けた訳じゃないです」
だが客観的に見ればフローラの店は、スタートダッシュに失敗したように見えるだろう。そして今日客が来なかったことが周囲に拡がって、あの店は大したことはないというレッテルが貼られるのは、時間の問題だ。一度負の情報が拡散されてしまえば、そこから巻き返すのは相当の労力が必要になってしまう。
だが今日この結果は俺の想定内なので、特に動揺することは全くない。
「反対に俺がお前の店を潰して、安い金で買い叩いてやるよ。そうなったら借金だらけになるなあ。奴隷に落ちたフローラの姿を兄貴にも見せてやりたいよ」
「あ、あなたは!」
フローラは挑発に乗って、ボーゲンに掴みかかろうとしていたので俺は手で制す。
「ボーゲンさん。せっかくあなたの店の隣にオープンしたので、余興として調子に乗らせて上げただけですよ」
「何だと! 糞ガキが言ってくれるじゃないか!」
「これからフローラさんに敗北して、失意のどん底に落ちる姿を見るのが今から楽しみで仕方ありません」
「その強がりがいつまで持つか楽しみだな」
「強がりを言っているのはボーゲンさんの方だ。絶望へのカウントダウンはもう始まっていますよ」
「どういうことだ!?」
「3⋯⋯2⋯⋯1⋯⋯0」
俺がカウントダウンを口にすると、0になった瞬間に曲がり角から何かが現れた。
「何だ? 何故このような場所に
この場に現れた馬車は豪華な装飾品がなされている。これは以前リアが乗っていた馬車と遜色がない代物だ。
そして馬車の中から青色のサーコートを着た少年が降りてきた。
この場には不釣り合いな服装で、明らかに一般人でないことが窺える。
「フローラとはあなたのことですか?」
「は、はい!」
「僕はセイン・フォン・エルスリア。本日納品予定の物を取りに来ました」
「えっ? セイン様!? この国の王子様じゃないですか!」
「何故王子がフローラの店に⋯⋯」
2人は信じられないといった表情で驚いている。
リアには、この時間にセイン王子が来るように頼んでいたのだ。
おかげでボーゲンのまぬけな顔を眺めることが出来たから、後で褒めてやろう。
「セイン王子、こちらが頼まれた品でございます」
「ありがとう。では馬車に積んでもらえませんか?」
「承知しました」
俺は予め用意していた物を
「それで今日は商品の説明もしてくれるとのことですが⋯⋯」
「それはもちろん当店の店長である、フローラが行かせて頂きます」
「ええっ!」
フローラの叫ぶような声が辺りに鳴り響くが、俺は無視して話を進める。
「お願いします。あなたのことは姉から聞いています。その年齢で店の経営をされているなんて⋯⋯尊敬します」
「わ、私を尊敬ですか! そんな⋯⋯畏れ多いです」
リアは少し特殊だが、王族はプライドが高い生き物だ。初対面の平民を褒めるなど聞いたことがない。
なるほどな。リアが次期王に推薦するわけだ。
俺はこの気さくな王子様の行動に対して、少し好感を持った。
このまま成長していけば、セインは良い王になるかもしれない。
だが大人になるにつれて、今まで見えなかった汚い世界が見えてくる。それが権力が集中している城の中なら尚更だ。
しかしもしセインが道を踏み外したら、リアを使って修正させればいい。王族貴族達がいる場所は悪党共の宝庫でもあるから、将来トップに立つセインが、しっかり手綱を握って欲しいものだな。
まあ最悪セインが制御できない時は、俺が始末すればいいだけだ。
「では馬車にお乗り下さい」
「は、はい!」
じゃっかん緊張気味で手足が震えているフローラに対して、俺は近づき耳元で囁く。
「サレン商店を取り戻すお膳立てはした。後は自分の力で未来を勝ち取ってこい」
「わ、わかりました。頑張ります」
こうしてフローラはセインの馬車に乗って、この場を立ち去るのであった。
そういえば俺の隣にボーゲンがいたな。たがセインの登場、そしてフローラが王族の馬車に乗車するという出来事があったせいで、もはや空気と化していた。
だが明日になればボーゲンの存在感はもっとなくなるだろう。お前に取ってこれから地獄の日々が始まる。せいぜい今のうちに汚い手を使って手に入れた店で、主の気分を味わうんだな。
俺は呆然と立ち尽くしているボーゲンに対して、心の中で死の宣告を行うのであった。
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