第2話 解放
リシアンサス・フォン・エルスリア。
エルスリア王国の第2王女で12歳。容姿は可愛らしいが笑顔はなく、悲壮感漂う雰囲気を出していると噂で聞いたことがあった。そして先日、年始の挨拶で王城のバルコニーから民衆に向かって手を降っていたが、まさしく噂通りの姿をしていた。
もしあの場で、命を絶つためにバルコニーから飛び降りたとしても、不思議ではない感じだった。
だがその気持ちもわからなくもない出来事が王女にはあったのだ。
確かあの時は、自分の母親が突然死した後だったな。しかし俺が情報屋から聞いた話では、第3王妃は暗殺されたらしい。
どうやら今王宮では、国王の後継者争いが始まっているようで、第3王妃はその争いに巻き込まれたみたいだ。
その情報はリシアンサス王女の耳にも入っているはず。そのためおそらく周囲にいる人間に対して疑心暗鬼になっているのだろう。
それと第3王妃は平民出身のため、王宮には味方はほとんどいないことが予想される。もし自分の窮地を救う者がいれば⋯⋯
そして外套を着た者達は問答無用で剣を抜き、馬車の御者と護衛を⋯⋯いや、護衛は外套を着た者達の味方のようだ。
外套を着た者達は護衛のことは気にせず御者を蹴り飛ばし、王女がいる馬車へと手を伸ばす。
どうやら王女の周りには敵ばかりのようだ。
母親を殺され、今自分も命を失いそうになっている。12歳の少女にとっては少し酷なことだな。
だがそういう困っている人を助けて悪を断罪し、正しい者が報われることが俺の望む世界だ。
俺は顔を白い仮面で隠して剣を抜き、気配を消しながら馬車の背後から迫る。
相手はまだこちらには気づいていない。殺るなら今がチャンスだ。
俺は護衛と偽った3人の首を、1人、また1人と剣で斬り落とす。
「だ、誰だおまえは!」
「子供!?」
3人の護衛を始末した所でようやく気がついたのか、外套を着た者達の視線が全て俺へと集まる。
「お前達に名乗る名前はない」
名乗った所ですぐにこの世から消えてもらうため、意味のない行為だ。
俺は外套を着た者達に対して先程と同じ様に、次々と首を斬り落とす。
「速い!」
「ガキだと思って油断していると殺られるぞ!」
残りは3人。
やはり少年の姿だと相手は気を抜いてくれるので、初手はスムーズに事が済むな。
だが今残った奴らは、さすがに5人も仲間が殺されたことで、危機感を持ち始めたようだ。
「依頼を失敗する訳には行かねえぞ!」
「全員でかかればいくら強かろうと!」
既に3人しかいない状況で全員と言われてもな。始めからそうしていればいいものを。
だが、例え全員でかかってきても負ける気はしないけどな。
「遅い」
俺は迫ってくる3人に対して、1人は利き腕の指を斬り落とし、残り2人は心臓を一突きにして始末する。
「ひぃぃっ! お、俺の指がぁぁぁっ!」
最初に接近してきた奴は指を失ったことで戦意が喪失し、剣を手放して地面をのたうち回っていた。
そして俺は、のたうち回っていた奴の首に剣を突きつけ問いかける。
「王女の暗殺は誰に頼まれた」
「ど、どうせ俺も殺す気なんだろう! 誰が言うか!」
「正直に話せば生きる道があるかもしれんぞ」
「ほ、本当だろうな⋯⋯」
「ああ」
外套を着た男⋯⋯いや、もう頭に被った外套が取れているので顔が見えている。見た感じ盗賊や酒場にいる荒くれ者、もしくは厳つい顔をした冒険者といった所か。
だが見た目で人を判断するのは危険だ。なんせ少年のような顔で平気で人を始末する俺のような奴もいるからな。
「く、詳しいことはわからねえ。だが身なりは良さそうだった。前金で金貨10枚、成功報酬で金貨30枚。今日ここで馬車に乗っている奴を殺せばいいだけの美味しい仕事だったから」
「顔は見たのか?」
「い、いや⋯⋯顔を隠していたから見てねえ」
十中八九王位継承によるお家騒動だろう。もし俺ならリシアンサス王女殺害の後、その弔いと称して犯人を捕まえる。そうすれば民衆からの人気が上がり、国王もその功績を無視出来ないだろう。
「良かったな。もし成功報酬をもらっていたら殺されてたぞ」
「ど、どういうことだ?」
「言葉通りの意味だ。それとお前を生かしておくことは、後々禍の種になる。ここでお別れだ」
「て、てめえ! 騙しやがったな!」
「俺は生きる道が
「このクソガキがぁぁっ!」
目の前の男は最後の足掻きで、左手を使って落ちた剣を拾うが、俺はその前に自分の剣を男の眉間に突き刺す。
すると男は断末魔を上げることも出来ず、その場に崩れ落ちるのだった。
さて、後は王女様を助け出すだけだが。
騒ぎになっているのに一向に馬車から出て来る気配がない。
襲われたことにより、恐怖で馬車の中で震えているのか、それとも突然の出来事に驚き、気絶しているのか。
俺は真相を確めるために馬車のドアを開けると、リシアンサス王女が椅子に座っていたが、その姿は俺の予想とは少し違うものだった。
「大丈夫ですか?」
俺は見た目通り、少年のように語りかけてみるが返事はない。
だがリシアンサス王女は恐怖で震えている訳でもなく、気絶している訳でもない。その目はしっかりと開いてはいるが、焦点は合っておらず、まるで死んだ魚のような目をしていた。
「リシアンサス王女。外にいた悪漢達は私が倒しました。もう安全です」
安心させるように話しかけてみたが、やはり反応はないようだ。
母親が殺され、自分に味方がおらず、精神が壊れかけているのかもしれないな。
少し予想外ではあったが、想定内の範囲だ。
「このまま死んだら、母親を殺した奴の思うつぼだぞ」
リシアンサス王女は俺の言葉に対して視線をこちらに向け、初めて反応を示すが、まだ目は死んだままだ。おそらく母親という言葉に応じただけだろう。ならばもっとリシアンサス王女の根底にある物を、引きずり出すだけだ。
「母親の敵を取りたくないのか?」
「か⋯⋯た⋯⋯き⋯⋯」
「そうだ。母親が殺されたなら娘として、仇を打ちたいと思うのは当然のことだ」
「でも⋯⋯私には⋯⋯そのような力は⋯⋯」
母親のことを話し出すとリシアンサス王女の瞳に生気が戻り始める。本来なら夢や希望で生きる目的を持つのが正しいことだが、それでは今のリシアンサス王女の心には響かない。まずは何故自分はこの世界に留まっているか、何のために生きているかを認識してもらう。
「力なら俺が授けてやる」
「あなた⋯⋯が⋯⋯力を⋯⋯」
「俺ならリシアンサス王女が望む力を授けてやれる」
「ただでは⋯⋯ない⋯⋯でよね。その⋯⋯対価は⋯⋯」
「俺への服従だ」
普通なら一国の王の娘が、この訳がわからない子供の言うことなど聞くことはないだろう。だが今ここにはそのあり得ないことを実現させるピースが揃っている。
母親の死、命の危機、目の前にいる子供の実力。そして王女の精神状態が安定していないことから、俺の手を取るのは容易に想像がつく。
「力が⋯⋯欲しいです。お母さんを殺した⋯⋯犯人の命を奪う力が!」
「その願い、聞き入れよう」
そして俺はリシアンサス王女の力を解放するため、その可愛らしい唇に口づけするのであった。
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