第2話 経過
ある日の夜、罠にケダモノが掛かった。
俺はいつも通りに退治に向かった。
「どうだったの?イノシシだった?」
帰って来た俺に、心配げに声を掛けて来る母。
「イノシシだったけど、残念ながら取り逃したよ。自力で罠から抜け出しやがった。今度は檻を仕掛けにしようか検討中」
「…無理はしないでね?」
俺は頷きながら銃を専用ロッカーに入れて鍵を閉める。
母は俺が獣医師に合格した辺りから記憶障害を発症した。
俺は高校卒業後に海外の大学に受験した。
日本では限られた学校しか選択出来なかったので海外に活路を求めた。
海外ならスキップ制度があった。
しかも海外での獣医師資格を取得していれば日本国内で資格取得も優位になる。
迷わず海外への留学を選択した。
そこでは日本の概念が陳腐に感じた。
ある日、ペットショップで研修を受けた。
驚いたのは…ペットショップで犬猫は買えず、シェルターから引き取るのが普通だった。
つまりペットショップで買うと言う事を否定している。
そのペットショップではDNA犬種鑑定と言うものがあった…犬猫を売らない代わりのサービスらしい。
その犬のルーツを知ることで性格などを理解し、躾け方などの参考にすると言う。
面白い、と思った俺は自身のDNA鑑定も興味本位でした。
結果は散々だった…。
大好きな父との親子関係が否定されたからだ…微かに持っていた願いが打ち砕かれた。
だけど疑念があったからこそ、素材を持ち込んで鑑定をしたのだが。
父は俺と似ている箇所が、あまりにも少ないと感じていたからだ…それは性格も含めてだ。
昔は良く我が家に来ていた伯母さんの足が遠のいた時期、それは俺が物心がついた頃と重なる。
それまでは近所でも無いのに遊びに来ていた伯母さん。
弟である父が昔から大好きらしく心配でよく見に来ていたようだ。
だから…成長した俺の顔を見てから怪訝な顔をして帰っていった記憶は、幼いながらも鮮明に覚えている。
俺は受験の為の留学をする際に伯母さんの息子、従兄弟に相談しに行った。
従兄は海外に留学した経験があったので、経験則を伺いに行ったのだ。
その時に伯母さんが言った言葉。
『あんたの本当の父親、知りたい?』
思えば伯母さんが見て見ぬふりをした贖罪なのかも知れない…だけど俺は、首を振った。
その時の伯母さんはどんな顔をしていたか覚えてはいないが、小さな声は届いていた。
『墓場まで持って行けたらいいのに』
その時は知らなかったんだ。
検査結果が保証人である、父に送られるなんて…知らなかったんだ。
日本の姉妹校に学生交流会出席と言う形で帰国した俺は、空港で出迎えてくれた父の言葉に息が止まった。
俺のDNA鑑定の結果の写しが送られてから、家に帰らず…ホテル暮らしだと言う父。
最愛の妻の裏切りに年老いた父の心は壊れていた。
「会いたかったぞ。元気だったか?」
…その言葉は俺が父に言いたかった。
俺の表情で察したのか、父は改めて「元気だったか?」と言い直した。
「うん、元気でやってたよ」
俺はそう言うのが精一杯だった。
俺がそう言うと無言で手紙を渡された。
手紙をすぐにでも読みたかったが、父が俺を見つめていたので…読めずに誤魔化すように。
「お母さんに会いに行こう」
と言った…父は頷いてくれた。
母は本当に久しぶりに父に会ったらしく、抱き着いて中々離れようとしなかった。
父は絆されたのか、笑みを浮かべる…が、俺を見た瞬間に能面のようになった。
俺は居た堪れなくなり、ブリーフィングの資料作りがあるからとホテルに行く事にした…父の居たホテルへ。
父はすでに前金を払っていて、好きに使えとカードキーを渡されていた。
息子が行くから、とホテルに連絡までしてもらっていた。
その間も母は父から片時も離れようとしないが、耳は閉ざされたように聞こえないふりをして…嗚咽を漏らすように唸っていた。
俺はホテルと実家をしばらく行き来して学校に通った。
交換留学では無いので滞在日数は少ない。
あっという間に帰る時期が来た。
そして俺が海外の学校に戻る当日に、携帯に留守電が入る。
『不甲斐無い父で申し訳ない』
俺はその、何かが壊れた…気がした。
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