理想的に見える母子は穢れている
火猫
第1話 経緯
母方のお祖母ちゃんが亡くなった。
今日はその葬式。
遺影のお祖母ちゃんは合成写真のように笑っている。
荼毘に付されて骨を拾い終わったら、食事会が始まる。
この地域では見送り会と呼ばれる宴会だ。
バスで来ているので運転手以外は遠慮なく酒を交わす。
こんな時こそ、日本特有の無礼講が始まる。
様々な世間話、いや下世話な話も耳に届く。
その中でも、直近の家族の話は嫌でも…耳にも目にも入る。
「八重ちゃん、その…ありがとうね」
「ううん、いいのよ。お姉ちゃんも困ってたもんね」
八重とは俺の母親だ。
お祖母ちゃんの末娘である。
声を掛けて来たのは伯母さんだ。
軽蔑したような目が気になるが、母は気にしていない様子。
「でも…お礼だけは言わせて?本当にありがとう」
深々と腰を折り、頭を下げてくる伯母さん…本当はあまり話をしたく無いのだろう。
両手を振りながら、やめて頂戴と慌てる俺の母に愛想笑いをしながら…伯母さんはあっさりとその場を離れた。
お祖母ちゃんが一人で住んでいた家は、いわゆるポツンと一軒家だ。
周囲10キロほどのエリアにお祖母ちゃんの家以外に一軒も無い…いや、人が住める家が無いと言った方が良い。
本当に山の中で、生活道路は一本のみ。
それもお祖母ちゃんの保険金でやっと整備した状態で、アスファルトでは無くコンクリートを敷いた。
まあコストと施工時間度外視で選択すれば、山間部でもあるので選択の余地は無かった。
もちろん俺も手伝ったし、バイトしてた関係で滑り止めの加工も、業者仕込みでやり遂げた…満足。
もちろん獣も出るほどの秘境である。
なので、テキサスゲート擬きも完備していたりする。
イノシシ、鹿…それ以外の野生動物も出るので家の周りや畑には電気柵や法令で決められた罠も張ってある。
罠の資格は俺が取得済みだ。
猟銃も持っている。
一般的には銃刀法に基づく許可が必要で、様々な条件がある。
20歳以上であること
猟免証…狩猟の許可証を所有していること
射撃場での実射訓練を受けたことがあること
銃の保管場所が法律に定められた基準に合致していること
特に重要なのは、精神科等の診断書と警察署の判断により所持が許可されていることなど…またはそれに準じた許可を得ていること
その他もろもろあるが…本当に多岐に渡る。
とまあ、日本では銃刀法のおかげで銃による犯罪が少ない現状がある。
ただし、銃を持つ者が獣と化せば話は別だ…日本人には実感が湧きづらいが。
結局、海外の事件などよりも悲惨な結果を迎える事が多い。
なんせ手を上げれば撃たれない、とか簡単にはトリガーを引けないものだ…とか平和ボケした人種が住む国なのだ。
銃を構えた奴にカラーボールをぶつけかねない…即座に土手っ腹に一発喰らうだろう。
俺はそこら辺は良識ある人間である。
獣達以外に照準を合わせる事はしない。
葬式が終わり、母が一人で住むようになった。
もちろん俺が時折り、イノシシや鹿などを間引きする為に顔を出したり…連泊したりするようにしている。
なんだかんだで母親が心配だからね。
…色んな意味で。
⛰️⛰️⛰️⛰️⛰️⛰️⛰️🏠⛰️⛰️⛰️⛰️⛰️⛰️
お母さんが亡くなった。
私はお母さんが歳をとってから生まれた末娘だったので、大変可愛がられた。
まさに蝶よ花よ、と子供時代を過ごした。
転機が訪れたのは高校時代、当時のクラス担任に恋をした。
先生は誰にでも優しかったのは分かっていた。
だけどそれまで家族に守られて育った私は、父にも兄にも無い魅力の虜になるには…然程時間は掛からなかった。
女子高生とクラス担任の恋愛は、この国では法律で禁止されている。
この手の恋愛は道徳的、倫理的にも問題があると私も分かっていた。
だけど…恋愛感情は人間の本能的なものであり、完全に抑えられるものではない。
だから私は様々な手段を取った。
当然だけど友達達にはすぐバレた。
女子高生とクラス担任の恋愛が発覚した場合、様々なトラブルが発生するよ…とは友人の言葉。
学校側にバレたら生徒の安全や保護者の信頼を守るために、厳格な対応をとるだろう。
なにせクラス担任…いや先生は立場上、生徒との距離を保つ必要がある。
恋愛関係になることは望ましくない。
私だって未成年であるため、バレたら法的に不利な立場に立つだろう。
だが私はやり切った!
卒業するまでに自分の想いを伝え、先生も覚悟を決めてくれた。
その後、私達は両方の親を説得して結婚し…二人で盛り上がった。
だが、相性なのか…なかなか子宝に恵まれなかった。
両親からの結婚の条件として、早めの出産が望まれていた。
私は自分に問題があるのかと、専門医に縋った。
私は本当に子供が欲しかった。
末っ子だった私は弟妹を欲しがった…が、さすがのお母さんもその甘えには応えられなかった。
当時からお母さんは、ホルモンバランスを保つ為の薬を常用するほどだったので、無理な話だと知ったのは…だいぶ後の事だった。
その事を思い出しながら物思いに耽っていた地元の喫茶店で、小学校まで仲が良かった幼馴染に出会った。
私は中学、高校と女子校に通っていたので身近な異性は身内以外だと先生…旦那様しか居なかった。
そんな私も気を許せる同級生は居た…それが彼だった。
小学生時代を思い出し、ついつい愚痴をこぼしてしまった。
男慣れしていない私は、旦那様が元同僚達と慰安旅行に行く事を彼に伝えてしまった。
幼馴染と会話が弾み、隙だらけの私は…酒の上で行為に及んでしまった。
旦那様は結婚当時40代後半、現在は50代。
幼馴染と旦那様の行為のギャップに、すっかり当てられた私…ハマってしまったのだ。
私は度々会うことを約束してしまったのは旦那様に不満が有ったのかも知れない。
だけど、後ろめたい気持ちもあった。
それを打ち消すほどの魅力が幼馴染の彼に有ったのだろう。
旦那様は旅行の後、病院に通い出した。
どうやら元同僚に夜の生活の指導を受けたようで、そのアドバイス通りに行動したようだった。
それからは毎日とは行かなかったが、行為の回数は増えた…もう少し早く対応して欲しかったな、と少し恨んだ。
幼馴染にその事を伝えると割とあっさり別れてくれた。
そして私は身籠り、息子を出産した。
どちらの子供なのか…時期が被る為に確認するのが怖くて、事実確認をしなかった。
スクスク育つ息子は大した病気に罹る事なく成長したが、子育ての大変さを痛感した。
その慌ただしさに救われながら、逃げてしまった。
息子が小学生の高学年の頃、子宮の病気に罹り…二度子供が作れない体になった。
ある意味、天罰か…とも思った。
その分、息子の為に頑張った…その甲斐あって息子は立派な大人になった。
息子は獣医師となり、主に牛や馬などの往診獣医を中心に仕事をしている。
ただ…息子が獣医師になったその頃から、私は記憶が曖昧だ。
旦那様は最近帰ってこない…また旅行に行ったのだろう。
仕方の無い人だ。
だから合間に私を心配して息子が来てくれるのはありがたい。
今日もまた猟銃の発砲音が聞こえる。
その音がたまに頻繁にする事が、最近多くなったようだ。
最近飼い始めた雑種ながらも大きな体躯の犬のフエンが急に走り出した。
俺はあとを追うがすぐ近くの茂みに飛び込み、噛みついた。
そして、そのイノシシの首をゴキリと折った。
数年前に俺の仕掛けて罠に掛かり、弱りかけていたを助けた犬。
それからすっかり俺に懐き付き従うようになった…複雑な気分ではある。
不安にはなるが、「害獣が増えて来てね。夜も罠に掛かったりして気が抜けないけど…ほら!イノシシ血抜きして捌いたから、今夜は牡丹鍋にしよう」と努めて明るく話してくれる息子を見て安心する。
こんな日が続けばなぁと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます