EP1-3:天使

 俺は今朝、遅刻した。

 俺のクラスは、とりあえず”出席取るまでに着席”していれば、遅刻にはならない。

 だから、俺の計算では、間に合うはずだった。

 誤算だったのは──


 女子に話しかけてしまったことだ!



 ——朝、教室の前に立っていた女子生徒。


 俺はてっきり、「遅刻して、教室に入るタイミングが分からないのかな?」と思っており、なんとなーくで話しかけたのだ!


 ——「あ、君も、遅刻したの?」


 そう、異性というものに”ノリ”で話しかけてはいけない。

 特に友達とかでもない女子に話しかけた俺は、その瞬間、 ”後悔”に襲われた。


 やってしまったのなら、仕方がない。

 とりあえず、明るい感じを出しておこう。

 そう思い、 ”明るい系”を演じた。


 そしたら、「嫌いな食べ物」を聞かれ……、あれ?


 ……「好きな食べ物」だったっけ?


 まぁいい。

 あたふたした俺は、咄嗟に「ブロッコリー」と答えた。

 特に嫌いな訳ではない。

 しかし、一度『嫌い』と言ってしまった以上、これから俺は、「ブロッコリー嫌いキャラ」を演じなければならないのだ。


 その後は、なに話したか、あんま覚えてない……。



 しばらく話してたら相手が突然倒れたので、すぐに担任を呼んだ。

 熱でもあったのか?


 とにかく今日は早退したそうだ。


 クラスメイトから、「どんな顔だった?」とか「可愛かった?」とか「白髪美女?」とか いろいろ聞かれたが、「多分黒髪、顔は覚えてない」と言うと、さっさと俺の席から離れていった。


 そして俺は、クラスメイトから聞かれて初めて、彼女が”転校生”だったことを知った。











 放課後の帰り道、俺は地面を見て歩きながら、考えていた。


 いろいろあって忘れていたが、朝、俺を上から覗いていた影は、何だったんだ。

 あの転校生──[都戌 或瞳みやこいぬ あるめ]、でないことは確かだ。

 何故って、あの影は”屋上から”俺を見ていたから。

 俺の教室は3階。俺を見るために、わざわざ屋上に行くのは、かなりの手間だ。


 考えれば考えるほど不気味である。

 そして、 ”あの感覚”。

 生まれてから感じたことのない、何か超常的な”ナニカ”だった。

 「もしや……!?」と思うと全身が強張ったが、すぐに馬鹿馬鹿しくなって、俺はサッと顔を上げた。


「”幽霊”、なんていないか……っ」


『──楽園なら、ありますよ?』


 突然 話しかけられた俺は、驚いて辺りを見回す。

 それにしても、妙に耳に着く声だ。


『見回さなくても、私は”あなたの正面”にいます』


 そう言われ、俺はすぐに正面を見た、が──

 姿が捉えられない。

 確かに「ナニカがいるという事象」は脳に伝わるのだが、姿形すがたかたちが、はっきりと描かれない。

 モヤが掛かっているような、変な感覚だ。


 ボーっと突っ立ていた俺だったが、次の瞬間には、全身に”恐怖”が走っていた。


 俺の全細胞が訴えている。「こいつはヤバい!!」と。



「……だ、誰だ?」


 そっと問いかける。

 俺の、人間としての本能が、「今すぐ逃げろ」と言っているが、足がすくんで動けない。


 俺の問いかけに対し、そいつは答えることはなく、不敵に笑った。



『フフ、人間さん。私の”愛”が欲しいですか? ”自らの欲”を満たしたいと思いますか?』


 「……ん?」


 突然、ナニを言い出すんだこいつは。

 女か?


 まてよ? もしや、こいつ、人間じゃない——!?


 ——ようやく分かった。

 朝、俺を覗いていたのは、いま、俺の目の前にいる”ナニカ”だ。

 あの時と全く同じ、全身に突き刺さるような視線を強く受け、俺はその場にへたれこむ。



——殺されるぞ!逃げろ!逃げろ!!


 俺の脳が声を枯らして叫んでいるが、身体カラダは言う事を聞かない。


 女は足音も立てず、俺にスーッと近づいてきた。

 そして、ゆっくりと口を開くと──



『ごめんなさい、今はまだ、殺してあげられないんです。あくまで、し・た・み、ですからね』


 ……敵意はないのか?

 俺はゆっくりと立ち上がろうと、膝を折る姿勢になろうとした。


──ドッ


 ──が、そこで腹をを殴られ、俺は地面に叩きつけられる。


『頭を上げないで? 人間さん、あなたたちは、「楽園の天使」に抗ってはいけません』


 ——天使?楽園?

 なんのことだか、まったく分からない。


 「……俺を、……どうする気だ……?」


 必死に腹を抑えながら問うと、女は俺を見下して言った。


『え? 何を言っているの? 私はただ、あなたに”警告”をしに来ただけですが?』


 「……警告……?」


『そうです。あなたは、[悪い物]に目をつけられています。幸い、彼女もまだ積極的ではありませんが、そのうち あなたは彼女に……うふふ……。とにかく、今日、あなたの学校に来た、[赤色がかった黒髪の少女]とは関わらないこと、ですね』


「それって……」


『それでは、さようなら、人間さん。また会うことでしょう、近いうちにね……』


 そう言うと、女は俺の前から姿を消した。


 そして、へたれこんでいたはずの俺は、すでに立って地面を歩いていた。


 「……何だったんだ、いまの……」


 殴られた腹の痛みが、嘘のようになくなっている。




 帰宅し、自室のベッドに潜ると、まるで、 ”いま”、夢から覚めたかのようだった。

 不思議な空気に包まれながら、俺は、ゆっくりと目を閉じる。




 ——『楽園の天使』。

 なんだか”大変なこと”に巻き込まれてしまったようだ。

 あれは 『見せかけ』でも[嘘っぱち]でも何でもない。

 間違いなく、『ヤバいの塊』だった。


 それにしても、あの転校生——都戌或瞳みやこいぬあるめが[悪い物]?

 意味が分からない。まぁ、分からないのは全部だが。


 天使……。


 天使…………。


 天使の”逆”って──


 ……悪魔?


 …………まさかね。










——……お……!




——……あお……!








——アオ!













——アオ、今日は 何して遊ぼっか!






——え? ……なんで、そんなこと聞くの?






——…………そっか、『オミトオシ』なんだね、アオには。






——そうだよ。私は……、私の———─は──










『ねぇ、アルメの嫌いな食べ物は、なに?』



















EP1:楽園の兆し --完--

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