05 黄昏の国

 帰りは来た道をそのまま戻る。ディアナは竜の背にも慣れたレイナードに、スピナーの手綱たづなを握らせる。


ディアナ「地竜は使役竜のなかでも

     ひときわ賢いから、下手へた

     手綱たづなを引っ張ったりしないこと」


レイナード「竜はほかにも居るんだろ?」


ディアナ「ウチの竜屋で扱うのは、

     どれも地竜ばかりだ。

     温厚な性格の子が多いし、

     ごはんやおやつの鶏肉目当てに

     どの子も真面目に働いてくれる。

     竜に乗るなら竜を知るべき。

     それに個性もある」


レイナード「たしかにその通りだ。

      よその国の竜も見ておきたいな」


ディアナ「王族のレイナードなら、

     成人すれば好きなだけ見れるだろ」


レイナード「たしかに…」


 将来について考えてうなずく。


ディアナ「南の方には空を飛ぶ竜もいるが、

     身体が小さく寒さにめっぽう弱い。

     なんせ毛が無いんだとさ」


レイナード「こちらであまり見ないのは

      そのせいなのか」


ディアナ「夜は寒くて外出できないらしい」


 使役竜とはいえ、どんな竜でも人間の命令通りに動くわけではない。自分の生命が危ぶめば、賢い竜であれば忌避きひするのも当然だ。


レイナード「ディアナは見たことあるか?」


ディアナ「たまには南へ行ったりもする」


レイナード「ならば案内役もできるのか」


ディアナ「高いぜ?」


レイナード「…考えとく」


ディアナ「さらに南の小さな竜は、

     手紙を送るために使役する。

     おかげで戦争が耐えないんだと」


レイナード「なぜだ?

      手紙など立派な

      外交の手段だろう」


ディアナ「手紙を使って相手の悪口を

     熱心に送りつけるからだそうだ。

     使う人間の頭が悪ければ

     竜を使う意味がない」


レイナード「なんだそりゃ。

      竜も国民も

      たまったもんじゃないな」


ディアナ「だろう?」


 ふたりはスピナーの背の上で笑い合った。


 するとスピナーが鳴いた。地竜はその太い喉からギャー、ギャーと声を発して、天を仰ぐ。ディアナも聞きなれない声だった。


 日は傾き、街から昇るいくつもの炊煙すいえんが遠くに見える。


 その上空に鳥たちの影があった。しかし鳥ではない。大きな影。飛竜である。


レイナード「街が」


ディアナ「まずい、引き返すぞ」


 ディアナがレイナードを押しのけて手綱たずなを奪うと、背を平手で叩いて右旋回せんかいさせる。しかし手遅れだった。


レイナード「なんで! 戦争が?」


ディアナ「理由なんてどうでもいい。

     見つかったんだよ!」


 空を舞う使役竜が3体、その街を外れてこちらへ向かってきた。スピナーはすでに気づいて、警戒音を発していた。


ディアナ「ごめん、スピナー!

     気づくのが遅れた」


 スピナーは走る。しかし、泥と雪の上では地竜は速度はでない。天竜の滝を往復して、疲れている。空腹で一日の労働量を上回っていた。


 飛竜の方が速度は上回る。黒い影はより大きくなる。


レイナード「追いつかれるぞ」


ディアナ「伏せろって!」


 のん気に状況観察をしていたレイナードに、石弓いしゆみの矢が降り注ぐ。彼をスピナーの毛の中に埋めるように、ディアナが抑え込んだ。


レイナード「ディアナ!」


 彼女の首に、矢が深く突き刺さる。碧色へきいろの目を大きく見開いたが、手綱たづなを離すことはなく、スピナーの背を強く蹴った。


ディアナ「ごっぷ…」


 ディアナが何かを話そうにも血が気道を埋め尽くし、呼吸のために血を吐き出す。


 血をしたたらせるディアナに抑え込まれながらレイナードは忌々いまいましく振り向いたが、飛竜たちはそれ以上追ってはこなかった。

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