06 出会いと別れ

 日が傾き、夜の暗闇が森を覆う。それにも増して、月光がディアナを赤く照らした。


レイナード「なんでこんなことに…」


 天竜の滝に近づくとスピナーも、いくつか石弓いしゆみの矢を受けており、川沿いで弱々しい息を吐いて地に伏せた。


レイナード「スピナー! お前まで…!

      起きてくれ! ディアナ!」


 ディアナもスピナーの背の上で、うつろな目をしたままわずかに息を吐く。腹部にも矢を受けており、スピナーの白い毛を赤黒く染めた。


レイナード「おい! ディアナ!

      しっかりしてくれ!」


 瀕死ひんしのディアナの上半身を起こして、レイナードは無意味な行為を自覚する。


 くしゃくしゃになって泣き叫ぶレイナードの顔に、ディアナの血と毛だらけの手が触れる。毎日手綱たづなを握った硬い手で、朦朧もうろうとする意識の中でレイナードの頬に触れ、弱々しく撫でた。その手はすぐに力を失う。


レイナード「俺をひとりにするな!

      一緒に南に行くんだろ!」


 レイナードはディアナの亡骸なきがらを抱きしめた。力なく、血を失い、熱を失いつつある彼女を抱いて、これから先の運命さえも受け入れず、思考を停止させていた。


 そんなレイナードを叱責しっせきするかのように、ディアナは彼を突き飛ばした。


 レイナードはスピナーの背から回転して落ち、ディアナの血と、雪と泥に再びまみれた。


 ディアナは月光の中、スピナーの背の上で立ち上がり、首にささった弓を抜き取った。それから腹に刺さった弓も抜いた。


 ディアナはレイナードを見下ろして、また白い息を吐く。


レイナード「ディアナ?」


ディアナ「許可なく私に抱きつくな!」


 ディアナもスピナーの背を身軽に飛び降り、大きな顔に向かいヒゲを、頬を力強く撫でた。


ディアナ「よくやってくれた。

     私の同胞はらから


 スピナーは起きない。何度撫でても、呼びかけても、鳴くことも、匂いのする息さえも吐かない。


 ディアナは腰のナイフを抜いて、力を込めて首を切る。


レイナード「なにを…?」


ディアナ「とむらいだ。静かにしろ」


 スピナーの血で雪が溶け、地面が赤く染まる。


 スピナーの身体にナイフを突き立て、厚い皮を切る。ディアナは地竜の巨体など物ともせず、スピナーを横倒しにする。


 それからさらに腹を割ると、大量の内臓を抜き出し、いくつかの部位を見定め、ディアナは生のままかじった。


ディアナ「お前も食え。これはまだ食える」


 地竜の大きな肝臓かんぞう。レイナードは目の前で起きていることが理解できないまま、弱々しくかじりついた。まだほのかに温かいが、血の、鉄の味しかしなかった。


ディアナ「おい、レイナード。

     凍死とうししたくないだろ。

     こっちへ来い」


 信じがたいことが起きている。目を皿にして、ディアナと共に、亡骸なきがらとなった地竜の腹の中の、抜かれた内臓の隙間に入った。


 寒さが和らぎ、肉に残った熱が冷え切った手足を守ってくれる。


ディアナ「ふっ…これがスピナーの最期だ」


 暗闇の中でディアナが言った。泣いているようにも、笑っているようにも聞こえる。


レイナード「ディアナ。

      きみは…大丈夫なのか?」


 震える声でレイナードは言った。


ディアナ「当然だ。

     殺されても死なん。

     なんせ私はお前たちの言う

     天竜だからな」

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