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 先ほど、炭櫃さんが捕まえた、と言うより倒した不死者の事件はニュースになるだろう。近場で起きた事件ということもあるし、その事件を知った伊那さんが『不死者が正気を失うと周りに危害を加える』という恐怖がさらに大きくならないか心配である。

 たまたま炭櫃さんが出くわしたから良かったものの、それでも負傷者が出てしまったのだから。不死殺しに見張られているから安心、と思ってもらえているものが崩れてしまうかもしれない。滅多に起きないことが最悪のタイミングで起きてしまった、と言えよう。

 色々と考えている間に地元の駅に到着した。

 そこから帰路に就く。

 駅を出て急な坂を登り、様々な小売店が並んでいる通りを歩く。俺とは逆に駅に向かう人たちとすれ違っていると、その中にあの人がいた。


「やあ、聖君。偶然だね」

「タチバナさん……、こんにちは」


 金髪で軽い印象を与える格好した青年であり、不死者を生み出している神。今、一番会いたかった『人(?)』に会えたのかもしれない。本人は偶然と言っているけど、おそらく俺の様子を見に来てくれたのだろう。


「不死殺しの仕事はどうだい? あれから誰か殺した?」

「いえ、まだ誰も」

「そうかいそうかい、それは喜ばしいことだね」


 やはり俺の近況を伺いに来てくれたらしい。

 それよりも、と、俺はややがっつくようにタチバナさんに訊ねる。


「あの、タチバナさんにお願いがあるのですが」

「うん? なんだい?」

「包み隠さずに話しますが、俺の好きな彼女が不死者になってしまったんです。でも、その子は望んで不死者になったわけではなく、今もいつ正気を失うかわからないから、と、すごく苦しんでいるんです。タチバナさんの力でその子を普通の人間に戻してもらえませんか?」

「えっ、うーん」


 切実な願いということが伝わったのか、タチバナさんは顎に手を当てて何やら真剣に考えてくれている。俺は次に彼の口から出てくる言葉に固唾を呑む。


「じゃあ、順番に話をしていこう。まず、聖君の好きな子が望まずに不死者になった、と言うことはありえない」

「……それはどういうことですか」

「不死者になる条件はね、『死ぬ直前に死にたくないと願う』ことなんだよ。もちろんキミの知っている通り、それを全部叶えていたら今頃もっと不死者で溢れている。自分としてはそうしたいところなんだけど、そこまで力のある神ではないということだ。確率としては宝くじで一等を当てるぐらいかな」


 死の直前。

 伊那さんの場合なら、夜の道で男にナイフで襲われた時になる。その際に彼女は死にたくないと願った。だから不死者になったのだとタチバナさんは言う。

 そういう条件なら、不死者になってしまったとは言え、タチバナさんのおかげで伊那さんは死なずに済んだと言うことだ。もし、その宝くじの確率が外れていれば、俺は彼女に会うことすらなかった。そう考えれば、タチバナさんを責めることなんてできない。


「次に正気を失うことについてだね。これは確かに問題になっているのは昔から自分も知っているよ。でもね、さっきも言ったように自分は大した力のある神じゃないんだ。所詮は人々の想いによって生まれた神。神話上の神なんかより遥かに格下だ。だから、それは自分の未熟さ上の副作用と思ってもらうしかない。すまないね」


 いつも大雑把で適当なタチバナさんが本当に申し訳なさそうに謝った。彼は彼なりに罪と思ってしまっていた部分を俺が突いてしまったのかもしれない。

 人々の願いから生まれた神がそれを全うしようとしているだけなのだろう。しかし、神としての力が及ばないばかりに人間社会で問題になっていることに、心を痛めている様子だ。おチャラけた雰囲気の彼にそんな悩みがあったなんて考えたこともなかった。


「最後に、人間に戻して欲しいってことだよね。結論を述べると、それは無理なんだ。何度も言うように自分は万能の神じゃない。不死者を生み出すだけの神だ。〝不死者を生み出すことにより現世に留まることができている神〟とも言えるね」

「そう、ですか……」


 俺は肩を落とす。現状の伊那さんに関する問題の解決は無理と言うことだ。

 そんな俺に、タチバナさんは訊ねる。


「ねえ、聖君。キミは不死者が嫌いかい?」

「えっ、いや、特に不死者だから嫌いとは思わないですね」


 と、素直に答えると、俺の要望に応えれず少し落ち込んでいた彼の表情に笑顔が戻った。


「みんなが聖君みたいだと良いんだけどねえ。でも世の人間たちはそう思ってない方が多いだろう?」

「まあ……、そうですね。人権はもちろんありますけど、差別や迫害が無くなることはないと思います」

「仮に、『正気を失わない不死者』として自分が生み出せていたら違ったと思う?」

「それは、無理だと思いますね……。結局のところ、人間って『普通とは異なる対象を畏怖する』ので……」

「……うん、素直に答えてくれてありがとう。実は、他の不死殺しの子たちにも同じ質問をしているけど、みんな似たような答えだったよ」


 だから寂しいね、とタチバナさんの言葉は続いた。

 俺はそれに何も言えなかった。俺も不死殺しという特殊な存在だけど、不死者を生み出す神というタチバナさんの気持ちを完全に理解してあげることなんてできないのだから。

 それでも考えるなら、タチバナさんにとって『人間が不死者になるということは幸せなはず』という想いなのかもしれない。だって、死にたくないと願われて生まれたのがタチバナさんなのだから。それが実情、不幸せな不死者がいる、ということに心を痛めているのだろう。あくまでも、神の事情を知る人間としての予想だけど。


「自分が言えるのはそれだけだよ。嘘偽りはない」

「いえ、こちらこそ無理なことを聞いてしまってすみませんでした」

「じゃあ、呼び止めて悪かったね。今から帰るんだろ? 気をつけてね。また様子を見に来るよ」

「はい、それでは」


 一般人には一般人の、不死者には不死者の、そして、神には神の悩みがあるらしい。その中で、不死殺しの俺ができることと言えば……。

 自分の無力さを痛感した。

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