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 帰宅後、しばらくしてから今日も母さんが作ってくれた晩御飯を食べ、今は湯船に浸かっている。

 大きく息を吐いて肩まで湯に浸かり、天井を見上げる。今にも落ちて来そうな水滴がたくさんあったが、落ちてこないのは何故だろうと少し不思議に思う。

 そう、一旦頭のスイッチを切り替えた。

 今日、炭櫃さんという不死殺しの先輩から色々なアドバイスをもらい、タチバナさんとも俺が抱えている問題についても話すことができた。

 それらを踏まえて俺が出した結論は、立ち止まらず行動しろ、と言うことだ。

 炭櫃さんは、不死殺しを辞めたいならそうすれば良いって言ってくれたけど、俺は小さい頃から父さんに憧れていたし、母さんにも様々な知識――偏っているが――と身体的な武術を叩き込まれた。

 俺は誰かに強制されて不死殺しになろうとしているわけじゃない。自分の意志で不死殺しになりたいんだ。

 タチバナさんは良かれと思って不死者を生み出しているのは重々承知している。しかし、それでも『死を望む不死者』を救ってやるのが俺の仕事なんだ。

 と、まあ、それっぽくまとめはしてみたが、不死者である伊那さんに関しては別だ。

 彼女を〝救う〟つもりはない。何故なら俺が好きだから。

 だから、俺は彼女を〝救わない〟。その代わりに俺が〝守る〟んだ。


 ♢


 風呂から上がって一時間。俺は自室のベッドに腰掛けてスマホとずっとにらめっこをしていた。


「はあ……」


 俺は何度決意を固めれば止まることなく進めるのだろう。

 でも、これは年頃である高校生特有のもののはずだ。つまり普通なこと。

『明日、お暇だったら街の方のショッピングセンターに行きませんか?』

 という、短文をもう百回は読み返したのではなかろうか。

 そして、ついに意を決して送信ボタンを押した。押してしまった。

 スマホをテーブルに置き、枕に顔うずめる。恋することは幸せなことだけど、こんなにも大変だなんて。中学生までの恋とはまた違った気分だ。高校生となり、身分だけでなく心にも変化があったと言うことだろうか。

 なんてほんの一分ほど考えていると、スマホが鳴り響く。

 予想していた未来であった。彼女がそのままメッセージで送り返して来るとは思えなかったからだ。

 スマホの画面に表示された『鴻伊那』の文字を確認し、応答ボタンを押す。


「もしもし」

『何々⁉ もしかして最終テスト⁉』


 ものすごく興奮した声がスピーカーから響き、思わず耳からスマホを遠ざけてしまう。


「さ、最終テストとは……?」

『なんで今更隠そうとするのよ。私が不死者であるかどうか見極めるために誘ったんじゃないの?』

「も、もちろんそのつもりでした!」


 俺の小心者! ただデートに誘いたかったと言え!


『もちろん良いわよ。明日は土曜日で学校がないからどうせ引きこもっている予定だったから。あー、炭櫃さんにお願いして良かったー』


 どうやら既に炭櫃さんが伊那さんを言いくるめてくれていたらしい。そのおかげでまた俺の信頼度は回復し、人の多いショッピングセンターに行くことも了承してくれた。俺の気持ちを知った炭櫃さんが彼女に何を言ったかはわからないが、事態は良い方向に転がっている気がする。


「じゃあ、映画を観てお昼を食べて帰ると言う予定で。伊那さんが観てないって言っていたアニメ映画の予約取っておくので」

『本当⁉ やったー! もう映画館なんて入れないと思ってたけど、不死殺しの人もついて来るんでしょ? それなら安心して映画に集中できるわ』

「そうですね、楽しんでもらえれば」


 嘘は吐いていない。嘘は。


『あっ、でも……』


 興奮し切りだった彼女のトーンが急に下がる。


『今日、いつも一緒に降りる駅で不死者が通り魔的な犯行をしたの知ってる? フェイスマスクを着けた人がすぐに倒したらしいけど、負傷者が出たんでしょ? 不死殺しの人がそばに居ても、私が誰か一人でも傷つけたりしてから殺してもらっても後味が悪いわ……』


 やはりあの事件は伊那さんの耳にも入っていたか。でも安心させれる材料は考えてある。


「大丈夫ですよ。その不死者は最初からナイフを持っていました。伊那さんが凶器になるようなものを持ってこなかったら大丈夫ですよ」

『……それもそっか! じゃあ、私が正気を失って誰かを鞄で殴ったらもう殺してくださいな』

「ま、まあ、それはその時の状況判断で……。不死殺しはあまり公の場で力を使うことができないので……」

『ほほう、そういえば不死殺しがどうやって不死者を殺しているかなんて、考察している人が居ても事実は誰も知らないものね。やっぱり隠匿していたんだ。へえー』


 アニメによくある謎の組織の正体が少し判明し感嘆したかのような声がスピーカーから聞こえた。


「では、現地集合ということで良いですかね? 時間は後で送るので――」

『あっ、待って』

「どうしました?」

『待ち合わせ場所は私がいつも乗車する駅のホームで良いかしら。たった二十分だけど、禍津君が居てくれた方が安心するから』

「…………」


 一瞬、言葉を失う。

 伊那さんが正確に言いたいこととしては、俺が居るということは不死殺しも居るだろうということなんだろうけど、すごく心に響いてしまった。


『禍津君?』

「あ、ああ、すみません、もちろんそれで構いませんよ! では、新快速のホームでいつもの車両の乗り口辺りで待ってますので!」

『うん、お願い。じゃあ、また明日ね。おやすみ』

「お、おやすみなさいです」


 そして、余韻も残さずすぐに通話が切れる。

 俺は急いで映画館のサイトにアクセスしてチケットの予約を取った。

 天気予報を確認したら夕方から雨らしい。先に確認しておくべきだったと後悔したが、午前中に映画を観てお昼を食べて帰るだけなので大丈夫だろう。

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