第17話

ソリゴンドラに乗り、自宅上空からゆったりと飛び立った後、片道30分以上掛かる道程を10数分程で花園上空に着き、ゆっくりと花園入口へと下降して草地の上に着陸すると、2人はソリゴンドラから降り、その見事な景色に圧倒される。


「これは⋯見事な景色ですね⋯上空から見ても美しかったですが、実際に降り立って見ると全然違います⋯春も終わりが近いというのに、この空間だけは未だ春の盛りが続いているなんて⋯それにこの豊かで暖かい⋯溢れるような濃密な魔力は一体⋯」


「久し振りに来て見たけど、色とりどりの春の花が集まって凄く綺麗だよねぇ⋯優しくて暖かくて、風に乗ってお花の良い香りもして⋯⋯一度も見たことない両親や、亡くなったおばあちゃんがいるような気がして⋯時々この花園に来ては悲しさや寂しさを紛らわせたんだよね⋯」


「お嬢様⋯」


どこか遠く⋯懐かしそうな目で花園を見つめながら語るローズマリーにリヒトは切なさが募ってローズマリーの前に跪くと、その小さく柔らかな手を取って見つめる。


「リヒトさん?」


「お嬢様⋯私は何があっても、お嬢様と共におります。離れていても、お嬢様の傍に駆けつけ守ります」


真っ直ぐに⋯嘘偽りの無い、本心で言ってくれてるのだとわかったローズマリーは、驚きと嬉しさで胸がいっぱいになるあまり目を潤ませたが、すぐに恥ずかしくなったのか俯きながら手の甲で涙を拭い、照れ臭そうに微笑む。


「⋯ありがとう、リヒトさん。あのね、リヒトさんが家に来てくれたお陰で、私、もうあまり寂しさを感じてないんだ。リヒトさんが実家に帰ってる間も、家に帰ってきたら何を作ってあげようだとか、一緒に何して遊ぼうだとか考えながら待ってたから、楽しかったんだ。だからね、もう大丈夫!両親やおばあちゃんのいない寂しさはまだどこかにあるだろうけど、楽しい思い出もあるし、それにこれからはリヒトさんと一緒だから平気だよ。⋯へへッ、なんだか湿っぽくなっちゃったね⋯⋯気を取り直して、桃色の花と葉を採りに行こう!」


「はい、お嬢様」


リヒトは自分の想いが伝わった事に安堵し、立ち上がって花の海へと先行しようとするローズマリーに追従していく。

そして、花畑の前まで行って立ち止まったローズマリーは、不意に両手をメガホンのような形にし、花達に向かって大声で語りかける。


「お嬢様、何を⋯」


「真ん中にある花の樹の元へ行きたいから、皆避けてくれるかな~?」


その言葉を聴いた花達は暫くザワザワと音を立てた後、ザザアァーと花の海が前方へ真っ直ぐに割れ、2人分ほどのスペースが取られた草地の道が出来上がっていた。


「これは⋯」


「この子達賢いんだよ~。お願いしたら踏まれないように道を作って避けてくれるんだ~」


エヘヘとにこやかな笑みを浮かべながら、ローズマリーは割れた草の道を前世・日本の昔の作曲家が作っていた春の曲を何故か思い出して鼻歌にしながらテクテクと歩き始め、リヒトも若干戸惑いつつローズマリーの後を付いて歩き続けていけば、鼻歌に誘われたのかしだいに蝶や小鳥、リス等の小動物がローズマリーの元に集まり始め、小さく可愛らしいメルヘンチックなパレードが形成されていった。

そんな可愛らしいパレードを続けること数分、ローズマリーとリヒトは目的地である桃色の花が咲く大樹の元へと辿り着いた。


「わぁ~⋯遠くから見た時には桃色の花がいっぱい咲いてるのはわかってたけど、近くで見るとまた違うね~!凄~い!」


「えぇ⋯本当に素晴らしい眺めですね⋯」


近くで見た桜の花に似た桃色の花の大樹の様相は、まさに圧巻の一言である。

暫しの間、その例えようの無い美しさに酔いしれていた2人であったが、ハッと本来の目的を思い出し、現実へと返る。


「⋯フゥ⋯あまりの綺麗さに目的を忘れる所だった⋯危ない危ない⋯」


「私はずっと(桃色の花の大樹の下で佇む美しいお嬢様の姿を)見ていたかったのですが⋯仕方ありませんね⋯」


「え?今何て?小声で聴き取れなかったんだけど⋯?」


「いえ、何でもありません」


実はリヒトだけ違うものを見ていた事実を知らないローズマリーは、ニッコリと微笑み誤魔化すリヒトに疑問符を浮べて首を傾げるが、大したことでは無いのだろうと思い、採取の準備をする為に、アイテムボックスから畳まれた布を取り出して草地に広げると、かなり大きめなのか不完全な形となり、リヒトも手伝って再度広げ直す。


「⋯よし、こんなもんかな。それじゃあ、採取を始めるんだけど、この大樹の花弁と葉の採取方法がちょっと特殊で、人の手で直に摘むとすぐにその場で枯れちゃうの」


「そんな繊細な花と葉なのですか?!」


「うん。だからね、花弁と葉を手に入れるにはこうやって地面に跪いて、目を瞑って両手を組んで、祈りの姿勢を取りながら花と葉を欲しい理由を大樹に向かって嘘偽りなく言ってお願いするしかないの」


「これは⋯とても気付き難い採取方法ですね⋯」


「そうだねぇ⋯でもさ、私達が大樹の立場だったら、いきなりやって来て花弁や葉を身体から毟られるのは怖いし痛いし嫌じゃん?それだったら理由を言ってお願いしてくれた方があげやすいよね」


「確かに⋯それもそうですね」


普通であればこの話は受け入れられずに嘲るか、腕の良い医者を紹介されるか位しかないのだが、リヒトは運命の伴侶だからか、はたまたこの場所の魔力や空気感がそうさせるのか、ローズマリーが語る特殊な採取方法が不思議と事実なのだとすんなりと理解し、納得する。


「それじゃあ花弁と葉の入手方法がわかった所で、採取を始めましょ」


「はい、お嬢様」


リヒトはローズマリーの隣で同じ様に跪き、目を瞑って祈りの姿勢を取ると、ローズマリーはその姿勢を維持したまま、大樹に向かって花弁と葉が欲しい理由を伝え始める。


「桃色の花を咲かせる大樹さん、今日は貴方の身体に咲く花と葉を頂きに参りました。理由は、私の隣にいるリヒトさんが、お母さんからリヒトさんのお兄さんの身体の弱さを改善するように命令を受けたので、それをどうしようかと私に相談したら、貴方の花弁と葉を煎じて作った薬湯茶が良いと思い出したのでここまで来ました。なので、お願いします。リヒトさんのお兄さんの身体を改善する為に、貴方の花と葉をお分けください」


「桃色の花の大樹様、お初にお目にかかります。先程紹介されましたリヒトと申します。お嬢様⋯ローズマリー様が申されました通り、我が母から、兄上の身体の弱さを改善させるようにと命じられ、その改善方法をローズマリー様に相談した所、貴方様の身にある花と葉を煎じた物を飲ませれば、兄上の身体の弱さを改善出来るとお聴きいたし、今日、ローズマリー様と一緒に貴方様の元に参りました。誠に勝手な申し分で申し訳ありませんが、もう貴方様の花と葉を煎じた物でしか、我が兄を救う事は出来ないのです。どうか、何卒⋯何卒、貴方様の花と葉をお分け頂きたく、お願い申し上げます」


「お願いします!」


ローズマリーとリヒトは嘘偽りなく、大樹に来訪目的と理由を真摯に伝えると、数秒後、大樹の上部からフワリ⋯フワリ⋯と仄かな光を放ちながら、薄桃色の花と葉がゆっくりと牡丹雪のように大きく広げた布の上に幾つも降り積もっていき、やがて、コンモリとした小山が出来上がった所で花と葉の雨は降り止んだ。

熱心にお願いしていたローズマリーは、そろそろ程良い量まで花弁と葉が溜まっただろうかと、ソッ⋯と瞼を開けて確認すれば、驚愕のあまり大声を出してしまう。


「えっ!?予想以上にいっぱいあるんだけど?!というか、花が丸ごと?!?!良いの?!?!?!」


その問いに応えるように、大樹はワサワサと枝を震わせて葉音を鳴らせば、ローズマリーは嬉しそうに笑み、大樹に駆け寄って大きく腕を広げて幹にしがみつきながら、「ありがとう」と感謝の言葉を伝える。

すると次の瞬間、大樹とローズマリーが淡く光り始めたかと思うと、カッと目が眩むような強烈な光とプレッシャーが放出される。


「クッ⋯身体が⋯動かないっ⋯!お嬢様!お嬢様ー!!」


突然の異常事態に真っ先に駆け寄りたかったリヒトであったが、凄まじい圧に身体が動かせず、近寄る事が出来ない。

光に包まれたローズマリーが、このまま自分の知らない⋯手の届かないどこか遠い世界へ消えてしまいそうになる恐怖と、自分の元から最愛の存在を連れ去りそうになる光の中から、一刻も早く取り戻したい焦燥感が胸の中で混ざり合い、身体を動かそうとするが、目に見えない圧力に阻まれ、苛立ちばかりが募っていく。

そうして何も動きがないまま数分程経った頃、唐突に光と圧が消えていき、後には何事も無かったかのように辺りは元の静けさを取り戻し、ローズマリーは大樹の傍でボンヤリと佇んでいた。


「っ!お嬢様!!」


ようやく動けるようになったリヒトは素早くローズマリーの元に駆け付け、存在を確かめるように、小さく華奢な身体を強く抱きしめる。


「お嬢様⋯お嬢様⋯っ!」


「⋯⋯ん?は?えっ、ちょっ、リヒトさん?!く、苦じいぃ⋯」


夢現でボンヤリとしていたローズマリーであったが、リヒトからの抱擁による締め付けと体温、耳元を擽る低く艶のある声で我に返り、強過ぎる抱擁を緩めて貰おうと声を掛けるが⋯


「お嬢様!⋯ご無事で本当に良かった⋯!お嬢様がいなくなってしまったら⋯私は⋯⋯私は⋯⋯っ!!」


抱き締めるリヒトの耳と身体、尻尾が小さく震え、心から心配し恐怖しているのだと伝わったローズマリーは、緩く抱きしめ返し、震えが治まるように「大丈夫⋯私はここにいるよ⋯」と、繰り返し囁くように語りかけ、優しく背中を撫で続ける。

暫く背中を撫で続け、漸く震えが止まったリヒトは抱擁を解くと、大量の淡く光る桃色の花と葉を広げていた布で素早く包み、携帯用マジックバッグに収納したあと、再びローズマリーの元に歩み寄ると「失礼します」と断りを入れてから姫抱きをする。


「わっ、ちょっ、リヒトさん?!いきなり何を?!?!」


「用事も済みましたし、もうこの花園には用はありません。速やかに帰りましょうそうしましょう」


「えっ、でもお昼ご飯⋯」


「申し訳ありませんが、家の敷地内にある庭で食べましょう。⋯こんな所で食べるよりずっと良いです」


その小さく紡がれた苦々しげな言葉を聴いたローズマリーは、心底この花園にいたくないのだと悟ると、すぐにでもこの場を離れたかったのか、膝から下に魔力を纏わせてローズマリーを抱いたまま飛び立とうとしていたリヒトを制止し、帰る為にソリゴンドラをアイテムボックスから出したいと言えば、リヒトは暫しローズマリーの瞳を見ながら考え続け、やがてフゥ⋯と目を伏せて溜息をつき、ローズマリーを降ろす。


「お願いを聴いてくれて、ありがとう。それじゃあチャチャっと出してサッサと帰ろう!お昼ご飯も食べたいし、話したいこともあるしね」


「はい⋯お手数をお掛けしてしまって、すみません⋯」


「気にしないで。今度は別の花畑を探して、そこで一緒に食べようね!」


「お嬢様⋯⋯はい!」


少しだけリヒトの気持ちが上向いた所で、ローズマリーはアイテムボックスからソリゴンドラを出し、2人が乗り込んで安全ベルトとバーで身体を固定すると扉を閉め、ローズマリーが操作棒に触れて魔力を流せばフワリと車体は浮上し、花園上空まで上昇した所で風魔法が加わって家へ向かって前進し始め、来た時と同様、ソリゴンドラは黄緑色の魔力光の奇跡を描きながら、花園から遠ざかっていったのだった。

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森暮らしの少女と押しかけ狐 狐森秋織 @komori-akio

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