第16話

翌日


いつもの様に起き、身支度を整えたローズマリーは部屋から出ると、階下からほのかにパンの焼ける匂いが漂い、キッチンからトントンとリズミカルに包丁の叩く音が聴こえ、昨夜教えた朝食の作り方を実践してるのだなと思い、階段を降りてダイニングに行くと、テーブルの上にはほぼ完璧と言っても良いくらいの朝食が並べられていた。


「おはよう~、リヒトさん!」


「おはようございます、お嬢様。あとはサラダを盛り付けるだけなので、お座りになってお待ちください」


「はーい。昨日少ししか教えてないのにもう作れちゃってる⋯凄く記憶力が良くて器用なんだね~」


「いえ、まだまだです。昨夜教えて頂いたお嬢様の故郷の味である和食は未だ作れませんし、今はお嬢様から簡単と言われたモーニングセットしか作れませんから⋯御手を煩わせてしまい申し訳ありませんが、引き続き、調理指南の程をお願い致します」


「良いよ~。今夜の夕食作りの際に、また一緒に作りながら教えるね」


「はい!ありがとうございます!」


盛り付け終えたサラダをテーブルに起きながらニコリと嬉しそうに微笑み、大きな尻尾をフサフサと振るリヒトを見てローズマリーは可愛いと思いつつ、2人は食前の言葉を言って朝食を摂り始める。


「モグモグモグ⋯ウ~ン!オムレツ美味しい~!リヒトさん、本当に初心者?」


「お口に合った様で良かったです。大抵の事は観察と記憶力で何とかなっていたのはわかっていたのですが、調理も出来てしまうとは自分でも驚いています」


「ふぅ~ん⋯本当に器用なんだねぇ⋯でも、その器用さでこれからは助かっちゃうから、楽できて良いわ~」


「助かる⋯ですか?」


キョトンとした表情を浮かべるリヒトに、ローズマリーは朝食を食べ進めながら話し続ける。


「うん。だってさぁ、私って何事も雑だし、目分量とか感覚ですることが多くて、全く同じ味や形、記憶するのが苦手なのよね~。だから、記憶力が良くて器用なリヒトさんがいてくれると助かるんだ~⋯それに⋯」


「それに?」


「リヒトさんと一緒に料理を食べてると、いつもより美味しく感じるって意味でも助かるなぁ⋯て思ってね」


エヘヘと少し照れくさそうに笑いながら語るローズマリーの言葉に、リヒトは心が暖かく、愛しさが更に増し、運命の伴侶がこの方で良かったと心底思う。

そんな事を思われてるとはつゆ知らず、呑気に朝食を食べ続けているローズマリーはハッとある事に気付き、真剣な顔でリヒトに問い、何事かと姿勢を正してリヒトが聞き返す。


「⋯リヒトさん」


「⋯はい」


「朝食⋯この量で足りる?」


「⋯え?」


「まだアイテムボックスにお昼ご飯のとは別にご飯取ってあるけど⋯足りる?」


アイテムボックスを発動させて神妙な面持ちで聞いてくるローズマリーに、リヒトは一瞬の間を置いた後、人生で初かもしれない盛大な大笑いをあげ、そんなリヒトに「ちょっと!何笑ってるの?!」とローズマリーは困惑気味に声をあげ、その言葉で更にツボを突かれたのか、リヒトはお腹を抱えて泣き笑い続け、賑やかに朝食時間が過ぎていったのだった。





朝の賑やかな食事時間を終えた後、リヒトは漸く大笑いの呪縛から抜け出して落ち着いてくると、朝食後の食器洗いや屋内の清掃、洗濯(ローズマリーの下着だけはローズマリー自身で洗う事にしている)をテキパキと終わらせ、その間に、ローズマリーはリヒトが帰ってくる迄に木工スキルで物凄い速さで作っておいた自室にある簡易テーブルと椅子、テーブルクロス、魔除けのお香等をアイテムボックスに収納したり、クッキーのレシピやリンスシャンプーを売ったお金で布を買い、前世であるような動き易くお洒落可愛いワンピースを手作りし、そのワンピースを纏ってちょっとしたファッションショーごっこを姿見の前でしていたら、花園に向かう時間帯になっていた。


「お待たせ~、リヒトさん!新しく作った服を試着してたら遅くなっちゃった」


既に玄関前の庭に出ていたリヒトは、遅れて出てきたローズマリーを視認すると、目を見開き、頬をほんのり紅潮させながら驚く。

輝かんばかりの薄い黄緑混じりの白銀髪を、若草色のシンプルなリボンでツインハーフアップにして結い上げ、同じく若草色した膝下丈フレアワンピースと白のボウタイブラウスを身に着け、子供用の茶色いショートブーツを履き、手作りであろう見慣れない小さな肩掛け鞄を提げ、朗らかな笑顔を向けるその姿はまるで妖精の様に愛くるしいものであった。


「お嬢様、とても可愛らしくお似合いです!まるで森の妖精の様です⋯」


ウットリと熱が籠った目で艶やかな微笑みを浮かべながら、嘘偽りのない本心からの感想を聴いたローズマリーは、何だかよく分からない恥ずかしさを感じて薔薇色の頬を手で隠すが、リヒトにとってはその仕草さえも愛しく可愛らしいものにしか見えてないことに気付いてないローズマリーは、妙な空気感を払拭する為に、態と声をあげる。


「き、今日はこの後花園へと行くのだけど!たまには気分を変えて、空から行こうと思います!」


「歩きではなく、空から⋯ですか?」


「うん!今回、リヒトさんを驚かそうと思って、ある物を作って用意したんだ~」


そう言ってローズマリーは大きめにアイテムボックスの口を開くと、身体強化魔法を発動させてアイテムボックスの中へ両手を突っ込み、渾身の力でズルズルと引っ張り出した物は、前世でクリスマスの日にトナカイがサンタとプレゼントを載せて引き走っていたと思われるソリと、遊園地にあるメリーゴーランドのゴンドラを混ぜ合わせた様な、木製の乗り物らしき物が現れた。


「じゃじゃーん!リヒトさんの飛行魔法を参考にして作った、飛行ソリゴンドラでーす!ソリゴンドラの底と板部分には重力魔法と風魔法の混合魔法陣を刻んでいるから安定した飛行を実現しまーす!もちろん、安全にも十分配慮していて、身体が飛び出さない様に固定する為のベルトとバーも完備!飛来物にも対応して結界魔法もちゃんと組み込んであるよ~。大量の荷物も詰め込めんだり、乗る人数が増えても大丈夫な様に後部座席は広めにしたんだ~。いやぁ⋯作るのにちょっとだけ苦労したわ~」


ソリゴンドラを取り出し、嬉々として各部の説明するローズマリーを他所に、ポカンとした表情で呆気に取られていたリヒトであったが、説明が終わるとハッと我に返る。


「⋯ハッ!えっ!このソリゴンドラ、お嬢様が1人でお作りになられたのですか?!?!」


意識はどこか飛んでいたが、説明はしっかりと聴いていたようで、徐々に好奇の光を瞳に宿すと、気になるのか尻尾をフサリフサリと揺らし、身体もソワソワし始める。

その様子を横目で見ていたローズマリーはクスクスと小さく笑うと、ある提案を出す。


「半分正解かな?鍛冶師のおじさんや魔道具師の人にも協力して貰ったんだ~。⋯そんなに気になるなら近くで見てみる?何なら乗ってみる?」


「えっ!?よろしいのですか!?!?」


ローズマリーの言葉にバッと振り向き、キラキラとした目で見つめ、嬉しそうにブンブンと尻尾を振るリヒトを可愛いと思いながら頷き、GOサインを出すと、リヒトは早速ソリゴンドラの表面やパーツを至近距離で観察していき、疑問があると即座にローズマリーに聞き、答えを得るを繰り返していく。


「⋯ハァ~...素晴らしい仕上がりですねぇ!特にこの操作棒に刻まれた魔法陣の密度が凄いです!」


「あぁ~⋯その魔法陣は色々と必要なものを詰め込んだら結果的にそうなっちゃっただけなんだよねぇ⋯まさかその紋様が高密度過ぎて高魔力保持者しか操作出来ない仕様になっちゃったのは誤算だったけど(小声)」


「?何か仰いましたか?」


「ううん、何でもないよ~。さ、ソリゴンドラのお披露目も済んだことだし、そろそろ乗って、試運転してから花園へ出発しよっか」


「はい、お嬢様」


2人はそう言ってソリゴンドラの座席に乗り込み、安全装置であるベルトとバーを装着し、ローズマリーが捕まり棒の様に伸びている操作棒を握って魔力を流すと、車体はフワリと浮き上がる。

ある程度の高度で留まった後、スキー板の様な滑り木が淡く光り出したかと思えば、黄緑色の魔力光の粒がキラキラサラサラと流れ出し、魔力光の軌跡を描きながら風魔法の力でゆっくりと前進し、徐々に加速しながら自宅がある敷地上空を何度か旋回していく。


「おぉ~!2回目の試運転だけど安定しているし、何より、風が気持ち良い~!それじゃあ、この速度を維持したまま、花園へ向かってレッツゴー!」


「はい、お嬢様!」


ローズマリーがテンション高く号令をかけ、リヒトがそれに応えると、ソリゴンドラはゆっくりと車体を花園があると思われる方向へ変え、そのまま黄緑色の光が軌跡を描くように森の上空を駆けていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る