第15話
翌日
前日の精神的な疲労からか、いつもより遅めに起きたローズマリーは、いつもの様に身支度を済ませて部屋を出ていき、朝食、掃除、森の菜園での手入れと収穫をこなした後、通常ならどこぞへとのんびり散歩に出かけるが、今日から暫くは忙しない日々が続くからだ。
まずはこの後、家に帰って大量のリンスシャンプーと液体石鹸を作り、煮沸乾燥させた瓶に詰める作業。
瓶が無くなると、瓶を補充しに村へと赴き、食料雑貨店の店主、店主から話を聴いた村長、村の東側に住む魔道具師、大工、鍛冶師と言った職人達と一緒に、風呂屋建設の為の土地は何処が良いのかと見て回る。
土地が決まった所でローズマリーの魔法で邪魔な雑草や小石を綺麗に取り除いた後、職人達がローズマリーに礼を言いながらクシャクシャと頭を撫でてから基礎工事を始めていき、間取りや広さ等も考えつつ作業を進めていく。
その様子を見たローズマリーは、自分の出番はもう無さそうだと判断すると、一言断ってからその場を離れ、各商店で不要になった空き瓶を回収し、再び瓶詰め作業を再開させる。
瓶詰め作業が粗方終わった所でアイテムボックスに詰め終わった瓶を入れ、再度村へ行って食料雑貨店に行き、店主にリンスシャンプーの瓶と、液体石鹸入りの瓶を納品し、家へと帰る。
家に帰ったローズマリーは、自分の昼食を作るついでにリヒト用の食事も作ってはアイテムボックスに入れていたが、途中で食材が尽きた為に三度村へと行き、中央部にある肉屋で豚肉と鶏肉、西側にある小さな市で野菜を買って家へと帰り、調理を再開する。
ある程度の料理を作り終えてアイテムボックスに入れた所で少し遅めの昼食を摂り、昼食を終えると、祖母が使っていた羽根ペンとインクを借り、自室で昨日シュテルが帰る直前にくれた一枚の羊皮紙にクッキーの材料と調理法を書き写していく。
ちなみに、文字は神からのお詫びチートスキルによって問題無く書けたらしく、ローズマリーは内心で感謝した。
それが終わると、次にローズマリーは魔力を対価に物品召喚を発動させ、子供用と成人男性用、成人女性用の各サイズ違いの下着類一式(ブラジャーを除く)を取り寄せて見本にしつつ、使っていない柔らかい布、余っていたゴムっぽい材料、裁縫セットを使い、スキルにより凄まじい速さで作り上げていく。
前々から身に付けている下着の着け心地に我慢出来ず、地球産の下着類をこの世界で複製し、身に着けたかったのが下着を作る理由である。
「出来たー!これでゴワゴワパンツ生活ともオサラバよ~!では早速履いてみて⋯っと⋯⋯うん!このフィット感と軽やかさ、コレがしっくりくるわ~。夏前に切り替えられて良かった~」
ローズマリーは暫くクルクルと動き回って喜びの舞を踊った後、複製した下着の何枚かをアイテムボックスへと入れて家を出ると、再度村の食料雑貨店へ行って複製下着を店主に渡し、試着をお願いすると、興味を持っていたのか快く引き受けた店主は暫しの間店の奥へと入り、使用感を確かめる。
数分後、店の奥から出てきた店主は、ローズマリーに下着も商品化しようと興奮気味に持ち掛け、ローズマリーも複製下着の既製品版が欲しいので、商品化の許可を出して契約書類を書いた後、家へと帰っていった。
そんな日々の内容は違えど忙しい日常を過ごす事二ヶ月後、少しずつ春の植物が姿を消し始めた頃に同居人のリヒトが帰ってきた。
「ただいま戻りました、お嬢様」
昼食後の食器を洗っていたその時、玄関扉が開き、低音だが艶のある声がローズマリーの耳に届き、従者兼同居人であるリヒトの帰還に気付くと、食器洗いを中断し、トタトタと小走りで玄関まで出迎える。
「おかえりなさい、リヒトさん!」
「ッ、ただいま帰りました⋯お嬢様」
自身の帰還を嬉しそうに笑むローズマリーを見て、リヒトは愛しさで尻尾をブワリと膨らませてブンブンと振り、喜びを顕にする。
「長旅で疲れたでしょう?お風呂、いつでも入れる様に準備してあるから、先に入ってきちゃいなよ。着替えは脱衣所に用意してあるからさ」
「ありがとうございます、お嬢様。持たせてくれたお茶のお陰か、帰って来るまであまり疲れは感じなかったのですが、この家に帰って来たと思ったら気が抜けたのか、強い疲れを感じるようになったので、ありがたく入浴させていただきます」
「うん!疲れが取れる様に薬草風呂にしたから、ゆっくり浸かって来てね。あ!あと、身体を洗う用の液体石鹸を作ったのだけど、使い方は⋯」
そう言ってローズマリーは液体石鹸の使い方を説明すると、リヒトを風呂場へと送り出し、途中だった食器洗いの続きを再開する。
暫くして食器洗いを終わらせた後、リヒト用に作った入浴後のハーブティーをアイテムボックスに入れ、リビングで刺繍を刺していると、風呂上がりのリヒトがリビングに入ってきた。
「お風呂上がりました、お嬢様。ありがとうございます」
「うん、よかっ、ヴッ!⋯お、お風呂はどうだった?熱かった?」
風呂上がりの色気ダダ漏れ具合を忘れていたローズマリーは、いつもの調子でリヒトを視認したばかりに凄まじい色気に当てられ、一瞬倒れそうになるがなんとか堪え、何でもない風に取り繕い、入浴の感想を聞く。
「とても温かく、薬草湯のお陰で疲れが吹き飛び、癒されました」
「そ、そっかぁ~⋯あ!まだ髪が乾いてないから乾かしてあげるね!そこのソファに座って」
「すみません、お手数をお掛けしてしまって⋯」
「良いのよ、私が好きでやってる事だし、温風魔法を覚えてもらったら私にもやって貰いたいからお相子よ」
髪を乾かすという口実でリヒトの艶姿を直視せずに済んだローズマリーはホッと息を付くと、そそくさとソファに座るリヒトの後ろ側に回り、未だシットリと濡れる黄金の滝の様に流れる髪と頭皮だけを袋状となった温風魔法で閉じ込め、乾かしていく。
時間を掛け、髪を痛ませないようにしつつ手櫛で乾かし続け、髪がツルサラ触感になってきたのを感じると、櫛と髪紐を取りに急いで自室に戻ってから再び乾燥作業に戻り、完全に乾いたのを確認し、冷風に切り替えて仕上げに入る。
「⋯よし、出来た!縛り具合、痛くない?」
「はい、大丈夫です。乾燥だけでなく、髪も結い上げてくださり、ありがとうございます!」
嬉しそうな表情で礼を言いながら振り返るリヒトを可愛いなと思いつつ、昼食を食べるか否か聞いてみる。
「お風呂入ってゆっくり出来たけど、お昼ご飯はどうする?」
「!食べたいです!実家の食事では満足出来なかったので、お嬢様の料理を食べたくて仕方なかったです!!」
「そ、そう?それじゃあ、リビングでだけど昼食食べる?リヒトさん用の料理はもう作って、アイテムボックスに入れてあるから⋯」
「食べます!!!!!」
興奮したリヒトが食い気味に答えた事で食いしん坊狐だった事を再認識したローズマリーは、クスクスと笑いながら、アイテムボックスから出していく料理をテーブルに次々と並べ続ける。
やがて、テーブルいっぱいに乗せきれないほどの料理が並べられると、リヒトは手を合わせ「いただきます!」と言って食べ始めていく。
食べる所作は上品で美しいのに、作った料理が次から次へと口の中へと消え、一品食べ終わると料理名を聞いて、食べた料理はどう美味しかったのか感想を述べては次の料理へと手を伸ばしては無言で食べを繰り返し、空になった皿が積み上がり続ける。
そうして時間を掛けてリヒトは料理を完食し、ローズマリーが淹れてくれたハーブティーを味わいながら飲む。
ちなみに、今回の料理は洋食を中心としたものにした。
「フゥ⋯今回の料理も美味しかったです!ごちそうさまでした」
「フフッ⋯口に合ったようで良かった。私は使った食器を洗ってくるから、ゆっくりしてて」
「いえ、食器洗いは従者である私がやります。お風呂に入って食事もさせて頂きましたので、だいぶ疲労回復しました。ですので、今これより、大幅に遅れた分、従者としての業務を遂行していきたいのですが⋯お許しくださいますか?」
立ち上がってローズマリーの前に歩み寄って跪き、目を潤ませながら懇願するリヒトの姿を見て心にグサリと刺さったローズマリーは、ウッと呻き、業務開始の許可を下す。
「~~~~~~~ッ、わかった⋯本当なら今日1日は疲れを取って貰いたかったけど仕方ないね⋯それじゃあ、お願いしようかな?」
「!ありがとうございます!改めて、誠心誠意仕えさせていただきます!!」
嬉しそうに応えるリヒトに撫でたい衝動に駆られたが堪えていると、肝心な事に気付いて聞いてみる。
「そういえば、食器の洗い方ってわかるの?わからなければ教えるけど⋯」
「心配には及びません。実家で働いているメイド達の業務を観察した上で実際に体験して覚えてまいりましたので、炊事以外の大抵の家事は出来るかと」
「ふぅん⋯ん?実際に体験??」
「はい。報告が遅れてしまいましたが、実家での内紛を早々に片付け、家長である母に直訴して後継者候補を辞退し、身分も返上した後、ツテを頼って貴族のメイドとして短期間働き、技能を習得してまいりました」
「ちょ、えっ、後継者候補を辞退?!身分返上?!?!メイド?!?!?!どういうこと?!?!?!?!?!」
明かされる衝撃の事実に白黒するローズマリーに、リヒトは何でもない事のように語り続けていく。
「二ヶ月前に宣言した通り、私はこの平穏な森の生活を邪魔されない様、障害となり得る後継者候補達に対する暗殺騒動を、前々から予め集めていた確固たる証拠の数々を提出した上で主犯を投獄し、その褒賞に身分返上を願い出て受理され、その後、知り合いのツテを頼って変身魔法で女体化し、メイドに成り済まして主要な技能を習得して、お嬢様の元へ帰還しました」
「⋯色々と聞きたいことはあるけど⋯とりあえず、ご実家のゴタゴタは解決したのね?」
「はい。⋯ですが⋯」
「ですが?」
「家長たる母から、身分返上を許可する代わりに、一月に一度、里帰りする事と、私が後継者候補に推薦した兄の体調を万全にせよ⋯と命じられてしまいました⋯申し訳ございません」
ペショリ⋯とすまなそうに耳を伏せるリヒトの姿があざと可愛く見えたローズマリーは内心でん"ん"ん"ん"ん"ん"と悶えるが、我慢する。
「⋯一月に一度の里帰りは仕方ないんじゃない?子供の顔を見て安心したいんだろうし⋯というか、お兄さんの体調の方が気になるんだけど⋯どういう感じなの?」
「兄は昔から体調を崩しやすい体質で、たまに体調が安定しても1日保てるかどうかで⋯ほとんど寝たきりで、自室から出られる事はありません⋯」
「そうなのね⋯う~ん⋯⋯」
ローズマリーはリヒトの兄の体調を改善させる何か良い方法はないかと頭を巡らせていると、ピーン!と、ある事を思い出し、難しい顔をしているリヒトに伝えてみる。
「あのね、思い出した事があるんだけど、聴いてくれる?」
「はい、何なりと!」
「うん。⋯昔、私が今よりもっと小さな頃に、おばあちゃんに連れられて森の奥近く⋯いつも薬草とかを収穫してる菜園よりも奥まった場所にある花園に、桃色の花が咲く凄く大きな樹があるんだけど、その花弁と葉で煎じた薬草茶を飲むと体調がだいぶ良くなるっておばあちゃんが言ってたから、効果あるかもしれないの⋯もし良かったら、明日、その樹がある花園に行ってみない?春も終わり近くて花弁が少ないかもだけど⋯どうする?」
ローズマリーがそう問うと、リヒトは真っ直ぐに目を合わせ答える。
「はい。少しでも可能性があるなら、それに賭けてみたいです」
「そっか⋯わかった。明日は花と葉を採取出来たら、ついでにその花園でお昼ご飯を食べようね」
「!ハイ!」
お昼ご飯と聴いて途端に目を輝かせ、耳はピンッと立ち、尻尾がフサフサと揺れる姿に悶えそうになったローズマリーはグッと堪えつつ、洗剤の使い方を教えて食器洗いを任せた後、リビングのソファに座ってリヒトの耳や尻尾をモフりたかった欲求をぶつけるように刺繍を再開していき、気付いた時にはちょっとした大作を刺し上げていたのであった。
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