第13話



女将にハンバーグと唐揚げを教え、再び重力魔法で生簀を浮かせて持ち、食堂を出たローズマリーは予定通り薬屋に薬草を卸し、帰路に着こうと外へ出ると、食料雑貨店の前に荷物が詰め込まれた幌馬車が停まっているのが見えた。


「行商の馬車だ!新しい商品を卸に来たのかな?それとも買い付け?どっちにしても帰る前にちょっと寄ってみよう。新しい木皿も欲しいし」


そう言うとローズマリーは重力魔法で浮かせている生簀を食料雑貨店の裏側へ行って隠すと、アイテムボックスから予めお金を分けて入れておいた財布代わりの皮袋を取り出して持ち、食料雑貨店の正面入口から店内へと入るが、店主は商談中なのか、会計カウンターにはいなかった。


「店主さんはいないのかぁ⋯ま、いっか。その内戻ってくると思うし、今の内にお皿を見繕っておこう~」


ローズマリーはそう結論付け、のんびりと木皿を見て数枚手に取り、時々、布類や細々とした雑貨等も数点手に取って眺めたりしていると、店の奥から店主と癖のあるフワフワとした薄茶の髪に紅茶色の眼、仕立ての良い服を着た柔和そうな⋯恐らく商談相手であろう商人の男性が出てきた。


「おや、来てたんだねマリーちゃん。こんにちは」


「こんにちは、お嬢さん」


「こんにちは、店主さん!えっと⋯商人のおじさん。今日は新しい木皿が欲しかったから寄ったんだんだ~」


「そうだったのかい⋯⋯ん?マリーちゃんの髪⋯ツヤツヤ輝いてるような⋯何かやったのかい?」


「そう言われてみると綺麗に光って見えますね⋯お嬢さん、何か秘訣でも?」


2人の商売人から突然、圧力を掛けられるように問われたローズマリーは、引き気味になりながらも何とか答える。


「え、えっと⋯なんとなく頭が痒くなったから、森で採れるハーブから作った洗髪液を使って髪を洗っただけだよ⋯」


「「洗髪液?」」


「う、うん。そうしたら痒みも無くなったし、櫛の通りも良くなって⋯」


「頭の痒みも無くなって⋯」


「櫛の通りも良くなる⋯」


店主と商人の男性は無意識に放っていた異様な圧を解放して何やら考え込むと、ローズマリーは圧から解放されてホッとし、一息つく。


「⋯ねぇ、マリーちゃん。この洗髪液、いくらなら作って売ってくれるかい?」


「え?」


前と同じようなやり取りにコテンと首を傾げるローズマリーに、商人の男性も店主に追従する。


「お嬢さんが作った洗髪液は革命を起こせます!不快な痒みが解消される上に、髪に艶が生まれる⋯なんて一石二鳥なのでしょう!これは確実に売れます!!」


「は、はぁ⋯でも、洗髪液なんて街や王都の店に行けば売っているのでは?」


引き気味に答えつつも質問するローズマリーに、商人の男性は首を横に振る。


「王都や各街の店を回って見てきた事はありますが、このような画期的な洗髪液は見たことはありません。なので、お嬢さんしか作れない洗髪液はとても貴重で、価値が高いのです」


「なるほど⋯でも、多分、洗髪液は売れないと思います」


「何故なんだい?マリーちゃん」


「洗髪液で髪を洗った時に泡が出るのだけど、それを洗い流すには物凄ーく沢山のお湯が必要になるし、髪をちゃんと温風魔法で乾かさないと、せっかく洗ったのに痒くなっちゃうの」


「沢山のお湯⋯」


「温風魔法⋯」


「うん。だから洗髪液を売るにしても、お湯をいっぱい使えて、温風魔法を使わなきゃいけないとなると売り先が限られると思う」


再び考え込んだ2人であったが、暫くして先に口火を切ったのは商人の男性であった。


「売り先については心配要らないかもしれません」


「何で?」


「貴族や王族が住む屋敷や城には見栄の為にタップリのお湯が入る浴場がありますし、髪を乾かすのに必要な温風魔法は魔法師を雇えば解決します」


「貴族と王族⋯」


唐突に貴族と王族という壮大過ぎるパワーワードに宇宙猫顔な表情を浮かべるローズマリーをよそに、話はどんどん進んでいく。


「貴族と王族か⋯食い付きと金払いは良さそうだが、囲い込みされるんじゃないのかい?もしそれでマリーちゃんに何かあったらどうするんだい?」


「それについては考えてあります。私とお嬢さんの間で決して破れない魔法契約を結んでしまえば良いのです」


「⋯ハッ!⋯魔法契約??」


聞き慣れない言葉で現実へと帰ってきたローズマリーは、商人の男性に目を合わせて質問する。


「はい。魔法契約とは、契約魔法が刻まれた特殊な紙に、魔力が込められたインクで条件と名前を書き込み、血判を押すことで契約が成立する魔法の事です」


「血判⋯」


内容の中にある血判に反応してゲンナリするローズマリーであったが、店主がすぐさまそれに否と唱える。


「マリーちゃんとの魔法契約は無理だね」


「それは何故です?」


「詳しい事は言えないが、マリーちゃんにほんの少しでも血を流させると後で後悔する事は確実だね。それでもなお⋯魔法契約してでも洗髪液が欲しいなら、私か村長による代理での魔法契約を結ぶしかないね」


商売好きな店主ではあったが、さすがにローズマリーの身の安全に関しては商売よりも優先するのか、商人の男性から守るように立ちはだかり、その気迫に本気で言っている事を悟った商人の男性は目を瞑り、フゥ⋯と息をつく。


「⋯わかりました。貴方か村長さんによる代理魔法契約を呑みます。他にも何か隠している事がありそうですし、それに⋯洗髪液で得られる利益以上の物も得られそうですからね」


ニコリと妙齢の女性なら蕩けそうな微笑みをローズマリーに向ける商人の男性であるが、当の本人は何故に獰猛な肉食獣のような欲望を滲ませる目と笑みを向けられてるのかわからず、引き攣った笑みを浮かべて困惑する。


「それじゃあ、お互いに魔法契約することも決まった事だし、村長の家へ行って契約を結ぼうじゃないか。あ、魔法契約書と魔力インクは旦那が持ってきておくれな。用意周到な旦那なら持ってるだろう?」


「ええ。常に魔法鞄の中に一式収納しておりますので、問題はありません」


「よし。じゃあ、早速村長の家に行くかねぇ⋯あ、マリーちゃん、手に持っている木皿は置いていってね。話し合い中邪魔になるから」


「?話し合い?商人のおじさんと店主さんだけでするんじゃ??」


「何を言ってるんだい?マリーちゃんの洗髪液に関する魔法契約を結ぶんだから、マリーちゃんも一緒に話し合いに同席するのは当然じゃないか」


「えぇっ!?」


貴族や王族、魔法契約やらスケールが大きくなって話についていけてなかったローズマリーが驚き呆然としていると、店主は手に持っていた木皿等を会計カウンターに置いてローズマリーを抱き上げ、そのまま3人は村長の家へと向かう。

村長の家は農家や牧場、それに従事する家族が多く住む南側にあり、その道を暫く歩いていくと村長の家に到着し、挨拶を済ませて家の中へ入る。

そうして村長にこれまでの経緯を話して4人で話し合った結果、ローズマリーの情報を漏らさないこと、ローズマリーが作成した物を販売するか否かの決定権は作成者本人にあること、利益の割合等が決まると、ローズマリーは魔法契約する前に商人の男性に前世等の事は隠した上で、自分の身が害されるとどうなるのか、大抵の魔法やスキルを修めている事等を話す。


「⋯どうしてお嬢さんはそこまで話してくれるのですか?普通、そういう重大な事は隠しておくものですが」


「う~んと⋯私は嘘をついたりするのが下手だし、いつかバレるなら最初から話してしまった方が行動を移す時に楽かなって」


「楽⋯ですか?」


「うん。私、のんびり楽~にするのが好きだから、そうしようと思って。それに、商人のおじさんは悪い人じゃなさそうだなって。理由はそれだけだよ」


フワリと柔らかく笑いながらなんて事は無さそうに話すローズマリーにポカンと一瞬呆け、毒気を抜かれた商人の男性はクスクスと笑む。


「⋯⋯フフフッ、話す理由が楽と悪い人じゃないからとは⋯面白いお嬢さんだ。わかりました⋯お嬢さんの秘密を知ったからには一蓮托生です。貴女の情報は誰にも漏らさない事を誓いましょう」


言いながら商人の男性は、魔法鞄から魔法契約書とペンと魔力インクのセットを取り出して契約内容と署名をし、商人の男性に続いて村長と店主が署名をしていき、3人は同時に血判を押して魔法契約を成立させた瞬間、魔法契約書が数秒光を放ち、やがて光が収まって魔法契約書を見てみると、魔法陣と文字、血判の跡が焼き焦げるように刻まれていた。


「これからよろしくお願いします!⋯え~と⋯」


「あぁ、自己紹介がまだでしたね。失礼しました。私の名はシュテル・タッソ。タッソ商会の会長を務めております。以後、お見知りおきを⋯」


商人の男性改め、シュテルは優雅に礼の姿勢を取ると、ニコリと微笑む。

どこか油断出来ない雰囲気を醸し出す目の前の人物に、ローズマリーは長い付き合いになりそうだなと思いながら自己紹介を済ませたのであった。



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