第12話



川魚が入った生簀を風船の様に浮かせ、生簀を縛り結んだロープを持ちつつ、歌を歌いながら歩き続けていると、村の入口が見え、いつもの様に肩や頭に乗っていた小鳥やリス達が帰り、そのまま村の中へと入っていく。

が、ふと気付く⋯この重い生簀をどうやって浮かせているのか聞かれたら何と答えようか⋯と。

他国ではどうなのかは知らないが、ローズマリーがいるこの国では、7歳を迎えると教会の洗礼式に参加して魔法属性を授かった後、魔法学校に入学するなり魔法師に弟子入りするなりして魔法を勉強し、習得するのが一般的なのだ。

だが、ローズマリーは前世の記憶に目覚めてから、神からの詫びに5歳の時点で既に全属性の魔法と、各種魔法を全て習得しているという異様な状態となっている為、どういう言い訳をすれば良いのかとても苦しい状況になっていた。


「どうやって説明しようかなぁ⋯ある日前世の記憶に目覚めて、神様からお詫びに魔法を授かったの!⋯⋯いや、これは色々な意味で心配されるか⋯じゃあ⋯よくわからないけど、魔法が使えるようになってたの!⋯⋯これはこれで頭が危ない子だと思われかねないから却下だわ⋯⋯う~ん⋯どうしようかなぁ⋯」


ローズマリーが脳内で必死に言い訳を考えていたその時、にこやかに杖をつき、白い髭を生やした村人が声を掛けてきた。


「おや、マリーちゃん。こんにちは」


「あ、こ、こんにちは~。おじさん」


「良い天気だねぇ⋯春だからか、暖かくてのんびりしたくなっちゃうね」


「そ、そうですね~。」


「そうだろうそうだろう⋯ん?その浮いてる四角い物は何だい?微かに水音が聴こえるようだが⋯」


「あ、あ~⋯この中に釣った魚が生きたまま入っていて、川の水も入ってるからその音⋯かも?」


ドキドキと緊張しながらローズマリーは村人の質問に答えると、村人はホンワカとした緩い空気を纏わせたまま、伸びた白髭を空いている片手で撫で、納得したように頷く。


「なるほどのぅ⋯生きた魚が入ってるから水音がするんだねぇ⋯疑問がスッキリしたよ。それじゃあ、散歩の続きをするかな。またな、マリーちゃん」


「あ、ハイ⋯また⋯」


そうして白髭の村人はそれ以上の追求はせず、ローズマリーの頭を軽く撫でてから散歩の続きに戻り、去っていった。


「⋯フゥ~⋯⋯よくわからないけど、なんとか大丈夫だった⋯⋯⋯ぽい?」


何故重力魔法の事を追求されないのか疑問は残るが、もしかしたら中央にある王都の情勢が届きにくい位置に村があるからかもしれないと勝手に自己完結したローズマリーは、それ以降も村人にあっても特に魔法について追求されることはなく、逆に子供ながらに1人で川魚を捕った事を注意されつつも褒められていた。

そうこうしている内に、村の中央にある小さな広場沿いにポツポツと商店が点在しており、その内の1つである食堂に着いたローズマリーは、ちょうど人がいない時間帯だったのか、ガランとした食堂内に入って女将を呼ぶと、調理場から赤い三角巾を被った快活そうな茶髪の女性が歩み寄ってきた。


「マリーじゃないか!ここ最近来てくれなかったから気になってたんだよ。元気そうで良かったよ!」


「女将さん、こんにちは!最近は畑のお世話とか簪作りで忙しかったから中々来られなかったの」


「そういうことだったのかい。あ!簪と言えば、私もあの店でマリーが作った簪を買って、早速使ってみたよ。髪を纏めるのに便利だから毎日挿してるよ。こんな素敵な簪を作ってくれて、ありがとうね」


「⋯エヘヘ、女将さんに喜んで貰えて良かった!」


女将から感謝の言葉を貰い、照れ笑いしながら喜びを口にしたローズマリーは、食堂に来た用件を思い出すと、浮遊している生簀を手繰り、重力魔法を調節してテーブルの上に浮かせ、生簀の中を女将に見せる。


「コレは⋯魚だね!活きがいいじゃないか!しかもこんなに沢山!マリーが釣ったのかい?」


「うん。なんだか急に魚が食べたくなったから、森の中にある川で泳いでる所を捕ってきたんだ~」


「そうかい、よく頑張ったね!でも、森の中には魔物もいるからね、注意するんだよ」


「うん。他の人にも注意されたから、気を付けるよ。⋯それでね、魚を捕ったことだし、調理して食べたいんだけど、肝心の魚の捌き方を知らないから、女将さんに教えて貰おうと思って食堂に来たの」


「そうだったのかい⋯わかった。喜んで教えようじゃないか!」


「本当?やったー!ありがとう、女将さん!それと、この川魚の半分は女将さんにあげるね。こんなにあっても食べきれないし」


「良いのかい?なんだか悪いね~」


「気にしないで。それより、新鮮な内に捌いちゃおう!」


「そうだね!早速捌きに行こうじゃないか」


意気投合した2人は調理場へ向かい入ると、ローズマリーは初めて入る調理場の景色に呆気に取られる。

村にある食堂とは思えないほど広々としたキッチンスペースに、銀色に艷めく大きな調理台、ピカピカに磨かれた調理器具、白く大きな保冷庫がその存在を主張していた。


「わぁ~~⋯凄い⋯広ーい!大きいー!」


「毎日使ってるからそういう事はあまり感じた事は無いねぇ⋯さぁ、その箱を置いたら手を洗って、捌き始めるから、私の動きをよく見ておきな」


「うん!わかった!」


女将に言われた通り、生簀を結ぶロープを解いてから調理台の上まで移動させて重力魔法を解き、今更魔法を隠す必要もないかと判断したローズマリーは水魔法で作った水玉の中で手を荒い、水魔法を解除して女将の傍へ近付くと、女将が用意したと思しき台の上に上がり、川魚を捌き始める女将の動きをスキルを使って観察し、身体に染み込ませるようにトレースしていく。


「⋯こういう感じに捌いていくんだけど、やってみるかい?」


「うん。やってみる!」


女将の腕と手の動きをトレースし終えたローズマリーは、にこやかにウキウキしながらテキパキとよどみなく、観た通りに川魚を捌き進め、やがて、魚を捌き終えて包丁を置き、水魔法で手を洗う。


「こんな感じでどうかな?」


「⋯うん、よく捌けてるね。合格だ」


「わーい!女将さん、教えてくれてありがとう~!⋯ねぇ、女将さん。女将さんに聞きたいことがあるんだけど⋯良い?」


「ん?どうしたんだい急に」


「うん⋯ずっと気になってたんだけど、洗礼式をまだ迎えてない私が魔法を使っても皆何も言わないのは何で?」


ローズマリーは先程疑問を勝手に自己完結していたが、やはり胸の中からモヤモヤした思いは無くならず、我慢出来ずどうしても聞きたくなってしまったのだ。

女将からの返答をドキドキしながら待っていると、女将はローズマリーの目線の高さに合わせて屈み、優しげな表情と瞳で話始める。


「そうだねぇ⋯理由としてはやはり、森の魔女であるあの方の孫だからというのと、あの方のハチャメチャぶりに慣れちゃって、大抵の事では驚かなくなったって事かねぇ⋯」


「おばあちゃんの孫⋯ハチャメチャ⋯それってどういう⋯?」


「あぁ⋯あの方はね、当時行く宛ての無い流民だった私達村の者の為に、過酷な環境だったこの地を1人で魔法を使って物凄い速さで開拓したと思ったら水源を掘り当てて井戸を作ったり、開拓で切り倒した木を木材に加工して次々に家を建て、土地を開墾して畑を作ったと思えば、凶暴な魔物を狩りつつ魔物避けの結界を張ったりして居場所を作ってくれたんだ。子供ながらに目の前で繰り広げられる光景には呆気に取られていたっけねぇ⋯」


女将から語られた想像してた以上のとんでも振りに、ローズマリーの中で思い出として残っていた優しい祖母像が粉々に砕かれ、代わりに強く逞し過ぎる祖母像が出来上がっていき、頬をヒクつかせる


「す、凄い⋯ハチャメチャだね⋯」


「そうだろう?それ以外にも、ドラゴンが飛んできたと思ったら拳1つで倒してみせたり、どこかから商隊や身なりの良い人達、ワケありの魔法師や鍛冶師達を連れてきて「今日からコイツらも村の一員になるから、よろしくな!」とか言って驚かせてたねぇ⋯」


「へぇ~⋯だから、おばあちゃんの血を引く孫の私が魔法を使っても驚かなかった⋯ってこと?」


「そんな感じだね。まぁ、マリーが魔法を使えても使えなくても、私らにとって可愛くって大事な子には変わりないんだから⋯そんな不安そうな顔をしないの」


「え?」


「気付かなかったのかい?何だか不安そうな表情をしていたよ」


ハッと気付いて慌てて両手のひらで顔をペタペタと触れていると、ローズマリーの手の上から女将が手を重ね、安心させるように、優しく穏やかな目で視線を合わせる。


「何を不安に思ってるのかわからないけど、不安になったらまたココにおいで。話も聴くし、私特製の料理を食べて元気を出しな!」


女将の暖かい励ましに心が軽くなったローズマリーは気付く。自分は、村の皆から気味悪がられて恐れられそうになる事が怖く、不安だったのだと。それは裏を返せば、それだけ村の人達が自分にとって大切な存在である事の証明である。

その2つの想いに早い段階で気付けた事をありがたく、幸運な事と思いつつ、涙で潤んだ目をゴシゴシと両手で拭き、女将に向き直る。


「女将さん⋯⋯うん、ありがとう。なんだか元気出てきた!」


ニコッと心からの笑みを向けるローズマリーに、女将もニコリと笑いながら頭を撫でる。


「それは良かった!さぁ、残りの川魚も捌いちまうかね」


「うん!私も手伝うね!」


そうして、川魚の捌き作業を手伝っていったローズマリーは、ついでに家以外でも美味しい物が食べたいと思い、新作料理を考えたからここで試しに作りたいと告れば、女将は快諾し、唐揚げとハンバーグを作って女将が試食した結果、鼻息荒く、作り方を伝授して欲しい事と、食堂のメニューに加えたい事、新作料理を思いついたらまた作り方を教えて欲しいと懇願され、女将の貪欲なまでの料理への情熱に圧倒され、ローズマリーは苦笑いのまま頷いて了承したのだった。



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