第7話
「⋯という経緯があって、この森に住んでるって訳なの」
一通り身の上を話し終わったローズマリーは、喉を潤そうとハーブティーを飲む。
今回、敢えてぶっちゃけたのは一重に、ストレスを掛けることなく、スローライフ生活を満喫したいが為である。
もし、この事を話して国に囲われ、城等の物理的に幽閉や軟禁されたとしてもそれはそれで仕方ない事だと思っているが、不思議とあまり心配はしていない。
理由は2つあり、1つは目の前にいるリヒトは害意や悪意を持っていないことがわかるということ。
この森は特殊で、少しの害意や悪意を持つ者が近付けば、森の木々が容赦無く森の外へ弾き飛ばすのだ。
ローズマリーの前世の記憶が覚醒する前、まだ祖母が存命だった頃、祖母と一緒にいつもの様に森を散策していたら、人間らしき2つの影が、叫び声と共に場外ホームランが如く吹っ飛ばされるのを目撃しており、何故あんな事になったのかを教えて貰ったからである。
そしてもう1つの理由は、ローズマリー自身が赤子の頃には既に森と契約しており、どんなに離れていても身に危険があれば護ってくれ、必要なら遠距離にいても森に連れ帰って貰えるのだ。
「異世界転生者⋯だからあのような見たことも食べたこともない料理や前世での習慣が出たり、先程の洗髪液も作れたのですね⋯ですがよろしかったのですか?」
「何が?」
「そのような重大な話しをされてしまって⋯私が利用しようとは考えなかったのですか?」
喉が潤い、カップを置いたローズマリーは頬杖をついて答える。
「全く考えなかった訳じゃないけど、まぁそうなったら私の見る目が無かったんだなぁと思うしかないし、それ以前に、リヒトさんはこの森に合格を貰ってるしね」
「合格?」
「うん、そう。この森は不思議でね、悪意や害意を持ってる人間が森に入ると森の木々達によって強制的に弾き飛ばされるようになっていて、逆にそういうのを持ってない人間には寛容で、木こりによる木の伐採とか、キノコやハーブ等の素材採取、狩りには何もしないの。それに、もしどこかに連れ去られたとしても森の木々が護りながら連れ帰ってくれるしね」
「森の木々が護りながら⋯もしかして⋯」
「そ。今よりもっと小さな頃、おばあちゃんと一緒に街へ行く用事があって、そこで誘拐されかけたらしいのよね~。私自身は憶えてないんだけど、目撃したおばあちゃんによれば、突然地面から木が生えたと思ったら小さな私を包みこんで地中に潜っていって、もしかしてと思って帰ったら家の前に居たんですって。いきなりの事で寿命が縮んだわって言ってたなぁ⋯」
祖母が語ってくれた思い出話を懐かしみつつ、ローズマリーはウサギリンゴを手に取り、シャクリと音を立てて食べ始める。
「そんなことが⋯」
「モグモグ...それ以来、街に行くのはやめて、ムグモグ⋯村で買い物や用事を済ませることにしたんだ。アムッ、モグモグ⋯村だったら大体顔見知りしかいないし、買い物以外で必要な物は作ったり採ったりすれば事足りるからね~ングムグ⋯」
「そうだったのですね⋯とても大切なお話をしてくださり、ありがとうございます。私も⋯全て⋯とはいきませんが、これまでのいきさつを話せる範囲で話させて頂きます⋯私は⋯」
真剣に、言葉を選ぶ様に話をしてくれた内容は、ザックリ言うとお家騒動である。
リヒトの家は兄弟等の順番に関わらず、代々、実務能力の高い者が家督を継ぐらしく、長男は身体が弱く、次男は冒険者業に夢中だった故、必然的に健康でそこそこ実務が出来る三男であるリヒトが後継者候補に挙がった。
だが、それを良しとしない後継者候補がおり、その者はリヒトと同時期に産まれた親戚で、同程度の能力があるのだが、性格に難があり、子供の頃から比べられながら育ってきたせいでリヒトを憎悪の対象として敵視しており、暗殺者を雇って亡き者にしようとし、いつもなら撃退出来ていたが不意を突かれて怪我を負い、命からがら森に逃れて現在に至る。
「色々と苦労してるんだねぇ⋯」
「ハハハ⋯恐縮です。ですが、貴方様のお陰で命を助けられ、お風呂だけでなく食事も頂けたこと、深く感謝しております」
そう言ってリヒトは座ったままお辞儀をした後、張り詰めたような真剣な表情を浮かべたまま席から立ち、ローズマリーの傍まで歩み寄ると、唐突に跪いて頭を垂れ、その様子に驚いたローズマリーは目を白黒させる。
「は?!え!?ちょっ、突然どうしたの?!」
「助けて頂いた上に図々しいお願いなのは承知ですが、何卒、何卒私を貴方様の従者にして頂きませんでしょうか!」
「へ?!どういうこと!?というか跪かないで!立って!!」
「従者にする、と言って頂くまで立ち上がりません!どうか、従者に!!」
「うわ、意外と頑固で強情!嫌だよ、従者だなんて面倒なの⋯私は誰にも邪魔されずにゆっくりのんびり好きな事をして平和に森暮らしを満喫したいの。従者とかお断りなの」
「そこを何とか⋯お願いします⋯!!」
なおも断ろうとするローズマリーにリヒトは顔を上げて蜂蜜色の眼を潤ませ、懇願する。
その姿に庇護欲が擽られたローズマリーだったがグッと堪え、姿を見ないように目を瞑りつつ顔を逸らす。
「ウッ⋯そ、それに、なんで従者になりたいの?理由は?」
「⋯従者になりたい理由は、この多大なる御恩を生涯掛けてお返しする為に一年中お傍でお仕えしたい!ただそれだけでございます!!」
「重っ!そんな重苦しい理由で従者になんてなるな!いらん!!」
「それでも!従者にすると言うまで立ち上がりませんし諦めません!どうか⋯何卒⋯!!」
「だから~⋯」
その後、何度も従者にしないと頑なに突っぱねても、その都度諦めない姿勢を貫くリヒトの姿にとうとう観念し、折れたローズマリーは椅子から降り、リヒトの前に立つ。
断じて懇願する姿が可愛いなとか、狐耳と尻尾がピコピコフサフサ動いて可愛過ぎるとか絆された訳ではないと心の中で苦し紛れな言い訳をするローズマリー。
「ハァ~⋯わかったよ、負けました。リヒトさんを従者にするよ」
「~~~~~~~~っ!ありがとうございます!!誠心誠意、仕えさせて頂きます!!」
「ハイハイ、程々にね~。それと、重いものとか力作業には容赦無く振るからね」
「ハイ!バンバンこき使って下さい!貴方様に尽くす事が至上の喜びなのですから!!」
「お、おう⋯」
「フフ⋯これからよろしくお願い致しますね、お嬢様」
「~~~~~~っ!!」
チュッ...と手の甲に口付けた後に艶然と微笑むリヒトを見たローズマリーは、顔を赤らめながら驚き、やはり従者を了承したのは早まったかもしれないと密かに思ったのだった。
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