第5話

夕方


陽が沈む頃、トントントンとリズミカルに刃物を叩く音と美味しそうな食事の匂いに目を覚ましたリヒトは、ムクリと起き上がり、漂う匂いの元があるキッチンへと向かう。

するとそこには、夕陽が射し込む中、鼻歌を歌いながら踏み台に乗って調理をしているローズマリーの姿があった。


(こんな小さな少女が1人で料理を⋯)


夕陽のせいかホッとするような切なくなるような...自分でもよく分からない不思議な感覚が込み上げ、気付いた時には言葉が出ていた。


「手伝います」


「わッ!えっ!?あぁ!もう身体は大丈夫なの?」


ローズマリーは声を掛けられて驚きつつもほぼ出来上がっていた主菜に掛けていた火を止め、副菜を切るのに使っていた包丁を起き、朝と同じように座るリヒトに向き直る。


「はい。朝から寝させて頂きましたので、だいぶ回復してきました!ありがとうございます!」


「そっかそっか~。良かった~!」


「ええ。それでお礼⋯としては不足ですが、お食事の手伝いが出来たらと思いまして」


「手伝い?」


「はい。⋯とは言っても調理経験は無いので食器を出す位しか出来ませんが⋯」


「いや、手伝いは大丈夫だよ?あともうすぐで出来上がるし、食器類は手の届きやすい所に置いてあるし⋯」


「ですが⋯どうしてもお手伝いをしたいのです!⋯ダメでしょうか⋯?」


蜂蜜色の眼をウルませながら見つめ、懇願するリヒトの姿にウッ!と胸を締め付けられるローズマリーは、絆され、手伝いの許可を出しそうになるが、理性を総動員して何とか堪え、やはり手伝いの申し出を断ると、リヒトは耳をペタリと畳み、シュン...と悲しげに項垂れる。


「ウグッ⋯じ、じゃあ、明日は何かしら手伝いをして貰おうかな!今日はその為にもご飯を沢山食べて、たっぷり休まないと!ね!!」


「!ハイ!明日の為にも食事を摂って、休みます!!」


「ハゥッ!⋯じゃあ手始めに、家の裏手にあるお風呂でサッパリしてから夕ご飯を食べようか⋯」


リヒトの無邪気な返答にクリーンヒットしたローズマリーは、辛うじて残っていた自制心をなんとか掻き集めて伝えれば、リヒトは無垢な眼を向けて首を傾げる。


「?お風呂に??」


「ヴ、ん、そう⋯お風呂入ってサッパリしてからの方がご飯は美味しいし、より回復しやすいからね⋯」


「なるほど!それは効率が良いですね!わかりました、ありがたくお風呂を頂きます!」


再びニパーッと嬉しげに表情を綻ばせるリヒトに内心で悶えまくるローズマリーであったが、ふと1つの疑問が浮かび、素直に質問する。


「そういえば、お風呂に入れる前提で話を進めてたけど、リヒトさん、お風呂に入っても大丈夫なの?水浴びの方が良かった?」


「野生の狐や狐型の魔物の生態はわかりませんが、私は亜人⋯狐獣人ですし、元の人型に戻って入浴するので、何の問題もありません。」


「えっ、獣人なの!?じゃあ今の姿は⋯?」


「この姿は先祖の血が色濃く出た様で、獣型に変身した姿なのです」


「へぇ⋯そうなんだぁ~⋯ん?待てよ?人型での入浴になるんだよね?変身解除後はどうなるの?」


「裸ということになりますね」


「ということはつまり着替えが無...い......」


その事実に気付いたローズマリーは、声にならない叫び声をあげながら着けていたエプロンを素早く脱ぐと、簪作りの収入である銀貨が入った皮袋を引っ掴み、身体強化の魔法を掛けて物凄い速さで家を飛び出して村に向かい、閉店前だった食料雑貨店へと飛び込んで獣人の成人男性用の下着やシャツ等を鬼気迫る勢いで買い上げ、再び身体強化の魔法を自らに掛けて家路を駆け抜けて帰宅し、ついでに入浴の準備も終わらせ、リヒトの前に戻る。


「ゼー、ハー、ゼー、ハー⋯⋯⋯お、お風呂の準備出来たから、お、ッ、ゴフゴフッ⋯ハ、ァ⋯お風呂⋯入って来ちゃって⋯ハァ⋯ハァ⋯そ、それから、洗い場に置いてある、ッハァ、瓶の中身だけど⋯」


ローズマリーは息も絶え絶えになりながらも、リンスシャンプーの使い方や洗い方、シャワーの使い方等を教えてから風呂場へと案内した後、キッチンへ戻って再び夕食作りに勤しむ。

それから1時間近く経ち、夕食作りを終えると同時に、リンスシャンプーの爽やかな香りがダイニングの入口から漂ってくるのに気付いて振り替えれば、膝下まである艶やかな黄金色の長髪ストレートに同色の長い睫毛、柔らかく穏やかそうな蜂蜜色の眼、湯上り直後なのか白い肌にほんのり朱が差し、凄まじい色香を放つ狐耳と尻尾を生やした、長身痩躯の中性的な男性がそこに立っていた。


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