第一話e

 そうして、村の人たちが俺の門出を祝って今夜宴を開こうという話が出たが、そもそもヴィオラがこの村に来た理由は、近くの町で病気を罹っている子供のための薬をトーポ爺さんに作ってもらうためだったらしい。だから薬が手に入った今、できるだけ早くその子供に届けなければならない。

 というわけで俺はこうして家で旅立ちの準備をしているわけだ。留守の間はトーポ爺さんを始め、村の人たちが家の掃除などをしてくれると言ってくれた。

 ヴィオラは外で村の人たちと話をしている。あまり待たせるわけにも行かないので俺も早く――、


『ふはははははは! 万事上手く行っただろサクトぉ!』

「…………」


 多数の魔物を使って三文芝居を企画した本人の声が響いた。たしかに上手く行ったのだがやはり腑に落ちない。ヴィオラも村の人たちも純粋で良かった。


『おい、どうした。何か言え。我に精一杯の賛辞を送ってみせよ!』


 はいはい、グレア様のおかげですよ。本当に魔王だったんですね、という気持ちが強いけど。


『なあ、どうして黙っているんだ? もしかして怒っているのか? 我の態度が気に食わんのか? たしかに我がお前に勇者の旅を辞めさせろとお願いしている立場ではあるが……。しかし我も魔王として振舞わなくてはならなくて……』


 ん? 返事してるだろ。別に怒ってないし、むしろ旅をする理由を作ってくれたことに感謝しているぐらいだ。


『我が悪かった。だから昨夜のように遊んでくれるサクトに戻ってくれ。我はサクトと話をするのがとても楽しいのだ……。ぐすっ……、我の悪い所は、全部直すからぁ……。だから無視しないでくれぇ……』

「……なあ」

『――! サクト! 我を許してくれるのか!』

「いや、さっきから心の中で返事してたんだけど」

『はあ? お前は根暗野郎なのか? それとも嫁さんに何も言わずとも全て伝わっていると思っている勘違い亭主関白気取り野郎なのか? 世の中、口にしないとわからないことがごまんとあるのだぞ!』


 ついさっきまで捨てられる寸前の彼女みたいなことを言っていたくせに何だこいつ。

 もしかしなくとも、これはそういうことらしい。


「俺が声に出さないと何も聞こえないのか?」

『当たり前だろぉ! 我を何だと思っている!』

「普通、頭の中に話されたら頭の中で会話できると思うだろ」

『そんなわけないだろ! ちゃんと口にしろ! 二度と我を無視するなぁ!』

「…………」


 これからこんな風に日中でも話しかけられるとなると、俺は周りの目があるにも関わらず声を出してグレアの相手をしないといけないというわけだ。つまり一人でぶつぶつと脳内会話をしている危ない奴と周りから思われるわけで。


『くっくっく、魔王直々にサポートしてもらえるんだ。光栄に思え。道案内や食べられる野草などなどここに用意した辞典を使って教えてやろう! 困ったら遠慮せず我に頼れ! そして夜になったらまたボードゲームで遊んでやるからなぁ!』


 おはようからおやすみ――、いや、おやすみ中もずっと一緒にいるのと変わらない生活になるらしい。俺から遮断する方法もわからないしプライバシーなんて消滅したに等しい。


『どうした? 本当に怒ってしまったのか? 無視されると我は、我は……』

「大丈夫ですよグレア様。ちょっと今日の夕飯について考えていただけです」

『な、なんだそうか。夕飯は大事だからな! 我は週に一回シェフが作ってくれる南の大陸の名物料理が大好きでな! そのまま食べるのも美味いが、我としては少し甘くするために――』



 その後、俺はヴィオラと合流して村を発った。村の人たちが温かく見送ってくれて、旅が終わったらまたここに帰って来ようと思えた。


「では、まずは薬を届けに行きましょう。村に来る時は馬車ですぐだったので、歩いても陽が落ちるまでにはたどり着けるはずです」

「うん、この辺りは強い魔物は出ないしのんびり行こう」

『我はデザートにうるさくてな。この間、北に住む魔族の中で流行っているケーキを食べたが甘すぎて胃もたれをするかと思った。まあ、あれはあれでたまに食べたくなる味ではあるが、サッパリさせるために果汁を加えてみるとか――』

「でも、村を襲った魔物たちがいたのは事実です。村の方々には町から衛兵を派遣してもらうように進言しましたが……」

「あー、たぶんもうあんなにたくさん魔物が来ることはないと思う、けど、念のためというのも大事だしね……」

『やはり肉は美味い。しかし脂が多ければよいというものでもない。サクトは肉を食べる時何を付けるんだ? 塩か? 香辛料か?』

「……塩かな」

「塩?」

「あっ、な、なんでもないよ。ははっ……」

『塩か! お前はなかなかわかっているではないか! 塩にも種類があるが――』

「何か不安なことがあればいつでも言ってください。これから共に歩むのですから」

「う、うん、ありがとう」

『おい、聞いているのかサクト! サクトぉ!』


 辛すぎるだろこれ。

 しかし、ヴィオラは理解のある女性だ。最初こそ一人でこそこそと喋っている俺に対して心配していたが、子供に薬を届けてからも数日旅をすることによって俺をそういう癖のある奴と理解してくれたらしい。誤解だと言いたいところだけど今はありがたく思おう。

 グレアの方は特に今すぐ勇者をどうにかしろとも言わず、俺との会話や夢の中でボードゲームで遊ぶことを楽しんでいる節がある。俺も徐々にだが人間とは慣れるもので、日中いつ何時グレアに話しかけられても苦ではなくなっていった。

 そうして旅自体にも慣れてきたある日、俺たちはこの大陸で最も栄えている港町『ファロスディア』を訪れた。

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