第一話c
完全に陽が落ちる頃には食卓の上を賑わすことができた。ヴィオラも手伝うと言ってくれたが気持ちだけ受け取っておいた。家の中に大した娯楽はないので逆に暇にさせてしまったかも、と少し申し訳なく思う。
「サクトは魔法を使えるのですね。一般の方で扱える方に出会ったのは初めてです」
「扱えるっていうほどでもないよ。日常生活が便利になるぐらいのレベルだから」
部屋を明るくしたり調理で使う火を出したりとその程度だ。
「トーポさんから伺いました。何でもサクトは勇者になるための修行をしていたとか」
「――ぶっ!? あの爺さん、なんてことを教えているんだ……」
スープが鼻に入ってしまうところだった。この分だと他にもいらないことを教えていそうだ。
「でも半年前にお母様がお亡くなりになってから元気がないとも……」
「…………」
やっぱり余計なことを。
「トーポさんはとても心配されてました。だから、今日だけでも私といれば気が紛れるだろう、と、仰られていましたが……、私なんかでは……」
「い、いやいや! 一人で家に居るよりもヴィオラがいてくれた方がずっと嬉しいよ!」
最初こそ俺は緊張でガチガチだったけど、歳が近いこともわかって互いに呼び捨てできるようになったし普通に話せるようになった。村に同年代がいないから新鮮な気持ちだ。その点ではトーポ爺さんの思惑通りになっているらしい。
「そう言って頂くと私も嬉しいです。こんなに美味しい食事も用意して頂いて……。実は私は料理があまり得意ではないので、サクトを尊敬します」
「いやあ、そんなに凝った料理を出したわけでもないから照れるなあ……」
勇者に尊敬されるなんて身に余り過ぎる光栄だ。しかし、こうやって話をしていると普通の女の子と変わらない気がする。特別な存在になると驕ったりするものだろうけど、そんな様子は微塵も感じない。
「そういえばヴィオラは一人で魔王を討伐するつもりなのか? 仲間とかいた方が良いんじゃ?」
「そうですね、今はそのつもりです。もう仲間を失うのは……」
あっ、地雷を踏んだかもしれない。ヴィオラも俺と同じく故人を想い生きて――、
「朝、目覚めると誰もいなくなっているのは悲しいです。何故か旅のお金も無くなっていて……。聖剣だけは無事でしたがあのような思いをするのなら仲間なんてもう……」
「…………」
それって金を持ち逃げされただけでは。その可能性を全く考慮していないようだしすごく危なっかしい子に見えてきた。
「すみません、私が暗くなっちゃって。今日はサクトを元気づけるのが私の役割なのに……」
「いやいや、そんなに気張らなくていいよ! こうやって食事をして話しているだけで元気になってきたし!」
「そうですか? そうであれば、とても嬉しいです」
「は、ははっ……」
屈託ない笑顔でそう言われると恥ずかしくなる。勇者というのは人間としても真っ直ぐで使命感が強いものらしい。
「では、私がこれまで旅したお話でも。とは言っても、まだ旅立ってから然程月日は経っていませんので大したお話はありませんが……」
「そうなんだ。一年ぐらい?」
「いえ、ひと月ほどです」
「あー……、割と最近だね……」
つまりわずか一ヶ月の間で仲間と思っていた奴に金を持ち逃げされているわけだ。大丈夫なのかこの子。勇者としての素質を疑うわけじゃないけど心配になる。
と、その時、
「うっ――」
「どうしました?」
頭がクラっとして強烈な睡魔に襲われた。今まで体験したことない感覚だ。
「体調が悪いのであれば私のことは気にせずお休みください。片付けはやっておきますので」
「うん……、ごめん。そこの部屋を好きに使って良いから……」
「はい……」
不安そうにするヴィオラに申し訳なく思いながらも、このままでは床に倒れてしまいそうなので俺はお言葉に甘えて自分の部屋へ移動する。
そして、カーテンを閉める余裕もなく俺はベッドの上で横になった。
※
薄暗い空間。夢とハッキリわかるのに現実と変わらない感覚。
そういえばヴィオラと出会った衝撃ですっかり忘れていたけど、俺は魔王の手先になったんだった。仮だけど。
勇者の旅を終わらせろとか言っていたなあ。時間にして数時間前のことなのにどこか懐かしい。
「ふはははははは! さあ、サクト! 報告しろぉ!」
「…………」
唐突に甲高い声が空間に響いた。
――そう、あのおぞましい声ではない。ヴィオラの落ち着いた声とは対照的だが可愛らしい女の子の声だ。
そして目の前には褐色肌で十歳ぐらいに見える女の子がえらそうに椅子の上でふんぞり返っていた。
まあ、何となく気づいていたけど……、
「おい、真の姿が見えてるぞ」
「ん? 我に変身能力は備わっておらぬが」
「いや、ジュースを片手に椅子の上で短い足をぷらぷらさせているのが見えているんだよ」
「誰が短い足だ! 我はまだまだ成長途中であって、やがてはナイスバディな魔王としてだな――、えっ?」
ぷらぷらしていた足が止まった。そして、コップを横に置くと女の子は立ち上がって片手を挙げた。
「我は今どちらの手を挙げておる?」
「右」
「これは?」
「右」
「じゃあこれは?」
「右」
「……なっ、なっ、なんと」
俺の言っていることが本当だとわかったらしく、女の子はわなわなと震え出した。そして天を仰いで叫ぶ。
「そこまで同期しなくていいのにー! 我の愛らしい姿を見れば恐怖が薄れるではないか! くそぉ!」
「あと、声もたぶんお前の本当の声だぞ」
「グレア様と呼べぇ!」
「グレア様の美しいお声が聞こえてますよ」
「ぐっ、なんということだ……。波長が合い過ぎて変声魔法が効かなくなったか……」
怒ったり焦ったり忙しい奴だ。たしかに始めは恐怖したかもしれないけど、ものの数秒でそんなものは消えていたというのに。
角のある頭抱えながらグレアは自身の犯した失態を悔いている様子だ。
「まあよい!」
と思ったら開き直ったらしくズビシッと俺を指差した。
「そんなことより報告だ! 勇者に旅をあきらめさせてお家に帰したのか!」
「俺の家に泊まってもらってるけど」
「ど、どういう状況だそれは……!」
予想だにしなかった展開だったようでグレアは狼狽えている。俺もまさかこんなことになるなんて思いもしなかったから気持ちはわかる。
「お、お前は一人暮らしじゃないのか?」
「一人だけど」
「お前の歳が十七で勇者の歳は十八だろ?」
「そうだな」
こいつはどれだけ個人情報を知っているんだ。やはり魔王の特別な力なのだろうか。
「この不埒者ぉ! 若い女をホイホイと家にあげよって! 不潔! 変態!」
「お前は誰の味方なんだよ」
「グレア様と呼べぇ!」
「…………」
めんどくせえ。
しかしまあ言わんとしていることは正しい。
「ぐぬぬ、早めにお前をここに呼んで正解だったようだな……。汚らしい野獣を野放しにせぬためにも朝まで引き留めるか……」
「どれだけひどい言われようなんだよ。あと俺の睡眠を操るな」
ここ最近の頭痛もこいつのせいなのだろう。魔王だからといってやって良いことと悪いことがある。
「だが勇者と面識ができたということは僥倖だ。朝になったら旅は危険だからと説いて勇者が魔王城に来ることを阻止しろ」
「逃げ腰だなあ。魔王らしく戦ったら良いじゃないか」
「バカ野郎! 危ないだろうがぁ!」
「まあそうだけど」
本当に魔王なのかも怪しくなってきた。魔物なのは確かだろうけど、こんな威厳の欠片もない女の子が魔王だとしたら魔物の行く末を憂いてしまいそうだ。
「ふん、お前にその気がなくともどうにでもなる。我の力に恐れ慄くがよいわ!」
「何をするんだ?」
「よくぞ訊いたぁ!」
またもズビシッと指を差された。ここまで大げさに反応されると悪い気はしない。
「お前の身体を操ってくれるわ! これだけ同期できておれば造作もない!」
「へぇー、すごいなー」
「そうだろそうだろ! 我を敬服し崇め奉るがよい!」
「具体的には操ってどうするんだ?」
「えっ、うーん……。勇者の前で土下座させて一生ここに居てくださいって言わせるとか?」
「俺がヴィオラを説得します。任せてください」
なんて惨めなプロポーズをさせるつもりなんだ。こいつは正真正銘の魔王に違いない。
「そうか? では全力で任務に当たれ! お前に我の運命がかかっている!」
「魔王がただの人間に生殺与奪の権を握らせるな」
しかしどうしたものか。俺が何を言ってもあの使命感の塊であるヴィオラが己の使命を放棄するとは思えない。せめて時間が欲しいところだ。
となると……。ヴィオラが頷くかわからないけど俺にも転機が訪れたということか。
「さて、夜はまだまだ長い。我とボードゲームでもして時間を潰そうぞ」
「俺の貴重な睡眠を浪費させるな。ちゃんと寝かしてくれ」
「案ずるな。お前の体はちゃんと休まっている。それにここから出したばかりに早く目を覚まして勇者を襲うかもしれんからな」
「そんなことしないし勇者に手を出したら逆に俺がやられるわ」
「ほれ、この椅子に座れ。色んな種類の盤を用意したから片っ端から遊ぼう」
「最初から遊ぶ気満々じゃねえか。ずっと起きてる感じがして疲れるしここから出してくれ」
「そう言うな。我が魔王になってからというもの、気軽に遊んでくれる者がおらんくなってな……」
「うっ……」
急にしおらしくするグレアに俺の胸が痛んだ。魔王という役職も色々と大変らしい。
ふーっと息を吐いてから俺はグレアがどこからともなく用意した椅子に腰掛けた。
「わかったよ。ひとつずつルールを教えてくれ」
「――うむ! まずこれが魔族の間では最もポピュラーな盤で――」
パァっと笑顔になったかと思えばひとつひとつボードゲームの歴史から語り始めてしまった。ルールだけで良いのに、とも思ったが、うきうきとしているグレアの姿にやはり悪い気はしなかった。
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