第10話 母親①
「俺、学校行くけど……一人で大丈夫か?」
もう朝になったらしい。
今日は月曜日で学校がある。
体調はだいぶ良くなったけど、頭は相変わらず痛いし、倦怠感もまだある。
「うん……ありがとう」
ベッドの横に立つ羽切君は制服姿で学校に行く準備万端だ。
「飯は冷蔵庫にあるから。それとインターホン鳴っても出るなよ」
「わかった」
「それと、お前の親が鍵を郵送で送ったってよ。明日には届くかもな」
「えっ、うちの親と連絡取ったの?」
「いや、スマホに通知が入ってたぞ」
「ああ……わかった」
そう言うと、羽切君はカバンを持つ。
「んじゃ、行ってくる」
「ナル君、いってらっしゃーい」
情けないくらい弱々しい声が出た。
それから何時間寝たのだろうか。
再度目を覚ますと、体調はすっかり良くなっていた。
頭痛は少しするけど、もう動けるくらいには治った。
立ち上がり、リビングに行く。
時刻は11時43分。
昨日の夜は冷やしうどんを軽く食べただけなので、お腹が鳴った。
冷蔵庫を開けてみると、作り置きされたものが入っていた。
長方形のガラスの容器に入ったコールスロー。
から揚げとハンバーグの乗ったお皿。
小さいお皿にはゆで卵2個。
そして“白飯はタッパーの中”と書かれた置き手紙。
本当に凄い人。
彼は一体、何時に起きたのだろうか。
一人暮らしが長いと、男子でもこういう事が出来るようになるのかな。
私は一度、冷蔵庫を閉めた。
先にシャワーに入りたくなったからだ。
シャワーに入ってからゆっくりとご飯を食べたい。
私は脱衣所に入り、鏡の前に立つ。
髪は乱れていた。
銀と黒が混ざった髪色。
顔色も若干悪いし、服も――あれ?
私、昨日こんな服着てたっけ?
いや、着ていない。
それにブラも外されている。
寝る前に外したっけ?
いや、外した記憶はない。
「ま……まさか」
まさか私が寝ている間に着替えさせられた?
そう考えると、途轍もない羞恥心に襲われた。
全部見られたかもしれない。
彼ならそういう事もやりかねない。
あれこれ記憶を辿りながら、シャワーを浴びる。
シャワーを浴び終え、脱衣所に戻ると外から物音が聞こえた。
体を拭くためのタオルに伸ばした手がピタリと止まる。
物音を立てないように、聴覚に最大限の集中をする。
やはり外には誰かがいる。
正確には今玄関から入ってきて脱衣所の前を誰かが通った。
「アレ?」
人の声。
泥棒?
ドアノブがガチャガチャと動くが、鍵がかかっているので開かない。
私は今、全裸だ。
襲われるかもしれない。
そう考えると、恐怖感で心臓の音が耳まで届く。
恐怖心と体に付着している水滴が一気に体を冷やし、体が硬直した。
視線はドアに釘付けになっている。
ドアノブのガチャガチャは止まったが、何やらドアのすぐそこでカチャカチャ音を立てて何かをしている。
見ると、横向きの鍵の形がゆっくり動いて斜めになっている。
外から鍵を開けようとしている。
私、殺されちゃう……かも。
恐怖で涙が込み上げてくる。
そしてガチャッという音と共に鍵の形が縦になった。
完全に開錠された。
そして扉が開かれ、勢いよく人が入ってきた。
「ちょっと成!? 学校はどうした――」
「キャアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
私は全力で悲鳴をあげた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「まさかうちの子が、女の子連れ込んでるとはねぇ」
「連れ込まれた訳じゃないです」
「家出少女拾ってきたのかと思ってビックリしちゃった」
そう思われても仕方がないか……。
平日に学校に行っていない女の子が自分の息子の家にいたんだから。
脱衣所の鍵を開けたのは、羽切君のお母さんだった。
「あなたは鹿沼さんの所の娘さんなんだって?」
「母の事知ってるんですか?」
「仕事仲間だし。それに景ちゃんとは小さい時に会った事あるよ?」
全く記憶にない。
「立派に育ったわね~」
羽切君のお母さんは、私を見てニヤニヤしている。
「あ、ありがとうございます……」
「同性なんだし、そんな赤くならなくて良いのに~。初心で可愛いわね」
「……」
まさかこんなタイミングで羽切君のお母さんが帰ってくるなんて。
「景ちゃんは、体調悪いの?」
「なんでわかったんですか?」
羽切君が連絡入れてたのかな?
羽切君のお母さんは、自分のオデコをトントンと叩いた。
「冷えピタ貼りっぱなし」
「あっ」
剥がすの忘れてた。
それでわかったんだ。
「熱でも出ちゃったの?」
「いえ、熱中症になったみたいで」
「熱中症?それは大変ね。じゃあ昨日からうちにいるのかしら?」
「は、はい。お邪魔させてもらってます」
本当は3泊4日だったが、さすがに3泊したとは言えない。
「ふーん」
羽切君のお母さんは窓の外に視線を動かした。
窓の外には洗濯物が干されている。
大量の服と下着。
そして視線が私の体に移った。
私は今、脱衣所にかかっていた羽切君の服を着ている。
外に出ないと服が無かったので、仕方なく。
「3泊はしてるわね?」
「……はい」
羽切君が転校してきて今日で5日目。
その内3日は平日で学校に行っている。
つまり、私服を着る機会は休日の2日間しかなかったはず。
それなのに外に干された服の数が多すぎるし、女性用の下着が何枚も干されているのは変だ。そして私は今、羽切君の服を着ている。
これらの情報から的確に日数を当ててきた。
恐ろしい分析能力。
もはや言い訳もできず、認めざるを得ない。
「景ちゃん、成に襲われなかった?」
「襲われてないです。むしろ、看病とかもしてくれて助かりました」
「あの子もオスだから、気を付けたほうがいいわよ?」
まるでこれからも同棲が続くかのような言い方。
最初は私も警戒していた。
正直羽切君は何をしてくるかわからなかったから。
今まで羽切君の存在は知っていたけど、ちゃんと話したことが無かったので、勝手に変な人とかおかしな人だと思っていた。
だから私が転校しなくてよくなった時、邪魔しないよう釘を刺したのだが。
だけど、金曜日の夜に話し合ったときに気づいた。
彼は自分から親密な関係を築こうとしない。
人間関係に一定の距離を置こうとしている。
多分、転校人生に慣れ過ぎてしまったがための弊害なのだろう。
親密になればなるほど、別れるのが辛くなる。
私もそういう経験を何度もしてきたからわかる。
「彼は、そういう事しないと思いますよ」
そう言うと、羽切君のお母さんは少し驚いた顔をしていた。
「どうやら、私よりも景ちゃんの方が成の事わかってそうだね」
「それは無いと思います」
「教えてほしいの、息子の事」
「……えっ?」
予想外の展開に、変な声が出た。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
学校に着くと、大きなあくびが出た。
「寝不足か?」
前に座る八木が眠そうな顔で言った。
「お前の方が眠そうだが」
「昨日、中々寝付けなくてな」
「そうか」
八木はスマホをいじりながら、あくびを一つした。
そして思い出したかのように言った。
「そうだ、羽切は合コンとか興味ある?」
「合コン?」
「実は一人参加できなくなったらしくて、一人足らないんだ」
「お前、彼女持ちだろ? 合コンとかしていいのか?」
八木は佐藤さんと付き合っている。
「俺は幹事だから。俺達の合コンの彼女持ちは幹事をするっていう伝統なんだよ」
「変な伝統だな」
「先輩世代から受け継がれてるぜ」
「ちなみに、何対何なんだ?」
「12対12だ」
「マジかよ」
12対12の合コンってすごい人数だな。
いや、これが普通なのか?
初めてなにでわからん。
「どうよ?」
「お前が昨日寝れなかったのは誰を誘うか悩んでたからか?」
「そういう事。幹事である以上、人数集めないといけないんだ」
「ちなみにいつ?」
「明日の学校終わり」
「わかった、参加するよ」
そう言うと八木は「よっしゃー!」とガッツポーズをした。
「それにしても、鹿沼さん遅いな」
八木の視線が俺の隣の席に移った。
「寝坊じゃないか?」
「実は鹿沼さんが合コンに来ることが条件で参加するって男子が結構いるんだよ」
「へー、人気者なんだな」
「他校の男子も先輩も狙ってる奴、結構いるんだぜ?」
「お願いすれば参加してくれるだろ」
「それがさ~、色んな人が誘ってるんだけど中々参加してくれないのよ。だから男子グループの中じゃ、実は彼氏がいるんじゃないかって噂までたってる」
そういえば、前にそんな話をしたな。
俺は鹿沼さんに合コンとかに参加したほうがいいんじゃないかと言ったが、微妙な表情をしていた。
彼女が今回の合コンに参加するかはわからない。
彼女は人を好きになったことが無いと言っていた。
合コンに参加して、多くの男子と話せばいつかは好きな人が出来るかもしれない。
そうなれば、すぐに付き合う事になるだろう。
それだけのポテンシャルが彼女にはあるのだから。
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