第9話 日曜日の悪夢

 


 その日、夢を見た。



 私は見覚えのある教室の自分の席に座っていた。

 目の前の机上には花の入った花瓶。そして「死ね」やら「消えろ」やら油性ペンで書かれている。



 私は席を立ち、廊下に出る。

 そして女子トイレのマークのついたドアを開け、個室に入る。

 個室でパンツを――あれ。

 私はなぜか、中学時代のスカートを履いていた。

 スカートの中のパンツを降ろそうとしたとき、ばっしゃーんという激しい音と共に冷たい液体を全身に浴びた。



 個室の外ではキャッキャ楽しそうに笑っている女子たちの声。

 俯く視線の先には水たまり。

 銀色の髪の毛から水が滴り落ち、水たまりに一定のリズムで輪の模様を作り出す。

 ピッチャーン……ピッチャーン……。



 鍵がかかっている扉が乱暴に開けられた。

 外に目を向けると、口以外の顔が真っ黒の少女たちが5人。

 みんな笑っている。



「こっちこいよ」



 ガッと髪の毛を引っ張られ、個室の外に連れ出される。

 そのまま女子トイレの隅の壁に叩きつけられた。

 表情の見えない女子たちに囲まれている。

 そのうちの一人が私の顔を下から覗き込む。



「その顔、ムカつく」



 そう言うとネクタイを乱暴に剥がされ、ブラウスのボタンを一つ一つ外しだした。

 そして一番下までボタンが外されると、ガッと前が開かれた。

 他の女子たちはスマホを取り出し、こちらに向けている。



 ――やめてっ!



 そう叫ぼうとするが、叫べない。

 そして女子の一人が下着のブラに手を伸ばしたとき、女子トイレの扉が開かれた。



「オイ、何してんだおめえら?」



 そこに立っていたのは、金髪の少年だった。



「あっ! 羽切君、ちょうどいい所に来た!」



 ブラに手を伸ばそうとしていた女子は、何かを思いついたかのようにニヤリと笑い、手を引っ込めた。



「羽切君、夜中との喧嘩に勝ったんだって?」



 夜中。夜山中学校の略。

 不良の多い、隣町の中学校。

 あまり治安のよくなかった地域で男子たちはよく喧嘩をしている。

 殴り合いの喧嘩だ。



「ああ、勝った」

「凄い! そんな羽切君に勝利祝いを用意したの」

「勝利祝い?」

「そう、この子!」



 目の前で壁になっていた女子たちが横にそれる。

 金髪の少年と私との間に道が出来た。



「こいつが勝利祝い?」

「この子、淫乱だから喜ぶと思うよ?」



 リーダー格の以外の4人の顔は曇っていた。

 表情が見えないのに、なぜかそれがわかる。

 不良である彼にビビっているのか、それともそこまでやるつもりが無かったのか。

 金髪の少年はぐるりと全員の顔を見渡しながら、何かを考えている様子。

 そして最後に私の顔を見た。



「いいね、楽しませてもらう」

「さすが羽切君、そうこなくっちゃ!」



 金髪の少年はずんずんと近寄り、目の前で立ち止まった。



「お前らは出てろ」

「ええ~?」

「今むっちゃ溜まってんだ。人に見られてると思う存分できないだろ?」

「ハイハイわかりましたよ、可愛がって貰えて良かったね鹿沼さん♪」



 そう言うと、女子5人はぞろぞろとトイレの外へ出ていく。

 女子トイレには私と羽切君の二人っきり。

 


 水滴が落ちる音と、どこかのトイレが流れる音のみが聞こえる。



「ごめん」



 羽切君はそう言って、手を伸ばしてきた。



 そこで夢から覚めた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 目が覚めると、体中汗まみれだった。

 異常なまでに暑い。

 見ると、分厚い毛布が掛けられていた。

 それが原因で悪夢を見たらしい。



 起き上がって時計を見ると、時刻は9時30分だった。

 昨日は疲れてしまったのでいつもより長く寝ていたみたいだ。



 それにしてもひどい夢だった。

 夢と言うか、記憶に近い。

 過去の記憶を掘り起こされたかのような夢。



 私は起き上がり、ベッドのある部屋を覗いてみる。

 羽切君はまだ寝ていた。



 ちょっと恥ずかしいけど、その隣に寝てみる。

 素の状態だと、こんなことでもドキドキするんだと改めて実感する。



 仰向けに寝ている彼の横顔を眺めていると、あの日の事を思い出す。

 夢の中でもあった出来事。



 彼はあの時のこと憶えてるのかな。



 私は再度、目を閉じた。

 


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 凄く長い時間寝ていた気がする。

 目を覚ますと外から強烈な太陽の光が差し込んでいた。

 昨日の天気予報では、今日は今年一番の真夏日になると言っていた。



 寝すぎて硬くなった体を無理矢理起こす。

 隣を見ると、鹿沼さんが寝ていた。



「なんでだよ」



 突っ込んでみるが、何の返答も帰ってこない。

 からかってる訳じゃなく、本当に寝ているらしい。

 


 無防備に寝る彼女を起こさないように、ベッドから降りてリビングへ行く。

 時計を見ると時刻は10時10分。

 こんな時間に起きては、昼ごはんから食べたほうが良さそうだ。

 俺はソファーに座り、テレビの電源をつける。

 テレビの上に真っ赤な帯で熱中症警戒アラート発令中と出ている。



 今日の予定はクリーニング屋に制服を取りに行くのと鍵を探す事。



 鍵を探す時は気を付けないといけないな。


 

「おはよう」



 そんな事を考えてたら、鹿沼さんが起きてきた。



「起こしちゃった?」

「ううん、大丈夫」



 鹿沼さんは距離をあけてソファーに座る。


 

「鍵の事、親はなんか言ってきた?」



 昨日、鹿沼さんは寝る前に親に鍵の事を報告した。



「既読すらつかない」

「マジか」



 どうやら本格的に探さないといけないみたいだ。

 


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 

 


 太陽の光が容赦なく降り注いでいる。

 ありえないくらい暑い。

 まだ6月上旬なのに真夏と変わらない暑さ。



 俺達は今、鍵を探している。

 学校から家までの徒歩20分の距離を辺りを見渡しながら歩く。

 俺は学校から家まで3往復。

 鹿沼さんは家から学校までを3往復。



 俺はクリーニング屋から二つの制服を取りに行ってから探し始めた。その間鹿沼さんは探し始めていたので、ちょうど交差するような形になった。



 途中の交わる地点で何度も顔を合わせたが良い報告は聞けず、駅前の交番で落とし物として届けられていないかも確認したが、無かった。



 ここまで探して無いのなら、無理だ。

 これは鹿沼さんの親に鍵を届けてもらうか、鍵自体を変える以外ない。

 もしまだ探すにしても日が落ちてからにしよう。

 俺は途中で踵を返し、家に帰る事にした。

 途中、鹿沼さんと出会うだろうから、そこで続きは夕方にすることを提案するつもりだった。



 5分ほど歩いたら、鹿沼さんの背中が見えた。

 人の家のブロック塀に寄りかかって、何かをしている。



「見つかった?」



 その背中に声を掛けるが、返事が返ってこない。

 気づいてないのかと思い、肩をポンポンと叩くと鹿沼さんの肩が異常に濡れている事に気づいた。



 肩をグッとつかみ、正面をこちらに向ける。

 顔は真っ赤で、とんでもない量の汗をかいてぐったりしている。



「おい、大丈夫か!?」

「やばい……かも」

「最後に水飲んだのいつだ?」

「……」



 右手に握りしめられたペットボトルは空だった。

 熱中症だ。



 俺は急いで鹿沼さんの腕を首の後ろに回して、体重を支える。

 その状態で家まで30分かけて家まで運んだ。

 


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 



 家に帰るとまず初めにスポーツドリンクを冷蔵庫から取り出し、飲ませた。

 鹿沼さんは玄関に座り、額を抑えている。



「気持ち……悪い……」



 俺は急いで風呂場からバケツを持ってくる。

 しばらくそのバケツの上で苦しそうにしていたが、吐くことはなかった。

 鹿沼さんは虚ろな瞳で息も少し荒い。



「これ、着たらベッドで安静にしたほうがいい」



 俺は緩めの衣服を鹿沼さんに渡す。

 そしてそのまま脱衣所まで手首を掴んで案内した。



 鹿沼さんが脱衣所で着替えている間、俺は保冷剤と冷えピタを取り出し、タオルに包めておく。

 脱衣所のドアが開いたので、今度はベッドまで案内する。



 ベッドルームはクーラーをつけておいたので、涼しい。

 俺は鹿沼さんをベッドに寝かし、タオルに包めておいた保冷剤をわきの下、足の付け根に当てる。

 そして額の髪の毛を手でどかし、冷えピタをオデコに貼る。


 

 熱中症になった時の対策はこれくらいしか知らない。

 救急車を呼ぶかどうか焦ったが、大丈夫そうだ。

 


「ナル君……ごめん」



 今にも消えそうな声。



「いいから、安静にしとけ」



 鹿沼さんがすぅすぅと寝息を立て始めて安心したら、俺も頭が痛くなってきた。

 ずっと自覚はしていたが、無視していた。

 俺も軽度の熱中症になってしまったのだろう。



 それにしても忙しい休日だった。

 雨の中鹿沼さんが訪ねてきて、恋人キャラで歩いていたら佐藤さんに見つかり、鍵は見つからず、最終的には熱中症の看病。



 明日からは普通に学校。

 かなり深く関わってきた三日間から一転、ただのクラスメイトになる。



 ボロが出ないように気を付けないとな。

 それに今後はあまり深くかかわらないようにしよう。



 別れが惜しくなる前に。

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