第8話 土曜日(後半)

 


 時刻は14時30分。

 リオンには11時に入店したので、3時間30分が経った。



「ドキドキしたでしょ」



 鹿沼さんは上機嫌だ。

 俺達は今、スターハックスのテラスで途中休憩している。

 今日の天気は晴れ。

 太陽の日差しは暑いが、風が涼しくて心地よい。



 鹿沼さんをチラッと見てみる。

 外の景色を見ている鹿沼さんの横顔があった。

 下着屋の後に入った店で、俺が買ったキャップをかぶっている。

 そのうち海に行く日が来るかもしれないと思って、俺が買ったキャップ。

 ツバが広く平らのネイビー色の一品。

 それに今更だが、これを被っていれば誰かに見られてもすぐにはバレない。



 それにしても、彼女は明るい色が似合うな。

 キャップを被るとなんだか少し、大人っぽく見える気がする。



 まじまじと横顔を眺めていると、鹿沼さんはこちらに気づいて微笑んだ。



「これ、似合う?」

「似合う」

「私、可愛い?」

「可愛い」



 まだ恋人キャラは継続している。

 俺達は恥ずかしさも、理性もかなぐり捨てている。

 目の前で少し赤くなってる彼女は、キャラメイクのプロだなと思った。



 俺達は休憩を終え、スターハックスを出た。



「そろそろ帰ろうか」

「うん」



 なんだか寂しそうな声が鹿沼さんから漏れた。

 俺達は出口まで歩き始める。

 出口が近づいてきたとき、俺の右腕に柔らかい感触に包まれた。



「お、おい」

「いいじゃん、最後だし」



 見ると鹿沼さんが俺の腕に抱き着いていた。

 右腕の柔らかい感触に気を取られながら、出口の自動ドアから3メートルくらいの距離に来たその時――。



「あれ?羽切君じゃない?」



 心臓が跳ね上がった。

 俺を知っている誰かに見つかった。

 隣には俺の腕に引っ付く鹿沼さん。

 キャップを深くかぶり、ツバを使って上手く顔を隠している。



 この状況を見られるのはまずい。



 声のする左斜め後ろを恐る恐る見ると、見覚えのある女性。



「お、おお! 八木の彼女さん」



 そこにいたのは、八木の彼女。

 確か名前は佐藤未央。

 この辺にある女子高の1年生だったはず。

 同じ学校の人に見られたわけじゃない事は不幸中の幸いだが、人と人はどこで繋がっているかわからない。この子がうちの学校の女子と繋がっている可能性も大いにあると思う。



 八木と彼氏彼女関係に至ったのも、スタートは合コンだったと言っていた。

 つまりこの子には少なからず社交性はある。そして女子高に所属しているという事は、恋愛事情には興味津々かもしれない。

 よって、この子は危険。

 俺がどうなっても構わないが、鹿沼さんの3年間を危険にさらす可能性がある。



 どうやら彼女はバイト終わりで丁度出てきたところみたいだ。

 チラチラと俺の背後に隠れる人の姿を気にしている様子。



「羽切君は今日……デート?」

「いや、買い物」

「またまた~、転校3日目で彼女ができるなんて凄いね!」



 全然話を聞いてくれない。



「彼女さん紹介してよ!」



 ググッと佐藤さんは俺に近づいてくる。

 同時に一定の間隔を空ける様に俺も後退する。

 しかし、すぐに壁にぶつかり、逃げ場が無くなった。

 そして俺の後ろにいる人影を俺の肩越しからグッと覗き込む。



「その髪色……もしかして、鹿――」

「あーーー!」



 俺は出入り口のガラス張りの自動ドアに視線を移し、大きな声を出す。

 そして指をさして言う。



「八木じゃん!」

「えっ、どこどこ?」



 佐藤さんの視線は自動ドアの外に移った。

 その瞬間。



 俺は鹿沼さんの手首を掴み、全力疾走で逃げた。



「ちょ、ちょっと~!?」

「ごめん!用事思い出した!」

 


 それだけ言い残し、俺達は佐藤さんの見えない所まで移動した。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 物陰に隠れると、一気に汗が噴き出た。

 いきなり走った事で出た汗ではない。

 見つかってしまった事による、罪悪感によってだ。


 

「見つかっちゃたね、私たち」



 鹿沼さんは苦笑いを浮かべている。

 


「どうしようか?」

「うーん」



 一度状況を冷静に考えてみる。

 見られたのはあくまで八木の彼女。

 もし、俺が鹿沼さんと引っ付いて歩いていたという噂が流れても、ほとんど信憑性は無いだろう。

 何せ俺は転校してからまだ3日しか経っていない。

 転校してから3日目の転校生が学年中に顔を知られている鹿沼さんと歩いていたなんて、ありえない話だ。



 そう結論を出すと、徐々に心臓の音が静まってく。



「どうするもこうするも見られちゃったのは仕方がない。それにもし噂になったとしても、俺とお前が休日に一緒に歩いてるなんて誰も信じないだろ」

「引っ付きながら歩いてただけどね」

「それならもっと信じないだろ」

「確かに」

「それと人前で引っ付くのはやめろ。写真でも撮られたら言い訳できないぞ」



 ただ一緒に歩いていたというだけなら、いくらでも言い訳が出来る。

 だが、体を寄せ合って歩いていたとなると言い訳は無理だ。



「わかった」



 鹿沼さんは納得してくれたらしい。



「別の出口から出よう」



 俺は先程の出口と反対側の出口の方へ歩き出す。



「ナル君、ちょっと待って」

「どうした?」

 


 鹿沼さんは途中で立ち止まった。



「晩御飯の材料買わないと」

「あっ」



 完全に忘れてた。



 俺達は踵を返して、食料品売り場へと歩き出した。


 


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆  


 

 家に帰ると何だかんだ18時になっていた。

 今日の昼にリアンに入店してから7時間歩き回ったので足は痛いし、それに加えて恋人キャラでフルに気を張っていたので猛烈に疲れた。



 俺と鹿沼さんは風呂に入り終わり、飯も食べ終わった。

 洗い物も終わり、寝る準備も整ったところで、眠気が襲ってくる。



「ナル君、私もう限界……かも」



 鹿沼さんはもう限界みたいだ

 俺が寝るはずのソファーに横になり、寝息を立て始めている。


 

「いつまで、このキャラ続けるつもり?」

「明日……まで」



 寝言に近い形で返答してきた。

 


「風邪ひくよ、ベッドで寝なよ」



 返答はない。

 もう完全に寝てしまっている。



「しょうがないな」



 もはや起きる気配が無いので俺はベッドから一番暖かい毛布運び、掛けてあげた。



「おやすみ、景」



 それだけ言い残し、俺はベッドを独占した。

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