第7話 土曜日(前半)



 布団の中でゴソゴソと何かが動き、俺は目覚めた。

 外からはチュンチュンと可愛らしい鳥の鳴き声が聞こえる。

 もう朝か。

 再度眠りに落ちそうになるのに抵抗してゆっくりと目をあけた。


 

「……」



 目が合った。

 まつ毛の本数を数えれそうなくらい近い距離。

 大きく開かれた瞳が微動だにせず俺を見ている。

 その瞳の持ち主はこの家には一人しかいない。



「ごめん」



 先に謝っておく。



「まさか夜這いされるとは思ってなかった」

「してないけどな?」

「これで一夜を共にした仲?」

「それは間違ってないかも」



 なんでこうなったのか昨日を思い出してみる。

 昨日は鹿沼さんと夜遅くまでおしゃべりして、途中で鹿沼さんが明らかに眠そうだったのでベッドに案内した。

 俺はリビングのソファーで寝たはずだ。

 なのに何故俺はこのベッドで寝てる?



 そういえば、朝方トイレにいった。

 そのあとソファーに戻った覚えがない。

 あの時に無意識にベッドに潜り込んだのか。



「今日の予定は?」



 鹿沼さんは何事もなかったかのように質問してきた。

 今日は土曜日で学校はない。



「朝飯食べて、昼には鍵を探しながらリオンに行く」



 リオンとは駅前のショッピングセンターの名称だ。



「制服クリーニングに出さなきゃだろ?」

「うん」



 クリーニング屋さんはリオンの中にあったのを確認済みだ。



「昼飯はそこで食べて、そこからは決めてない」

「わかった」



 そういうと、鹿沼さんはベッドから体を起こした。

 布団をめくる風でふわりといい匂いが鼻腔をくすぐる。

 鹿沼さんは黒と銀が混ざった髪を軽く手で整えて、微笑んだ。



「朝ごはんは私が作るから、もう少し寝てていいよ」



 そう言うと、リビングへ消えていった。

 なんかすごくいけない事をしているようで、すぐには寝付けなかった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 鹿沼さんが作ってくれた朝食はサンドウィッチ2つと添えられた野菜。焼かれたソーセージと納豆そして真っ白のスープに細かく刻まれた万能ねぎ等が乗った見慣れない汁物。



「これ、何?」

「シェントウジャン」

「シェン……なんて?」

「台湾風豆乳スープです」

「へー」



 誰かに作ってもらう朝食は久々で新鮮な気持ちになる。



「料理得意なの?」

「一人が長いと自動的に」



 スプーンで一口飲んでみた。

 まろやかな豆乳の中に少し辛みがある。そして刻んだ玉ねぎと思われるカリカリとした触感を感じることが出来る。



「本当は桜エビなんだけど、なかったから玉ねぎで応用してみた……どう?」

「超うまい」

「それはよかった」



 飯を食べ終え、それぞれ出かける準備を始める。

 歯を磨き、シャワーを浴びて、身だしなみを整える。

 しかしそんな準備をするにあたって一つ問題があった。



 それは鹿沼さんの格好をどうするかだ。

 上のシャツもだが、それ以上にズボンが問題だ。

 今はいているのはバスケ用のショートパンツ。

 これでショッピングモールに出かけるのは無理がある。



 俺はベッドの部屋の隣の今は物置として使っている部屋に入る。

 そこには未開封の段ボールの山。

 その中から衣服の入ったやつを探し、取り出す。



「何してるの?」



 シャワーから出てきた鹿沼さんが部屋に入ってきた。



「そのズボンじゃ出かけられないだろうから、まともなのを探してる」



 衣服と書かれた最後の段ボールを開ける。

 圧縮袋に入れられた、最後の頼みの綱。

 その中にはデニムのショートパンツが入っていた。

 俺のではない明らかに女性用の形をしたショートパンツ。



「これなんてどう?」



 誰のかはわからないが、とりあえず取り出し、鹿沼さんに確認を取る。



「いいよ、それで」



 即答。



「ファッションとかあまり興味ない感じ?」

「あんま無いかも」

「ふーん」



 俺は同じ段ボールに入っている、黄色の長袖シャツを取り出して、再度鹿沼さんに確認を取る。



「これはどう?」

「可愛い色」

「それは良かった……でも俺のだから丈が少し長いかも」

「シャツインするから多分大丈夫」



 シャツイン? シャツをズボンの中に入れるというのは理解しているが、変じゃないかな?

 少し心配になったが、鹿沼さんが脱衣所に戻り、それらを着て帰ってきたときに全ての不安が払しょくされた。



 すごく可愛いファッションだった。

 黄色のトップスはその明るい色が鹿沼さんの外見をさらに可愛く強調している。不安だったシャツインに関しても、鹿沼さんの胸が黄シャツを押し上げて立体感を出しているため、何の問題もない。



 むしろ良さを強調している。



 更にボトムズのショートパンツも太ももの半分より少し上まである丈なのでシャツインした黄色がはみ出ることなく、フィットしている。



 なんだか一気にモデルに見えてきた。



「どう?」

「めっちゃ可愛い」

「あ……ありがとう」



 鹿沼さんは少し赤くなった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 俺達は準備を終え、リオンまで歩いた。

 その道中鍵が落ちていないかキョロキョロと辺りを見渡していたのだが、見つけられず続きは帰りにすることにした。

 クリーニングに制服を出し飯を食べている最中、鹿沼さんは閃いたかのように言った。



「そうだ! 今からお互いキャラ作らない?」

「キャラ?」

「リオンにいる間だけそのキャラで楽しむの」

「面白そう。どんなキャラにする?」



 食事を食べた後の予定は特にない。

 本格的に鍵探しをしようかと思っていたのだが、鹿沼さんの中では最重要項目ではないらしい。

 まぁ、最悪親やらに電話して新しい鍵を送ってもらうのもありだ。



 鹿沼さんは何のキャラにしようか悩んでいる様子だ。

 まぁどんなキャラでも俺達ならやっていけるだろう。



「じゃあ、恋人キャラ……どう?」



 俺は予想外の提案にお茶が気管支に入り、むせる。



「ごっ、こい……びっと……キャラ?」



 そういえば鹿沼さんは昨日恋愛をしたことが無いと言っていた。

 なのに恋人キャラは成立するのか?

 いや落ち着け。

 不良だって最初はやったことなかったが上手くできた。

 重要なのは完ぺきにこなすことじゃない。割り切る事だ。



「うん、ダメ?」

「いいよ、面白そう」



 恥ずかしさを捨てて、割り切る準備を整える。

 


「景、これからどうする?」



 恋人なら名前で呼ぶのが自然だろう。



「ナル君は行きたいところないの?」



 誰かに名前で呼ばれるのは久々でドキッとした。

 下の名前で呼ばれる前に、俺はその学校からいなくなるからだ。

 それに親もほとんど帰ってこないため、必然的に名前では呼ばれない。



「特には」

「じゃあさ、ちょっとぶらぶらしない?」

「いいね」



 俺達はお盆を店に返し、歩き出した。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 俺は今、女性の下着屋にいる。

 下着屋の試着室の中で独りぼっち。

 隣の部屋からは鹿沼さんと店員さんが話している声が聞こえる。

 どうやら採寸をしているようで、鹿沼さんのサイズなどが丸聞こえだ。

 そして採寸が終わった後、ゴソゴソと試着している音が聞こえる。



 こういう店に入ったことが無いので、なんだかすごく気まずい。

 というか、この試着室に他の客が入ってこないか心配だ。

 下着を試着しようと部屋に入ったら男がいるなんて、絶叫ものだろう。

 そんな事を考えていると、扉が開いた。



 ――まずい!



 そう思い、思わず自分の顔を隠す。

 が、入ってきたのは店員さんだった。



「大丈夫ですか?」



 店員さんはくすくすと笑っている。

 それがまたすごく恥ずかしい。



「大丈夫じゃないです」



 そう言うと、店員さんは近くまで寄ってきた。



「彼女さんすごく綺麗ですね」

「そ、それはどうも」

「付き合ってどのくらいになるんですか?」

「一日目です」



 店員さんは一瞬「えっ」という表情になった。



「じゃあ、これからですね」



 何がですか?とか聞けず、とりあえずこくりと頷く。

 すると隣から鹿沼さんの声がする。



「ナル君~?ちょっと来て~」

「えっ」

「彼女さんが呼んでますね」



 嘘だろ。

 俺は店員さんに連れられて隣の部屋の扉を開ける。

 するとそこには悪戯に笑う鹿沼さんがいた。

 衣服はしっかりと着ている。



「下着姿だと思った?」



 店員さんと鹿沼さんはニヤニヤ笑っていた。



「なんちゃって」



 いつの日かの復讐をされたみたいだ。

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