五月 ―― 体育祭 ――


 中学校に入って、はじめての体育祭。


 アオたちは張り切ってるけど。

 わたしは、早く終わればいいなと思っている。


 体育祭。

 それは、運動できない人間にとっては、これ以上ないくらい肩身のせまい行事。


 勉強があまりできない人にとって、テスト期間中、肩身が狭いなんてことないだろうに。


 なんか不公平だ。


 まあ、勉強はみんなでやるもんじゃないから、しょうがないか……。




 徒競争では当然のようにビリだったが。

 ともかく、徒競走が終わったことに、ホッとしていた。


 なんの遊び心もなく、ただ速さを競うだけのあの競技が嫌いだ。


 まだまだ体育祭はつづくけど。


 とりあえず、一山越え感じだった。


 ひとまず、自分の隊のテントで一息つくか、と思ったとき、いきなり、誰かに腕をつかまれた。


「よし、お前だっ」


 よく通る声。

 体育館などで、よく聞く声だと思ったら、会長だった。


 白隊のハチマキをつけた会長は、手に白い紙を持っている。

 折りたたんであったものらしく、十字に筋が入っていた。


「ちょっと来い」

と腕をひっぱられたとき、赤隊のテント前にいた応援団の人たちが文句を言いはじめた。


「あっ、春原っ。

 なに、うちの隊の女子連れて逃げようとしてるんだっ」


「踏んばれっ、そこの一年っ」


 どうやら、借り物競争のようだった。

 会長はいつもの無表情のまま、無慈悲に彼らに言い放つ。


「俺は勝つ。

 どんな手を使っても勝つ。


 生徒会長の威信にかけて。

 

 お前、俺について来いっ」


 俺について来いとか。

 なに、どきりとするようなことを言ってるんですか。


 いや、どんな手を使っても、白隊を勝たせると言っているだけなのですがっ。


 そのとき、テント内にいたアオが立ち上がった。

 わたしを指さし言う。


「ヤバイです、先輩っ。

 あいつ、生徒会長のファンですよっ」


「なんだとっ? 裏切る気か、一年っ」


 赤隊の応援団長がこちらに来ようとしたとき、会長はわたしを見つめて言った。


「仲間を裏切り、すべてを捨てても、俺について来い。

 俺には、お前が必要なんだ」


 思わず、

「はいっ」

と言ってしまう。


 ちょっとしたお姫様気分を味わえた借り物競争だった。

 敵国の王子にさらわれるお姫様の気分だ。


 まあ、ぜんぜん、ロマンティックな感じではなかったのだが……。


 お姫様抱っこで連れ去られるのならともかく。


 ものすごく足の速い人とともに、ものすごく遅いヤツが走る地獄。


 マンガのように、手を引っぱられて宙に浮く、ということが、ほんとうにあるのだと、十三歳にして、わたしは知った。


「よし、一着っ」

とゴールにいた白隊の係が紙を確認しようとしたとき、難癖つけようとしたのか、赤隊の係も顔をつっこんきた。


 ふたりで会長の持っている紙を読み上げる。


「『妙な髪型をしている生徒』」


「……いや、お前、これで女子連れてきちゃダメだろう」

とおかげで勝てたはずの白隊からもクレームが入る。


「いや、そもそも、これ、妙な髪型か?」


 編み込みだろ。

 姉ちゃん、よくやってるぞ、と赤隊の人がわたしを見ながら言う。


「でもなんか、エビみたいだろ」

と寝ぐせをごまかすために、後ろで一本に編みこんでいた髪を会長が持ち上げる。


 ビチビチ跳ねるように動かしてみていた。

 たしかにイキのいいエビに見える。


 白も赤も笑って、

「よし、一着っ」

と認められた。


「よくやった」

と無表情な生徒会長に頭をなでられたが。


 会長から解放され、赤隊のテントに戻る途中。


 白隊女子に罵声を浴びせられ、赤隊全体から、怒声を浴びせかけられた。


 うーむ。

 赤隊はわかるが。


 白隊女子に怒鳴られる覚えはない。


 わたしのおかげで、白隊勝てたのに、なぜだ……。


 裏切り者~っと叫んでいる赤隊テントの入り口で、わたしは敬礼して言う。


「申し訳ございませんっ。

 次っ、刺し違えてもがんばりますっ」


 同じ赤隊の松波くんが叫んだ。


「なにを刺し違えるつもりだっ。

 次、お前出るの、パン食い競争だぞっ!?」




「結局、総合得点、二点差で白隊勝ったじゃないですかーっ。

 わたしのおかげですよーっ」


 なんでにらむんですかーっ、といっしょにテントを片付けながら、白隊の女子にわたしは文句をつける。


 美術部の先輩だったからだ。


 すると、後ろから、赤隊女子に怒られた。


「そうよーっ。

 あんたのせいで負けたじゃないのよーっ」


「じゃあ、先輩、会長に俺と逃げてくれって言われたらどうするんですか?」


「逃げるわよー」

とあっさり彼女らは認めたが、


「それはそれとして、罰よ、ほら。

 このクイ運んでっ」

と重いクイの束を渡れさる。


 まあ、これで許されるなら安いものか、と思いながら、縄で縛ってあるクイを引きずっていると、アオたちが手伝ってくれた。


 体育館下にある倉庫まで持っていくと、春原会長がいた。


 ひょいとクイを抱えてくれ、

「よくやったな」

とまた言ってくれる。


 褒めてくれてるわりに、無表情なんですが……。


 まあ、こういう人なんだろう、と思いながら、わたしは、

「ありがとうございますっ」

と頭を下げて、近くにいた赤隊女子に、こらーっ、とまた怒られる。





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