春原生徒会長とわたし

櫻井彰斗(菱沼あゆ)

四月 ―― 中学校に入学しました ――


 入学式にはいつも桜散っちゃってるの、なんでだろうな。

 そんなことを思いながら、ひんやりとした体育館にわたしはいた。


 四葉よつば中学に入学して二週間め。

 月曜日の朝礼だ。


 長い長い校長先生のお話。

 がんばって聞いていたけど、体育館の寒さに身震いし、くしゃみが出た。


 静かな体育館にけっこう響く。

 みんなが笑い、校長先生がこちらを見た。


 雰囲気がさわがしくなったせいか、校長先生は話す気を失ったらしく。

 短くお話をまとめて去っていった。


 やばい……。

 にらまれるかな、と思ったが、壇上からおりた校長先生は教頭先生となにやら話し出した。


 あまり気にしていないようだ。

 だが、ホッとしたとき、気がついた。


 誰かがわたしを睨んでいることに――。


 ステージの右側の下。

 出入り口扉の前に立っている生徒会長だ。


 濃紺のブレザーの制服が白い肌によく映える、メガネの生徒会長。

 驚くくらい整った顔をしているが、目つきが鋭すぎて怖い。


 その生徒会長が、今、わたしをにらんでいる。


 なぜですか。

 校長の話の邪魔をしたからですか。


 いやでも、あれ、生理現象ですよ……とおびえながら、わたしは生徒会長、春原久郎すのはら くろうから視線をそらした。



千歳ちとせ―、サンキュー。

 校長の話、邪魔してくれて」


 教室に戻る途中、となりのクラスの男子生徒からそう声をかけられた。

 同じ小学校から来ている松波まつなみくんだ。


 小学校は黒の学ランだったのだが。中学校は濃紺のブレザー。

 まだまだ、おさない顔立ちの松波くんは、制服が借り物みたいに見える。


 三年間の間に大きくなることを想定して、大きめの制服を買っているせいもあるだろう。


 そんな松波くんをちょっとかわいらしく感じ、わたしが笑うと、


「なんだよ。

 その小さきものを見るような目~っ」


 たしかに、俺の方が小さいですけどっ?

と文句を言われる。


 ごめんごめんと謝りながら、思っていた。


 あの生徒会長とか、すごいこのブレザー似合ってたけど。

 あの人も入学したときは、こんな感じだったのかな?


 だが、あの落ち着き払った雰囲気は、昨日今日、身についたものではない。

 あの人、きっと、小さいときから、あんな風なんだな。


 失礼にも、目のすわった顔のまま、幼稚園の水色のスモックを着た春原会長を思い浮かべて笑ったとき、ちょうど階段を上がって行こうとしている会長と目が合った。


 慌てて、ぺこりと頭を下げる。



「中学生って、大人みたいに見えてたけど。

 実際、自分がなってみると、そうでもないねー」


 放課後、帰り支度をしながら、クラスのみんなと話していた。

 学区外から通ってきているというアオとも仲良くなった。


 ショートヘアのアオは細身だが大きく、身長はもう、百七十センチ以上ある。

 ここは、女子バスケ部が強いので、わざわざ遠くから通ってきているらしい。


「でも、あの生徒会長は大人っぽいね」

 高校生くらいに見える、とサチが言う。


 サチはわたしが通っていた小学校のとなりの小学校の子だ。


 小柄で丸顔。

 ふわふわっとした肩までの髪が可愛らしい。


 席が近いし、共通の友だちがいるので、すぐに仲良くなれた。

 サチはわたしの友だちと同じ塾に通っているのだ。


「生徒会長、カッコいいけど、近寄りがたいよね~」

とみんなが言うと、アオが言う。


「あの人、同級生でも、声かけづらいらしいよ。

 部活の先輩が言ってたんだ。


 みんな、あこがれてるけど、遠巻きに見てる感じだって。

 あ、でも、今なら、あいさつしてもらえるらしいよ」


 なんで? とサチがきく。


「朝、あいさつ運動やってるから」

とアオは笑った。


 今週は生徒会が当番なんだって、と言いながら、アオはリュック型の通学カバンを背負い、


「ほんじゃ、また、明日―」

と手を振り、教室を出て行った。


 その軽やかな後ろすがたを見ながら、わたしは思う。


 あの生徒会長。

 あいさつ運動やってないときは、あいさつもしてくれないのかな……。


 まあ、たしかに、なんか怖い、と思いながら、わたしもカバンを背負った。


「千歳―。

 今日、美術部見学に行くんでしょー?」

と言うサチに、うんうん、と返事しながら。



 翌朝、校門の前を駆け抜けたとき、あいさつ運動の一団はいなかった。


「やってないじゃん、あいさつ運動」

と先に席に座っていたアオの背をつついて、わたしが言うと。


 アオはわたしを見て、黒板上の円時計を見て、また、わたしを見た。


「いや、遅刻ギリギリまでやってるわけないじゃん」


 ……そうだね。

 あしたは早く来よう。


 別に生徒会長にあいさつして欲しいから早く来る、というわけではないのだが。


 いや、ほんとうに……。


 あの人が、どんな仏頂面であいさつしてるのか気になるから。


 ――ということにしておこう。


 そう思いながら、わたしは家に帰るとすぐ、五時に目覚ましをかけた。



「わたし、超能力者かもしれない」

 金曜の朝、カバンを自分の机に置きながら、わたしは言った。


「へー、どんな?」

と言ったあとで、アオは水筒から冷たいお茶をあおる。


 ゴソゴソと部活用のバッグから、二本目の水筒を出して、また飲んでいた。


「すごいね。何本持ってるの?」

「もう暑くなってきたから、いくらあっても足らないよ」


 運動部大変だな、とサチといっしょに美術部に入ったわたしは思う。


「わたし、超能力で、毎朝、時計止めてるみたいなの」


「……もう親に起こしてもらいなよ。

 っていうか、今日で生徒会があいさつ運動やるの終わりだよ」


 月曜からバスケ部。

 わたしが微笑んで手を振ってあげるよっ、とアオが笑って手を振りながら言うので、振り返しながら、椅子に座った。


 窓の外を見る。

 先生たちが、ゴーヤを植える準備をしていた。


 わたしの視線を追ったサチが後ろの席から言う。


「緑のカーテン作るんだって」


 へえーと言いながら、ぼんやり窓の外を見ていたせいで、授業がはじまっていたのにも気づかず、怒られた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る