第20話 聖霊の記憶

『数日後…』


女海賊と女エルフはゾンビ退治に明け暮れていた


銀の剣を使い華麗にゾンビを仕留める女エルフに対し


女海賊はドタドタと走り回り強引にぶちのめすスタイル


しかし撃破数は女海賊の方が倍以上だ…既に実力は女エルフを超えていた



「くっそ!!あの黒いドロドロが何処にも居ない…」キョロ


「ねぇ…少し休憩をしましょう…あなたずっと休んで居ないから」


「そだね…ちっと汚れ落として戻ろうか」


「大丈夫?怪我とかして居ない?」


「舐めときゃ治るって…それより倒したゾンビ魔法で焼いといて」


「うん…火炎魔法!」ボボボボ


「やっぱもう此処には魔王居ないかもなぁ…」


「私…魔王の復活を阻止したつもりで居たのに…こんな風になってしまって…」


「済んだ事はしょうがないさ…なんか最近思うんだけどさ…」



女海賊は言い掛けて止まった



「うん?何?」


「何でもない…」



女海賊は人間の誰もが信用出来なくなって来ていた


一緒に行動して来た女エルフだけが信頼出来た…それを言葉に出せなかった



「聖水で体を洗いに行きましょう」


「おけおけ…ちっと寝ないとそろそろぶっ倒れそう」


「もうゾンビも殆ど居なくなったから休んでも大丈夫よ」



意思がある様に見えたゾンビの大群もその殆どを女海賊が消し飛ばした


何処かに魔王の欠片が隠れていると思ってゾンビ退治に励んだが一向に見つからない


仕方なく2人は休息する事にした




『とある建屋』


そこではこの数日水分の補給を続けアサシンと兵隊達は体を十分動かせるまで回復していた


盗賊と商人は相変わらず集めて来た物資を仕分けして建屋はちょっとした要塞になっていた



「おっし!クロスボウのボルトは無いが弓矢が結構集まったな」


「これだけ有ればもう一戦行けそうだね」


「うむ…後は食い物だ…リンゴばっかじゃ腹が膨れん」


「サンドワームの肉ばっかりよりも良いけどね」ガブリ シャクシャク


「おお!?姫が2人帰って来る様だ」


「女海賊と女エルフかい?」


「女海賊はいつの間に女エルフと対等になっちまったな?」


「そんな感じだね…僕なんか全然敵わないよ」


「お前はもうちっと筋肉付けんとイカンのだが…肉食え肉を!!」


「そんな物何処にも無いじゃ無いか」


「あぁぁぁシカ肉を腹いっぱい食いてえなぁ…」


「こんなに焼けたゾンビを見た後でも?」


「言うなボケが!!」



物資を整理する2人を横目に女海賊と女エルフが通り過ぎる



「いよーゾンビ退治の方はどうよ?」


「んあ?疲れた…寝る」ヨロヨロ


「リンゴあるぞ?食ってから寝ろ」ポイ


「あんがと…」ガブリ シャクシャク


「建屋の上は兵隊達とアサシンが休んでっからお前等2人は下で休め」


「へ~い」


「あらら…大分疲れている様だね」


「まぁそっとしておけ」


「そうだね…2人が寝てる間に僕も戦う準備しとこうかな」


「もうゾンビはこの辺りにゃ居ないぞ?」


「万が一だよ」



女海賊は建屋に入るなり崩れる様に横になった


女エルフも静かに目を閉じて瞑想をする


タイミングが良いのか悪いのか…2匹のドラゴンと共に飛空艇が帰って来る



「おい見ろ!!ドラゴンが居無えと思ったら剣士の方に行ってたんだな?」


「良かった!!これで帰れる」


「てかドラゴンは飛空艇より遅かった筈なんだが…」


「背中に何も乗せて無ければ早いのかもね?」


「おぉそういう事か…まぁ良い!荷を乗せる準備するぞ…こんな所とはとっととおさらばだ」


「今女海賊達が寝たばかりだけどね…」


「ほんなん担いで乗せりゃ良いだろ」


「それもそうか…さっさと引きあげよう」




『飛空艇』


剣士は女海賊に言われた通り焼夷弾を作る材料を乗せて来ていた


それから気を利かせて盗賊が隠して居た酒も持って来た



「おぉぉ剣士!!お前気が利くな!!」


「飲みたいだろうと思ってね…それより女海賊は?」


「たった今寝た所だ…起すか?」


「あぁ仕方ないね…起きるのを待つよ」


「荷を乗せるぜ?」


「うん…すぐに戻ろう」


「どうよ?あっちの方は?」


「やっぱりゾンビが増えて居るよ」


「そうか…急いで戻らんとな」


「僕は女海賊を背負って飛空艇に乗せるから荷の方はお願いね」


「おう!任せろ…女エルフも瞑想してっからついでに運んでやってくれ」


「分かったよ」



積荷をすべて乗せると過積載状態だった


仕方なくドラゴンの背に一人づつ乗る事になる


ドラゴンは背中にホムンクルスを乗せたいらしくドラゴンに乗るのは剣士とホムンクルスになった


羽休めで休憩をする際に乗る人を交代させる計画だ


飛空艇は荷を乗せ次第すぐに飛び立ち…シャ・バクダへ帰路を取る




『上空』


シュゴーーーーー バサバサ


飛空艇の魔石から出る音と縦帆が風を受ける音がうるさかったのか


気持ちよく寝て居た女海賊は目を覚ます



「あれ?…なんで飛空艇?」キョロ


「あら?起きたのね…寝て居ても良かったのに」



女エルフは女海賊が寒くならない様に身を寄せて一緒に毛皮に包まって居た



「ちょ…剣士は?」


「ドラゴンに乗ってる」


「ホムちゃんも見当たんないんだけど…もしかしてドラゴンに乗ってる?」


「その様ね…」


「マジか…寝過ごした…」


「ウフフ…ホムンクルスを背に乗せたいと言い出したのはドラゴンの方だそうよ?」


「どゆ事?私は乗せて貰えない感じ?」


「お願いすれば乗せてくれるかも知れない」


「ほ~ん…まぁ良いや…今どの辺だろう?」


「まだ飛んで1時間くらいしか経って居無いわ…寝て居て良かったのに」


「ちょっと寝たらスッキリしたさ」


「でもなんだか顔色が良くないみたい…」


「なにさ…体は平気…どこも痛く無い」


「想いつめてる顔…」


「フン!!剣士は誰にも渡さないんだかんね!!」


「大丈夫…私が守ってあげる」


「どうやって守るのさ…あんたにも渡さないから」


「ごめんなさい…そう言うつもりは無いの…あなたに無理をして欲しくないから…つい」


「どういう事さ?」


「あなたのお腹の中…」


「あんたに関係無いでしょ!!」


「触っても良い?」


「勝手にしたら?」


「ウフフ…」サワサワ


「にゃはは…くすぐったいって!!」モゾモゾ


「良いなぁ…」


「あんたさぁ!!剣士とヤった?」


「私と剣士はそういう関係じゃ無いの」


「ヤったって言ったら突き落とそうと思ってた」


「ウフフ良かった元気そうで…」


「はぁ?なんか腹立つなぁ…あんたが美人すぎるから全部悪いんだって…ふん!」


「赤ちゃん…大切にしてね?」


「そんなん言われなくても分かってるさ…」


「ウフフ」


「でも…ありがとう」



女海賊は既に女エルフを認めていた


立ち振る舞いも行動も全部腹立たしいけれど…それでも信頼出来た


毛皮で包まって肌から伝わる暖かさがそれを感じさせる


彼女にとって対等に付き合える初めての友達だった




隅で毛皮に包まる女海賊と女エルフとは対照的に


男達は酒瓶をそれぞれ持ち久しぶりの酒を味わって居た



「…まぁ飲め」


「…」グビ


「旨いか?…他の兵隊たちも飲め!!」


「何処のワインだ?」


「シン・リーン産だ…まぁ生き血の味に近いだろウハハ」


「人類の英知の味か…滅ぶ間際に飲む酒も悪くない」グビ


「そう言うな…俺等生き残り掛けてんのよ」


「私は魔王の闇を甘く見過ぎて居た…調和の時…良く言ったものだ」


「大昔の奴らはよ…こんな状況でも生き抜いてきたんだろ?…今度も生き抜くぞ」


「ドラゴンに乗る剣士の姿を見て確かに希望に見える…私達とは別の次元なのだろうな」


「あぁ俺達じゃ真似できんな」


「セントラルでドラゴンライダーを見た時…私は心底絶望した…自分の無力さにな」


「でもここまで生き残ってんだ…希望を見失うな」


「クックック私よりお前の方が指導者向きなのかも知れん」


「俺ぁよ…女盗賊が残した子供達を守っていかなきゃなんねぇ…見捨てる訳にいか無ぇんだ」


「妹か…思えば私は妹を失って同時に…自分が生きる意味も失った気がする」


「シン・リーンの港町によ…アイツの墓作ったんだ」


「そうか…行ってやらねばならんな」


「太陽が出てればスゲー景色の良いアイツのお気に入りの場所なんだ」


「太陽…か…俺の体はもう不死者だが…太陽の下に出れると思うか?」


「それは祈りの指輪でなんとかしろやい」


「そうだ…祈りの指輪はどうした?どこにある?」


「魔女だ…魔女が持っている」


「では魔女がこちらに来るまで何も起きんという事だな」


「んん?どういう事だ?お前まだ何か隠しているな?」


「さぁな?来てからのお楽しみだ」





『大きな岩山の上』


フィン・イッシュに来るときに休憩した場所だ


その時のキャンプ跡がまだ残って居た…そこで再度石炭を燃やし休息を取る



「ここで一旦休憩だ…女海賊!剣士の所に行ってやれ」


「言われなくても分かってんよ…」タッタッタ



女海賊は一目散に剣士の下へ走って行った



「商人!まだアサシンの手記読んでるのか?」


「うん…夢の記録だけじゃないんだ…亡くなった塔の魔女とのやり取りも書いてあってさ」


「何か分かった事あるのか?」


「精霊が生き続けて来た目的…未来へのメッセージを塔の魔女は受け取っている」


「むむ!お前たちは塔の魔女から聞いて居ないのか?精霊の一部を塔の魔女が持っている事を」


「え!?精霊の一部?」


「…もしかして」



女エルフはその話を聞いて立ち止まった



「何か知ってるの?」


「亡くなった魔女様を埋葬するときに小さな石の様な物を一緒に埋葬したの」


「小さな石…」


「魔女様が大切に身に着けていた石だとか…」


「それだ…それが外部メモリだ!!」


「んん?ホムンクルスに足りないって奴か?」


「それに精霊の記憶が入っている筈だ!!…まだ世界を救う手が残って居る!!」



商人は慌てて立ち上がり宙に向かって叫び出す



「魔女!!見ているんだろ!!墓の中から小さな石を持って来てくれ!!」


「おいおい…どこに向かって話してんのよ」


「魔女は千里眼で常に僕たちの事を見ている…だから通じる」


「話ている事は聞こえて居ないだろう」


「紙とペンだ…文字にして伝える」


「ペンか…ほれ」ポイ


「そうさ…精霊の記憶があれば何とか出来る」カキカキ



商人は持って居た魔術書の開いて居るページに魔女へのメッセージを書き始めた


その様子を見ていたアサシンはワインで喉の渇きを癒しながらつぶやく



「これは何か起きるな…」グビ


「僕はこのメモを見続けておく…魔女がいつ見ても分かるように」ジー



商人はそのメッセージを見続けた


何も取り柄のない彼が出来る事…とても地道な事…それは状況を一気に覆す事になる





『岩山の断崖で』


剣士と女海賊の2人は薄暗くて何も見えない向こう側を眺めながら


大した言葉を交わす訳でも無くなんとなく気まずい雰囲気のまま肩を寄せ合って居た


変に思っても無い言葉が口から出てこれ以上距離が開きたくない…


只寄り添うだけで…今はそれで良かった



「ねぇ…まだ僕が目も見えなくて言葉も分からない時の事…」


「うん…覚えてるよ」


「馬車の中で君は良く背中を僕に貸してって言ってたよね」


「そだね…」


「返してもらって良いかな?」


「ええ!?どうやって?」


「君が僕に背中を返してくれれば良いのさ」


「なんだ…そんな事か」


「そんな事じゃ無いさ…僕にとって大事な事なんだ」


「ほい…」



女海賊は向き直って背中を合わせた



「暖かくて気持ち良いね」


「うん…」


「あの時は毎日こんな風に馬車の中で寝たよね」


「あんた何言い出すのさ…泣けてくるじゃん」


「あの時の馭者の叔父さん…どうなちゃったかな?」


「ハズレ町で置いてきぼりにされて…」


「生きてるだろうか?」


「……」


「宿屋で休むなんて事ももう考えられない世界になっちゃった…」


「止めて…もう考えたくない」


「ごめんよ…でもきっと…僕がそんな世界を取り戻してあげる」


「私も手伝う…」


「うん…ありがとう」


「どうやってやるの?」


「僕は時空を操れるんだ…魔槍を消した時みたいにね」


「うん…」


「魔王を消し去ってあげるよ…永遠に」


「あんたに出来るの?」


「出来るさ…魔槍の時と一緒さ…一瞬で終わる」


「じゃぁ今は?」


「今はダメだよ…魔王が何処に居るのか分からない」


「そっか…」


「それに…君と居るこの時間を大事にしたい」


「うん…色々ごめんね剣士…わがままばかり言って」


「良いんだよ…君は今のまま…真っ直ぐな君が好きだよ」


「うえっ…ぐすん…もっかい言って」


「うん…真っ直ぐな君が…」


「君が?」



剣士が魔王を消し去る手段とは…


祈りの指輪で魔王のすべてを集めて…自分ごと消し去る事だった


女海賊は馬鹿では無い…剣士がやろうとしている事ぐらい先読みしていた


でも今それを否定して他の代替案が有る訳でも無かったから


それ以上追及出来なかった…どうすれば剣士を助けられるのか?


今は何も考えないで剣士と一緒に居るこの時間を大事にしたい…


背中に伝わる暖かさが切なくて…涙が止まらなくなった




『砂漠上空』


沙漠を超えてオアシスに辿り着くまでの数日間…女海賊は戦闘に備えて焼夷弾を作る事に勤しんだ


結局ドラゴンの背に乗る事は叶わなかったがそんな事はどうでも良くなっていた


剣士が背負って居る負担をどうにかして軽減したい一心だ


しかし無情な事にゾンビの追随は既にオアシスまで迫って居る



「こりゃ良く無ぇ…なんでオアシスまでゾンビが入り込んでいやがる」


「ちょい操舵私やる…変わって!」


「おう!」


「クックック…フィン・イッシュの二の舞だな」


「アサシンあんたぁ!!又私に何か隠してんね?」


「何の話だ?私は始めに警告したぞ?私達人間すべてに魔王が潜んで居るとな?」


「おいおいどういう事よ?誰か裏切者が居るってか?」


「さぁな?先に剣士が戻った時にゾンビ化の病気をばら撒いてしまった可能性も有ると言う事だ」


「そんなに早く発病するんか?」


「知らん…事実だけ見ろ」


「クソがぁまともに戦えるのは剣士と女エルフしか居ないってのに」


「何言ってんのさ…私も居るよ」


「剣士と女エルフがドラゴンに乗って戦い始めた…」


「ゾンビの数は!?」


「まだ少数だ…なんとか抑え込められるかも知れん」


「ああ!!星の観測の方に気球が何台か来てる…」


「なぬ!?」


「でっかい奴はパパの気球だ…これ応援来てるカモ」


「てことは女戦士が戻ってんのか…そりゃ良い!!」


「魔女も来てる筈…早く合流しよう!!」




『星の観測所』


そこに来ていたのは魔女と数人の魔術師の他に女戦士とローグも居た


物資の困窮を知った魔女が必要な物をそろえて補給に来てくれたのだ


フワフワ ドッスン!



「やっと戻って来おったか…待って居ったぞよ?」



魔女は又違う少女の姿に化けていた



「魔女か…助かるぜ…ちとまずい状況なのよ…とりあえず直ぐにゾンビ退治に行くことになる」


「その様じゃな?」


「女戦士とローグも一緒なんだろ?」


「うむ…今建屋から出て来るじゃろうて」



女海賊は飛空艇を降りて状況を察した


数人の魔術師を見てもう誰も信じられないと思った


魔術師に監視されているのが見え見えだからだ…彼女の勘は鋭い


魔術師の中にゾンビを操る者だって居る筈…一気に魔女が信じられなくなった



「……」ツカツカ



無言で魔女に歩み寄り平手をその頬に打ち付けた


パァァァァン!!


魔女の頬に平手が触れる前に何度か空間の歪みを感じたが無理矢理当てに行った


次の瞬間左手で無意識にデリンジャーを魔女に向けて構えていた



「うぉ!!お前…魔女に何て事すんだ!!おい!!」


「……」



魔女は無言で頬を擦る



「指輪よこしな!!」チャキリ


「済まなんだのぅ…黙っておって…ほれ」スッ



一連の行為を魔術師達は只見ている…


それは異常だ…一国の姫に銃を突きつけられて居るのにだ



「ほら…飛空艇から降りる人はさっさと降りて!!ホムちゃんも」


「はい…」


「お姉ぇ!!それからローグも私の飛空艇に乗って!!今から戦うよ!!」



傍から見ていた女戦士は妹の変貌ぶりに驚いた


その行動力と物怖じしない胆力…そして無駄のない動き



「お前…」


「あねさん…」


「私が指揮る!!剣士を援護するから手伝って!」


「私も少しは戦える…連れていけ」



アサシンも飛空艇に乗せろとアピールする


女海賊はアサシンから目を離したく無いからそれを受け入れた



「ほら!!早く乗った!!」


「フフ…中々お前もやるな?」ツカツカ


「分かったでやんす…あっしらは弓で援護っすね?」スタコラ


「やれる事全部やるんだ!!行くよ!!」



女海賊はデリンジャーを収めきびすを返す


魔女に何も言う事無く飛空艇に乗って去って行った…



女海賊が突然暴挙に出たのは彼女なりの打算が有った


魔女に対する不信感だけでは無くその周りに居る魔術師達にも不振を感じたからだ


思い返せばセントラルに突然ゾンビが現れたり


オアシスにもゾンビが増える様になったり…魔術師が陰で何かをしている様に思えた


あんた達の思う様にはならないよ!!そういうアピールだ



残された魔女はうつ向きながら言う



「行ってしもうたか…すべてを話す時が来たと思うたんじゃがのぅ…言いそびれてしもうた」


「すべてを?」



商人は魔女の顔を覗き込む



「中々言い出せんかったのじゃよ…勇者の定めをのぅ…」


「定めって言うのは…生贄になるとかそういう類の事かい?」


「生贄とは人聞きが悪いのじゃが…勇者が世界を紡いで居ると言えば良いかの…」


「それはもう分かって居ると思うよ…彼らはそう言うのと戦ってる」


「ほうか…ではわらわの出番は無いようじゃ」


「それより外部メモリは持って来てくれたかな?」


「持ってきたぞよ?師匠が大事にしていた物じゃったが…主は良く気付いてくれた」


「見せて?」


「これじゃ…この中に精霊の記憶があるのじゃな?」スッ



魔女はその小さな石を手にした



「多分そうだよ…貸して」


「ほれ…」


「ホムンクルス…これで間違いない?」


「その石は二つに分かれる様ですね…中に外部メモリが入って居ませんか?」


「え?こう?」スポ


「はい…私の耳の後ろのソケットにそれを挿して下さい」



商人はホムンクルスの髪を掻き分け耳の後ろにあるスロット部にそれを差し込んだ



「メモリが挿入されました…40年分の精霊の記憶が記録されています」


「おぉぉ…精霊がこれで蘇ったのじゃな?」


「基幹プログラムが失われているので完全とは言えませんが記憶を再構築しながら少しづつ読み込むことが出来ます」


「分かる事は?」


「沢山ありますが大事な事からお伝えします」



魔王に対するワクチンは未完成ですが抗体を持った種族が判明しています


それはドワーフで血液に抗体が流れています


ドワーフは憎悪に心を侵されない事が分かっており


勇者を保護する立場としてかねてから勇者の傍に居る種族でした


ドワーフの血液を魔王に与える事で魔王の体内で抗体作用が働き縮小する可能性が80%


次に闇の祓い方に関して


魔王が狭間に居る間は闇が去る事はありません


唯一の方法として魔王を黄泉に送る必要があります



「…つまり勇者が指輪を使って散らばった魔王の魂を集め…魔王となった後に倒すという事だね?」


「現状それ以外に方法はありません」


「ドワーフの血は…ドワーフの血はどうやって魔王に与える?」


「それは精霊の記憶の中にはありません…私たちが考える事です」


「くそぅ!!!歴史を繰り返すしか無いのか!!」


「それからもう一つお伝えしなければならない大事な事があります」


「なに?」


「精霊が生きた理由です」


「言って」


「精霊は…」



シュン! ザク!


何処からか放たれた矢がホムンクルスの背に突き刺さり胸へ抜けた


商人はホムンクルスの血を浴び動転する…



「うぉ!!何で弓が飛んで来るんだ…おい!!」


「ホ、ホムンクルス!!大丈夫かい?」


「生体の背中に損傷…死には至りません」


「魔女も危ねぇ…ドワーフの気球を上げるぞ!!乗ってくれ!!」


「およよ…すまぬ…千里眼で女エルフの目を見て居った」ノソノソ


「良いから急げ!!」グイ


「ホムンルクス…こっち」グイ


「飛ばすぞ!!ちと外の状況見て教えてくれい!!」



緊急事態だった


居る筈の無いリザードマンの大群が何故か武器を構え星の観測所に迫って居たのだ



「リザードマンだ…武器を持ってる」


「数と方角は!?」


「あり得ない…どうして急にこんなリザードマンが…」


「それだけでは無い…トロールも動いておるぞよ…何が起こるのじゃ?」



シュンシュンシュン ストストスト


放たれた矢が気球の船体に当たる音だ



「ぬああああぁぁ!!魔女!!魔法で応射してくれ球皮に矢が当たったら飛べなくなる!!」


「承知した…爆炎魔法!」ゴゴゴゴゴゴ ドーン


「サンドワームも暴れてんじゃ無ぇか…どうなってんだこりゃ!!」


「南西のオアシス方面!!あっちも気球が動いてる」


「あっちも緊急事態だな…気球の向き変える!!商人…お前も手伝え…そこのレバー回せ!!」


「う、うん…こうだね?」グルグル


「くそぅ…高度上がんねぇ…球皮に穴空いてんな!!?」


「わらわはこれくらいの高さが魔法を撃ちやすいのじゃ…爆炎魔法!」ゴゴゴゴゴゴ ドーン


「一旦南西の軍と合流目指す」




『飛空艇』


混乱する盗賊達を尻目に飛空艇はシャ・バクダ遺跡の方角へ向かって居た


女海賊は既に予感している…カタコンベからゾンビが溢れ出て来ると…


シュゴーーーーー バサバサ



「お前…魔女にあんな事して良かったのか?」


「フン!!あんな女!!知らない!!」プン


「何故そのように怒っている?魔女は私達の味方だぞ?」


「魔女は勇者が魔王になる事を知ってて私達に話さなかった…色々隠してんのさ」


「言えなかったのでは無いか?」


「ちゃんと教えてって言ったさ…悲しゅうなるから時が来たら…とか言って」


「私は話の前後が分からんのだが…勇者が魔王になると言うのは本当なのか?」


「お姉ぇはシャ・バクダ遺跡の勇者の像を見たよね?」


「あぁ…アレか」


「なら分かってんじゃん!!」


「ならなお更お前には話せなかったのだろう…お前が剣士を好いて居るのは誰にでも分かるのだから」


「勇者の定め…そんなもん私がぶっ壊してやる」


「早まるなよ?」


「言われなくても分かってんよ…」


「正面!!ゾンビが集まってるっす」


「やっぱカタコンベか!!」


「む!!あのゾンビ共は固まろうとして居るのか?」


「そうだよ…集まって人の形になる」


「なんか後ろの方でも戦闘が始まって居やすね…気球から魔法を打ち下ろしてるでやんす」


「何と戦ってんのさ?」


「こっからじゃもう見えんでやんすよ」


「南西のオアシスも気球が上がってんな…何か起きてそうだ」


「望遠鏡で確認してやる…」スチャ


「どう?見える?」


「良く分からんが…魔物と戦って居る様には見えんな…」


「私は警告した筈だぞ?クックック…」


「ちょ…もしかして同士討ち始まってんじゃ無いよね?」


「始まりは裏切りからだ…誰も信用しないお前の判断は評価する」


「くっそやっぱあの魔術師達…幻惑とかなんかそういう魔法使ってんな…」



女海賊の勘は正しい


魔王はどの人間にも潜む…魔術師も又魔王に惑わされ幻術を使って居たのだ


こうやって人間同士を戦わせる


運よく飛空艇に乗る4人は幻惑から逃れていた



「あんたも信用しないから!!それからローグも!!」


「あっしもっすか…」タジ


「なんか不審な事起こしたらデリンジャーでどたまぶち抜くからそのつもりで居な!!」チャキリ


「クックック…それで良い…お前はそのスタイルで行け」


「おい!正面のゾンビは剣士達に任せておいて良いのか?」


「私が作った爆弾で吹っ飛ばす!!魔王の欠片なんか知るもんか!!」


「…これだな?…随分沢山作ったな」


「私が言うタイミングで爆弾落として!!…1個で良いから…3…2…1…今!!」



ピカーーーー チュドーーン


新型の爆弾は一瞬でゾンビの塊を吹き飛ばす



「やややや、やりやした…すごいっすねこの爆弾!」


「…驚いたな…この大きさであの爆発か」


「核爆弾ってんだ…ウラン結晶から作ってる」


「これで遺跡から湧いて来るゾンビを留めるのだな?」


「そう!!あのゾンビの塊は多分魔王だよ…器の無い魔王はああやって固まろうとしてる」


「それをギリギリまで防ごうって訳でやんすね?」


「次焼夷弾!!ゾンビ吹っ飛ばしても燃やさないと意味無いからソレで焼く」


「落として行けば良いっすか?」


「出来るだけゾンビの塊の中に落として行って…旋回すっから」


「わかりやした!」


「お姉はクロスボウ使って遠く狙って」


「流石だな…お前は…」



フィン・イッシュでの経験が活きた


しかし周辺に燃える物が無いから火災の延焼が限定的だ


ゾンビを焼くのはドラゴンの吐く炎に頼らざるを得ない状況になって居る


何処から湧いて出て来るのかゾンビはその後も数を増やし続けた





『南西のオアシス上空』


盗賊が操るドワーフの気球は南西のオアシスに居るフィン・イッシュの軍隊と合流を目指した


遠くで女海賊の飛空艇が旋回しながら爆弾を投下している様子が見えた



「飛空艇の方でも戦闘が始まった様だな」


「女海賊の爆弾はわらわの魔法を超えて居りそうじゃのぅ」


「あれはヤバイ…あんな爆弾見た事無えから…」


「ねぇ!!なんかフィン・イッシュ軍の様子がおかしいよ?」


「んん?」


「同士討ちを始めてる…どうしてこうなった?」


「なにぃ!!こんな時に人間同士やってる場合じゃ…マテ…これがアサシンが言ってた裏切りか?」


「きっとそうだね…まずいね…僕たち魔王のまやかしの中に居るかもしれない」


「いつからまやかしの中だ?」


「ホムンルクス!!何か分からないかい?」


「はい…私には分かりませんが…私は一度もリザードマンを見ていません」


「おい!!そらどういう事よ?」


「私には気球を襲って居るのは人間の様に見えています」


「なにぃぃ!!?」


「確かにおかしい…武器を持ったリザードマンが急に襲って来るなんてありえない」


「なんと狡猾な魔王なのじゃ…わらわはリザードマンを倒したつもりじゃったが…」


「俺等も同士討ちしてんだ…」


「これはマズいよ…フィン・イッシュの軍隊にも合流出来ない…」


「くそう!!…ダメだ引き返す!!剣士達に合流する!!」



シュンシュンシュン ストストスト



「うあ!!」



商人は床から突き抜けて来た矢で足を負傷した



「イカン!!下の者にはわらわ達が敵にしか見えて居らぬ」


「商人!!くっそ…」


「反撃出来ぬでは無いか…」


「風魔法で気球のスピード上げてくれ!!」


「風魔法!」ビュゥ


「ホムンクルス!!商人の手当て出来るか?」


「はい…お任せください」


「僕は膝に矢を受けただけさ…君の方こそさっきの背中の傷は良いのかい?」


「大丈夫です…魔女様に回復魔法を頂きましたので」


「回復魔法!」ボワー


「それで血は止まる筈じゃ…手当を続けよ」



シュンシュンシュン ストストスト



「ちぃぃぃぃ追いかけて来やがる…完全に俺達を敵だと思ってんな…」


「ホムンクルスや…これだけは言うておく…インドラの矢は絶対に使ってはならぬ…良いな?」


「どうして急に…」


「今の状況はインドラの矢を使えばすべて無に返すことも出来るじゃろう…」


「じゃがもう二度と同じ過ちを繰り返してはならぬ」


「二度と?」


「滅びの始まりはインドラの矢から始まったのじゃ…師匠が精霊から聞いておったそうな」


「ホムンクルス!!それは本当?」


「今の私は40年分の記憶しか無いので分かりませんが…インドラの矢の威力からして文明を滅ぼすのは可能です」


「切り抜けようが無いな…撤収しよう」


「それが出来りゃ良いが…この気球じゃ逃げきれん…ぐぬぬ」



シュン! グサ!


その時…一本の矢がホムンクルスの心臓を貫いた…


続けて放たれた矢は魔女や盗賊にも襲い掛かる


シュンシュンシュン グサ!グサ!ストン!



「ぐぁ!!」


「はぅぅ…」


「ホ、ホムンクルス!!」



魔女はたまらず竜巻魔法でその場を凌いだ


砂嵐が吹き荒れ視界が悪くなり追っ手を撒いた


回復魔法より竜巻魔法で逃げなければならないほど状況は切迫していた


軍隊相手に気球一基だけでは相手にならないのだ…そしてこちらは手出しが出来ない


かろうじて逃げ延びた気球は安全な高度まで上昇する事が出来ない


状況は悪くなって行く…

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