第17話 量子転移

『星の観測所_居室』


ホムンクルスは投下したインドラの矢によってどの程度被害が出ているか衛星を使って観測している



「ホムンクルス?大丈夫かい?さっきから独り言をしゃべっている様だけど…」


「はい…インドラの投下によって人的被害が無いか確認をしています」


「ええ?こんな部屋の中で?」


「衛星から観測出来るのです」


「そうか…何か被害が出ているのかな?」


「被害の出ない場所に投下しては居ますが予後の状況まで想定出来て居ませんでした」


「あぁぁ…虫達も一気に焼き殺してしまったかもしれないね」


「そうですね…」



ホムンクルスの想定で虫の被害は想定内だった


想定外なのはインドラの投下によってキノコが一斉に生え始めた事だ


これは環境に影響が大きいのだ



「ふぅぅぅ…どうやら軍隊は全部帰った様だぜ?」


「ハハ…まぁ何も起きなくて良かったよ」


「あの嬢ちゃん又来ると思うか?」


「んんん…プライドがねぇ…」


「来るよ…」



剣士は自信を持って答えた…何故なら千里眼で見えているから



「私も来ると思う」


「それにしてもホムンクルスのインドラの矢だっけか…アレはヤバすぎる…俺もビビったわ」


「そうだね…アレで最小限らしい」


「うはぁぁぁ」


「どうして古代文明が滅んだのかを垣間見たね…もう使わない様にしよう」


「精霊にこんな力があったのに魔王を滅ぼせて居ないのはどうして?」


「謎だね…僕たちは魔王の事を大きく考え違っているのかもね」


「ところで気になって居たんだが…あの嬢ちゃんは不死者が蠢いているとか言ってたよな?」


「レイスの事じゃない?」


「知識が無いならそう見えるだろうが…もしかするともう直ぐそこまで来てるんじゃないかと思ってな」


「来てるってゾンビの事かい?」


「あぁ…ちっとオアシス群の外側の方まで見に行った方が良いかもしれん」


「僕がドラゴンに乗って見てこようか?」


「私も行こうかな…」


「そうだねドラゴンライダーなら安全に見て来れそうだね」


「フィン・イッシュは南西の方角だからそっちの方を見て来てくれ」


「うん…」


「飛空艇が帰って来るまで何も出来ないし…お願いするよ」




『数時間後』


案の定フィン・イッシュの王女がボロ着を纏い忍んで星の観測所を訪れた


オアシスで休む事無く来たらしく決意の固さを伺わせる



「やっぱり来たか…一人だな?まぁ入れ」



王女は何も言わず盗賊に従った



「よく一人で来るのを許されたな?…ん?あぁぁ外で2人待機してんのか…」


「アイツはあの動きの良い近衛だな?なかなか良いのを連れてるじゃ無えか」


「商人!!やっぱり来たぜ?」



盗賊は王女を部屋に案内して椅子に腰掛けさせた



「やぁ…さっきは驚かせてごめんよ」


「エルフとドラゴンは何処に?」


「南西の方に偵察に行ってる…不死者が居るって君が言っていたからね」


「…そうですか」


「軍隊の方は怪我人が多くてどうしようもない様だね」


「シン・リーンに魔術師の応援を要請している…もう少しでこちらに来る筈だ」


「それは本当か?…本当ならとても助かる」


「フィン・イッシュが敵にならなくて良かったよ…僕たちもヒヤヒヤしたさ」


「軍の…いえ民の士気がもう持たないのです」



王女は涙を零し始めた



「うむ…分かるぞ…国を奪われ家族も仲間もすべて奪われ…命からがら逃げ伸びて何の為に戦うのか…」


「ぅぅぅ…」ポロポロ


「気丈に振舞っている嬢ちゃんが痛々しいわ」


「フィン・イッシュの状況を僕たちは詳しく知らないんだ…話せる?」


「お話します…」



7ヶ月前…セントラルの第2皇子が私たちの国へ亡命してきた時の事です


皇子に仕えていた法王の使いという者も一緒に逃れて来たのですが問題がありました


法王の使いの体の中に魔王と思われる魂の欠片が入って居たのです


その時私達の下にシャ・バクダから来たアサシンという者が居ました


アサシン様は法王の使いの中に居る魔王に気付き…持っていたミスリルダガーで法王の使いを殺したのです


魔王の魂の欠片はそのまま散らばり地中の中へ落ちて行きました


それから数日して地中より不死者が現れる様になりました


地中から次々湧いて出て来る不死者を倒すために私たちは戦ったのですが


安全な場所の無いフィン・イッシュでは苦戦が続き…とうとう王都を後にせざるを得なくなりました


アサシン様は私をシャ・バクダへ逃すために戦い…何とか逃れて来られましたが


フィン・イッシュでは今でも第2皇子とアサシン様が居残り不死者と戦っている筈なのです


しかし何故か第2皇子は我こそは魔王と名乗りセントラルに対し宣告をしてしまった…



「アサシンが嬢ちゃんを逃したってのか…」


「アサシン様とお知り合いだったのですか…そうとは知らず…」


「知り合いというか俺達の仲間だな」


「今の話からすると黒幕は第2皇子ではなく法王の使いだったという事だね」


「黒幕も何も魔王に乗っ取られてたんだろうな…しかし散らばってどっか行くというのは厄介だ」


「女エルフが魔王復活を阻止したと言って居たけれど…結局散らばってどこかに行っただけだったみたいだね」


「こりゃ早い所助けに行かねぇとな」


「わかったよ…どうして魔王を名乗ったのか…僕達に助けてくれという事だ」


「確かアサシンは魔方陣の組み方を知っている…それで生き残ってんだ」


「そうです…魔方陣で悪霊のレイスは何とかなります…でも不死者が…」


「そらそうだわな」


「ドラゴンの義勇団は私たちを助けて下さいますか?」


「ドラゴンの義勇団か…ネーミングは悪くないね」


「話聞いちまったからには行くしか無ぇな」


「どちらにせよ飛空艇が帰って来ない事には動けないね」


「んむ…帰ってきたら動くぞ」


「ありがとうございます…」




王女は深く頭を下げ安堵の表情を浮かべた


ただ一人…国から逃れて来た王女がやっと掴んだ希望だった


彼女の国では龍神を崇拝する…ドラゴンの義勇団との関りは彼女の運命も変えた





『砂漠』


ホムンクルスが投下したインドラの爆心地では異常な事が起きていた


そこに積もって居た砂は吹き飛ばされ本来の湿った地表が姿を現して居たのだ


ニョキニョキと生えて来たキノコはその水分を吸いながら成長して更に胞子を飛ばす


これは環境を変えてしまう因子だ



「おうおう!!こりゃどうなってんのよ」


「盗賊さん…わざわざ連れて来て下さりありがとうございます」


「そら良いんだが…あのクソでかいキノコは食えるんか?」


「分かりません…突然変異のキノコに思われます」


「確かに…砂漠にキノコが生えるなんて聞いた事無え」


「分かった事が有ります…この砂漠は元々樹木が石化した慣れの果てです」


「なぬ?」


「樹木と同じ養分を持っていると思われます…ですからキノコが分解して育つのです」


「なんだか良く分からんが…これからキノコが生えまくるんか?」


「はい…キノコが砂を分解して土に変えるでしょう…森が再生します」


「そら良いっこった」


「キノコが飛ばす胞子は雨を呼びます…洪水に備えて下さい」


「まてまて…砂漠に洪水ってどう言う事よ?」


「地下水脈が溢れますのでオアシスの水位が上がるでしょう…でも長期的な話です」


「長期的ってどれくらいだ?」


「10年か20年か…ゆっくりと森が再生します」


「ほんじゃ急に慌てて避難する事も無えな」


「はい…ゆっくりで構いませんので洪水にはご注意ください」


「お!!?剣士達のドラゴンが戻って来そうだな」



上空をドラゴンが飛んで居るのが見えた



「星の観測所へ戻りましょう…私はもう十分です」


「おっし!!背負って行ってやる…背中に乗れ」


「はい…ありがとうございます」





『星の観測所』


観測所の屋根に1匹ドラゴンが戻って来て居た


盗賊はそれを見て異常を察知する



「おうおう!どうしたぁ!?何か有ったんか?」


「オアシスの外側でやっぱり沢山ゾンビが居る様なんだ…矢の補充に戻って来て居るのさ」


「マジか…おい!女エルフ!外はどうなってんのよ!!」


「砂漠で行き倒れた人達がゾンビになって彷徨っているの…矢が足りない」


「剣士はどうした?」


「まだ戦ってる」


「ゾンビ相手にか?」


「レイスとガーゴイルよ」


「こりゃ思ったよりマズイな…」


「銀の槍は何処かに無い?弓矢だけだと直ぐに無くなってしまう」


「ちょい待ってろ!!用意してくる」


「早く…援護に急がないと魔方陣の中まで入って来られそう」


「てか死んだ後でゾンビになっちまうならオアシスもヤバイかも知れんな」


「そうだね…」


「王女はまだ居るか?」


「うん…」


「フィン・イッシュの軍隊にもオアシスを自警させるように伝えろ」


「分かったよ」


「こりゃマジで飛空艇戻ったら速攻行動せんとフィン・イッシュの二の舞になりそうだ」


「行動って僕達に何が出来る?」


「ゾンビの大群がオアシスに来る前に焼き払うに決まってんだろ」


「ゾンビにレイスとガーゴイル…いよいよマズイ事になって来たな…」


「ボケっとして無えでお前も動け!!」



その後…


剣士と女エルフはドラゴンに乗りオアシスの外側に迫る魔物退治に勤しんだ


商人とホムンクルスは調達した物資の整理を行い


盗賊はフィン・イッシュ軍隊とドラゴンの義勇団との調整を取り持つ


オアシス群全域はかなりの広範囲に及ぶ為どの地域でゾンビが侵入しているか把握しきれない


いつまでもこの状況が続けられるとは思えなくなって来た


そこにシン・リーンへ行って居た飛空艇が魔術師を乗せて帰って来る


フワフワ ドッスン!



「戻りぃぃぃ!!」女海賊は状況を分かって居無いのかいつも通り元気だ


「おう!!早かったな!?」


「魔女が怒ってたぞ!!インドラの矢…もう絶対使うなって」


「え!?魔女が知ってる?どうして?」…と商人


「あんた知らないの?魔女は千里眼の魔法であんた達の事ずっと見てんだって」


「そうだったのか…」


「とにかく急いで帰れって言われてダッシュで戻って来たさ…んで?ドラゴン飛んでんだけどアレ何?」


「剣士と女エルフが戻って来たんだ…ドラゴンと一緒にね」


「もしかしてドラゴンに乗ってんの?」


「そうだよ…今は2人でオアシスの向こう側で魔物退治さ」


「おおぉぉぉ!!私も乗りたーーーーい!!」


「ちと今はそれどころじゃ無ぇ…魔術師には来てもらえたか?」


「あんたらぁぁ!!降りてぇぇ!!」



飛空艇から魔術師が4人降りて来た


ローブを着込み如何にもシン・リーンの魔術師だという雰囲気が出ている



「4人か…上出来だ」


「1人はドラゴンの義勇団に残して…あとの3人はフィン・イッシュ軍に合流して欲しい」


「女海賊!!南西のオアシスにフィン・イッシュ軍が駐留している…3人を連れて行ってやってくれ」


「おけおけ!!…送ったら戻って来て良いんだよね?」


「すぐに北の山麓に行く事になる…こっちは準備しておく」


「ういうい…なんか忙しいね」


「事情は後で飛空艇で話す…急いで魔術師達を送って来て」


「おーし!!行くぞぉ!!」



シン・リーンの魔術師が来た事で避難民達の士気が一気に向上した


回復魔法だけでは無くその他の魔法で様々な支援が出来ているからだ


解毒の仕方…眠り方…倒した魔物の後処理の仕方…それらを教える事で避難民にも出来る事が増え


それは活力に変わる…魔術師はそうやって人を導くのだ



「ほーー魔術師が一人居るだけで全然違うな…」


「そうだね…倒した魔物を石炭に変えて再利用するなんて想像も出来なかったね」


「だな?ガーゴイルの角も何かに使える様だ…」


「これで安心して出かけられるよ」


「感心してる場合じゃ無ぇな…ちゃっちゃと準備しとかんと又飛空艇で武器が無え!とかなっちまう」




『飛空艇』


数時間後…


魔術師をオアシスに送った女海賊はフィン・イッシュの軍隊から銀の武器を貰い戻って来た



「又えらい良さそうな武器を持って来たじゃ無えか」


「なんか義勇団の武器がショボイからそれ使えってさ」


「ヌハハ銀貨で作った槍じゃダメか?」


「貰った銀の武器はかなりガチの奴みたいだよ?」


「ほーん…ゾンビが倒せりゃ何でも良いと思うけどな?」


「なんかね?武装した兵隊のゾンビとかも出て来るらしいよ…だからちゃんとした武器じゃないとダメだってさ」


「マジか…」


「鎧なんか着込んでたら黒曜石のダガーなんか直ぐに壊れてしまうね」


「折角貰ったんだからアンタも銀の剣とかに変えたら?」


「そう言うお前はどうすんのよ?まだピッケル使うんか?」


「なんかピッケル気に入ってるんだよね…先っぽだけ銀の杭にしときゃ行けるんじゃね?」


「まぁ確かに…ピッケルは致死性高いから良い武器っちゃ良い武器だ」


「斧より全然使いやすいのさ…後さぁ…シン・リーンから物資持って来てんだけどどうする?」


「どれだ?」キョロ


「木箱に入ってる奴…小麦と塩しか無いけどそれで精いっぱいだってさ」


「あぁイイネ!!これで虫を食べられない人にも配給が配れる」


「ほんでこの後私等は例の命の泉行くんだよね?どうすんの?」


「剣士と女エルフが戻って来てからだな」


「あの2人はずっと戦い詰めなん?」


「そうだ…」


「ほんじゃ私等も休んでらん無いなぁ…」


「君は飛空艇を飛ばすのに一睡もしていないんじゃないかい?」


「まぁそうだけど…」


「なら少し休んどけ」


「ほんなん命の泉に行くとき休めば良いじゃん」


「そう休めんのだ…ついでに北の山麓に向かったもう一台の気球も探す」


「どゆこと?」


「義勇団の連中が使ってる気球が北の山麓で消息を絶ったらしい…物資運搬で今は気球が重要だ」


「なる…どうすっかなぁ…眠たくなるまでちっと飛空艇の中で作り物でもすっかな」


「おう!寝られるときに寝ろよ?」


「わーったわーった!!」



女海賊の作り物は入手した鋼材を使って鉛を加工する為の治具を作る事だ


デリンジャーの弾になる鉛はそれなりに精度の良い形状に加工する必要があったのだ


その治具を完成させた時には彼女は鉄屑にまみれながらいつの間にか寝て居た





『上空』


盗賊達は寝て居る女海賊を起こす事無く命の泉へと出発した


北の山麓で消息を絶った気球を探そうとしたがドラゴン2匹を待たせる訳にも行かずそのまま北上を続ける



「気球を探すなら帰りだね…」


「だな?まぁ…そう簡単には見つからん様だ」


「女海賊は起こさなくても良いんだろうか…」


「無理矢理起こすと機嫌悪くなるぞ?」


「ハハ…まぁそうだろうね」


「しかし剣士と女エルフは休憩無しでドラゴンに乗りっ放しなんだが…」


「あ…僕はドラゴンに乗ったんだけどさ…意外と快適なんだよ」


「寝られる訳じゃ無いだろ」


「まぁそうなんだけど…ドラゴンは体温が高いみたいで温かいのさ」


「ほう?炎のブレス吐くぐらいだからどっか燃えてんだろうな?ヌハハ」


「でもどうして剣士と女エルフは飛空艇に乗らなかったんだろう?」


「そういやそうだな…こっちに乗りゃ休めただろうに」


「剣士と女海賊が一言も会話して居ないのも気になる…」


「そら寝てたからしゃぁ無いわな」


「う~ん…なんかおかしいなぁ…」


「そうか?」


「僕達と距離を置かれてる気がするのさ…特に剣士は一言もしゃべらない」


「むにゃ~ふが!?」キョロ


「お!?やっと起きた…」


「あれ?何で飛んでんの?」


「お前が寝てたから俺らで飛空艇動かしてんだよ!」


「やっべ…めちゃ寝てたわ…今何処?」


「北の山麓超えた所だ」


「剣士は?」


「ドラゴンに乗ったままだ」


「なんだよ…ドラゴンと仲良しになっちゃってんの?私もドラゴン欲しいんだけど…」


「私がドラゴンにお願いをする事も出来ますよ?」


「んん?ホムちゃんもドラゴンと仲良しなん?」


「ハハ…ちょっと話は複雑なんだけどドラゴンは精霊が卵から育てたらしいよ」


「ええ!?マジ?ドラゴンがペットなん?めちゃ良いじゃんソレ!!」


「お前にゃドラゴンは扱えん…ミツバチとは訳が違う」


「ほんなんやって見ないと分かんないじゃん!ドラゴンの卵欲しいなぁ…」


「お前は自分の子供を誰かにやれるんか?」


「う…ムリ…そう言う事か…卵頂戴なんて言える訳無いか…てかさ!!私のミツバチ馬鹿にしないで貰って良い!?」


「ヌハハ確かにお前のミツバチは特別だ」


「そうだよ!超ミツバチに育てるんだ!!」


「女海賊さんは虫達とお話が出来るのですか?」


「分かんない…でもなんか通じるっぽい」


「ダハハハお前は馬鹿丸出しだな?」


「うっさいな!通じるもんは通じるんだよ!!」


「虫と意思疎通が出来ると言う事は私にとってとても不思議な事です」


「そうなん?」


「俺等にとっても不思議だ…反則技だとしか思えん」


「てかゴメ…私が勝手に通じてるとか思い込んでるだけかも…」


「もしかしてそれは魔法の類なのかもね?」


「私魔法使ってんの?」


「う~ん…精神的な繋がりとか?」


「良く分かんないや…なんとなく言う事聞くからそれで良いんじゃね?」


「理解しました…恐らく協調制御が働いている様です」


「なんそれ?」


「女海賊さんの頭で考えた事を虫が受信して動いているのだと想定できます」


「ほ~ん…なんか違う気がするけどね…まぁ良っか」



ホムンクルスは虫の心は女海賊の心の中に有ると結論付けた


その心が強調した結果虫に心が宿る…そして女海賊の心のまま動くのだ


それはホムンクルス自身も同じ事だと言い変えられる…彼女は自身に宿る心は強調だと理解した


誰かの中に私が居る…協調する事で私の心が成長する…





『山岳部上空』


女海賊はドラゴンが滑空する為に高度を上げたり下げたりするのが気になって居た


山間部で何処に向かうのか分からなくなってしまうのだ



「これ進路何処行くか分かんなくなるんだけどさぁ…地図で言ったら何処に向かってんの?」


「ドラゴンの住処と言われて居るのが…この辺りだ」ユビサシ


「そんな遠くないね…でも山越えかぁ」


「問題でもあるのか?」


「高度次第だけど…飛空艇の限界高度超えるなら迂回しないとダメだよ」


「手前の山は標高8848メートルです…命の泉は2699メートルに位置します」


「じゃぁ迂回しないとダメ…ドラゴン分かってるかなぁ?」


「ドラゴンを追い越せるか?」


「イケる…スピードはこっちのが早い…私らが先導しようか?」


「そうだね…」


「ドラゴンはなんであんな右行ったり左行ったりすんだろ…」


「何か見ながら飛んでるのかもね」


「そのたびにいちいち縦帆張り替えるの大変なんだって…真っ直ぐ飛べよ!って感じ」


「まぁまぁ…僕達が先行すれば良いよね」



飛空艇は高度を上げて進路を定めた


安定飛行に入ると操舵者は休むことが出来る



「ドラゴンは付いて来んぞ?」


「もう良いよ!どうせ行先は同じなんだから」


「まぁそうだな?」


「そういえばさぁ…ホムちゃんが見つけたオーブ?」


「そんな事も千里眼で見ていたのか…なんか怖いなぁ」


「魔女が喜んでたさ…なんか死んだ魔女の婆ちゃんはそのオーブを壊してしまったと思ってたんだって」


「へぇ…僕はその話を直接聞いて居ないんだ…君は聞いて居たの?」


「うん…200年前のシャ・バクダ大破壊の時に全部壊してしまったと思ってたらしくってね」


「生きている間ずっとその罪を悔やんでたんだってさ」


「だからまだオーブが残ってる事が分かって魔女はメッチャ喜んでたよ」


「魔女は狭間の境界に印を打つっていうのは終わったのかな?」


「まだ半分くらいだって」


「じゃぁまだ合流出来ないね」


「あとね…お姉ぇが私のパパに気球を貰ったみたいだから割と早くこっちに来るかも」


「おぉそれは助かるな…今の義勇団に指揮れる奴が居無えのよ」


「あ!!そうだ忘れてた…盗賊?これドラゴンの涙っていう物らしいけど何だか知ってる?」


「おぉ!!それはユニークアイテムだ…なんでお前が持ってんだ?」


「ホムンクルスが僕にくれたよ…ドラゴンが落としたんだって」


「それは大事に持っとけ…たしか…心臓がドラゴンの心臓になるらしい」


「へぇ…僕にぴったりだね…いつ使おう?」


「今は元気そうだからしんどくなった時に飲め」


「良い物貰ったな~ありがとうホムンクルス」


「いえ…私には不要な物ですから」




『命の泉上空』


目的地周辺に辿り着き高度を下げる飛空艇に追いつく形でドラゴンが泉の方へ降下して行った


流石に飛空艇は急降下出来ない…あっさり追い抜かれた



「多分…あそこだね…ドラゴンが居りて行く」


「おけおけ…後について上手い事降りる」


「こりゃなんちゅー所に泉が湧いてんだ…ほとんど山頂じゃねぇか」


「神秘的だね…人の住まう場所では無い」


「はいはい…舌噛まないでねっと」



フワフワ ドッスン



「剣士と女エルフはもう泉の方に行ってるね…追おう」


「ホムちゃんもおいで」


「すごいな…音が何も聞こえない…別世界に来た様だ」


「水の流れる音がするよ?こっち…」サラサラ


「この水が下界まで流れて行ってんのか…んん?癒し苔が生えてんな…良い薬になる」


「どれ?…おぉぉコレ持って帰ろう」ゴシゴシ


「そんなの後にしなよ…ほら剣士と女エルフが待ってる」


「そうだな…先に魔槍とやらを処置してからだ」


「見えた!泉に大きな槍が立ってる…あれが魔槍だ」


「魔槍ロンギヌス…と書物には書いてありました」


「でかいな…あんな物を剣士が抜けるのかよ…」




『命の泉』


泉の脇にドラゴンが2匹並び魔槍を見下ろしている


その目前で剣士がたたずみ無言でうつ向いて居た


ドラゴンが語る…



”魔王に魔槍を打たれ200有余年…それ以来命の泉は憎悪に満たされている”


”命有る物は皆この汚された水を口にし憎悪に染まる”


”今こそこの魔槍を抜きかつての厄災を終わらせるのだ”


”真の勇者であれば魔槍の抜き方を知っておろう…”



「……」



剣士は無言で表情も変えずドラゴンの言葉を聞いて居た


女海賊は駆け寄りいつもと違う剣士を見て心配そうに顔を覗き込んだ



「あんた…どうしたん?」



剣士は顔を上げて少し微笑んだ



「あんたなら出来るよね?」



そう言われて少し顔を曇らせた



「ちょいどうしたのさ?なんでそんな顔するの?」


「認めたく…無いのね?…あなたが勇者である事を」



女エルフは剣士の気持ちを察して言った



「何言ってんのさ…私言ったじゃん…あんたは絶対勇者だってさ」


「正直に言うよ…」


「何?なんかあんの?」


「僕はこの魔槍を抜くことは出来ないよ…」


「え!?」


「でもね?消し去る事が出来る」


「うん…それで良いじゃん」


「ただし…同時に夢幻の記憶も失う事になる…そういう呪いも魔槍には掛けられているんだ」


「どういう事?」


「おいおい…そもそも俺は夢幻を何も覚えちゃ居ねぇ…何が起こるってんだ?」


「みんな…自分を見失わない様にしてね」


「え?」


「それは僕も同じなんだけど…女海賊…来て…」


「私?どうしたの?ちょいやっぱあんたおかしいよ…どうしたのさ?」



突然剣士は女海賊の事を強く抱きしめた


ぎゅぅぅぅぅ



「何?何?…どうしたの急に?」


「大事な記憶が無くなるんだよ…だから忘れてしまわない様に…体に覚えさせるんだ」


「ちょ…マジ意味わかんない」


「魔槍を消し去ると僕は勇者になる…そしたら僕は勇者の定めに従うしかないんだ」


「どういう事?あんたは始めっから勇者じゃん?…なんで?定めって何?ちゃんと話してよ…」


「今までありがとう…」ギュゥゥゥ


「ねぇ!!ちゃんと答えてよ!!」


「そうだ…君とまだ月を一緒に見て居なかった」


「それ…夢幻での約束の話?」


「僕は覚えて居ないんだ…だから君ともう一度月を見たかった」


「そんなん今度見れば良いじゃん!!」


「フフ…そうだね…そうなれると良いね」


「ちょいマジ何!?なんでそんなフラグ立てるみたいな事言うの?」


「僕は今…定めを受け入れるよ…少し離れていて貰って良いかい?」


「あんたさぁ…なんで勝手に話勧めちゃう訳?」


「ごめんよ口下手で…今から魔槍を消し去って…僕が世界を救ってあげる」


「世界を…救う?」



女海賊はその言葉を聞いてシン・リーンの壁画を思い出した


嫌な予感が頭をよぎる…



「危ないから近付かないでね?」



そう言って剣士は魔槍に手を掛けた…


次の瞬間異変が起きる…それは誰の目にも見えた


突如その周囲が0と1の数字の羅列に置き変わり…辺り一帯がそれに包み込まれる


それは世界を構成する最小単位…量子の世界…



「な、なんだぁ!!なんだこりゃぁ!!」


「ちょ…なんこれ?」



『我が…ガガガ魔槍を抜こピーーー…うとする者よ』


『それは我が物でザザザ…ザザ…ある』


『奪うからには裁き受けよザザザ…』



空間が歪みノイズ交じりの声が聞こえた気がした…


剣士にとってこの量子の世界は普段から見えている世界だ


そして数字の羅列をすべて0に置き換える力を既に身に付けていた剣士は無言で念じる


0と1で構成されたすべての物が0に置き換わり同時にその空間が丸ごと消えた



ビシビシビシ ガガーン!!



欠落したその空間を埋めるように周囲の空気が一気に入り込む


そして稲光と共に爆発が起きた様な音と旋風が吹き荒れた


正常な物理反応だ



盗賊達は目の前で何が起こったのか理解出来なかった


吹き荒れる旋風の中に一人たたずむ剣士


ノイズでかき消されてしまうかのように空間の中でぼやけて見える



「おい!!そこを離れろぉぉ!!」



盗賊は消えそうになる剣士を見て慌てて腕を掴む



「大丈夫…今調和して行く」



振り返った剣士は徐々にノイズが収まり実体化して行った



「おいおい何が起こったってんだ…」


「驚いたね…魔槍を空間ごと消し去ったんだ…魔術書に書いてあったよ…量子転移と言う究極魔法だ」


「お前いつの間にそんな技を覚えたんだ?」


「分からない…目が見える様になってから空間を操れる事に気付いたんだ」


「まぁ兎に角…無事に魔槍は無くなった様だ」



”良くやった…人間よ…汝はまごう事無き真の勇者…契約通り我が身を汝に預けよう”



「これでドラゴンとの契約は無事に果たしたわ」


「そうだね…早くフィン・イッシュに向かわないと」


「皆平気?」


「んん?何がだ?」


「いや…魔槍を消し去って何か変化は感じないかい?」


「何ともねぇ…やけにあっさり消し去って拍子抜けだ」



女海賊は放心状態で立ちんぼだった


彼女は自分に何か変化が有った事を薄々感じていた



「大丈夫かい?女海賊…」


「アレ?…私何してたんだっけ…なんか忘れ物した感じなんだけど…」


「今度は何忘れたのよ?」


「なんだろ…なんか変…心の中に急に穴が開いた感じ…何コレ?」


「さっき僕が言った言葉は覚えてるかな?夢幻を忘れてしまうって…」


「夢幻?…何だっけ?」



女海賊は自分が最も大事にしていた想いを失って居た


それは彼女の心の中で子供の頃から積み上げて来た大事な想いだ



「うーん…体は平気なんだけどさぁ…胸がズキューーーーンて感じ?あんたに分かる?」


「体が平気なら良いじゃない…いこっか」


「うん…あ!そうだ…癒し苔拾って行くんだった…あんたも手伝ってよ」


「どこかな?」


「コッチコッチ!!」



魔槍を消し去る前まで剣士に詰め寄って居た女海賊は


その後の心の喪失で混乱してしまった


気持ちが何処かへ行ってしまってどうして詰め寄って居たのか分からなくなったのだ


癒し苔を拾いながら平生を装い剣士が言った言葉を思い返す


もう一度ちゃんと話をしたいと思いながらも


心の中で無くなった何かが気になり言い出せないで居た


2人はすれ違い始める…

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