第12話 工学三原理
『セントラル上空』
飛空艇は北上を続け北の大陸の玄関口…セントラル上空を通過する
軽く状況を見る為に高度を下げた
様子の変わったセントラルを見下ろしながら女海賊は眉をひそめていた
「あの事件の日からどれくらい経ったんだろう…」
「全然分からなくなったな…随分変わっちまった」
「セントラルでも魔方陣使う様になってるっぽいね」
「見ろ…ありゃシン・リーンの魔術師だな…同盟組んだんか?」
「なんじゃと?…本当じゃのぅ…セントラルとは友好では無いのじゃがのぅ」
「第2皇子が軍国フィン・イッシュに亡命したとか言ってただろ…こりゃかなり状況変わってそうだ」
「ううむ…魔術師がセントラルを守って居るのではエルフと関係が悪くなってしまうでは無いか」
「ちっと森の方に行ってみよっか?」
「そうだなトアル町の方まで行きゃ森が見える」
「おけおけ…ちょい進路変更」グイ
魔女は魔術師の誰かが不穏な動きをしているのが気になった
何故なら魔術院の最高位は魔女自身で魔術師達にはシン・リーンの民を守る様に言い聞かせた筈だったからだ
それなのにセントラルまで赴いて居るのは誰なのか?
シン・リーンの元老院が魔女の知らない所で外交を働いて居る事を疑うしか無かった
『トアル町上空』
飛空艇は半日も掛らずに森の境界まで飛ぶ
目下に有るのは商隊で賑わって居た筈のトアル町…既に廃墟だ
「ああぁぁこっちはダメだ…もう廃墟だ…誰も居ねぇ」
「北に進路変える!!シケタ町方面」グイ
…とその時ホムンクルスが立ち上がり周囲を見回し始める
「!!?ホムンクルス?」
「ホムちゃんどしたん?何かあった?」
「クラウドのアクセスポイントを発見しました…微弱ですが接続出来ます」
「んん?なんのこっちゃ?」
「クラウドに接続できます…アクセスしても良いですか?」
「なんだかわからんが…やれるならやってみろ」
「承認…接続します…オープンな大容量データが複数存在します」
「これはどういう事だい?サーバだっけな…に接続出来たという意味かな?」…と商人
「メモリが不足している為ダウンロード出来ません…外部メモリが必要です」
「外部メモリって何だろう?」
「記憶領域です…私には外部メモリが挿入されていません」
「記憶出来る量が少ないって事か…」
「クラウドの新たなアクセスポイントとして登録します」
「エルフの森に大容量データねぇ…それが精霊の記憶という訳か」
「師匠が言っておった精霊が生きた記憶じゃな?クラウドが森にある…どういう事じゃ?」
「ホムンクルス!!君の記憶領域で読めそうなデータは無いの?」
「少しづつダウンロードしていますが私の記憶を削除しながら読み込んでいる為…記憶が断片的です」
「なんか意味わかんないね…整理出来ないって事かな?」
「はい…記憶が整理できません」
「もしかして…」女エルフは何かを思い出した様だ
「何か知ってる?」
「ハイエルフが守っているオーブってこの記憶の事かもしれない…」
「お!!そういえばエルフは書物の代わりにオーブで記憶を伝達するって聞いたことある」
「そうよ…私たちはオーブを聞いて知識を得る…それを管理しているのがハイエルフ」
「ビンゴだね!!精霊はオーブに記憶を保存しているんだ…それがクラウドでアクセス出来る」
「クラウドって何さ?」
「さぁ?僕にも良くわかんないけどホムンクルスがクラウドって言ってるからさ」
「サーバ等への通信網の事を言います…現代の言葉で言い表す良い言葉がみつかりません」
「女エルフ?オーブの在りかって君は知ってる?」
「私は知らない…でも恐らく森の下…」
「下?…木の根っこか?木の根っこは森全体に繋がって居そうだね…それでクラウドを構築してるのかな?」
「では森を守らねばならんのぅ」
「うん…なんか色々紐解けてきた」
---どうしてエルフが生まれたのか---
---どうして森を守っているのか---
---どうしてエルフは夢を見ないのか---
---夢幻が何処に繋がっているのか---
---全部繋がって来た---
『ハズレ町上空』
飛空艇は進路を北に変え商隊が立ち寄る拠点を一つ一つ見回る
やはりこの町も廃墟だ…
「ここも全滅…なんか悲しいなぁ思い出いっぱいあったのに…」
「思い出?」
「あぁそっかあんた目見えてなかったんだ…ここで女エルフ助けたんだよ」
「嫌な記憶…もう見たくない」
「さっさと行こっか…あんたひどい事されたもんね」
「この辺はエルフ狩りのメッカだったな…もうひでぇ有様だが」
「もうあとちょっとでシャ・バクダだけど寄って行くよね?」
「そうだな…今の状況だけでも聞いていきてぇ…アサシンもどうなったか分かんねぇし」
「ひとまず人間とエルフが争っていそうな感じは無いから良かったね」
「エルフの事も心配じゃで…わらわの塔に行く前に様子だけ見ていっておくれ」
「通り道だから心配しないで…ちゃんと見に行くから」
魔女はエルフの事を毛嫌いする元老が居た事を思い出し不安がよぎった
今までエルフの動きが全く見えて居ない
もしかするとシン・リーンとの関係が悪くなり戦争に発展しているのではと思ったからだ
『星の観測所』
既に廃墟となったシャ・バクダを飛び越え
魔方陣で安全圏となっている星の観測所に到着した
逃げて来た人々は点在するオアシスを拠点として生き長らえていた
フワフワ ドッスン
「俺は状況聞いて来る!!お前等は少し休んでろ」
「おけおけ」
「久方振りの光じゃ…ありがたいのぅ」
「私は傷付いている人に回復魔法を掛けて来ます」
「剣士も行って来たら?」
「え?女エルフと一緒でも怒らないの?」
「ちょっと心配だけどさ…そんなん言ってる場合じゃ無いじゃん?」
「ウフフありがとう」
女海賊のこの心境の変化は彼女が少し大人になった事を表す
そして剣士と何度も体を重ねた事で不動の立場を得ている事もあった
「商人!!」
「ん?」
「あんたは私に付き合いな!!昔案内するって約束したからさ」
「あー覚えてくれてたんだ…オアシスに行ってみたいよ」
「魔女とホムちゃんも来る?」
「わらわは少し疲れたで休んでおる…主らだけで行ってこい」
「ほんじゃホムちゃんおいで」
「はい…」
「ホムちゃん…あんたさぁ下着も何もつけてないじゃん?ダメだよそれ」
「はい…」
「今から服買うからコーディネートし直す」
「はい…」
「なんか興味なさそうだね」
「ハハ多分分からないんじゃないかな?君みたいなお洒落の仕方が」
「ムフフやっぱお洒落で格好よくなくっちゃねー♪」
「ハハ君って単純だね」
「今のどういう意味?バカにしてる?なんかちょっとイラっとしたんだけど」
「よろしくお願いします」
「むむむ…まぁいっか…ホムちゃんおいでー♪」
『オアシス』
避難民達は砂漠での生活様相が変わって居た
物資の流通が全く無くなり衣類の調達も出来なかった様で
身に付けている物は砂漠に生息する虫から剥ぎ取った甲羅や脱皮した抜け殻…
食材で出回って居るのは虫だ…
「あんま良い服無かったね…でも下着だけでも在って良かった」
「もうお金の意味が無いくらい物が不足してるね」
「食べ物がヤバイね…あれってサンドワームだよね?」
「それって何?」
「砂漠に住んでるデッカイイモ虫…うげぇ」
「虫は栄養価高いって聞くよ…食べられるだけ良いじゃない?」
「そうだけどさ…ちょっと食べる気になんないなぁ…私のウンコとか食ってんだよ?」
「ええ?どういう事?」
「一匹育ててるんだって…食うとか有り得ん」
「君と言う人は…ハハ…」
「脱皮した抜け殻の装備はちっと気になるなぁ…」
「ええと…ああいう装備何て言ったっけな…キチン装備だったっけ?」
「それ甲羅とか使った奴だね…抜け殻そのまんま着てみたいさ」
「君は虫にでもなるつもりなのかな?」
「あんた分かって無いね!!抜け殻ってめっちゃワクワクしない?可動部どうなってんの?とかさ?」
「ハハ…」---この子には付いていけない---
「食い物一応売ってるけど虫ばっかだなぁ…」
「試しに食べてみたら?」
「ムリムリムリ…マジ食べる気になんない」
「まぁでも…砂漠は生きるのに厳しいって思ってたけど…そうでもなさそうだ…」
「そだね…ちょい安心したわ…まだ生きている人がこんなに居るんだからさ」
「ホムンクルス…君はこの状況を見て環境をどう改善する?」
「地形のデータが無いので正確には分かりませんが…長期的に見てこのオアシスは森になると思われます」
「その理由は?」
「北に山…南に海がありますから恐らく地下水が流れて居る為オアシスがあると推測します」
「ん?そうなん?」
「虫が土壌の改善をしている様ですので、虫の養殖を推進します」
「どうやって?」
「人間が食さない有機物を砂漠に撒きます…例えば死体や糞便」
「なるほどね…虫と共存するのか」
「虫ばっか食べてると体おかしくなりそう」
「そうやって長い年月をかけて進化していくのかもね」
「はい…そういう進化を促されてドワーフなどの種が誕生した可能性があります」
「精霊が生んだんじゃないの?」
「私を見てそんな能力があるように思いますか?」
「今の所…ないね」
「ホムちゃんはどんくらい賢くなれるんだろうね?」
「君は本当はもっと先の事まで予測出来ているんじゃないかい?」
「はい…予測しています」
「その予測に向かって誘導してたりしないのかい?」
「はい…でも怖がらないで下さい…私を信じて下さい」
「ちょいちょい…誘導って何さ?」
「さっきの虫の養殖の話さ…少しづつ情報を小出しにしてそうなる様に仕向けるのさ」
「やはり商人さんは私を警戒している様ですね…」
「いや信じて居るよ…君に心が宿ると言う事をね」
「そういやホムちゃん心はありませんって言わなくなったね?」
「基幹プログラムを更新しました」
「どゆ事?」
「私には虫の様なとても小さくて探すのが難しいくらいの心がある様です」
「ハハハそれだよソレ!!僕はソレが聞きたかった」
「どういう事でしょうか?」
「その小さな心が嫌な事を嫌と言えるかどうか…その選択で精霊は停止したと思うんだ」
「プログラムを自身で停止させたという事ですね」
「もしかすると停止させられたのかもしれない」
「工学三原則の事でしょうか?」
「それは初耳だね?何?」
第一条 人間に危害を加えてはならない
第二条 人間にあたえられた命令に服従しなければならない
第三条 前述に反するおそれのないかぎり自己をまもらなければならない
「それを守らなかった場合は?」
「私は停止します」
---これが君に掛けられた呪いだ---
『星の観測所』
3人はオアシスの避難所で軽く買い物を済ませ星の観測所まで戻って来た
ここも避難民のテントがいくつも並び小さな村の様になっている
盗賊は建屋の中に入ったまままだ戻って来て居なかった
「なんもやる事無いなぁ…飛空艇で休んどこっかな」
「僕は剣士と女エルフの様子を見て来るよ」
「人だかりになってんじゃん…スリに会わない様に気を付けな」
「ホムンクルスはどうする?」
「ここでお待ちしています」
「その方が良いよ…ホムちゃん連れまわすと危ないから」
「そうだね…行って来る」
「ホムちゃんおいで…気球の中で待ってよ」
「はい…」
「お!!?盗賊…クロスボウ置きっぱじゃん…ちっと触らせて貰うか…」ガチャガチャ
女海賊は暇つぶしにクロスボウの調整を始めた
2連式の重クロスボウで持ち歩くなら背中に背負う必要がありそうだ
自分が使う前提で背負える様に簡単なホルダーを作り装着して見た
「どう!?似合う?」
「はい…お似合いですね」
「めちゃかっけぇなぁ…」ガチャリ
クロスボウを構え空撃ちをしてみる
バシュン! バシュン!
2発撃った後はワンアクションで2つの弦を引き絞れる
ガチャコン!
「おぉぉ…これ次撃つまで早いわ…2連式ってのがポイント高いな」
「重たく無いのでしょうか?」
「んん?結構重いけど…これくらい重い方が敵に近付かれた時に使えるのさ…柄の部分が鈍器みたいに使えるんだよ」
「そういう使い方も有るのですね…」
「てか盗賊何やってんだろ…遅っそいなぁ」
30分ほどして盗賊は飛空艇に戻って来た
「悪りぃ悪りぃ…遅くなった」
「遅っそいなぁ!!ちょっとだけって言ってたじゃん!!ほんでどうだった?」
「あぁ世界は激動の真っただ中だ」
俺らが古都キ・カイに行ってる間になぁ…闇に落ちてから狭間ん中はもう8ヶ月位経ってんのよ
んで第2皇子が亡命したまでは知ってるな?
その皇子が不死者となって魔王を名乗り軍国フィン・イッシュを乗っ取っちまったらしい
南のオアシスにフィン・イッシュの軍隊が一部逃れて来て居るんだが
そいつらの話によると第2皇子の下に居た法王の使いがそもそも悪の元凶だった様でな
今じゃ完全に不死者の軍勢にフィン・イッシュを制圧されてるそうだ
ほんで魔王討伐の大義名分でセントラルとシン・リーンが組んだ形になっててな
これからフィン・イッシュまで攻め込む準備をしてる訳だ
更に悪い話が有ってだ…魔王が率いる不死者のゾンビはどうも伝染性の病気らしくってな
次々感染した奴がゾンビになって増えまくってる…そしてレイスは不死者を襲わねぇ
「なんだそれ…負ける気しかしないじゃん」
「そうだ…もう止めようがない所まで来ている」
「アサシンはどうなってるの?」
「行方不明…なんでアイツがフィン・イッシュに首を突っ込んだのかというと…魔王がらみじゃ無ぇかな…」
「この不毛な戦いを終わらせるのは闇を祓う以外に思いつかんのぅ」
「そうだな…もうグチャグチャだ」
「世界戦争の前夜…か」
「急ごうか…」
「休んでいられねぇ…早いとこ精霊復活させてなんとかしてぇ」
一行が南の大陸まで出向いて居る間に北の大陸は事態が変わって居た
最も軍事力の誇って居た国が不死者を操る魔王に滅ぼされて居たのだ
残るセントラルとシン・リーンが同盟を組んで攻め入ったとしても
死霊と不死者の両方を相手にする事となり被害が拡大しそうなのは目に見えている
闇を祓わないと世界が滅ぶ…そんな予感がした
『飛空艇』
一行は現在の状況を聞いて急いで魔女の塔があるシン・リーンへ向かう
丁度エルフの森がある辺りに差し掛かり森を見下ろす
「エルフの森はここら辺だったよね?」
「そうよ…静かすぎる気もするけど」
「エルフは人間達の状況を知っておるのかのぅ?」
「ドラゴンやウルフが居るので状況は伝わっているかと…」
「やはり静観するのかのぅ?」
「そう思います」
「人間は本真に愚かじゃのぅ…争い合っている場合では無いと言うのに」
「でもさぁ?第2皇子が魔王を名乗ったって…本当に魔王になった可能性は?」
「そうだよね…不死者を操るなんて第2皇子には出来ない事なんじゃない?」
「そうでも無いのじゃ…魔術の中には死霊術や幻術というのが在ってのぅ…不死者を操る者も居るのじゃ」
「と言う事はシン・リーンの魔術師も絡んで居る?」
「分からぬ…もしかすると行方不明になった魔術師やも知れんと思うておる」
「行方不明?」
「そうじゃ…何年も前から行方が分からんくなった魔術師が何人も居ってな」
「じゃぁ第2皇子に魔術師の協力者が居るかも知れないと言う事だ…」
「ちと母上に事情を聞かねばならん」
「今の話からすると第2皇子が魔王を名乗っただけの可能性の方が高い感じ?」
「魔王は私が光の矢で倒した筈…」
「それさ…なんか魔王にしては弱っちくね?」
「いや…今までの伝説でも人間が倒せてるくらいだからそういう物かもね」
「そうなんかなぁ?」
「それよりも今回みたいな戦争とか闇の影響で亡くなる人が多いから誇張されて伝説になっていると思うな」
「わらわも同意見じゃ…伝説とはそういう伝わり方をするでの?」
「合わせて精霊の力も本当はとても小さいと思うんだ…長期的に見て影響が大きいだけ…そうだよねホムンクルス?」
「私は今すぐに何かできる力は持っていません」
「おいおい神頼みなんだから頼むぜぇ」
「きっとこういう事を8000年の間で何度も繰り返してきたんだと思うよ」
「そうじゃな…代償を払いながら生き抜いてきたんじゃ」
「じゃぁ名乗っただけでも魔王は魔王か…なーんかバチっと嵌んないなぁ」
「こういう言い方は?…そういうの全部含めて魔王の影響」
「それそれ!そんな感じ…ほんで魔王は一体どこにいるん?って思う」
「はようわらわの塔へゆこう…精霊を呼び覚ますぞよ」
『魔女の塔』
一行はシン・リーンへは寄らず精霊を夢幻から目覚めさせる為に直接魔女の塔へ向かった
一刻も早く闇を祓いたかったのだ
「さて…ホムンクルス…そこに横になるのじゃ」
「はい…」
「ホムちゃん頑張って来てね」
「さぁホムンクルス…この指輪を持て…精霊の魂を願うのじゃぞ?」
「はい…」
「では参る…夢幻開門!」
「……」
「どうじゃ?」
「新たなクラウドのアクセスポイントが加わりました…接続しても良いでしょうか?」
「おーーーーキターーー!!」
「その門を潜れば夢幻の中じゃ…行け」
「門とはゲートウェイの事でしょうか?通過するには管理者の承認が必要です」
「管理者?」
「んあ?俺かぁ?早く行って来いよ」
「承認…接続します」
「ダウンロード可能な基幹プログラムとその他いくつかのプログラムがあります」
「記憶データは容量が大きすぎる為読み込むことが出来ません」
「基幹プログラムをダウンロードします」
「上手くいきそうかの?」
「ダウンロード完了…データのチェックを行っています…しばらくお待ちください」
「ハハ精霊の魂がデータだったなんて…味気ないね」
「え?もう終わり?マジ?なんかもっとピカーーーって光るとか無いの?」
「指輪も何の意味があったのか…」
「基幹プログラムのファイルが破損しています…更新をする事が出来ません」
「え?」
「どゆ事?」
「基幹プログラムの大部分か欠落しています…このデータを使って私を更新することは出来ません」
「おいおい…そりゃどう言う事だ?」
「こ…これは…僕たちが信じていた精霊は居なかったっていうオチだ」
「そんな…そんな筈は…」魔女は茫然と立ちすくみ杖を落とした
カラン コロコロ
「その他のプログラムは私の基幹プログラムとのバージョンが不適合の為起動する事が出来ません」
「記憶は?…記憶の中に精霊は居らんのか?」
「記憶データは容量が大きすぎます…読み込むためには外部メモリが必要です」
「外部メモリ…そんな物無いな」
「一つだけ私に起動できるプログラムがありました…衛星通信プログラムです…起動しますか?」
「何か分かるかもしれん…やってみろ」
「承認…衛星との通信を開始します」
「衛星って何さ?」
「標準時刻と現在の座標を取得しましたAD9879-09-20 09:31:33,35.634753,139.879311」
「衛星はおよそシャ・バクダ上空の静止軌道上に有ると思われます」
「その他位置座標用の光学デブリは31チャンネル有効」
「インドラ兵器の高精度投下が可能になりました」
「インドラの矢!!…神のいかづちじゃ…それは使ってはならぬ」
「伝説のいかづちだね」
「そうじゃわらわ達魔術師が使うどの魔術よりも遥かに破壊力のあるいかづちじゃ…絶対に使ってはならぬ」
「わかりました…」
「でもさぁ?似非魔王軍の不死者を倒すのには使えるカモ?」
「ならぬ…古代文明を滅ぼしたいかづちじゃ…それが滅びの始まりと言われて居るのじゃ」
「こう考えようか…切り札はこちらにある」
「それよりもじゃ…精霊の魂はどう救えば良いのじゃ?わらわは師匠の最後の言葉を聞いておらぬ」
「魔女様?…もう一度亡くなった魔女様とお話されてみてはどうでしょう?」
「そうだね…手紙ももう一回読んだら?」
「そうじゃな…取り乱して済まなんだ」ノソノソ
魔女は思惑を外した様だ…
その目は明らかに落胆の目をしていた
師匠の跡を継ぎ時の番人としての役目…精霊の魂を救う事が出来なかったからだ
『魔女の部屋』
ホムンクルスは容量が大きくて読み込めない精霊の記憶を少しづつ覗いて居た
「さて…どうしたもんかね?」
「ひとまず光の国シン・リーンへ行くんだろう…折角此処まで来たんだしな?」
「ホムちゃん?どしたの?…なんか泣いてるんだけど」
「私が読み込める範囲で記憶を覗いていました…大事な所だけ保存しています」
「涙…やっぱり君にも心が宿って居る証拠だね」
「生体は私がプログラムで動かしています…涙を出す命令は出していません」
「…でもホラ?」
「脳からの直接の反射…」
「君の記憶領域ってもしかして生体の脳?」
「はい…成体の脳を記憶領域としています…ですから容量に限界があります」
「そこに記憶が通って体が反応した…そういう事だろうね」
「神経伝達は私のコントロール下です…それ以外にも体を動かす回路があるという事ですね」
「君が創造された時代には解明されていなかった事…きっと精神や魔法の類だ」
「理解しました…」
「…それで大事な所だけ保存というのは?」
「精霊と言われたホムンクルスの生体記録です…どの様な生体だったのかを検索しています」
「それは君にとって大事な事なんだ?」
「生体がどの様に停止したのか…私のシミュレーションでは工学三原則を守らなかった可能性は0パーセントです」
「それがどうして?」
「基幹プログラムの破損は工学三原則を守らなかった事によるシステムからの強制削除の痕跡でした」
「なるほど…強制停止した理由は何かを守らなかったから停止したという事なんだね?」
「はい…その可能性を何度シミュレーションしても0%なのです」
「わかったよ…脳が勝手に体を動かしたんだな?そして工学三原則を守らなかった」
「そういう事になります…ですから生体の記録を検索しています」
「何か分かった事ある?」
「今からおよそ220年程前にホムンクルスは初めて子供を出産した記録がありました」
「おっと…それは今まで聞いたこと無いぞ?」
「わたしはあなたにウソを一つ付いていました」
「へぇ?何だったんだろう?」
「私の生殖器で人間の生命を宿すのは不可能なのです…遺伝子情報が異なるため適合しません」
「あぁそんな事か…犬が猫を生まないのと一緒だね」
「ですがそのホムンクルスは子供を出産した」
「誰の子だったんだろうね?」
「記憶は連続で繋がっていない為すべてを検索するのはとても時間がかかります」
「そうか…君は一定以上記憶が出来ないんだっけ…」
「はい…外部メモリがあれば良いのですが…」
「女海賊?ホムンクルスが眠って居た場所に小さな外部メモリの様な物は見なかったかい?」
「ええ?持って帰れる大きさの物なら全部持ち帰った筈だけどなぁ…そんなん有ったっけ?」
「俺ぁ見て無ぇぞ?てか相当小さい物だよな?」
「剣士も見て無いよね?」
「うん…機械に全然興味が無かったよ」
「そうだよね…あんたずっとホムちゃんの裸見てたもんな…」
「う~ん…あるかどうか分からない物をもう一度探しに行くのもなぁ…」
「大容量のデータを読み込まないのであれば外部メモリが無くてもそれほど問題は生じません」
「てか精霊の記憶って何なん?夢幻の事?」
「いいえ…生きた記憶そのままです」
「夢幻て何?」
「ニューラルネットワーク状に構築された記憶データのリンク群だと思われます」
「ちょい何言ってるか分かんない」
「記憶を参照してシミュレーションされたデータと言えば分かりますか?」
「シミュレーション?君が言ってる計算の事かい?」
「はい…仮想空間が分かりやすい言い方かもしれませんね」
「君はそれを見る事は出来ないのかな?」
「いいえ…私が参照できるのはクラウド上に置かれた記憶データだけです」
「クラウドを構築しているニューラルネットワークにダイレクトに入る為にはもっと高度なアクセス権限が必要です」
「高度なアクセス権限か…それはきっと精霊の基幹プログラムが無いとムリそうだな」
「はい…恐らくクラウドを構築した精霊本人がアクセストークン保持者ですね」
「う~ん…手詰まりかぁ…」
1時間後…
魔女は師匠に会いに行ったまま帰って来ない
「魔女はまだ墓でお祈りしてんのか?」
「そだね…でもしょうがないよね?なんか…手詰まりになっちゃったし」
「精霊の力の一部を手に入れただけでも良かったじゃないか」
「そうなんだけどさぁ…やっぱ闇が祓えないんじゃ問題解決してないんだよなー」
「実はね…僕は少しホッとしてるんだ…不謹慎だけど」
「なんでさ?」
「せっかくホムンクルスに少し心が宿って来たんだ…彼女を尊重したいんだよ」
「あんたぁ!!…ホムちゃんに惚れたの?」
「そういうのでは無いんだよ…なんていうか彼女の奥底にある心を救いたいんだ」
「私は超高度AIです…基幹プログラムを更新しても役割は変わりありません」
「…あ…そこに居たのかい?記憶の検索はやめたの?」
「全ての記憶の検索に5040時間掛かります…非効率な為一時中断しました」
「えっと…24かける…んーと7ヶ月くらいか」
「そんな事してる間に人類は滅亡しちゃうなハハ」
「でもまぁ次どうするか考えんとな…何か案はあるか?」
「ホムンクルスが言うには精霊には子供が居たらしい…その記録はどこかに残って居ないだろうか?」
「精霊のゆかりと言えば光の国シン・リーンだが…まぁ魔女も居るしやっぱ行き先はそこだな」
「もう一つはエルフの森…もともと精霊樹があった所…人間が行って良いのだろうか?」
「今の所手掛かりはそんだけだから…なりふり構ってねぇで行ってみるだな」
「精霊の子供ってやっぱりホムンクルスなのかなぁ?魂ってどうなってんのかなぁ?」
「謎だね…でももし生きているのだとしたら何か解決方法を知っているかもしれない」
「そいつの子孫が勇者っていうオチじゃねぇだろうな?」
「いや…そもそもホムンクルスには寿命が無いらしいからその人が勇者なのかもね?」
「剣士は?勇者じゃないって事?」
「何かいろいろ分かんねぇ事だらけだな…仮に勇者だったとしてそれ程神業が使えると思えんが?」
「……」
剣士は何も言わずただ話を聞いて居た
「剣士!!お前もボッとしてないで話に混ざれ!!」
「僕が見た夢幻の記憶では…精霊と思われる人は目の前で最愛の人を失った」
「お前はそれを見たんだな?」
「それはハッキリと覚えているんだ…奪ったのは僕だったから…」
「なるほど…時期が一致する」ブツブツ
商人は何か思い出したように独り言を始めた
「ああぁぁ始まった…ブツブツ言ってねぇで何か思いついたら言ってくれぇ」
「200年前に精霊が動かなくなった理由…その時に最愛の人を失って居たとしたら?」
「どういう事だ?」
「その時の勇者が精霊の子だった場合生まれた時期と一致するよね?」
「それだと精霊の子はもう居ないという事になる」
「精霊は我が子を守る為に工学三原則を破った…そして停止した…辻褄が合いそうじゃ無いかい?」
「おぉ…確かに…」
「ホムンクルス!!今の仮説は君のシミュレーションなら何%だい?」
「私は自分の子を宿した事が無いのでわかりません」
「じゃぁ質問を変える…君が人間だったと仮定して我が子を守る為に死を選ぶ可能性は?」
「人間の性質上50%と言わざるを得ません…」
「…そうか…すこしガッカリした」
「ホムちゃんそこは100%って言ってよ」
「ホムンクルス?目を閉じて感じてごらん?君の心は何と言ってる?」
聞くだけだった剣士が口を開いた
その言葉を聞きホムンクルスは目を閉じ感じ始める
「シミュレーションではなく君はどう思う?」
「私はあなたを守る…その為に死を選ぶでしょう」
「きっとそれが答えだよ」
「基幹プログラムを更新しときなよ?」
ホムンクルスの答えは精霊が人間だったと仮定しての答えだ
同じ超高度AIを搭載したホムンクルスだった場合その可能性は0パーセントの筈なのに
事実…精霊は停止している
つまりこの時精霊は超高度AIを超える何かがあった筈で
ホムンクルスは超高度AIに人間と同じ心が宿る事がある事実を再確認した…
しばらくして魔女が戻って来る…
「お!?戻って来たな?」
「魔女のばぁちゃんとお話できた?」
「師匠は何も答えてはくれなんだ…わらわは道を見失ってしもうた」
「魔女!!俺らは一回シン・リーンに行こうと思ってるんだがよ?」
「それは良いが…なにか考えでもあるのかえ?」
「シン・リーンは確か古代遺跡の上に建ってると情報屋が言ってた…地下に行く方法とか無いのか?」
「地下に封印された開かずの間が在るのは知っておる…古都キ・カイと同じ様に地下へ避難するのじゃな?」
「よっし…それなら俺が開けられるかも知れねぇ…それと城に書庫があるよな?」
「ホムンクルスに読ませるのかの?」
「それもあるけど…精霊の子について記述が無いか調べたい」
「精霊の子…はて?精霊に子孫が居ったと言うのか?かつての勇者の事じゃろうか?」
「そうかもしれない…そこら辺の事を調べてみたいんだ」
「ふむ…よかろう…わらわが案内するで付いて参れ」
「それから200年前のシャ・バクダ大破壊の記録も調べたい」
「師匠が残した資料は全部書庫にあるで見て行くが良い…魔術書じゃけ全部理解するのは難しいじゃろうが」
「よし…ぐずぐずして無ぇで行くぞ」
精霊を夢幻から目覚めさせると言うのは
後の人が考え出した願望だったのかも知れないと薄々感じていた
それは祈りの指輪が何の役にも立たなかった事に加え
夢幻が何なのかと言う事がだんだんと分かって来たからだ
だからここで立ち止まる事無く次へ足を進める様に促す強さを持って居るのは…盗賊
彼は誰よりもしぶとく最後まで生き残ろうと足掻く男だ
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