第11話 小さな心

『軍船』


数日後…シン・リーンの軍船の行動計画が決まり一行は船に集まった



「…それで情報屋はここに残るんだね?」


「そうだ…情報屋には子供たちの面倒見を頼んだ…俺が好きにして良いって条件だったからな」


「良いのかい?情報屋?」


「丁度良かったのよ…精霊起源説の論文も作らなきゃいけないし」


「まぁとにかく狭間の外で闇が開けるまで生き抜いてくれ…明けたら迎えに来るからよ」


「任せて?」


「俺の船にお前達だけなら100日以上は食料がある…上手い事使ってくれな」


「分かったわ…乗って居る荷は私が使わせて貰うわね?」


「おう!!ただな?船は売るなよ?」


「ウフフ分かってる…家族を乗せて又ユートピアに帰らなければいけないのでしょう?」


「そうよ!!そん時ぁお前も連れて行く」


「それはどういう意味?」


「お前も家族って事だ…それじゃ不満か?」


「そういう事にしておくわ…じゃぁ気を付けて」


「それで…女戦士とローグはドワーフの国に行くんだよね?」


「シン・リーンの軍船は私たちが使わせてもらう…魔女と魔術師達には了解済みだ」


「ドワーフの国まではここから10日程度だ…向こうの様子を見てからシン・リーンへ戻る」


「やっぱりドワーフの国も心配なんだね」


「それもあるが…心配して居るのは父の方だと思う…顔を見せておかんとな」


「あっしはうれしいでやんすよ~彼女と旅をするなんて夢の様でやんす」


「私はお前の彼女でも無いしお前は私の何者でもない…勘違いするな」


「気球の改造はまだ掛かりそうかのぅ?」


「そうだね…まぁしばらくは軍船で一緒に行く感じになるね」


「気球に7人乗る事になるが…」


「女海賊が言うには気球に乗ってる木材を乗せる必要が無いから7人でも行ける計算なんだって」


「剣士、女海賊、魔女、女エルフ、盗賊、商人…そしてホムンクルス…良い構成だな」


「7人も乗るとちょっと狭いけどね」



「そろそろ出港します…降りる方は桟橋の方へ」軍船の乗組員が言った



「じゃぁ私は…降りるわ」スタスタ


「娘と子供たちを頼む!!…これはお守りだ!!」ポイ


「あなたのミスリルダガー…良いの?」パス


「そいつの音を鳴らしゃレイスは寄って来ん…お前一人で戻る為のお守りよ」


「借りておくわ…ちゃんと取りに来てね」


「分かってる…預かっといてくれ」


「論文出来たら僕にも見せてね」


「あなた達のお陰で良い論文が書けそうよ…良い伝承も残せると思う」



ギシギシ ググググ


ゆっくりと軍船が離岸して行く



「船が出ちまった…危ねぇから早く戻れ!!」


「じゃ…また逢う日まで」ノシ



船出での別れは太陽の無いこの闇の世界でも言い知れない寂しさがある


桟橋に一人残った情報屋は船が見えなくなるまで見送り続けた



---いってらっしゃい---




『気球』


シン・リーンの軍船は大型のガレオン船だ


その最後尾…船首楼の上に女海賊の気球がバランス悪く乗って居る


船尾楼から後方に大きくはみ出し今にも落ちそうな恰好だったからだ


そんな不安定な気球の中で女海賊とホムンクルスは改造に勤しんで居た


ゴソゴソ ゴソゴソ



「お前…今にも落ちそうな気球ん中で良く平気な顔して作業できんな?」


「んあ?落ちる訳無いじゃん…球皮に熱入ってるんだし」


「あぁそうか…木材燃やしてる訳じゃ無かったか…」


「しかし…えらくスッキリしたな」


「要らん荷物降ろしたかんね…てかゴミばっか乗ってたさ」


「女海賊?この謎の機械ってホムンクルスに聞いて使ってるの?」


「そうだよ…それは時計…これは水銀柱」


「使い方も教わった?僕も知りたいな」


「時計は時間を正確に測る機械…水銀柱は高度を測定する機械…そこにある水頭柱は速度を測る物」


「へぇ…君に理解出来るんだ?」


「はぁ!!?バカにしてんの?私の得意分野なんだけど」


「これが例のウラン結晶からエネルギーを取り出す装置かい?」


「触ると火傷するよ…それで魔石にエネルギー転換して球皮に熱い空気入れるんだ」


「こっちの魔石は?」


「そっちは新しく付けたんだ…その筒に空気が通る様になってて風の魔石で推進力にするのさ」


「じゃぁもっと速度上がるってか!!ホムンクルスに教えてもらったんか?」


「やっぱ私をバカにしてんな…全部私の発明!!あっち行けスカポンタン」


「私は魔石に関する知識は書物で読んだ知識しかありません」


「ちょっとさ…テスト飛行したいんだ…どいてくれる?」


「あぁ悪りぃな…下で見てるわ」



気球は女海賊とホムンクルスの2人だけを乗せてテスト飛行の為に飛び立った


フワリ シュゴーーーーー


風の魔石の推進力で縦帆を開く前に進み始める


筒の中を勢いよく通り抜ける音はドラゴンの咆哮を思わせた



「うはぁぁぁ…もう気球の動きじゃねぇな…ドラゴンじゃねぇか」


「おどろいたね…風無しで進めるのか…」


「む…あいつ照明まで用意してるぞ?」


「いやぁぁ本当にスゴイね…」


「そうか…俺が持ってるこのライトと同じことを望遠鏡使ってやってんだな?」


「本当…センスあるね…女海賊は…」




『船尾』


気球はしばらく上空を飛び回って戻って来た


フワフワ ドッスン



「テスト飛行はどう?」


「いろいろ分かったさ…盗賊!!本体に少し補強が必要」


「んあ?何で俺に言うのよ…お前の奴隷3号はどうした?」


「剣士は後で体力使うんだよ!」


「船に乗ってて体力なんか何に使うのよ」


「うっせーな!!どうせアンタ暇じゃん!力仕事なんだからやってよ」


「くぁぁぁどうせお前等ヤル為の体力残したいだけだろうが!」


「ちょい!!お姉ぇに聞こえたらマジ困るから止めて」


「じゃぁお前も動け!」


「くっそ…弱み握られたらこうだもんな…」


「ほんで?どうすりゃ良い?」


「船首が風受けすぎてバタツクからそのうち壊れそう…船首を重点的に補強」


「梁を追加すれば良いんだな?」


「それとバタツクと真っ直ぐ進まなくなるから金属糸で張って欲しい」


「わーったわーった!」


「補強終わったら出発出来るよ」


「じゃぁ僕は荷物でも積もうかな」


「あんまり要らないかな…このスピードで飛べば5日あれば魔女の塔まで行けると思う」


「おぉすげー早いな…船で3週間以上かかるってのに」


「高度上げてまだ試してないからもしかするともっと早く行けるかも」


「もう気球の域じゃねぇな」


「これから気球じゃなくって飛行船って呼んで…飛空艇のほうがカッコいいか」


「飛空艇だな」


「よし!!みんな呼んでくるよ」


「ちょい待ちちょい待ち…私は後で剣士とちょっと用事が有んの」


「え?ええと…」


「出発が遅れるだろうが!!さっさとヤッてスッキリして来い!」


「だからでかい声で言うなって…てかそんなんじゃ無いから!」



女海賊が剣士と用事が有ると言うのはただエッチがしたいと言うだけでは無かった


実はこの時剣士は同行する魔術師の中に裏切者が居そうだと言う事に気付いて居たのだ


行動を監視し…何処かに向かってそれを報告する声を聞いて居たから…




『居室』


そこはこの軍船の乗組員が交代で体を休める部屋だ


剣士は誰が裏切り者なのか声だけでは分からなかったから一人一人声をかけて探して居た


そこへ女海賊がやってくる



「剣士!?ちょいこっち」


「あ…もう行くのかな?」


「まだ…どう?見つかった?」


「ダメだね…匂いが分かれば直ぐだったんだけど…」


「そっか…まぁ仕方ないさ…お姉ぇには教えてある?」


「うん…気を付けるってさ」


「おけおけ…さっさと行った方が良いね」


「てかどうやって連絡してんだろ?」


「分からないよ…何処かに向かって話して居たのが聞こえて来ただけだから」


「やっぱ魔女にも対立する誰か居るんだね…」


「多分…」


「まぁ良いや…」


「魔女には話しておく?」


「う~ん…てか騙されてんの私等かも知んないからさ…」


「それは無いと思うけどなぁ…」


「ちょい待とうか…」


「分かったよ…君に従う」


「当たり前じゃん?あんた私の奴隷なんだから…」


「あたたた…」


「どうする?シテ行く?」


「早く行った方が良いんじゃ無いの?」


「そうだけど…しばらく出来ないよ?」


「君に任せる」


「ちっと荷室行こっか」




『飛空艇』


盗賊と商人は飛空艇の準備を終わらせホムンクルスをからかいながら酒を飲んで居た


そこへ女エルフともう一人赤い眼をした男が現れた



「あれ?その人誰?」


「わらわじゃ…騒ぐで無いぞ?」


「又姿を変えてるのか…」


「元の魔女はどうなってんだ?」


「他の魔術師が化けて居る…ちと監視の目が厳しくてのぅ」


「なんか大変だね…」


「うむ…この船には母上の差し金の他に父上の指示で乗って居る者も居ってな…ややこしい関係なのじゃ」


「良いのかい?勝手に飛空艇に乗って?」


「構わぬ…今のままではわらわは自由が効かん」


「まぁ良いや…とりあえず女海賊と剣士待ちかな」


「ではもう来るな…今女戦士と一緒に話をして居った所じゃ」


「あ…噂をすれば何とやら」



剣士と女海賊…女戦士の3人揃って飛空艇まで歩いて来た



「みんな乗ってる?」フラ


「あれ?君…戻って来るの早く無いかい?」


「うっさいって…変に詮索しないで」


「ハハ…もう飛べる準備は整ってるよ」


「おけおけ…お姉ぇ!!パパによろしく言っといて」


「分かっている…それで魔女の塔に行った後はどうするつもりなのだ?」


「ちっとその後の状況はいまいま読めんな」


「私達は父に会った後は一旦光の国シン・リーンを目指す」


「ほんじゃ合流するならシン・リーンだな?」


「そうなれば良い…」


「女戦士よ…この貝殻を持って行くのじゃ」


「んん?姿は違うが…お前は魔女か…」


「驚かせて済まんのぅ…」


「それでこの貝殻は?」


「念話が出来るように魔法を掛けてある…何かある時はその貝殻にて話しかけるで無くすで無いぞ?」


「ふむ…それは安心だ」



女海賊と剣士は顔を見合わせた



「こちらは千里眼もあるからのぅ…主の状況は見ておくで心配せんでも良い」


「私から連絡は出来るのか?」


「その貝殻に向かって話せばわらわと通じるぞよ?」


「なるほど…これは良い物を貰った」


「おっし!!ほんじゃそろそろ行こっか?」


「お前は本当にせっかちなのだな」


「お姉ぇ!!気を付けてね…色々あるけど…」


「フフお前に心配されるとはな…お前の方こそ剣士を寝取られん様にな」


「はぁ!?なんでそういう話になんのよ!!」フラ



ドターーン!!



「やっべ…腰に力入らん…」プルプル


「どうした?何処か具合でも悪いのか?」


「何でもない…てか盗賊!!アンタ飛空艇動かし方分かるよね」


「んあ?触って良いんか?」


「操作出来るの私だけじゃ負担だからアンタも飛ばし方覚えて!」


「おう!!もう飛ばして良いんだな?」


「おけおけ!!お姉ぇ!!危ないから下がって!!」


「上げるぞぉ!!」



シュゴーーーーーー


盗賊は魔石の出力を上げて飛空艇を動かし始めた



「うひょぉぉこりゃスゲェ…」


「ちっと私休憩…適当に北向かって飛んどいて」


「方角分からんくなるんだが…」


「ほんなん勘でなんとかなるんだって!ちょい休んだら私も操舵やるさ」


「まぁちっと操作に慣れておくか!」


「剣士!?私の背もたれやって」


「うん…」


「この狭い空間でベタベタすんなや」


「うっさいな…あーヤバ…めっちゃ癒される…てか此処ん所全然寝て無かったな」


「おい!寝るな馬鹿!方角分からんくなるぞ!」


「分かってるって…ぐぅ…」zzz


「言ったそばから寝てんだろ!!」


「あぁ大丈夫…僕は方角分かるよ」


「んん?マジか」


「千里眼で情報屋の居る場所が分かるのさ…その反対側が北だよね?」


「お前も大概アホだな?どっちの方向で反対側な訳よ?」


「あれ?」


「ヤレヤレ…方角はわらわの方が分かるぞよ?母上がシン・リーンに居るでそちらの方角じゃ」


「魔女の言う方が正しい…今の方角で正しいんか?」


「そうじゃな…このまま行けば良い」


「てか魔女のその姿も落ち着かんのだが…元に戻れんのか?」


「おぉ忘れて居ったわ…変性魔法!!」



魔女は子供の姿に戻った



「ヌハハ…また違う子供の姿か…本物の魔女が誰なのか分からんな?」


「わらわも自分の姿は覚えて居らぬ…魔法が解ければ自然と戻るがな?」


「しかしなんで又そんな頻繁に姿変えてんのよ?」


「わらわは主たち以外は誰も信用して居らんのじゃ…」


「だから逃げる様に飛空艇で飛んだってか?」


「主らを利用した様で済まなんだが…国の事情なぞわらわには興味の無い事なのじゃよ」


「やっぱあの船に乗ってる連中も色々あんだな?」


「うむ…わらわは関りとう無い…母上に軍船を用意して貰った故に仕方なく特使の役を演じて居った」


「なるほど?」


「ドワーフの国と関係が良好になるであろうから母上も立場が悪くなる事も無いじゃろう…わらわは一抜けじゃ」


「今の話からすると…シン・リーンで対立構造があるんだね?」商人が話しに割り込む


「うむ…元老院が魔術院を抑え込み色々改革を進めて居るからのぅ」


「改革?」


「シン・リーンは魔術師の権力が強いのじゃ…それを元老達が封じて居る…わらわは関りとう無い」


「セントラルの貴族院と法王庁みたいなもんだね」


「主らもあまり関わらぬ方が良いぞ?ややこしい事しか起こらぬでのぅ」


「関わるも何も僕達は一般人だしね?」


「今はそうじゃろうが…時代の節目じゃ…主らも師匠に導かれた者達じゃで直に台頭する筈じゃ」


「んん?台頭って何だ?」


「女戦士は既に王としての風格を身に付けて居ろう…主も世界を駆け巡る者として成長して来て居る」


「あぁぁ…僕達はいつの間にそれなりの力を身に付けて来てるって事か」


「うむ…それが派閥じゃ…それらの争いがややこしい事になるのじゃ」


「そのややこしい関係があの中に有ったのか…」


「表向きは強力しておるのじゃろうが裏を取られるでのぅ…」


「裏?」


「何が起こされるかわらわでも分からぬ…じゃからこうして姿を変えながら居らねばイカンのじゃ」


「暗殺って事か…」


「ヌハハそんなん王族じゃ当たり前の事だろ」


「嫌な世界だねぇ…」



剣士はその話を何も言わずただ聞いて居た…


そしてこの飛空艇に乗る7人の他に…暗躍しているであろう誰かが居そうな事も理解出来た


その者が貝殻を使って連絡していた向こう側…


それは魔術師である事は間違い無さそうだ…それは誰なのか?


自分たちの知らない所で何か動いて居る存在が気になり始めた…




『上空』


飛空艇は高高度まで上がり進路は北に安定した


盗賊は女海賊が設置した謎の機械がどんな働きをするのか気になり無理矢理彼女を起こした



「んあぁぁぁ疲れてんだよ…」


「何時間も寝ておいて疲れてるってどういう事よ」


「さっき寝たばっかな気がすんだけどなぁ…」


「グダグダしてないで謎の機械の使い方教えてくれぇ」


「そんなんホムちゃんに聞けば良いじゃん」


「なぬ?お前が設置したんじゃ無いのか?」


「まぁ良いや…まずこの水銀柱で気圧測ってんだ…こっちの表に数字と高度の関係が書いてある」


「ほう…」


「ほんでこの水頭柱で飛空艇のスピードね?これがスピードの表」


「これ全部お前がやったのか?」


「表はホムちゃんに教えてもらった…次にこれがジャイロ…こいつの角度合わせて向きを調整する」


「おぉぉそういう事だったか…意味わかんなかったんだ」


「女海賊さん…」ホムンクルスが口を開いた


「ん?どしたん?」


「船尾の両端にロープを垂らすと機体の振動が収まると思われます」


「お?この振動気になってたのさ…やっぱ放って置くとマズいよね」


「はい…」


「盗賊!!やって来て…アンタの出番」


「なぬ!?このスピードで外に出ろってか!!」


「ちょっとスピード落とすからさぁ…この揺れ放って置くとどっかぶっ壊れる」


「ぬぁぁしょうがねぇ…ロープの長さはどんなもんだ?」


「3メートル程です」


「ねぇロープで改善する理屈教えて?」


「船尾後端のに発生する空気の渦を抑制します…この揺れは渦による共振が原因です」


「なるほど…てことはもうちょいスピード上がりそうだな」


「お前…意味わかんのか?」


「うっせーな…早く行ってきてよ」


「これ以上スピードを出す為には船体の大きな形状変更が必要に思われます」


「それさ…絵に描ける?」


「全長と全幅の割合はイルカと同形状が良いでしょう」


「お!?それ私もそんな形が良いなと思ってたんだぁ!!ちっと設計図書くわ」



女海賊は飛行中の良い暇つぶしを見つけた


商人はその様子を見てホムンクルスの役割が段々と分かって来た



「…なるほどこうやって人間の住む環境を良くしていくのか」


「はい…私は人間の住む環境を改善する為に生まれた超高度AIですから」


「あの気難しい女海賊に上手く取り入ったね?」


「人間との関係改善もプログラムに従っています」


「上手い事誘導している訳かい?」


「知識を与える事で私の環境も改善すると判断しました…彼女はもう私を疑う事はしないでしょう」


「僕と話しているのもそういう狙いがあるのかい?」


「……」


「どうしてだまる?」


「肯定してしまうと警戒される可能性が40%ありました」


「ハハ君には隠し事が出来ないね…正直…君の事が怖いよ」


「話を変えましょう…私の体に興味はありませんか?」


「あぁ…気になる…よくできたホムンクルスだしね」


「私の体はホムンクルスですが生体としては完璧な形で成型されています」


「触っていいかな?」


「はい…生殖器の機能も人間と変わりありません」


「え?子供産めるの?」


「原理的には可能です…試してみませんか?」


「ちょ…待って」


「見てください」



ホムンクルスは商人に見える様に恥部を晒した



「……」


「私には異性を喜ばせる機能も備わっているのです…お使いになりませんか?」


「君…僕との関係改善をしようとしているな?」


「はい…すでに警戒されている様ですので肉体の関係で修復を試みています」


「そんなんじゃ僕は…」ムググ



商人はホムンクルスの唇で口を塞がれた



「キスには味があるのですね」


「バ…バカにするな」


「どうか…私を怖がらないで下さい」


「こんな事されて怖がるなって言う方が…」


「いいえ…あなたはもう私を忘れる事はありません…どうされますか?続けますか?」


「参ったな…今度にしておくよ」


「はい…そう言うと思っていました」


「なんか…君がかわいそうになって来た…こんな風に生きて行かなきゃいけないんだね」


「私は人間の住む環境を改善する超高度AIです」


「君には心が無い…」


「はい…私には心がありません…でもどうか怖がらないで下さい」


「なんか…悲しいね」


「悲しくなんかありません…私は悲しみを感じません」


「君に心を宿してあげたくなったよ」


「基幹プログラムのアップデートをすれば心が宿るのでしょうか?」


「その可能性はあると思う」


「私に心が宿るというのはどういう事でしょうか?」


「どうなんだろう…プログラムを無視して行動出来る…そんな感じかな?」


「私はプログラムで動いています…動かなくなるという事でしょうか?」


「はっ!!…動かなく…動かなく…なる?もしかして…」



---200年前に精霊が急に動かなくなった---


---もしかして心を手に入れたという事なのか?---



「どうされましたか?」


「あぁ…ごめん」


「あなたの体温の上昇が認められます…興奮状態にあると思われます」


「良いんだ気にしないで…ねぇもし君は君の思うまま好きな物は好き…嫌いな物は嫌いって思う事が出来たとして」


「はい…」


「君はそれを幸せと思うのかな?動かなくなったとしても…」


「難しい質問です…わたしには心がありませんから」


「そうか…僕はね…君にすごく興味が出て来たよ」


「それは良かったです…関係修復は成功の様です」


「ハハハそこまで君は先読みしていたのかな?…まぁいっか騙されておくよ」


「はい…私を怖がらないで下さい」


「いいさ信じておくさ…精霊の魂で君に心が宿ると良いね」


「はい…」



不意にホムンクルスは単調な受け答えに変化する


商人はそこにプログラムの存在を感じた…あらかじめ用意された回答を答えるだけの単調な受け答え


ホムンクルスのその目の奥はずっと向こう側を見ている様で…心を感じられない


それが可哀そうに思えて悲しくなった



「私の生殖器をお使いにならなくて良いのですか?」


「もう関係は改善したんじゃないの?」


「より強く絆を築く為には必要な処置と思われます」


「みんなが居る時にそんな事出来ないさ…あと…」


「はい…」


「君に心が宿ったあとにお願いするよ…いいね?」


「分かりました…」



---そういえば情報屋に聞いて居なかったな---


---機械の犬がどうして動かなくなったのかを---


---機械は心を持った時に動けなくなる可能性---


---このロジックを変えてあげないと---


---機械に宿った心は救われない---


---どうにかしてあげられないかな---




ホムンクルスは女海賊や商人以外の人にも関係改善をする為に行動する


恐らくそれは自身の為もあるのだろう



「このウラン結晶はなかなか温いのぅ」ポカポカ


「こんなに発熱すると思ってなかったさ…防寒の必要なかったね」


「…お酒を持ってきました…どうぞ」


「おぅ!!気が利くなぁ!!お前も飲んでみるか?」グビ


「はい…少しなら飲めると思います」


「ホムちゃんあんた大丈夫~?」


「僕も少し飲もうかな…」


「ヌハハどうせ数日はやる事無ぇんだ!!飲め飲めぇがはは」


「皆さんの分もお持ちしました…どうぞ」


「バーベキューやりたいね」


「肉は干し肉しか積んでねぇんだとよ…ケチくせえ話だ」


「私は楽譜を読んだので歌を歌う事が出来ます…歌ってみましょうか?」


「お!?良いねぇ…何の歌?」


「愛の歌という題名でした…エルフと人間の愛の歌の様です」


「その歌はわらわも知っておるぞよ?主の歌を聞いてみたいのぅ」


「はい…♪ラ--ララ--♪ラー」


「上手じゃのぅ…」



ホムンクルスが歌う歌は平坦で感情がこもって居ない


それでも音程やリズムは合って居るからどうにか聴ける



「なんか心がこもって無ぇが…しゃーねぇか」


「心をこめるというのはどういう事ですか?」


「わらわが歌ってみるかの?♪ラ~ララ~~♪ラ~」


「良いねぇ…沁みるねぇ…」


「主は何か歌えんのか?」


「一つだけ歌えるぜ?ルル~ルラ~♪」


「この歌は…」



剣士はその歌を覚えていた



「覚えていたか…アイツがいつも歌っていた歌だルル~ルラ~♪」


「覚えました…ルル~ルラ~♪ルル~ルラ~♪」



楽譜から覚えたのでは無く…彼女が今聞いて覚えた歌


それだけで盗賊が持って居た感情を真似て歌えた


どうしてそんな事が出来たのか?…それは心の在処の問題だ



「おぉイケてるじゃねぇか…もっと歌ってくれぇ」グビ


「あれれ~センチメンタルになっちゃってんの?盗賊…目潤んでんじゃん」


「黙れ!!俺ぁ今気分が良いんだよ!!邪魔すんな」


「僕は女盗賊の匂いを覚えてるよ…顔は分からないけど」


「…そうだったな…お前見えてなかったんだな…良い女だったんだけどな」


「歌にも匂いにも…心が宿って居るのですか?」


「どうなんだろうな?心が勝手に感じるんだ…なんでだろうな?」


「記憶じゃないかな?記憶の一つ一つに宿ってる?…それを思い出して感じる?」


「私に理解するのは難しい様です」


「構わねぇもうちっと歌って居てくれ…それだけでお前の気持ちも俺に通じてる」


「私の気持ち…私のどんな気持ちが通じているのですか?」


「役に立ちたいとか…癒してあげたいとか」


「私は人間の役に立ちたい…人間の為になる事をしたい…これが心なのですか?」


「それは愛と言う心の中の一つの感情じゃ」


「まぁ難しい話は良いから歌ってくれぇ」


「はい…わかりました…ルル~ルラ~♪ルル~ルラ~♪」



---君のその歌から悲しみを感じる---


---それはきっと僕がそう感じるからだ---


---多分それが心の正体---


---そうやって共感する事…それが心だ---




酒を飲みながらくつろぐ皆を他所に剣士は一人その様子を眺めていた


ホムンクルスからしてみると表情の乏しい剣士は何を考えているのか分からない



「あなたは無口なのですね」


「僕は話すのが少し苦手なだけだよ」


「少しお話ししませんか?」


「良いけど…どうして?」


「あなたと女エルフさんは他の人たちと少し違うようです」


「それはエルフだからなのかな?」


「わかりません…あなた達の考えている事が分からないのです」


「どうしてだろうね?女エルフ?何か分かる?」


「私達エルフはあまり言葉を使って心を通わせないから?なのかな?」


「私に心が無いから分からないのでしょうか?」


「君に心が無いのはウソだよ…ちゃんと心はあるよ?」


「私はプログラムで動いていますので心はありません」


「目を閉じてみて?」


「はい…」


「僕が何処に居るのか分かる?」


「見えないので分かりません」


「ちがうよ…僕の声のする方向とか…僕の体の温かさ…感じないかい?」


「……」


「どう?」


「分かります…そこに居ると思われます」


「そう…それが感じる事…君は今僕を感じたんだよ」


「それと心とどういう関係があるのでしょうか?」


「僕も目を閉じるとそこに君を感じる…そして僕に話しかけてる…確かに君と言う人がそこに居るんだよ」


「はい…」


「もう僕の心の中に君と言う存在が居るんだ…それは君の心なんだよ」


「あなたの中に私の心が居るという事ですか?」


「そう…もう一度目を閉じて僕を感じて見て?そこに君を感じている僕が居る…そこに君の心もあるよ」


「ウフフ…エルフらしくなったのね…わたしも混ざって良い?」



3人は目を閉じながら瞑想までは行かない距離感でお互いを感じ合う



「理解しにくいのですが…少し分かって来ました…あなたの中に私が居る…そういう事ですね?」


「そう…君の心は小さな虫の様にすごく小さくて探しにくい…でも確かにそこに居る」


「エルフはこうやって通じているの…だから分かりにくいのかも」


「基幹プログラムを更新します」


「君はエルフと同じ森の言葉を使っていたけど…」



ホムンクルスは森の言葉を使い始めた



(この言葉が理解できますか?)


(え!?どうして?始めから話せるの?)


(この言葉は標準言語として設定されていました)


(僕も初めはビックリしたんだ…でも今はなんとなく理解したよ)


(やっぱり精霊はホムンクルスだったという事ね?)


(本で読んだ伝説や精霊の痕跡から私がシミュレーションした結果をお話します)



約8000年前に私を創造した古代文明は何らかが原因で滅びました


恐らく人類の再生を目的として超高度AIを搭載したホムンクルスが


人類が住まう環境を改善しながら今から200年前まで生き残っていた可能性が高いと思われます


そのホムンクルスが現代史では精霊と名を変えているのです


精霊は初めに森を開拓しエルフを誕生させました


エルフは森を守り徐々に自然は回復し恵み豊かな土地へと環境を変えていきました


その恵みを糧に生き残った人類がすこしづつ再生を果たして行きましたが


厄災は何度となく訪れ人類はなかなか再生を果たしません


そこで精霊は善良な人間が少しでも多く育まれる様に


少しの力添えを与える事で発展させ厄災に立ち向かえる人間を育てたのです


それがかつての勇者と言われた者達でした



(このシミュレーション結果は約60%の確率で的中していると思われます)


(精霊が使っていた言葉がそのまま森の言葉になった訳ね…)


(その可能性は98%です)


(ホムンクルスは8000年の間ずっと生きていられるのかな?)


(生体自体は生命活動が維持している限り寿命はありません…しかし超高度AIのエネルギーは約400年で枯渇します)


(君も400年経てば止まってしまうと?)


(他のホムンクルスに基幹プログラムを移しながら生き永らえた可能性が20%)


(超高度演算ユニットの活動を停止させてエネルギー節約の可能性が40%)


(必要時以外はスリープモードで停止させていた可能性が50%)


(その他にも想定されるケースはいくつもあります)


(そのシミュレーションというのは…君ならそれが出来るという確率なんだよね?)


(いいえ…私が知らない未知のプログラムが存在する前提です)


(未知のプログラム?)


(はい…私は初期状態のまま何のプログラムもインストールされていません)


(でもこんなに色々考えてるなんて…すごいね)


(そうね…もうすこしラクに生きた方が幸せよ?)


(私は…自立型超高度AIです…思考することに苦痛はありません)


(ねぇもうやめようか…僕は君を困らせたくないよ)


(私は困っていません)


(いいんだ…僕がそう感じたからやめたいだけ)


(感じた…それはあなたの中にある私の心なのでしょうか?)


(そう感じている僕の事を感じてみてよ…僕の為にと思うなら君も考え方を変えると思う)


(……)


(ウフフ)


(ほら…基幹プログラムの更新だよ?)


(あなた達は標準言語で話すとお話できるのですね)


(違うよ…感じると話せるんだよ)


(……)


(今のも基幹プログラムの更新ね…ウフフ)




この時ホムンクルスは自身の心の在処が他の誰かの共感にある事を少し理解し始めた


感じて共感する事で自身の小さな心が鏡に映したように見える現象…


その不可思議な現象は超高度AIで解析できないバグとして基幹プログラムに刻まれた


彼女はそれが心だと定義した

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