第4話 夢幻からの目覚め

『魔女の塔』


紅玉の魔女を乗せた気球は真っ直ぐ魔女の塔へ帰って来た


女海賊は剣士の容態が心配でゆっくり歩く女戦士と魔女を置いて一人走って行った



「落ち着きの無い妹で恥ずかしい限りだ…」


「わらわはあれほど元気なのが羨ましいぞよ?」


「元気か…」


「うむ…太陽の様なおなごじゃな…眩しいわい」


「アレでも一応ドワーフ国の姫なのだが…」


「父君に似て居るのは妹の方の様じゃな」


「フフ…父に面識が?」


「うむ…10年ほど前じゃったか…シン・リーンの祭事に参列して居った」


「そうか…その頃私は捕らわれの身だったな」


「ドワーフ国も災難じゃったのぅ…セントラルに領地を奪われてしもうたじゃろう」


「その話はもう良い…」


「おぉ済まんかった…嫌な記憶を思い出させてしもうたな」



バキッ!



「んん?」


「何か踏んだかえ?」


「矢だ…いや待て…葉の上に血痕が残って居る」


「誰ぞ此処を訪ねて来た様じゃな…」


「ここで何かあった様だ…急ぐぞ!!」




『魔女の部屋』


2人はそこで待つ女エルフの下へ走った



「おい!女エルフ!!居るのか?」


「はい…お帰りなさい」


「矢が落ちていた!!誰か来たのか?」


「人間達が4人来たけれど追い返した…」


「こんな場所に来る人間が入って来るのか…」


「シン・リーンの者では無いのか?」


「分からないけれど…魔女様の名を呼んでいたわ」


「では魔女の言う線が濃厚か…女エルフ!どうやって追い返したのだ?」


「怖かったから弓を撃って…引き返せって言ったの」


「これエルフや…主は姿を見せたのかの?」


「は、はい…」


「少しまずいかも知れんのう…シン・リーンとエルフは不可侵で密約しておってな…」


「ここにエルフが来て追い返されたとなると魔術師達が来るやもしれぬ」


「ごめんなさい…そんな事になるなんて」


「まぁ今はわらわが居るで心配せんでも良い…行き違いじゃと説明すれば良かろう」


「そうか…血痕が残って居たが死体が無いと言う事は死んでは居ないな」


「急所はわざと外したから多分大丈夫…」


「それで…師匠は何処じゃ?」


「裏の墓に埋葬をした…石棺の中だが顔を見ていくか?」


「うむ…何十年も過ごした母の様な縁なのじゃ…最後に挨拶をせねばならぬ…」


「こちらへ…」


「来んで良い…みともない所を見せとう無いのじゃ…2人にしておくれ」


「では塔の中で待ってる」



紅玉の魔女は石棺の中で眠る師匠に最後の挨拶をしに降りて行った



「それで?剣士の容態はどうだ?」


「相変わらず…」


「そうか…」


「今女海賊が寄り添ってくれているから私は少し距離を置いて居るの」


「ふむ…しばらくそっとしておくか」


「赤い瞳の魔女は剣士を目覚めさせられないの?」


「精霊を目覚めさせるのと同じくらい難しいそうだ」


「でも女海賊が近付くと剣士に少し反応が…」


「今もか?」


「うん…やっぱり剣士と女海賊は所縁が深い」


「まぁ私達は茶でも飲んで待つとしよう」




女海賊は下階の居間で揺り椅子に座る剣士に寄り添って居た


食べ物を口にする事の出来ない剣士は徐々に弱って居る様に見える


だから彼女は剣士の食べそうな物を自分で咀嚼して少しづつ剣士の喉に流し込んだ


この時彼女は生まれて初めて他人と意識的に口を交わした


もしも目を覚まさなくても一生このまま面倒を見ると…そんな気持ちが沸き上がって来た





数時間後…


目を腫らした紅玉の魔女が師匠との別れを終え部屋の方に戻って来る



「ん?随分目を腫らしたな?」


「済まなんだのぅ…師匠の顔を見たら辛くなってしもうた…」グスン


「そうか…これが弟子宛ての書簡だ」


「師匠の最後の言葉じゃな…どれどれ」



そう言って書簡の封を開き塔の魔女が残した遺書をゆっくり読み始めた


そこにはいくつかの約束事が書かれていた様だ


それを読み終わりテーブルを囲む女戦士と女エルフに向き直った



「この塔はわらわが継ぐ事になった…わらわはこれから時の番人として生きねばならぬ」


「時の番人…」


「そして時の番人としての最後の修行としてお主らと共に行かねばならぬ」


「共に行くとは?」


「精霊の魂を…いや精霊が生きた世界の記憶を知り未来へ繋ぐのじゃ…それが時の番人の役目じゃ」


「精霊が生きた世界の記憶?神々の戦いの事か?」



どこから話せば良いかのぅ…


精霊は狭間の世界ではなく現実の世界を8000年生きたのじゃ


8000年生きた記憶の重みをうぬらは想像できるか?


その中で何人の人と出会い…別れ…愛し合い…憎しみ合い


それら8000年の記憶をすべてオーブにして保管していたのじゃ


愛した人との掛け替えのない記憶…その記憶に囲まれ精霊は生きておった


しかし…神々の戦い


精霊は幾度となく魔王と戦い…その都度代償を払いながら生き抜いて来たのじゃが


大事な記憶の半分を先の厄災の時に失ってしまったのじゃ


正確には人類を守るために4000年分の記憶を代償にしてわらわ達は今ここに生きておる


その記憶を失った理由がシャ・バクダ大破壊…かの地へ落とした隕石群…師匠が犯した罪じゃ


師匠はこの罪と悲しみを背負いながら時の番人として生き続け…未来へとこれらの記憶を残そうとしておるのじゃ


なぜか?


精霊はまだ来ぬ未来である人に会う為じゃ…師匠はこの約束を果たそうとしておる


200年前…師匠は精霊その本人と出会い…その時の勇者や他の仲間たちと共に魔王に戦いを挑んだのじゃ


しかしその時事情が合って精霊は動かなくなってしもうた


闇を祓う力のある精霊が動かなくなってしまっては人類が滅んでしまうと考えた師匠は


広大な森であったシャ・バクダへ隕石を落とし退魔の魔方陣を形成したのじゃ…それは闇を乗り越える為じゃった


じゃがそれと同時に全ての森とオーブを破壊してしもうた…これが精霊の記憶と人類の命を天秤にかけた結果じゃ


しかしその後…精霊が目覚める事はついぞ無かった



「ここまで聞いて…謎が残るじゃろう?」


「精霊がどうして動かなくなったか…どこに行ったのか…夢幻に封じられたと聞くが違うのか?」


「それを探求するのが時の番人としての最後の修行じゃ」


「私達と同行を共にしても今いま手掛かりは何も無いぞ?」


「一つ分かっている事があってな…シン・リーンにある精霊の像…あれは精霊本人じゃ」


「どうして石に?」


「先の厄災の後に師匠が持ち帰ったのじゃ…始めは水々しい肉体をしておったらしいが3か月で石になったそうな」


「ホムンクルス!!」


「そうじゃ精霊本人はホムンクルスだったのじゃよ…それが器と言われておる」


「器?…ここに訪ねて来た4人の人間達が…」


「ん?何か有ったのか?」


「魔女様に伝えて欲しいと言ってたのは…器が古都キ・カイに在るって…」


「ほぅ…良い手掛かりを得たのぅ…」



これまでの話を何処から聞いて居たのか…


下階で剣士に寄り添って居た筈の女海賊がいつの間にその話を聞いて居た


そして話に割り込んで来る



「魔女さぁ…もっといろいろ知ってるでしょ?」


「はて?わらわは何かおかしい事を言ったかのぅ?」


「こないだ器の事は聞いた話で良く知らないって言ってたじゃん…今は何でも知ってるよね?」


「……」魔女は女海賊から目を逸らした


「なんで目を逸らすん?」


「そうじゃのう…時が来たら話せというのが師匠の遺言じゃ」


「本当は精霊が何なのかも知ってるんじゃないの?てかホムンクルスだって今知ってたよね?」


「そういじめないでおくれや…聞くと悲しゅうなるぞ?」


「良いじゃん教えてよ」


「それを知るのが魔道なのじゃ…主はまだ修行が足りんのぅ…さて」ノソリ



魔女は話を遮る様に立ち上がった



「ちょい!逃げないでよ…」


「剣士を起こしてみるとするかの…」ノソノソ


「え!?マジ?」



これは女海賊が魔女に対して鋭く問い詰める事に対して逃げる行為だった


彼女はそれを見逃して居ない


何か隠し事をしている魔女に対して女海賊は不信感を持ち始めた


でも剣士を目覚めさせてくれるなら…そう思い引き下がった



三角帽子から半分覗く赤い瞳の奥に思慮深さが伺えた


女海賊は直感で何か考えを持って居そうだと感じている


目覚めさせるのは難しいと言って居たのに…今は起こしてみると言う


その行動すべてが怪しく…何か隠して居るとしか思えなかった




『居間』


魔女は揺り椅子に掛ける剣士の正面に立ち持って居る杖に鈴をつけ始めた


その杖を振り鈴の音を確かめる


リーン…



「さて準備が出来たぞよ?」


「これ私等どうすんの?」


「わらわの傍に居れば良い…騒がん様にな?」



今から夢幻の門を開く…これは禁呪じゃ


眠る事で見る夢には自我が無い…故に見ているだけになる


魔術で夢幻の門を潜り夢の中へ入れば少しだけ自我を保てるのじゃ…しかし


自力で目覚める事が出来ぬ


よって補助者が必要なのじゃ


わらわは己が肉体に暗示をかけて夢幻の門を潜る


わらわが杖を鳴らした時に名を呼んで起こしておくれ


起こせなかった場合はわらわも夢幻から出て来れんのじゃ


よいな?必ず起こすのじゃぞ?


では…参る


夢幻開門!!



「思い出した…赤い目の魔女…でもなんか人相違う」


「んん?夢の話か?剣士を寝取られたのは魔女なのか?」


「寝取られたって言い方腹立つんだけどさぁ…よく考えたら不自然に剣士取られた」


「全部覚えているか?」


「うっすらとだけど…急に現れて愛してるだの感じろだの…見ててイライラしたの覚えてる」


「…てかあいつハッキリしないんだよ!いっつもボヤーっとしてて」


「ねぇ…魔女の目から涙が」


「本当だ…大丈夫かなぁ?」


「魔女が見る夢ってどんなだろう…」


「そういえば聞いて無かったね…あんたの夢は?」


「不幸なエルフが精霊樹になる夢…剣士には会ってないと思う」


「剣士に声が届くって事はさぁ?剣士にとってはいつも居るって事じゃない?」


「え?」


「剣士はその声がいつも聞こえるって言ってたんだ…誰の声?あんたじゃ無いの?」


「私はどうやって…」



---瞑想で祈っても届かない?---


---私は夢の中でちゃんと剣士を呼んで居ない---


---そうだ…あの人は空気や音を使って心を触って来た---


---私はそれを夢の中で剣士に対してやってない---


---そうか精霊樹になっても空気を使って呼べる---


---風を使って呼べる---


---鳥も虫も使える---


---でも夢の中で私の自由が効かない---


---自我を持ったまま夢に入る事が出来ればきっと---


---声が届く筈---



「おーい!!聞いてんの?」


「はっ…ごめんなさい…何の夢だったのか思い出せそうで」


「魔女が辛そうな顔をしているのだが…」



リーン…


杖に括り付けた鈴が鳴った



「あ!…魔女!!魔女!!起きて!!」


「……」ポロポロ



魔女は大粒の涙を流して膝を落とした



「剣士は?」


「ダメじゃ…わらわは悲しゅうて耐えられぬ…精霊の悲しみを見てしもうた」


「それじゃ私が行く!!」


「ならん…主の魔力では帰って来られぬ」


「魔女…休むか?」


「わらわは夢の中で5年ほど過ごした…剣士を探してやっと見つけたのじゃが…」


「5年も?」


「剣士はわらわを感じようとはせんかった…わらわには無理じゃ」


「魔女様?…私の魔力では行く事できませんか?」


「エルフか…同族じゃな?剣士と所縁はあるんかいな?」


「血を分けています」


「ふむ…戻って来れんかも知れんで危険なのじゃが…」


「お願いします」


「この杖を持て…暗示じゃ…苦しゅうなったら杖を鳴らせ」


「はい…」


「魔力を一気に消耗するで自我を失わん様にな?」


「では参る…夢幻開門!!その門を潜るのじゃ…」



女エルフは瞑想したかのように立ったまま静かに夢の中へ入った


女海賊は自分が行くことが出来なくて悔しかったが


女エルフでも良いからどうにかして剣士の目を覚まして欲しくて


彼女が倒れてしまわない様に支えとなった






『分断した夢』



「贄が足りぬ…贄が足りぬ…贄が…」


「おぉぉぉ神よ…お救い下さい神よ」


「我を…呼ぶのは汝か…贄が足りぬ…贄が…」


「どうか主のお力をお貸しください…魔物の軍勢が攻めて来たのです」


「調和を求めると言うか…今調和を呼ぶのか…されば我が名を呼べ」


「神よ…調和の神よ…この祈りの指輪で主の降臨を祈ります」


「我来たれり…汝は調和を望むのか?我の名を呼び我を欲せよ」


「主のご尊名を…」


「我は調和の神エンキ…又の名を魔王」


「え…ま、魔王?そんな筈は…」


「器はどこだ?…汝では小さすぎる」


「違う…そんな筈じゃ…か神よおぉぉぉ」



僕はその左手にある物を目掛けて一気に走り込んだ


そうだ…そこに指輪が有る


それを使って魔王を呼んではいけない



「だめだ!!させない!!」ダダッ スパ!!


「うがぁ!う腕がぁぁ…し、白い悪魔め!!」


「この指輪は使ってはいけない物だ!!」ヒョイ



切り落とした左手から指輪が転げ落ち…それを拾った


その瞬間黒い影が僕に入り込んで来た



「汝が器か?我来たれり…」


「え!?何だ?うわぁぁぁぁ」



何だ?記憶が流れ込んで来る


体の自由が効かない…何だこの記憶は!!?



---フッフッフッフ夢幻に捕われし者よ…お前達では我は倒せん---


---我がまやかしの術を抜けここまで来れたのは褒めてやろう---


---だが慈悲はくれてやろう…我が物となれ…世界の半分をお前にやろう---


---お前が存在しているのは我が力であると知れ…我を滅ぼせばお前も虚無へ還る---



「やめろおぉぉぉ」



---目を覚まして---



「胸が!!熱い…熱い!!うわぁぁぁ」



---目を覚まして---



次の瞬間胸にぶら下がって居たペンダントが光り…


僕の心の中で何かが砕け散った…


バラバラになったその何かは僕の力で拾い集められそうにない…


そのまま闇に吸い込まれ夢を見た…





『取り返しの付かない夢』


朝日が見えていた…


遠くでドラゴンが鳴き…その咆哮で我を取り戻した…



「回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!」


「回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!」


「回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!」


「回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!」


「回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!」



あの人は誰だ?


倒れている人は…誰だ?


今まで何をしていたのか…記憶か混同して混乱する


ここは何処?どの時点?僕は…誰だ?


記憶を探って居ると少しずつ思い出して来る…そうだ僕は…



「何を呆けておるのじゃ?」


「記憶がおかしい…」


「魔王のまやかしの影響じゃな?」


「それも…これも全部…何度も何度も…すべておかしい!!」


「落ち着くのじゃ…主は予言通り魔王を滅ぼしたのじゃ…それではイカンのか?」


「違う…僕はまた…取り返しの付かない事をしてしまった」



---目を覚まして---



「ハッ!!…まだ聞こえる」


「どうしたのじゃ?やはり混乱して居る様じゃな」


「導きの声がまだ…」


「魔王はもう倒したのじゃぞ?」



---目を閉じて?---



「目を閉じる?」スッ


「夜明けじゃ…勇者…行くぞよ?」



---感じて見て?---



(何だろう…この感じ)


(僕の周りには誰も居ない)



---ここに居るから---



(風のする方向…)


(そっちから声がする)


「勇者…聞いて居るのか?何処の国の言葉を話して居る?」


「僕は…行かなければならない所がある」


「何処に行くのじゃ?」


「声のする方向…森の奥だ」


「今から森に戻るのかえ?」


「済まない…声が呼んでいるんだ」


「おかしな事を言うのだのぅ…」


「行って来い…此処は俺が見ておくから」


「今気が付いた…僕は目を閉じていた方が良く見える…目を閉じてもちゃんと歩ける」


「わらわは付いて行けば良いかの?」


「彼女…精霊の事をお願い…彼女は立ち直れないかもしれない…そうだ夢幻の連鎖を呼んでるのが彼女だ」


「むぅ…良く分からん事を言うのじゃのぅ…必ず戻ってくるのじゃぞ?」




僕は声に導かれるまま森へ入った


目を閉じて感じるままに…その方が良く分かった




『迷いの夢』


目で見た物…耳で聞こえた物…全部幻だ



---こっちよ---



---僕には分かる---


---この木も---


---葉っぱも---


---枝も---


---何もかもすべて幻だ---


---ただ一つこの声の向こうに---


---僕と同じ物を感じる---


---何度も何度も同じ夢の中で---


---この声だけが本物だった---


---今度こそ向こう側に行ける---




『出会いの夢』


その声の主は森だった


木の幹に手を当てて感じてみたけれど


そこに木は無い…でも確かにそこから声が聞こえる



「あなたが来るのをずっと待っていたの」


「やっぱりこの声は…」


「やっと会えた…」


「あなたは精霊樹?」


「今分かる…さぁ…目を閉じて私の魂を感じて」


「目を閉じる?」


「重なって一つになるの…」


「どうやって重なれば…」


「考えてはダメ…そのまま感じるだけ」



言われるまま目を閉じその声を感じて見た…



---ほら重なった---


---離さないで?---


---私が連れて行ってあげる---


---光の向こう側---


---そう…そこが出口---




『元の世界』


リーン…


女エルフが持つ杖から鈴の音が鳴った



「女エルフ?起きるのじゃ…」ユサユサ


「ハッ…剣士は何処へ?女海賊!!剣士を呼んで!?」



女エルフはそう言って膝を付き蹲った



「え?あ…剣士?剣士?起きて?」ユサユサ


「…ぅぅぅ」


「おおぉぉぉ軌跡じゃ…わらわは伝説を見てしもうた」


「ぶわぁぁん!!剣士ぃぃぃぃ!!」ぎゅーー



女海賊は泣きながら剣士に抱き付いた



「起きて!!起きてよぅ!!」ベロベロ



剣士は目を覚ましていきなり目の玉を舐め回されて困惑している



「伝説は本当じゃった精霊樹が勇者を夢幻から連れて来おった…」


「精霊樹?」


「女エルフ…主は夢幻で何をしておったのじゃ?精霊樹じゃったのであろう?」


「はい…精霊樹になって剣士を待っていました」


「そうじゃ…夢幻の中の精霊樹がここに勇者を蘇らせたのじゃ」


「話が交差しているが…」


「それは関係ない…わらわがこの事を間違えなく伝え残したとしても」


「後の世には精霊樹が勇者を夢幻から連れて来たとしか伝わらぬ…伝説とはそういう物じゃ」


「これ剣士とやら?気は確かか?何か覚えておるか?」


「僕は…どこでどうなった?…混乱してる…ていうか僕を舐め回してる君は…」


「ぶわぁぁぁん…剣士ぃ!!私だよぅ」


「ちょっと待って…混乱してる」


「そうじゃろうて…夢幻の中で何年何十年と経っておるのじゃ」


「私は夢幻の門をくぐって20年程居た気がします」


「それは大変じゃったのう…何にせよ戻ってこれて本真によかった」


「ねぇ剣士?私の事覚えて無いの?」


「うっすらと…覚えてる」


「誰が誰なのかも?」


「なんとなく…精霊が誰で本当の勇者が誰だったとか…」


「あのね…そうじゃなくて私の事言ってんだけど!!」


「え?君は…誰だっけ?」


「ちょ!!マジで言ってる?」


「でもスゴイお世話になった人が居てさ…大好きだったんだ…でも顔が思い出せない」


「誰ヨ誰ヨ…特徴とかなんか無いの?」


「最後に短刀を貰った…多分大事な思い出が詰まった物だけど思い出せない」


「ちょ!!あんた…やっぱそれ私…うぐっ…ぶぇぇぇぇん」


「これだよ…ごれぇ…」女海賊は剣士に渡した短刀を見せた


「あ!!それは…」


「ふむ…頭は回って居そうだな…とりあえず何か食べて体を癒せ」


「お姉ぇ!話ぶった切んなって!今大事な話なんだよ!!」


「それは後でゆっくり2人でしろ…鼻水を垂らしながらする事も無いだろう?」


「剣士ぃぃ…私の鼻水飲む?」


「あいや…ちょっと…」


「飲め!!ほったらかしにした罰だ!!」




女海賊は今まで我慢してきた事の反動なのか感情的になって


恥も外聞も無く思いの丈を剣士に曝け出した


それを聞いた剣士は彼女に感謝の意味も込めて誰も見て居ない所でキスのお返しをしてあげた


それは彼女にとって決定的な事で興奮のあまり気を失い倒れた




1時間後…


ベッドで横になって居た女海賊は興奮から覚め起き上がった



「お!?気分はどうだ?急に倒れて驚いたぞ」


「ちっと頭に血が上ったのさ…剣士は?」


「揺り椅子で休んだままだ…もう直ぐ女エルフが食材を獲って戻る筈だ…お前も食べるか?」


「ちっと食うかな…此処ん所何も食べて無かったね」


「まだ女エルフは戻って居ない様だからそれまで剣士と話して来ても良いぞ?」


「え…ちょっと…」


「どうした?お前らしくないな」


「なんか気まずいって言うか…お姉ぇだから言うけどさ…さっき剣士にキスされてぶっ倒れた」


「なに!?」


「初めてキスしたんだよ…ぶっ倒れるなんて思って無かったさ」


「フハハハハでは少し安静にしておけ」


「うん…怒んないの?」


「いや…これでお前も普通になれると思えばむしろ安心した」


「何さ…今まで普通じゃないっての?」


「初めてのキスで舞い上がるのは普通だぞ?」


「これ舞い上がってんの?」


「じゃなきゃ倒れんだろう」


「まぁ良いや…ちっと今は剣士に顔合わせにくい…てか恥ずかしい」


「もう品の無い行為は出来んなフフフ」


「ぬぁぁぁ分かってるって!!一人エッチの事は黙っといて」


「しぃぃぃ!!聞こえるぞ?」


「ヤッバ…あいつ耳良いんだった…」


「今は魔女と会話中で聞かれて居ないだろう…大きな声で恥をかかん様にな?」


「おけおけ…ちっと静かにしとく」




『居間』


揺り椅子に揺られながら座る剣士に魔女は夢幻の記憶について質問をしていた



「主は大剣を携えた戦士を覚えて居るかいな?」


「うん…彼が本当の勇者だよ」


「では主の存在は何だったのじゃ?」


「う~ん…良く分からないな」


「わらわの事は覚えて居らぬか?」


「赤い瞳の魔女は一緒に居た…でも君じゃない」


「なるほどのぅ…」


「んん?どういう事?」


「主の記憶が断片的じゃと言う事が分かって来たのじゃ」


「意味が分からないよ」


「恐らく夢幻から戻る直近の事しか記憶に無いのじゃ」


「え?」


「何かで記憶を奪われる様な事はして居らぬか?」


「そう言えば魔槍を抜いて何か変わった気がする…」


「具体的に何を見たとか言い表せぬか?」


「0と1の空間が見えた…そこで何か起きたと思う」


「それじゃな…」


「何だったんだろう?」


「量子の世界を見たのじゃ…何者かに記憶を転移されて居る」


「言って居る意味が全然分からないよ」


「魔術には量子転移という魔法が有ってのぅ…その魔法で記憶を消されたのじゃよ」


「じゃぁやっぱり魔王の魔法で…」


「魔王は量子転移を使えぬ筈じゃ…まぁ断定は出来ぬが…」


「ふ~ん…でもね?0と1の世界は普段から見えるんだよ?」


「それは蒼い瞳が見る真実…主は空間を操れるのじゃ」


「え?どうやって?」


「主にはまだ使いこなせぬ故に教える事が出来ん…次元の崩壊を起こしてしまうでのぅ」


「次元?さっぱり分からない」


「追い追い教えて行くで焦らぬ事じゃ…学ぶのに40年は掛るじゃろう」


「えええ!?そんなに難しいんだ…」


「この話は終わりじゃ…夢幻の記憶は忘れん様に大事にするのじゃぞ?」


「自信無いよ」


「何かに書き留めれば良かろう…夢幻の記憶は精霊のメッセージと言い変えても良い」


「分かった…出来るだけ覚えて置く」


「女海賊は良く覚えて居る様じゃな?」


「そうみたいだね」


「何度も思い返して居るからじゃぞ?…恐らく主の事を思い出して居るんじゃろう」


「そういう事か…だから僕をずっと構ってくれるんだね」


「大事にせい…その記憶は必ず主らを導くぞよ?」


「分かった…ちょっと女海賊と話したくなって来たな」


「話は終わりじゃでもう行って良いぞ?」




『魔女の部屋』


剣士は上階の魔女の部屋で休んで居る女海賊の様子を見に来た


部屋に入るなり女海賊はベッドの布団に身を隠し恥ずかしがって居た



「ええと…どうして隠れるんだい?」



モゾモゾ


布団に包まり丸まって居る



「フハハどうやらお前に顔を見せるのが恥ずかしいらしい」


「あぁゴメン…君と話をしたかったんだけどな…ダメかな?」


「こっち来い…」


「布団に丸まったまま?」


「うっさいな!」


「ハハまぁ良いか」


「ほんで?何?」


「いや…君の美貌をちょっと見ようかと…」


「ムフ…ムフフフ」


「ええと…その反応じゃ分かり難いな」


「おっし!見せてやる…布団の中に入れ」


「ええ!?出て来ないの?」


「良いから入って来いって言ってんだよ!!」



そこへ女エルフが食材を持って帰って来た



「おぉ女エルフ!良い食材は見つかったか?」


「少しだけ…」


「よし…軽く食事でも作ろう」



女戦士と女エルフは2人で簡単な食事を作る


剣士と女海賊は布団に包まりヒソヒソを会話をした


女海賊は元気を取り戻し再び剣士を尻に敷き始め…いつもの関係に戻った




『食事』


2人が作った食事には肉が無い…女海賊はお腹が減って居て仕方なく食べたが文句ばかり言って居る



「木の根っこ…ハーブ…きのこ…骨…クッソまずいんだけど」モグモグ


「材料が無いのだガマンしろ」


「おいしいよ?…ねぇ女エルフ」


「うん…」


「さて…魔女…私たちは祈りの指輪をここまで持ってきたのだがこれからどうすれば良い?」


「器を探さねばならんのぅ…精霊を解放しなければ今度こそ世界は滅ぶやもしれぬ」


「魔王の復活は私が阻止しました…それでも世界は滅ぶと?」


「この闇じゃ…この闇を人間は生き延びる事が出来ん」


「100日の闇を生き延びれば良いのでは?」


「それが出来んのじゃ…」


「シャ・バクダの魔方陣の中なら生き残れる筈では無かったか?」


「100日はどこでの100日と思うておる?ここは狭間の奥なのじゃぞ?」


「え!?…もしかして現実世界の100日…」


「そうじゃ…狭間の中であれば1000日なのか2000日なのか」


「そんなバカな…」


「現実では闇に落ちてからまだ1日も経っておらん筈じゃぞ?…どういう事か分かるかの?」


「この闇を3年か…5年か生きろ…そういう事か」


「うむ…その間光は無く植物も育たず…人々は互いに争いほとんどの人間は死んでしまうじゃろうて」


「それが魔王の言う調和の時…ハイエルフが恐れていた事なのね…」


「では200年前の大破壊はどうやって生き延びたと言う」


「魔方陣の中で少し…あとは海で生き残った者が居ると師匠から聞いて居る…詳しくは分からんのじゃ」


「やはり器を探して精霊を呼び覚ますしか選択が無い訳か…」


「指輪はどこじゃ?」


「私が持っています…これです」


「その指輪はわらわが預かろう…下手に使っては危険じゃからのぅ」


「その指輪で精霊を夢幻から解放出来ると聞いてるが…」


「これは量子転移という魔術が込められた指輪じゃ…祈った事を転移させるのじゃ」


「魔女はその魔法使えるん?」


「量子移転は禁呪でのぅ…移転する量の抑制が解明されておらぬ故…非常に危険なのじゃ」


「その力を使って夢幻に居る精霊の魂を移転させるという事だな?」


「そうなるのぅ」


「精霊が戻ったとしてどうやってこの闇を祓う?」


「それは誰も知らぬ…しかし伝説では幾多の闇を祓っておるのじゃ…信じるしかあるまいて」


「この話をアサシンは知っているのだろうか?」


「アサシンという者が誰なのかは知らぬが…師匠には主らの様な協力者が他にもおった様じゃ」


「アサシンは何を考えているのか…」



---アサシンは勇者を殺そうとしていた---


---この闇の中で勇者一人殺して一体どんな意味があると言うのか---


---調和した後の世界はきっと平穏な世界が来るだろう---


---これは調和する者と調和を阻止する者の戦いだ---


---それらの記憶を精霊は8000年分守っていたのだ---


---調和する者が魔王---


---調和を阻止する者が精霊---


---その戦いになぜ勇者が介在するのか?---


---おそらくすべての謎はそこにある---



「のぅ女戦士や…わらわに考えがあるのじゃが」


「器を探しに行くのか?」


「一旦皆でシン・リーンまで行って母上に事情をすべて話すのじゃ」


「それでどうする?協力してもらえるのか?」


「古都キ・カイに行くには気球では遠すぎるじゃろう?」


「無理無理…絶対燃料切れ」


「軍隊を用意してもらうのじゃ…母上であれば理解して下さる」


「今の状況で許されると思うか?自国を守るので精一杯な気がする」


「じゃからエルフとドワーフに妖精を連れて説得に行くのじゃ…異種族同士の協力は母上の念願じゃった」


「なるほど…良い案だな」


「そうじゃ忘れて居った…勇者も居るのぅ」


「僕は勇者なのかどうか良くわからないよ」


「夢幻で得た記憶…想い…それを知っている者が勇者じゃよ…そなたが繋いで行くのじゃ」


「繋ぐ?…」


「では行くとするかのう?も十分休んだじゃろぅ…」ヨッコラ ノソ




女海賊は魔女の提案の裏に何か有りそうだと感じた


エルフとドワーフ…勇者に妖精を引き連れてシン・リーンに戻るのはある意味パフォーマンスだ


シン・リーンの中にもセントラルと同じ様な権力抗争が有って


魔女自身の立場が有利になる様な提案に…少し注意する必要が有りそうだと直感した


三角帽子の奥で怪しく光る赤い瞳…


彼女は夢の中で赤い瞳の魔女に最も想いの有る人を奪われた…それは彼女のトラウマだ


二度と奪われるもんか!!心にそう刻み付ける…

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