第3話 紅玉の魔女

『気球』


女海賊は姉に反省している素振りを見せる為元気の無いフリをしながら気球を飛ばす準備をした


ぐっすり寝たお陰で体は元気バリバリだ


フワフワ



「かしらぁ…もう行くんすか?」


「シャ・バクダの酷い状況を見て事態は急を要すると判断した…義勇団は引き続き近隣の民を守れ」


「領主不在なのに勝手にやってて良いんすかねぇ?」


「構わぬ…民の意がある方に義がある…故に我々は義勇を貫け」


「わかりやした…それでいつ頃帰って来やすか?」


「出来るだけ早く戻るつもりだが…戻らぬ場合も考慮してお前が指揮を取れ」


「あっしが?かしらの立場が無くなっちまいやすが…」


「私を出し抜いても構わん…とにかくうまくやるのだ」


「へい…」


「私がお前の部下でも良いのだ…アサシンに会ったら良く言っておく」


「ありがとうございやす…こっちの事は任せてくだせぇ」


「それが聞きたかった…これで安心して行くことが出来る」


「死なねぇでくれやんす…あっしはかしらの事が好きなんでやんす」


「死ぬつもりは無い…無事に戻ったら酒にでも付き合ってやる」


「マジっすか!!」


「お前も死ぬなよ?…では私はこれで行く…女海賊!!気球を上げろ!!」



女海賊は括り付けていたロープを緩め気球は高度を上げ始めた


フワフワ フワフワ



「女エルフ!ミツバチは魔女の塔の方向を分かっているな?」


「大丈夫よ…花が沢山あるって」


「よし高度を上げて急げ」


「……」ションボリ



女海賊はチラチラと横目で姉の機嫌を伺い反省しているフリを続けている…



「女海賊?平気?」


「放って置け…そんなアバズレに構うな」


「ちょ…アバズレって何さ!!…しょうがないじゃん無意識なんだからさ」



無意識でやってしまった行動だと言う事にして潔白を示そうとする…あざとい



「目の前に女エルフが居たのだぞ?」


「え?何?何の話?」


「なななな…何でもない…私の剣士を取らないでって話」


「取るってそんな…そんなつもり無いの」


「ごめんね女エルフ…あんたが剣士と仲良くすると腹立つ」---ムフフ上手い事女エルフ巻き込んだぞ---


「私と剣士はそういうのでは無いの…なんていうか兄妹みたいな…同族と言うのか」


「エルフの繋がりに嫉妬しているのだ世話を掛けてすまんな?女エルフ」


「でもね?私はわかる…剣士と女海賊の繋がりが私よりもずっと強い事を」


「何故そう思う?」


「夢の中で私は剣士に一度も会って居ない…だから探せない」


「分かれば良いんだよ…分かれば」---ヨシヨシ上手く自慰ってた事から注意が逸れてくムフフフフ---


「黙れアバズレ!」


「だから無意識なんだって!剣士に何もしてないじゃん!」---ナハハ決定的台詞…これで事故って事になる!---


「昨夜剣士と女海賊が横になって居た時剣士がすこし動いたの」


「ほらほらほらほら」


「剣士にゆかりのある人なら目覚めさせる事が出来るのかもしれない」


「え!?」



女海賊はハッとした…


夢の中で剣士は常に誰かの声を聞いて居た…


目を覚まして…


もしかして女エルフの声を聞いて居たのでは?


そんな疑念が生まれた…



「…どうしたの?急に呆けて?」


「剣士は夢の中で心の中で声がするってずっと言ってた…」


「お前はしっかり覚えているのか?夢を…」


「なんとなく…それで剣士はその声を精霊の声だと思ってる」


「私の声のなのかな?」


「だとすると声は届いてる…」


「返事をしてくれないの…だからどこに居るのか分からない」


「声が届くならもっと話しかけた方が良い…と思う」


「うん…」



---何か変な気持ちが込み上げて来る---


---私と剣士が愛し合ってた時も---


---剣士はその声を聞いて居た---


---私だけを感じてくれてる筈なのに---


---注意がその声に逸れてる---


---だからあの時---


---私の前から居なくなった---


---夢の中の事なのに---


---何だろうこの感情---


---イライラを通り越して---


---脱力する感じ---



「どうした?泣いて居るのか?」


「な…何でもない…」女海賊の目から涙が溢れていた



---あの時2人だけで交わした約束なのに---


---そう信じて居たのに---


---剣士は違う声を聞いて居た---



悲しさなのか…虚しさなのか…涙が止まらなくなった


女海賊は歯を食いしばりながら気球を魔女の塔へ向ける…





『森の上空』


女海賊は横になって居る剣士を触らせて貰えず


気球を操舵しながら見守る事しか出来なかった



「ううむ…やはりこう何日も正気に戻らんとなると…魔王に何かされたと言わざるを得んな」


「心が壊れてしまった…それしか考えられない」


「私にはそれがどういう状況なのか想像出来んのだが…」


「多分…憎悪に触れて気力を失って居るとか…そういう感じなのでは?」


「想像出来んな…」


「お姉ぇは心が純粋過ぎなんだよ」


「フン!お前が知った様な事を…どうだ?反省したか?」


「剣士は何も知らないで一人魔王を受け止めちゃったんだ…私等何も助けてあげられ無かったじゃん」


「……」


「ほんで精霊みたいに夢の中に引きも凝っちゃったのさ…心が壊れたってそう言う意味だよ」


「お前は剣士を夢から目覚めさせられそうか?」


「そんなん分かんない…でもアイツの苦しみがなんか分かって来た」


「苦しみ?」


「そうだよ…夢の中で記憶維持出来なくて自分が誰なのか分かって無いのさ」


「お前はどうしてソレが分かる様になった?」


「お姉ぇに言ったじゃん…私子供の頃からずっと剣士の夢見てるって…それに気付いたんだよ」



---そうだよ…いつも他の女に剣士を取られる夢さ---


---アイツ心が何処に居有るのか分かんないで---


---いつもフラフラして一人で苦しんで…他の女の所行って---


---私我慢したんだ…それで目を覚ますならって---





『追憶の森上空』


女海賊にとってここに来るのは2度目だ


狭間の中で暗くなっていても一度来た事のある場所は迷う事無く来られた


ビョーーーウ バサバサ



「私の働きバチよ!!もっと働けぇぇぇ」ビシバシ


「ミツバチに八つ当たりをするな…案内人が居なくなっては困る」


「腹立つんだよ!!女エルフが剣士の手を握って瞑想する関係がさぁ…もうムキーーーーー!!」


「お前は本当に見苦しい女だな…」


「お姉ぇには分かんないよ…ずっと私我慢してんだ…夢の中でも他の女に取られた」


「剣士の気持ちはどこにあるのだ?」


「何処って…あんにゃろう!まだ気付いてない!!」


「それを確認するのが先だろう?」


「起きたら取っちめてやる!!」プンスカ


「ヤレヤレだ…恥ずかしくてお前を魔女様に会わせるのを躊躇ってしまう」


「私が会うんじゃなくて剣士を会わせるのさ…目が見える様になったら戻って来いって言ってたんだし」


「剣士の状態を見て何かしてくれれば良いがな?」


「魔女の婆ちゃんなら絶対イケる!!」


「そう願おう…そろそろ高度落とせ」


「わーってるよ…女エルフ起こして!!やっぱ見てて腹立つ」



女海賊は以前気球を隠した事のある川辺に降ろした


フワフワ ドッスン



「前と同じ場所に隠すよ…女エルフも手伝って!!」


「長居する気は無い…このまま行くぞ…女エルフ肩を貸せ」


「え?あ…はい」グイ


「気球盗まれたらどうすんのさ?」


「魔方陣のペンダントは女エルフが持っている…魔方陣無しの気球を誰が盗むというか?」


「お?…そりゃそうだ」


「迷わん様にミツバチが案内してくれ」


「…」ブーン ブンブン



ミツバチは言葉を理解しているのか3人を案内しようとしている様だ



「私のミツバチに勝手に指示しないでくれる?」


「…」ブンブン プイ


「お前はミツバチにも振られるのだなハハ」


「おい待てゴルァ!!」




『魔女の塔』


ミツバチの案内に従い迷う事無く魔女の塔に辿り着いた


しかし以前とは雰囲気が違う…


シーン…



「…様子がおかしいな」キョロ


「魔女様…気配が無い」


「ちぃぃ遅かったか…」


「魔女の婆ちゃん死んだって事?」


「分からんが…とにかく行ってみよう」


「誰も居ないみたい…あ!妖精」


「ん?どこどこ?」



魔女の下に残って居た妖精が3人を見つけ飛んで来る


ヒラヒラ ヒラヒラ



「遅っそいよ~何してたんだよ~」ヒラヒラ


「よっ!!アンタ久しぶりだねぇ!!」


「魔女様が死んじゃったんだよ」


「やはりそうか…いつ亡くなったのだ?」


「もう1ヶ月くらい…」


「あ…そっかここは時間の流れが違うんだ…あれからどれくらい経ったんだっけ?」


「2年くらいになる…すぐ戻るって言ってたのにさ」


「魔女様は今どこに?」


「塔の中で椅子に座ったままだよ…魂は僕が黄泉に案内した」


「そうか…その間誰も来ていないのだな?」


「うん…ずっと君達が帰って来るの待って居たんだ」


「埋葬してやる必要があるな…行こうか」


「剣士はどこに行ったの?心が何処かに行ってる…」


「やっぱ分かる?妖精にも探せないん?」


「魂はまだ残ってる…でも中身が無い」


「ひとまず塔に行こう」




『魔女の部屋』


そこでは揺り椅子に腰かけたまま静かに魔女が眠って居た



「魔女様…椅子に掛けたまま亡くなったのね」ポロリ


「机に書置きが残っているな…弟子のシン・リーン姫君宛てだ」


「何て書いてある?」


「他人宛てへの書簡を先に読むのは道理に外れる…私には読めん」


「このままにしておくん?」


「シン・リーンの姫君を探して連れて来るのが道理…しかし魔女様の亡骸をこのままにしておくのもな」


「おい妖精!?魔女の婆ちゃんは死ぬ前に何か言ってなかった?」


「剣士達の帰りをずっと待っていたよ…千里眼でずっと見ていた」


「だから何か言ってなかったか聞いてんだよ!私の話聞いてる?」


「僕には何も話さなかったよ…でも無言でアクセサリーを沢山作ってた」


「どこにあんの?」


「上の部屋だよ」


「ちょっと見て来るね」タッタッタ


「魔女様を埋葬してあげないと…」


「魔女様が入る予定のお墓は生前に作ってたみたい…裏手にあるよ」


「よし…先に埋葬してからシン・リーンの姫を探しに行こう」


「そうね…」


「無くなって1か月も経ったのにまるで生きている様だ…やはりここでは肉体は腐らんのだな」


「剣士はここで待っていてね?」



女エルフは魔女と剣士を入れ替える様に剣士を揺り椅子に座らせた



「お墓まで案内するよ…こっち」パタパタ


「墓に入れる遺品は何か無いのか?」


「魔女様は一つだけ大事に持っていた石があるよ」


「どこにある?」


「大丈夫…魔女様の胸に身に着けているよ」


「…これか…よし一緒に埋める」




『墓』


それは上等な石棺だった…


中に収める花は石棺の中に既に準備されて居てそこに魔女の亡骸を収めた


3人は揃って手を合わせ石棺を閉じた



「この狭間に墓が在る限り石棺の中で魔女様の亡骸はずっとこの姿で居るのだろうな」


「荒らされないと良いね」


「妖精が案内しなければ誰も来ることはあるまい」


「僕これからどうしようかな?」ヒラヒラ


「一緒に来い!私たちの目になって欲しい…これからシン・リーンの姫を探す」


「剣士はどうするの?」


「女エルフは剣士と一緒にここに残れ…誰も来んとは思うがもし誰か来たら追い払え」


「ちょ…剣士は私が」


「ダメだ!お前以外に誰が気球を操作するのだ?そしてここを守るのはお前じゃ役不足だ」


「ぐぬぬ…おい!女エルフ!!剣士に何かあったら許さないかんね!!」


「うん心配しないで?」


「あんたが一番心配なんだよ…」ブツブツ


「お前よりマシだ…お前は動かない剣士を相手に淫らな事をするに決まって居る」


「お姉ぇ私の事勘違いしてるから!!」


「女海賊!!さっき魔女様の作ったペンダントを持ってきたな?」


「持ってきた…いっぱいあるよ」


「女エルフ…この魔方陣に剣士が使った退魔魔法…出来るか?」


「印の結び方がちょっと…」


「魔女の婆ちゃんの部屋に魔術書があったよ…それ見ながらやったら?」


「…やってみる」


「退魔のペンダントがあれば私たちはレイスを気にすることなく行動できる」


「姫を探すって事は光の国シン・リーンの城?」


「…そうだな…まずは行って今の状況を把握せねば…」


「シャ・バクダ遺跡みたいに大きな魔方陣を作って居れば良いけどね」


「退魔のペンダントが出来たら出発するから下に降りて来い」


「おっけ!!女エルフ!魔女の婆ちゃんの部屋に行くよ」グイ タッタ





『花畑』


一緒に連れて来たミツバチは忙しそうに花粉を運んで居た


女戦士は2人を待って居る間花畑に身を埋め少女だった頃の記憶を思い出していた


本当は花もミツバチも大好きな可憐な少女だったのだ



「…」ブーン ブンブン


「お前はこの花畑で休んでいろ…誰か来たら直ぐに女エルフに知らせるんだ」



指にミツバチを乗せ優しく語り掛ける


使う言葉が男の様だがこうなったのには理由があった


貴族に捕らえられ不遇な扱いを受け強くなるしかなかったのだ…そうやって身を守って来た



タッタッタ



「お姉ぇ!!お待たせ…はい退魔のペンダント」ポイ


「花を踏むな!!この花は魔女様の物だ」


「あ…ごめ」ドタドタ



一方妹の女海賊の方はズボラで無神経…姉のお陰で自由に育って来た



「お前もちゃんとペンダント持っているな?」


「バッチリ」


「それでお前の悪い癖も良くなると良い」


「悪い癖って何さ…こないだのは事故だって!一人エッチくらい誰でもするじゃん」


「それを人に見られて品を損なう様な事をするなと言って居る」


「お姉ぇだって変なクセあんの私知ってんよ!」


「又尻を叩かれたい様だな?」スラーン


「ごめごめ!反省してるから!!」


「フン!!塔の戸締りはしてきたか?」


「アダマンタイトの扉はロックしてきた」


「忘れ物はもう無いか?」


「もう!!うっさいなぁぁ…子供じゃないんだからさ」


「では行くぞ?」


「あ!!!ヤバ…妖精置いて来ちゃった…先行っててすぐ行くから」ピューー ドドドド


「はぁぁ…どうしようも無い女だな…」


「ゴルァ妖精!!何やってんのさ!!羽ムシルぞ…早くこーーーい!!」





『光の国シン・リーン』


気球で上空から静かに様子を探る


魔物に襲われ混乱状態になって居るのでは?…と思ったがそうでもない



「うーむ…こちらはセントラルと違って落ち着いた物だ」


「どうする?降りちゃう?」


「いや…そういえば思い出したのだが前に魔女様の所を訪ねた時の事を覚えているか?」


「何か有ったっけ?」


「魔女の塔に行く前に馬車を隠れてやり過ごしただろう」


「あーー三角帽子の姫が馬車に連れられて行ったね…覚えてるよ」


「確かその時魔術院に隠れると言っていた気がするのだ」


「んん~どうだったかなぁ…その場所知ってんの?」


「ここより南のハジ・マリ聖堂…そこが魔術院になって居る」


「ほんじゃそこから行った方が良さそうだね」


「うむ…この状況を見る限りシン・リーンはさして混乱しては居ない」


「そだね…きっと魔法使いがいっぱい居るんだね」


「そして見ず知らずの私達が突然行って相手されるとも思えんのだ」


「なる…相手は姫かぁ…てか普通に会うのムリじゃね?」


「その通り…先に魔術院に行って姫が居ないのならこちらに戻って来よう」


「おっけ!進路変える…南方面だね?おい!妖精!!方向教えて」


「妖精使いが荒いなぁ…」ブツブツ


「羽ムシられたい?高度上げるから方向教えて!!」


「ハイ右…もうちょい右…そこらへん」


「あんたぁぁぁ!!そんな態度でどうなるか分かってんの!?」


「ふぁ~あ…女エルフのやわらかいベットが恋しいよ」


「ムッカ!!あんたまで女エルフが良いのか!!ちょっと来い」グイ


「痛てて…何するのさ」


「私のベットの方が大きいんだ試してみろ!!」ムギュ


「ちょちょちょ…無理やり押し込まないで」


「どうだ!!女エルフのより良いだろ!!」


「なんか…うううぅぅ暑苦しい」


「そこで大人しくネンネしてな!!フンッ」



女海賊は機嫌さえ損なわせなければ最高に面倒見が良いのに


妖精はそこまで気が回らなかった





『ハジ・マリ聖堂』


その建屋が見えた時には随所で魔法の光が見えていた



「お姉ぇ!!見て…戦闘が起きてる」


「戦っているのは魔術師達だな…なぜ魔方陣を張らんのだ?」


「でっかいクモがいっぱい転がってるわ…ちょいマチ…ちっちゃいのがもっと一杯いる!!」


「魔方陣の中にアラクネーが入り込んで居るのか…」


「これクモだけじゃないね…ニョロニョロしたのも居る」


「なるほど…退魔の魔方陣だけではダメだと言う事だ」


「アレを全部倒すのって無理じゃね?」


「焼き払う必要があるな…」



ゴゥ ボボボボボボボ


魔術師達が火炎の魔法で迫りくる虫を焼き払って居る



「あの魔術師達の近くに降ろせ…助太刀する」



ゴゥ ボボボボボボボ


地上では上空を旋回する気球に気付き魔術師達が警戒していた



「姫!!上で気球が旋回しています…味方と思われます」


「コレ気を抜くでない…このまま後退しながら広場まで誘導じゃ…火炎魔法!!」ゴゥ ボボボボボ


「気球が降りて来る様です…火炎魔法!!」ゴウ メラ


「あの者らを広場から離れる様に誘導せい」


「はい!!照明魔法!!」ピカー



魔術師が放った照明魔法は気球を着地させる場所を示すように少し離れた場所を照らし出す



「光った!!誘導してる…あそこに降ろせって事だ」


「私は先に飛び降りる…あのままでは大きなアラクネーに囲まれる」


「お姉ぇ一人でなんとか出来んの?」


「一時的にタゲを引き受けるだけだ…気球を降ろしたら私を援護しに走れ」


「マジか…」


「アラクネーは片側の足を切り落とせば無効化出来る!足だけ狙え」


「りょ!!」


「囲まれるなよ!?」ピョン



女戦士は剣と盾を持って魔術師達の所へ飛び降りて行った


ヒュゥゥゥ ドスン!!



「広場で高位魔法を詠唱する…わらわに敵を近づけさせるで無いぞ?」


「はい…火炎魔法!!」ゴゥ メラ


「助太刀!!」シュタ



女戦士は魔術師達を囲もうとするアラクネーに立ちはだかる



「わらわを守れ…詠唱の時間を稼ぐのじゃ」


「大型アラクネー2体…どうする?」


「あれは倒すとクモの子が散る…こちらに来るのを止められるか?」


「足を切り落とす…」ダダッ ザク ザク



女戦士はアラクネーに走り込み剣戟を浴びせる



「シャーーーー」カサカサ



アラクネーは突然現れた女戦士に狙いを変えた様だ



「お姉ぇ!!」タッタッタ


「私に構うな…もう一匹のアラクネーの気を引け」


「おっけー」タッタッタ ピョン クルクル シュタ ドテ



女海賊は剣士の真似をして走りながら空中をクルクル回ってみた


着地が上手く行かず不格好だがアラクネーの気は引けたようだ



「伏せろぉ!!」


「む?」


「お?なんか来る?」キョロ


「竜巻魔法!!爆炎魔法!!」ゴゴゴゴゴ



竜巻の旋風が炎を巻き上げ火柱に変わった


その火柱は小さなアラクネーを巻き上げながらうねり始める



「…ボルケーノか」


「熱ち…あちち」


「女海賊!魔術師の所まで下がれ…巻き込まれるな!!」


「やばば…」ピューーーー



ボルケーノの火柱は周囲の魔物を一掃しながら移動して行く


魔物は上空に巻き上げられ火の玉となって降り注いだ





『広場』


ボルケーノが収まった時には辺り一面焼かれた魔物で火の海となって居た


その中を歩く三角帽子を被った少女…シン・リーンの姫君だ



「他の魔術隊に大型は処理したと伝令してくるのじゃ」


「はい…姫はどうされますか?」


「わらわは子虫を焼いておくかのぅ…して…主らは誰じゃ?母上の差し金か?」



その子は女戦士と女海賊に向き直り三角帽子から赤い眼を覗かせる


闇に炎で照らされて光る赤い眼は小さい子供の体なのに狂気を感じる



「シン・リーンの姫君と見受ける…」


「そうじゃ…わらわは光の国シン・リーン第一王女…名は紅玉の魔女じゃ」



そう言ってその子は警戒したのか杖を突き出し斜に構えた



「失礼…あなたに伝えなければならない事がある」


「わらわは忙しいのじゃ…手短に済ませい」


「あなたの師匠…塔の魔女が亡くなりました…同行して頂きたい」


「なんじゃと…それはまことか」


「このペンダントをご覧ください」



女戦士は塔の魔女が残したペンダントを見せた



「信じられぬ…時の番人が今…死んだと」


「あなた宛ての書簡があるのです」



カラーン コロコロ


その子は持って居た杖を落とし呆然と立ちすくむ



「姫?この者達を信用して良いのですか?」


「……」


「姫?」


「魔術師や…はよう伝令に行くのじゃ…わらわは一旦この者達と魔術院へ戻る」


「分かりました…その方が安全です…姫の事をお願いします」


「承知…」


「魔女ちゃん大丈夫?なんかショック受けたみたいだけどさぁ」


「ぷはぁぁぁ…」ヒョコ



女海賊の胸の谷間から妖精が飛び出した



「妖精まで居るのじゃな…付いて参れ」トボトボ


「私達はあなたに同行を願いたいのだが…」


「分かって居る…わらわも勝手に外へ出歩けんのじゃ…一言言うておかねばならぬ」


「確かに…無礼を言ってしまった様だ」


「今から魔術院へ戻るがお主達は何も言うで無いぞ?」


「承知…」



魔術院へ戻る紅玉の魔女はその動きに特徴があった


ノソノソと動く様に見えて良く見るとその動きは連続性が無く一般的な物理現象とは違う感じだ


空間を滑る様にノソノソ歩く…いや滑って居る



「ねぇお姉ぇ…なんか私目がおかしいのかな?あの魔女っ子を目で追えないんだけどさ…」


「魔術師はそういう特徴がある…覚えておけ」


「なんだろな…不思議な感じだ」





『魔術院』


ハジ・マリ聖堂の一角に魔術院がある


この聖堂は魔術の根源たる古の知識の神を奉った聖堂だ


究極の知識の象徴としてその神の偶像が据え置かれ手にした書物から知識が溢れて居るらしい


女戦士と女海賊の2人は聖堂の中央で待たされ


奥で口論する紅玉の魔女の声に耳を傾けていた



もう元老の言うことなぞ聞いて居れん


わらわに安全なぞ要らんのじゃ


今ははわらわが最高位じゃぞ


従わぬのなら命令を下す


魔術院に引き籠っておる者を全員町の警備に回すのじゃ


一人残らず全員じゃ


これは命令じゃぞ…良いな?



どうやら魔女は元老と呼ばれる者の一人を魔法で焼き殺し


静止する者を強引に言う事を聞かせ


ハジ・マリ聖堂が建つ丘の下に広がる町の守備に魔術師を動員させる様だ



「お姉ぇ…これヤバくない?中で誰か焼き殺されてんよ?」


「黙って居ろ…王族の行動一つに文句を言うな」


「うわ…あんなちっこい子なのに中身は鬼か…」



ガチャリ バタン


紅玉の魔女が一人奥から出て来た



「待たせたのぅ…して…わらわは早よぅ師匠の下へ行きたい…今すぐ行けるかの?」


「みんな引き留めてたみたいだけど大丈夫?」


「魔術師が力を合わせればアラクネーなぞどうでもないのじゃ」


「アラクネーは元々大人しい虫…やはりレイスが現れて粗ぶって居るのか?」


「そうかもしれんが…ミツバチが隠れてしまったからじゃろうと思うておる」


「という事はシン・リーンも同じ事に…」


「あちらは魔術師が此処よりも更に多いのじゃ…しかし」


「ん?」


「いや何でもない…早う行くぞよ?…気球に乗れば良いのか?」


「え?…あぁ行こっか」


「そういえば主らの名を聞いておらなんだのぅ」


「私は女海賊…こっちは女戦士…私等姉妹なんだ…ほんでこいつが妖精」


「主らも師匠の弟子の一人かいな?」


「まぁ…そうなるんかな?私も魔術書持ってるし」


「主の魔力はわらわの千分の一も無いようじゃが…錬金術か何かかの?」


「そんな事分かるんだ…千分の一ってちょっと少なすぎね?」


「ところで紅玉の魔女…あなたはどうしてその様な格好を」


「魔力の解放は10歳程度の体が最大なのじゃ」


「どゆ事?年齢ごまかしてんの?」


「記憶が正しければ28歳くらいの筈」


「良く知っておるのぅ…主は何者じゃ?」…赤い瞳がギラリと光った


「フフ…ドワーフ王の娘と言えば分かるか?」


「おぉぉ父君は達者であろうか?主らがこの地に居るという事は…勇者がどこぞに居るのじゃな?」


「お!?話早いかも」


「この闇の空…言うまでもあるまいて」


「まぁそんな感じで色々ややこしいんだよ」


「ではわらわも姿を見せておくかのぅ…変性魔法!」グングン



紅玉の魔女は魔法を唱え本来の姿を現した



「おおおおおぉ背が伸びた…服がピチパチじゃん」


「この姿になるのは何年振りじゃろうか…他の魔術師達を欺くには丁度良かったかもしれんがのぅ」


「これで見つからないと思っていないだろうな?法衣がそのままでは意味が無い」


「着替えて行くので待っておれ…普通の魔術師の法衣じゃ…安心せい」



そう言って紅玉の魔女は別室へ着替えに行った



「お姉ぇ…私等名乗って良かったん?」


「王族に何者だと聞かれて嘘を付けというか?」


「まぁそだね…」


「直観だが紅玉の魔女には悪意を感じん…信用出来そうだ」


「お姉ぇそう言う所純粋なんだよね…あの子さっき何か言い掛けて止めたじゃん?」


「んん?そうだったか?」


「何か隠してんのさ…ちっと用心しとかないと利用されちゃうよ」


「ふむ…心に留めて置こう」


「お姉ぇはなんだかんだで騙され易いんだよね…アサシンにも利用されてるの気付いてる?」


「黙れ…恩義があるから裏切れんだけだ」



ノソノソ


紅玉の魔女が着替えて戻って来た



「ちょ!!」


「何じゃ?」


「その三角帽子被ってたら着替えた意味無いじゃん!!バレバレだって!!」


「おろ?わらわのお気に入りなのじゃが…」


「ダメだよそんなの被ってたら…てかアンタ天然なん?」


「お主こそ随分派手なのじゃが…わらわと勝負したいんか?」


「ちょいお姉ぇ!なんか頭グルってそうなんだけど」


「お前が言うなタワケ…何を着てても構わん!さっさと行くぞ」


「そうじゃお主に文句を言われたくないわい」



3人共王族で姫という立場だった


普通はこういう会話にならないのだが何故か波長が合い初対面なのに直ぐに溶け込めた


女海賊が持つ馴れ馴れしい不思議な力だ





『気球』


3人は誰かに見つかる事など何も考えず堂々と気球に乗り込み


行方不明になった姫を探す魔術師達を尻目にあっさり気球で空へ逃れた



「魔術師達があんたの事探してるっぽいね」


「構わぬ…行って良いぞ?」


「第3王女がどうとか言っていたが…もしや」


「第2も第3も全部わらわじゃ…これは王家のみ知っている事じゃで誰にも言うで無いぞ?」


「ハハハ一人影武者だと言うか」


「母上の策じゃ…わらわはどうでも良い」


「第3王女が居なくなったとなっては母上も心配するのでは無いか?」


「母上も師匠から教えを受けた魔女じゃ…この闇を見て理解して下さるじゃろう」


「母上も狭間で修行をしたと?」


「もうわらわの方がずっと長い…母上の年齢はとうに超えてしもうた」


「ちょい!!魔女って何歳?28歳じゃ無いの?」


「精神的には80を超えておるな…体が28歳なだけじゃ」


「ややこしや~~ややこしや~~」


「魔術師の中では珍しい事ではないのじゃぞ?…して…主らには聞きたい事があるのじゃが」


「何だ?」


「そうじゃな…師匠との関係…勇者の事…主らがどこまで知っているのか全てじゃ」


「ええと…どっから話せば良いかなぁ…」


「僕から話そうか?」ヒョコ



女海賊の胸の谷間から妖精が首を出した



「ほう?面白い話が聞けそうじゃな」


「まず剣士と塔の魔女様のの関わりから話そうかな~」ヒラヒラ



妖精はこれまで剣士が奪われた瞳を取り戻すまでの経緯を語り始めた


そこに便乗するように女海賊も剣士が魔王に心を奪われた事を話す


そして世界の闇を祓う術を聞きに塔の魔女の下へ訪れたと…


紅玉の魔女はその話に聞き入り理解した様だ



「…ふむ…大体経緯は理解した…主らは引導が欲しいのじゃな」


「剣士を夢から目覚めさせる事は出来る?」


「出来ん事はないが難しいと言わざるを得ん…出来るならとうに精霊は夢幻から戻る筈なのじゃ」


「精霊の魂を夢幻から解放するのと同じくらい難しいと?」


「そうじゃな…夢幻では自分で夢から覚める事は出来んのじゃ」


「だから塔の魔女にお願いしに来たんだけどさ」


「主らは魂の器を用意してはおらんのかえ?」


「器?」


「器があれば簡単じゃと師匠から聞いた事があるのでのぅ…」


「器とは初耳だ」


「精霊の魂もその器が無いと呼び戻せんのじゃ」


「精霊の像とか精霊樹とかそういう類の物なのか?」


「うむ…しかしあれらはもう器として使えぬ…何度も試しておるのじゃ」


「剣士の体は?魂の中の心が無くなって空っぽになってるみたいだけど…それって器になんないの?」


「剣士とやらにいのりの指輪を持たせて何か祈ることが出来ると思うかの?」


「ムリ…」


「そういう事じゃ…精霊の像も精霊樹も自ら祈ることが出来ん…じゃから新たな器が必要なのじゃ」


「てかその器ってのは自分で祈れるん?」


「さぁのぅ?わらわは師匠から聞いた話じゃで詳しく知らんのじゃ」


「新たな器と言うのは何処に?」


「それも聞いて居らぬ…師匠なら知っておったかも知れぬが…」


「まてよ…アサシンは器がどうとか言って居たな」


「え?アサシンが何か知ってる?」


「ミスリルと器を求めに南の大陸に行った…たしかそうだ」


「ほぅ…進展しそうじゃのぅ」




女海賊にとって精霊を目覚めさせる云々よりも剣士を目覚めさせられるかどうかの方が重要だった


魔女でも難しいと言われ不安がよぎる


そんな困難な状況に陥っている剣士の事が急に愛おしくなって来た


やっぱ私が傍に居てあげないとダメだ…ダッシュで戻ろう!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る