第2話 退魔の魔法陣

『星の観測所』


そこには既にシャ・バクダから避難してきている人が押し寄せていた



「お姉ぇ…ここに衛兵まで来てんじゃん…降りて良いの?」


「構わん!降ろせ」


「気球捕られたくないからさぁ…ギリギリまで行くから飛び降りて」


「木材は積まんで良いのか?」


「シャ・バクダまで飛んで適当に積むさ」


「仕方ない…砂の斜面で頼む」


「おけおけ」


「…よし!剣士…いくぞ」ヨッコラ


「3…2…1…飛んで!!」



女戦士は剣士を背負ったまま砂の斜面に飛び降りた


ズザザザ…



「つつつ…良し…埋もれんで済んだ」



その様子を見ていた盗賊ギルドの若い衆が駆け寄って来る



「かしらぁ!!…大変っす」タッタッタ


「分かっている…まずこの男を観測所まで運びたい…手を貸せ」


「うっす!!…歩きながらで良いんで状況を教えて下せぇ…」グイ


「私もこちらの状況を知りたいのだが…」


「セントラルから戻って来たんすよね?あっちぁどうなってるでやんすか?」


「あちらも魔物に攻められて大混乱だ」


「やっぱ魔王の復活っすか?」


「いや…魔王復活は阻止した筈だ…だが世界が闇に落ちた様だ」


「マジすか…もう魔王復活の噂でみんなビビりまくりっすよ」


「それでこちらはどうなっているのだ?」


「黒い魔物が突然現れて大混乱でやんすよ…どうやっても倒せんのです」


「それでオアシスに避難してきているのだな?」


「そうっす…みんな着の身着のまま逃げて来てるっす」


「衛兵も来ている様だが…領主の私兵はどうなっている?」


「領主は何処に行ったか分からんでやんす…もう指揮系統が壊滅してて衛兵もやる気ナスって所っすわ」


「ギルドの方は上手くごまかしているのか?」


「一応義勇団って事でシャ・バクダ周辺を回ってるんすけどね…黒い魔物がどうにもならんのですよ…」


「よし…当面はそのまま義勇団で行こう」


「分かりやした…で…これから何か考えあるんすか?」


「黒い魔物…あれはレイスと言ってな…倒し方は恐らくゾンビと同じだ」


「まじっすか…でも銀の武器なんかあんまり有りやせんぜ?」


「銀貨を集めて鍛冶屋に作らせろ…矢尻が材料少なくて済むな」


「弓っすか…」


「矢尻をスピアヘッドにして槍にも出来る…これを戦える者全員に配れ」


「分かりやした」


「銀の武器で戦える者が集まり次第レイス討伐隊を組む…観測所前に集合させるんだ」


「荷を運ぶラクダも集めて置け…2時間で出来るか?」


「いやぁ…ラクダを自由に出来るか分からんすね…今の所シャ・バクダの衛兵が幅を利かせてるもんで」


「なるほど…では直に星の観測所も占拠されてしまいそうだな?」


「ここは水が無いんで後回しにされてるんす…オアシスの方で集まってるみたいでやんす」


「よし!!ここで腑抜けの衛兵共に義勇団振りを見せつけるぞ」


「分かりやした!!急いで銀の武器を作らせやす」




星の観測所が建って居る場所は砂漠の中でも比較的地盤の固い所にある


少しだけ土が残って居て数本の木と草も生える小さなオアシスの様な物だ


水は深く掘った井戸から湧いて来るが避難している者全員が十分水を使える程の量は無い


これと同じ様な環境はシャ・バクダ遺跡の至る所に点在する


盗賊ギルドのアジトはそこら界隈を転々と移動して来たのだ





『居室』


女戦士はぐったりとした剣士をベッドに寝かせ装備品を脱がせその所持品に気が付いた


姉妹が一つづつ持って居る筈の短刀を剣士が持って居たのだ



「…これは」



ダマスカス鋼で拵えられたその短刀には曰くがある


それはドワーフの命を守るもので…それを誰かに与えるのは命を捧げる意味を持つからだ



「それほど剣士に想いがあるのか…」


「しかしエルフとドワーフでは子が産まれんぞ?」



女戦士は姉として複雑な想いを抱く


妹には普通に子を産み幸せになって欲しいと願うのは当然なのだから



「蒼き瞳の勇者を守る…己が命を賭けてもか…」


「よし分かった…お前の想いは尊重する…だが命を賭けるのは私だ」


「私がお前達2人を守ってやる…」



女戦士は決意を新たにし…その短刀を横になる剣士にそっと返した



「私は大事な短刀を既に使ってしまったな…」


「まぁそれで命が繋がったと思えば安いが…」


「もう一度父に言って作ってもらうか…」



この時彼女の短刀は偶然にも盗賊の手に渡って居た


それは恐らく運命でその後彼女は盗賊の命を守る事となる





『観測所の前』


後日…銀の装備を携えた猛者共が観測所に集まりレイス討伐隊に志願して来た


その数約20名…衛兵の数に比べれば相当少ない


しかし民を救うという理由で集まった者は士気が高い…不明になった家族を探したいのだから



「諸君!!私は義勇団長だ!!」


「これよりシャ・バクダに行きレイス討伐と生き残りの保護及び物資の調達へ向かう!!」


「レイス討伐は先に配布した銀の槍と銀の弓を用いて戦う…その他の武器は使用しない事!!」


「各自槍持ちと弓持ちで今からペアを組み基本的に2人1組でレイスと戦え」


「矢の予備に余裕が無いため必ず持ち帰る事!!」


「隊列はウェッジフォーメーションとする!!私より前に出ない様に!!」


「では出発する…」



女戦士を先頭にシャ・バクダへ向かう討伐隊


彼女の相方となるのがギルドの若い衆の中でも女戦士を特に慕う男だった



「いやぁぁ皆やる気マンマンっすわ…やっぱかしらはすげーっすね」


「褒めるなムズ痒い…それよりラクダの数が少ないのが気になる」


「みんな着の身着のまま逃げてるんっすよ…ラクダなんか放置してるでやんす」


「まぁ仕方ないか…これは物資運搬は何往復もしなければならんな」


「要領が分かれば他のオアシスに居る連中も来てくれるかも知れんっすね」


「それに期待するか…しかし私は何時までもここには居れんのだ」


「またどっか行くんすか?」


「アサシンからまだ連絡無いのか?」


「相変わらずっす」


「私はこの闇の祓い方を聞きにシン・リーンの魔女の所まで行きたいのだ」


「そういやなんでオアシス周辺だけ闇が来ないんすかね?」


「200年前に落とされたとされる隕石がどうやら退魔の魔方陣を形成しているのだ」


「ほえ~~そんな事出来るんすね」


「この作戦…2~3日続けて慣れたらお前に指揮が出来るか?」


「マジっすか…」


「いやむしろ盗賊ギルドメンバー全員が指揮をとれるようになってもらわんと困るのだが」


「そりゃどういう意味で?」


「レイスに襲われているのはここだけでは無いという事だ…」


「近隣の町全部行く訳っすね?…英雄になっちまいやすね」


「しがない盗賊が英雄になるのだ…悪い話では無い」


「こりゃ初戦で失敗出来んっすね」


「その通り!!兎に角うまく物資調達をして皆に配れば良い評判もたつ」


「調達は任せて下せぇ!得意分野っす」


「まぁ上手くヤレ」




商隊で賑わって居た筈のシャ・バクダはそこら中に人が倒れ酷い状況だった


建屋の多くは地下に埋もれていた事もありそこに隠れ生き残りはまだ少し残って居た


この状況で魂を狩られた若い女性を輪姦するならず者も紛れて居て思わぬ戦闘に発展する事もあった


しかしレイスを対処出来ると言う討伐隊のアドバンテージは大きく


20名という少人数ながら作戦は順調に進み多くの生き残りを救えた




「かしらぁ!!倒れてる人間はどうしやす?まだ生きてるんすが…」


「これは困った問題を抱えてしまいそうだな…どうした物か…」


「じゃぁあっしに任せて貰って良いっすかね?かしらは非道な判断をしたく無いんすよね?」


「お前はどうするつもりだ?」


「かしらは知らんくて良いでやんす…汚い部分はあっしが引き受けやす」


「そうか…済まんな」



仕方のない判断だった…


連れ帰って生かしても目を覚ます事は無いのだから


無理に生かして負担を強いるよりも放置した方が良いのだが…他の者の士気を大きく削ぐ事になりかねない


魔物を釣るエサにする…


男達の慰みにする…


食用にする…


その使い道はいくらでも想像が出来る


生きた人間をそんな風に扱わなければならない問題を抱えて立ち止まってしまうよりも


それから目を背けて前に進めと言うのが


この男の言いたい事だ


分かった…お前を信頼する


その男の名はローグ…後に女戦士の腹心の部下となる





『シャ・バクダ上空』


気球で近隣の集落を見回りに出ていた女海賊は


シャ・バクダで物資調達をしている討伐隊の様子を見に戻って来た


フワフワ



「お姉ぇ!!もうみんな避難してこの辺に生きてる人居ないっぽい」


「…そうか」


「こっちの方は順調?」


「運搬に問題がある…気球でまとめて運んでもらいたい」


「やっぱ砂漠で馬車使えないの痛いよね」


「とりあえずレイスの出ない安全圏まで運んで貰えれば良い…その後は別働で運搬役を組む」


「おっけ!!今着陸させるから詰めるだけ積んで」


「うむ…その間に女エルフに回復魔法を頼めんか?」


「え!?私は人間の前で顔を見せて良いの?」


「その方が良いと判断する…敵では無いという事を見せておきたいのだ」


「うん…それならやってみる」


「あんたさぁ…あのクソ男どもに顔見せたらどうなるか分かってる?」


「本当はイヤ…でもそんな事言って居られないと思うの」


「大丈夫だ…手を出す奴が居たら私が静止させる」


「なんかお姉ぇの討伐隊に衛兵も混じってんじゃん?見つかったらマジヤバイと思うんだけど」


「まぁ見ていろ…一番頑張って一番傷を負っているのが衛兵だ…癒してみろ」


「うん…」


「もう知らないかんね…降ろすよ」



フワフワ~ ドッスン



「全体!!気球に集合して荷を積め!!」


「治療師が来ている!!怪我をしている者は速やかに来い!!」


「女エルフ…来い」


「…」テクテク



女エルフは白狼の装備を身に付けたまま深くフードを被って居た



「治療が欲しい者は居ないか!?」


「あぁ腕の出血が応急ではちと厳しい…今縫って貰いたい…痛つつ」



名乗り出て来た者は衛兵の装備を身に付けた青年だった


剣による斬撃を受けたのか出血が酷い様だ



「回復魔法!」ボワー


「…え?…い、今のは?」



いきなり回復魔法で傷の治癒を施されその衛兵は動揺した



「他に居ないのか!?」


「お前…エルフじゃないのか?…いやエルフだ…どうして」


「ハイ!!痛く無くなったら行った行ったぁぁ…質問はナシ!!」



その様子を見ていた他の猛者共がザワツキ始める



おい今の光…


あれエルフじゃないのか?


マジか


ちょ行ってくる



「ハイ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい…回復が終わったらありがとう忘れんなよ~!!」


「あっしも怪我してるっす~ココ痛いでやんす~」


「回復魔法!」ボワー


「マジっすか!?ちょちょちょ…かしらぁどういう事っすか?」


「こういう事だ…回復が終わった者は周囲の監視を怠るな!!」


「手が空いている者は気球に荷を運び入れろ!!」



エルフから回復魔法を受けられるなどと言う事は今まで考えられない事だった


魔法を使うエルフはハイエルフでその姿を見るのも稀なのだ


それが今目の前で傷付いた人間を癒した


討伐隊に加わって居た男達はその姿を見て全員が魅了される


まるで天使を見たかの様に恋に落ちて行く


男達は大した怪我でも無いのに回復魔法を受ける為に列を作った



「おいお前等ちゃんと荷物運べよ!!」


「うるせぇ!ガキは黙ってろ!」


「ムッカ!!」


「おい女海賊!ここでゴタゴタを起こすな」


「だってさぁ!!あいつ等全然荷物運ばないじゃん」


「戦い詰めだったのだ…少し休憩もさせてやりたい」


「てかレイス相手になんで怪我してんのさ」


「良からぬ賊が紛れて居てな?敵はレイスだけでは無いのだ」


「盗賊ギルドとはちょい違う感じ?」


「さぁな?私も全員の顔を把握している訳では無い…中にはどうにもならんクズも居る」


「なんだこんな状況でもそんな奴居るんか…」


「そんな賊と真っ向勝負しているのが衛兵だ…あまり衛兵を毛嫌いするなよ?」


「まぁ良いや!ちゃっちゃと荷物運びたいから休憩済んだら荷物積ませて!」


「分かって居る…お前は気球を飛ばす準備でもしておいてくれ」




その後気球は数回物資を運んで一旦観測所へ戻る事を指示された


討伐隊も物資移送の為に帰路に付く




『星の観測所』


物資を持ち帰った女海賊は盗賊ギルドの若い衆に避難してきた人が横になる為のテントを設置させた


そして女エルフは治療師として怪我を負った人へ回復魔法をしていた



「なんか速攻噂広まったポイね…行列できてんじゃん」


「うむ…誰が噂を広めたのだか…」


「向こうのオアシスからも人来てるよ…女エルフあんなに魔法使って大丈夫なんかな?」


「少し休ませるか…」


「私が言って来るよ…今日は閉店だってね」


「そうしてくれ」



女海賊は回復魔法で勤しむ女エルフに歩み寄る



「女エルフ?そろそろ終わろ」


「まだ大丈夫…ふぅ」


「ほら疲れてんじゃん」


「ここに居る人で終わりにする」


「あんね…キリ無いから…向こうのオアシスからこっちに向かってる人見えてる」


「……」


「ハイ!皆さん今日はオシマイ!!彼女はもう疲れてるからちっと休ませてネっと…はい行くよ」


「んあぁぁ並んで待ってたんだよ…もうちょっと続けろよ」


「んだとコラ!!あんた何処痛いんだよ!!見せて見ろ!!」


「うるせーメスガキだな」


「こんなカスリ傷で並ぶなって~の…あんたも!!あんたもあんたも!!何回も並んでんじゃねぇ!!」



女海賊は軽傷で並んで居る者へ怒鳴り散らかす



「女海賊?良いの…もうすこし頑張る」


「ダメダメあんなのに魔力使ったらもったいない」


「でもホラ…怪我のひどい人も並んでるから」


「よし分かった…回復が必要かどうか私が判断する…女エルフは私の後ろに居て」


「ルールを説明する!!軽い怪我は私のハグ…何回も並んでる人は私のパンチ…回復必要な人はエルフ…これで行く」


「マジかよ…」


「何か文句あっか?」


「ありありだモルァ…俺はお前のハグなんて要らねぇ」


「カチン!…分かった!このピッケルでぶっ叩かれて大怪我してエルフ…良いな?」ブン グサ!



女海賊は手加減なしでその男の太ももへピッケルを振るった


ピッケルは鋭く尖っていて刺されば大怪我をする



「ぐぁぁぁぁ!!いでぇぇ!!」


「はい!!エルフ行きぃ!!こんな感じネ皆さんヨロピコ」



その様子を見て軽傷だった者は唾を飲んだ



「さっきあんた私の事メスガキって言ったよね?」ブン グサ!


「ぐぇ!!俺はちゃんと怪我してただろ…」


「何言ってんだよ!私に舐めた口利いてっからだろ!」ブン グサ!


「ぎゃぁぁぁ!!」



躊躇無く大怪我をしそうなピッケルを振り回す女海賊はそこに並んで居た者に恐怖を与えた


自分より体の大きい相手にも物怖じする事無くそれを振るうのだから…


抵抗しようとする者も居たが彼女は体重が重く意外とフィジカルに強い


あっさりとピッケルを食らい大怪我をさせられ大人しくなった



「ハイハイちゃんとルール守ってね~」



…と言いながらピッケルを振り回す姿は確かに異常だ


誰もが女海賊には近付きたくないと思った





『居室』


休息の為3人は建屋の中に入った


剣士は相変わらず生気が無いままベッドで横たわって居る


その様子を見て女エルフは剣士に寄り添い手を握り瞑想を始めた



「お姉ぇ!剣士に何か食べさせた?」


「咀嚼せんから果実の汁を少し与えただけだ」


「このまま横になったまんまだと弱って行っちゃうよね」


「うむ…最低限の栄養は与えてやらんとな?」


「おけ…私が剣士の面倒を見る」…そう言って女海賊はナイフを取り出した


「何をする気だ?」


「私の血を少し飲ませる」


「バカな事をするな…呑み込めんで吸い込んだら窒息してしまう」


「だってさぁ…女エルフはずっと手ぇ握ってんじゃん…私も何かやらないと悔しいんだけど」


「瞑想中だ…大人しくしていろ」


「先に剣士見つけたのは私なんだけど…剣士とずっと一緒に居るのは私なんだよ…夢の中でも」


「嫉妬か?見苦しいぞ」


「本当なんだよぅ…剣士を一番知ってるのは私なんだって」


「夢幻か…私も今日隊を指揮していて既視感があってな…いつもあんな事をしていた様に思う」


「夢の中でも剣士を誰かに取られちゃうんだよ…女エルフに取られちゃいそうでムカツク」


「お前は剣士の事がそんなに好きなのか?」


「お姉ぇだから言うけどさ…子供の頃からずっと剣士に背中を暖められてるんだ」


「子供の頃からだと?お前はずっとその夢を見ているのか?」


「本当なんだ…私絶対コイツと何か繋がりあんのさ」


「そうか…」


「こいつの赤ちゃん生みたいんだ…でも秘密にしておいて」


「私から言っておいてやろう…そういうのは早く伝えておいた方が良い」


「ダメダメダメ剣士の方が年下なんだから私が気まずくなる…てかまだキスもした事無い」


「まぁお前の悔しい気持ちは分かった…今日は添い寝して背中でも暖めてやれ」


「そうする…お姉ぇはあっち行ってて…見ないで欲しい」


「添い寝などどうという事でもあるまい?」


「うち等の暖め方は背中の肌と肌くっつけるの…恥ずかしいからあっち行ってて」


「……」



---背中合わせ---


---それではキスをするまで発展しないだろう---


---まぁそういう心の通わせ方も有るのか---


---背中で心を通わせるか…---


---見方によっては女エルフとやって居る事は同じだな---


---やらせておくか---





『夢』


小さな小舟で2人…漂流する夢



「商船の航路に入ってればその内商船とすれ違う筈なんだ…多分この辺りなんだよ」


「もう漂流何日目だろう…」


「数えてなかったね…でもどうでも良いじゃん?生きてるんだし」


「ごめんね頼りにならなくて」


「良いんだ…あんたが居てくれるだけで私は暖かいんだ」


「僕も暖かいよ」


「あんた無口だけど大分話してくれる様になったし…どう?昔の事思い出した?」


「…まだ思い出せないんだよ」


「導きの声ってのは?」


「それは聞こえる…今は目を覚ましてって」


「それ絶対精霊の声だよ!勇者よ…目を覚ましてってね」


「何か…違う気がする…どうやって目を覚ませば良いのかも分からない」


「あんたいっぱい魔法使えるし剣も使えるし…絶対本物の勇者だから自信持って」


「う、うん」


「あんたと一緒に旅して…もう1年以上…魔王島から逃げてやっぱりまだ生きてて…」


「もうそんなになるのか…」


「生きてて良かったなーってさ…何日も漂流してても楽しいんだ…あんたと一緒ならさ」


「ごめんよ…記憶がおかしくて…もう君といつ出会ったのかも思い出せないんだ」


「まぁ良いじゃん!今楽しいからさ!!」


「ありがとう」


「ぅぅぅさぶくなってきた…暖めてよいつもみたいに」


「僕の方が恥ずかしいんだ…そっち向けない」


「しょうがないじゃん…着る物は縦帆になっちゃってるんだからさ」


「君は恥ずかしくないの?」


「もうあんたに全部見られちゃってるんだから恥ずかしいも何も無いさ…寒いから背中くっつけて」


「うん…君の背中暖かいね」


「もっかい暖まろうか?」


「……」


「どうしたん?急に黙って…もうちょい休憩しないとムリ?」


「…この感じ…やっぱり本物だ」


「はぁ?何言ってんの?私はいっつも本物だぞ?おい!!」コチョコチョ


「ちょっとくすぐったいよ…いま感じてる所だから」


「じゃぁこっちは?」クル ムニュ


「そっちはちょっと違う…」


「あんたさぁ…もっと私の温度を感じろよ」


「感じる…君…そこに居るね?」


「あのね…目の前に要るじゃん何言ってんのさ…ヤルのヤラないの?」



漂流する船の中で2人は体を重ね続けた


何度も何度も…互いの温度が同じになるまで…





『寝覚め』


女海賊は剣士の背中を借り気持ちよく寝て居た


そこへ休息を終えた女戦士が部屋に入って来るなり大きな声で怒鳴りつける



「起きろ!!」


「ムニャー」ムニャムニャ



呆れた事に女海賊は全裸で寝ながら淫らな事になって居た


それを見た女戦士は怒りを抑えられず女海賊に蹴りを入れる


ドカッ!!



「ぐぁ!!…つうぅぅ…何すんだよ…ててて」


「お前は何故全裸なのだ!!…女エルフ!!何故この変態を放って置く…剣士を寝取られて良いのか?」


「あの…気持ちよさそうに寝ていたので」


「着替えろ!!10分でヤレ」


「お姉ぇ…私が寝取るってそんな事してない」


「その格好で言えた口か!!ドワーフ一族の恥だタワケ!!」キック ドガァ


「いだぁぁぁぁ!!」


「剣士に少し反応があったので見ていたの」


「まだ起きないか…」


「私の瞑想では剣士を探せなかった…魂を重ねる事が出来ない」


「まぁ良い…急いで魔女の所へ出立する…女エルフは剣士を気球まで運んでくれ」


「はい…」


「お姉ぇ!!弁解させてくれよぅ」


「黙れ!!この大変な時にお前の恋沙汰なぞどうでも良い!!兎に角今すぐ着替えろ」


「違うんだって…」


「うるさい!!お前は自慰行為を他人に見られて恥ずかしくないのか!?」


「え!?自慰?」


「指がベタベタになって居るだろう!それでどんな弁解が出来ると言うか」


「うっわ…やべぇ!そうだそのまま寝ちゃったんだ…」


「早く着替えろと言って居る!痛い目を見ないと言う事が効けんのか?」スラリ


「ちょちょちょ…ま…着替えるから!今やるから!!」


「10分で全部終わらせろ」ブン バチーン


「いだぁぁぁい!!やめて叩かないで!!」


「フン!!」ツカツカ



女海賊は秘密にしていた自慰を姉にバレてしまって少し腹を立てていた


ブツブツと文句を言いながら言い訳を考えたがどう考えても寝てしまった自分が悪かった


剣士には恥ずかしい所を見られなくて良かったと胸を撫でおろす



「…それからお前!!汚れた手であちこち触るな!!手を洗って来い!!当分は剣士を触らせんからな!!」


「え!?ちょ…」



ガチャリ バタン!!


勢い良く扉が閉められ女戦士は部屋を出て行った


一人部屋に残された女海賊はションボリしながら着替える



「ダメだ…やっぱお姉ぇに逆らえんわ…」


「マズったなぁ…何も言えんくなっちゃなぁ…」


「寝る前に毎日シテんのバレちゃったかな…」


「ちっと大人しくするしか無いか…」


「てか剣士がいつまでも寝てるのが悪いんだよ!アイツ…いっつもいっつも!!」



反省するどころか剣士への想いがどんどん膨らむ女海賊だった

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