第5話 暴威!激昂せる銀龍の灼光
雪原の如き純白の鱗が、陽光を浴びて白銀に輝く。
家屋ほどもある巨躯は、そこに佇んでいるだけで強い威圧を感じさせる。
巨体を覆う大きな一対の翼と鏡面の翼膜。
頭部から突き出た
これが、銀龍。
大アトラスティカ山脈一帯の生態系の頂点に君臨する龍の一族。
常であれば理性の輝きに満ちた黄金の瞳は、怒りに滾った眼差しでワシのことを睨みつけ、口からは低く獰猛な唸り声を上げている。
(…………来る!)
銀龍は体勢を低く構え、頭を下げて頭角をワシに向けて定めると、踏み込みで地面を爆砕するほどの勢いそのままに、轟然と突進してきた。
ワシは側転して体二つ分横に回避! 回避とほぼ同時、角の先端が地面を捉えた瞬間に銀龍はしゃくるように首を大きく振り上げ、地面に横倒しになった倒木を何本もまとめて空中高くへ吹き飛ばした。……まともに喰らえば、上半身と下半身は容易く分断されよう。
「グギャアアアアアアッッ!!!!」
攻撃を外し、ワシがまだ生きていることに激憤し怒声を放つ銀龍。
「ぐぅ!? つっ、待て、銀龍! 話を聞け!」
至近距離で喰らう咆哮に頭を揺らされながら、何故銀龍がこれ程の狂乱に陥っているかを考える。
(——先ほどの卵。もしや、
確かに今そこで銀龍の卵は割れておった。
だが、それを為したのはこの場に現れたばかりのワシではない。そのことは銀龍も分かっていよう。
銀龍はこの森の頂点捕食者にして「霊域の守護者」とも呼ばれる幻獣じゃ。
元来「龍」という生命体は高い知性と膨大な魔力を持つ精霊に近しい存在。中でも銀龍は、竜種の中でも特に高い知性と魔力を持ち、ヒトとの間に言語による会話が成立する程の存在。——それが、このように一方的な暴虐を行うじゃろうか?
(……どうにも様子が変じゃ。銀龍に何が起こっておる?)
思考を巡らす間にも銀龍の猛攻は続く。
中空に先端を漂わせていた竜尾を鞭のようにしならせ、空気を切り裂くように素早く振った。
「っくおおぉっ!?」
バァァアン!!という破裂音が辺りに響く。咄嗟に回避したワシの足元に、白銀に輝く鋭い龍鱗が地面を抉るように突き刺さっていた。
(——あの尾から鱗を飛ばしておるのか!?)
空気の壁を突き破るほどの速度で放たれる龍鱗は、分厚い城壁すら
「グゥガアアアアッ!!」
竜尾の閃きは続く。
二度三度四度、いや五度六度七度八度!!
振るう度に竜尾の速度は上がり、龍鱗は的確にワシを狙って時に時間差を付けて投射される。……ぐぬぅ! 迎え撃たねばジリ貧か!
「——【
ワシの周囲に亜空間の“
ワシは亜空間の“
“
ガガガガガガガガッッッッ!!!!
空中で激突する龍鱗と飛ぶ斬撃。
一先ず撃ち落とすことには成功したが、さてどう闘う……?
「オォォォオオオオオオオッッ!!」
銀龍が体内の魔力を練り上げていく。
銀龍の背後、大きく広げた翼の間を埋めるように、五つの魔法陣が空中に浮かび上がる。大量の魔力が瞬時にチャージされ、一つ一つの陣から光が溢れ出すように無数の光線がワシ目掛けて射出される!
「ギャアアアアアアッ!!」
【
(ぬぅ! ならば振り切るしかあるまい!)
高速で飛来する光線を身を捩って回避しながら、森の中を駆け抜けた歩法で倒木が並ぶ地面をジグザグに走る。ワシは歩幅とリズムを一定に保ったまま、地を蹴る力のみを変えて速度を加減する。銀龍はワシの駆ける先を予測して追尾光線を放つが、突如ワシが急減速したためにその狙いを外した。
「!?」
師から教わったこの歩法を【
稲妻を意味する古語から名が付いたこの歩法は、歩幅やリズム、動作といった「走る動き」を一定に保つことで加速、減速の予備動作を敵から完全に隠蔽する。一歩で稲妻と見まごうほど加速したかと思えば、同じ動作で亀の歩みほどの減速を行い、敵に次の動きを読ませない。
銀龍は一瞬ワシの姿を見失い、魔力で誘導された光線たちはバラバラの方向に飛んで地面に外れる。
光線が落ちた先で地面が爆ぜた。
その爆発を利用して地形の影に身を潜め、銀龍の意識から隠れたワシは、改めて銀龍の様子をよく観察する。
(——なんじゃ、あれは)
銀龍の首の付け根、左胸に近い辺りに深い傷がある。
……まだ新しい傷じゃ。血は乾かずに未だ傷口から滴っており、ごく最近何者かによって付けられた傷だと思われる。強く痛むのか、銀龍は明らかにその傷を庇った動きをしていた。
じゃが、それ以上にワシが違和感を覚えたのは傷を中心に銀龍の全身へ拡がる「魔力の澱み」であった。
ワシは、自らの体内で呼吸と共に練り上げた「気」を浅く広く周囲へ放出することによって、自分を中心とした広い範囲の様子を伺うことができる。【警戒網】と呼ぶこの
「グルルふしゅぅ、グギャギャギャギャ!!!!」
口の端から血の混じった泡を吹きながら、銀龍は気が触れたように絶叫する。
本来、銀龍は霊域たるアトラスティカ山脈の聖なる魔力を身に宿す幻獣。
聖属性の魔力は穢れや呪いを打ち祓うため、「呪縛」や「精神汚濁」といった状態異常に高い耐性を持つ。……それじゃというのに、傷口の奥に埋まった「何か」から溢れる澱んだ魔力が、銀龍本来の聖浄な魔力に混ざって全身を汚染しておった。
そして。
ワシは、その「何か」に見覚えがあった。
「覇滅、龍じゃと……!? バカなっ!!」
覇滅龍ラーヴァージャナ。
前世において、剣豪ラゴウが身命を賭して討ち果たした最悪の邪龍。——世界を、喰らうもの。
ごく微小ではあるが、その気配と同じものが銀龍の傷に埋まった「何か」から確かに感じ取ることができた。
「……ワ、セロ……」
「……!」
銀龍が何かを呟いている。
「喰ラワセロ、喰ラワセロ、喰ラワセロ」
その瞳からは完全に正気が失われていた。
「肉ヲ喰ラワセロ、血ヲ喰ラワセロ、骨ヲ喰ラワセロ、命ヲ喰ラワセロ、森ヲ! 山ヲ!! 世界ヲ!!!!」
呪言の如く言葉を繰り返すと、銀龍はドス黒いオーラを撒き散らし、周囲の自然から
地面に生える草花は瞬く間に枯れ果て、クレーターの外縁部の木々は更に枯死して次々と倒れていった。
「【
それは、覇滅龍の最凶の【
星の命そのものを喰らう邪龍は周囲の生命から強制的に魔力を強奪する。この能力によって、前世の時代では魔族の文明を瞬く間に崩壊させ、数万の民衆の命をいとも容易く奪っていった。
「ぬうぅ! やらせはせん!!」
ワシは空中に開けた亜空間に手を差し込む。そして、【
剣豪ラゴウであった頃に、ワシの蒐集した神刀魔剣の数々。——その数、一万本。
転生する際に創世神ミト様より賜った「剣豪ラゴウの遺産」を、ワシは前世と同じく自在に行使することができる。神の如きものを殺せる事は、実証済みじゃ。
そして——神刀・
九歳のワシの体躯にはまだ長大すぎる神刀を、背後に開けた亜空間から手を伸ばす巨大な
前世の仲間、勇者パーティの一人に死霊魔術に長けた者がおった。
前世でもジジイになるに従って縮んでいった背では扱いづらい長刀や大剣の類を、巨大な骨腕に持たせる事で自由自在に扱ったものじゃ。……それがまさか、この子供の体でも大活躍するとは当時は考えもせんかったわい。
周囲の自然から膨大な魔力を奪っていった銀龍は、頭を不気味にガクガク振るわせながら、翼を大きく広げると背後の中空に魔法陣を展開し始めた。……五つ……
空中を埋め尽くす程の魔法陣を同時展開するのは、いかな魔力運用に長けた銀龍であっても過負荷だと見えて、口から溢れる血泡は更に増え、眼からは血の涙が
「やめよ銀龍! 自滅するぞ!!」
「キャアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!」
空間を引き裂くような高音の絶叫。
背後の魔法陣は同時に輝きを放ち、無数の、いや無量大数の光条を空に解き放った!!
【
眼を灼く真白い光の津波が押し寄せる。
逃れる隙間など無いほど超高密度の光線が、ワシへ向かって殺到する。
何かを思考する前に、ワシの体は地面を蹴って駆け出していた。
【
「真っ平な平地でコレができても当たり前。初歩の初歩だ。実戦で使えるようにするには、もう一つのコツがいる。……それが出来て初めて半人前だ」
ワシは、その言葉を思い出し、眼を薄く見開いた。
体は全力で疾駆を維持しながら、気を鎮めて意識を広く広く拡散させる。まるで上空から、いや星の彼方から戦場を俯瞰で眺めるが如く。
これがもう一つのコツ、【
【
ワシの動きを追尾する光線の波濤を【
「……ぐっ!」
予測でき、その通りに体を操作できてはいる。が、未だ幼いこの身体の
ワシに残された時間と体力は最早少ない。
神刀・
「許せよ、銀龍!!」
低く低く、地に身を伏せた姿勢から、雷速の勢いそのままに星眼で見極めた敵の急所を斬り上げる!
「ギシャアアアアアアアアアアアアアッッ!」
心の臓まで届く深い傷を負った銀龍は、大量の鮮血を迸らせながら断末魔の絶叫をあげた。
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