第4話 回想!恋の始まりは迷宮で


 生まれ直してみたとて、ワシには分からんことがあった。



 ————恋愛って、いつ、どうやって始めればいいんじゃろうか?



 ワシが物心ついて割とすぐのタイミングで、父上に聞いてみたことがある。


「父上って、母上とどうやって恋愛したんじゃ?」


「ぶおっふぉ!!!?」


 朝食のミルクを盛大に口から吐き出しながら父上は焦った様子で聞き返す。


「な、なんだって? 恋愛だぁあ!?」


「うん。ワシ、そういうの気になるのじゃ」


 父上は面白いくらい目を白黒させておった。

 まぁ、今にして思えばワシもちょい唐突じゃったから驚くのも無理はない。ワシ、その時やっと三歳になったばかりじゃったし。


「れ、恋愛って、そういうのに興味持ち出すのってもうちょい先じゃねぇか? いやまぁいいんだけどよ……。あー、うーん。どうやって、って言われると難しいんだが、出会ったのは迷宮ダンジョンでだな」


「ほほう。迷宮ダンジョンとな」


「俺もスピカも探索者シーカーだからな。……あー、探索者シーカーっていうのは分かるか? 迷宮ダンジョンに命懸けで潜り、価値あるものを手に入れて戻ってくる夢と浪漫ロマンの……」


「その辺のことは分かってるのでいいのじゃ」


「分かってるのか……賢い子だな、お前」


 探索者シーカーの説明に脱線しそうになった父上を制して、ワシは本題を聞きたがった。はよう、続き、続き!


「それでだな、あー、まぁ俺とお前の母さんのスピカは初めは仲良しでもなんでもなかったんだ。……むしろ違うパーティにいた頃はお互いの縄張りやら持ち帰った戦果やらでなにかっつーと突っかかってきてな? まーイヤな女だと思ったもんだぜ」


「ほうほう」


「それがなぁ、ある日突然俺とスピカそれぞれのパーティが同時に魔物の大群に襲われてな? 魔物氾濫スタンピードっていうんだが、それのせいで俺とスピカは仲間たちと逸れちまった」


「父上と母上、大ピンチじゃな」


「そう。実際かなりヤバかった。……ギリギリのところで俺が死なずに済んだのは、お前の母さんのお陰だったんだよ」


 父上はワシの頭を撫でながら話してくれる。

 ゴツゴツの硬い掌じゃが、ワシはあったかくて大きなこの手が好きじゃった。


 「まー、なにがどうなって、ってのは小っ恥ずかしいからナイショだが……。それから俺はスピカの事を意識するようになった。……つまり好きになっちゃったんだな」

 

「なっちゃったのかー」


「それからなんとか頑張って、会えたら少しずつ話すようになって、メシを一緒に食いに行くようになって、だんだん仲良くなったってわけだ」


「そうそう。熊みたいな大男のパパがモジモジしながら『お、おい。メシ行くぞ』とか声掛けてきた時は可愛らしくて笑っちゃったわ」


「あっ、おま! どこから聞いてやがった!」


 ちょっと前から戸棚の陰に隠れて、ワシと父上が話しているのをニヤニヤしながら覗いておった母上が、辛抱タマランといった様子で口を出してきた。まだ口元にはニヨニヨした笑みが浮かんでおり、全然隠せておらんのじゃ。


「貴方が一番大事なところを誤魔化したなーと思ったくらいからよ。聞かせなくていいの? あの時の貴方、すっごくカッコ良かったのに」


「うっせーよ! 恥ずかしいから黙ってて下さい!」


 父上は顔を真っ赤にして照れておった。母上はそんな父上を見ながら楽しそうに、幸せそうに笑っておった。それを見て、ワシは


(恋愛って、迷宮ダンジョンに行けば始まるのかー)


 と、ザックリこの世の真理ルールを理解した。

 そして、ワシも将来は父と母のような恋愛を成就させるため、迷宮探索者ダンジョン・シーカーとなる事を心に決めたのじゃった。




 ▼



 早朝。

 日が昇るよりも少し前に目が覚めたワシは、簡単な書き置きを残して朝の散歩に出かけた。


 このところ、父上も母上も夜中まで忙しそうにしておるため、最近のワシはもっぱら朝の稽古を一人で行なっておる。

 だが、書き置きはマジ大事じゃ。……以前、黙って出かけたら父上と母上に大捜索されて大目玉を喰らった……。少し成長したとはいえ、ワシ、まだ九歳じゃからなぁ……。どうにも、ジジイだった頃の感覚であっちこっちフラフラ出かけてしまう。全く、親に要らぬ心配をかけるものではないのぅ。


 我が家のある「ラーフ村」は、森と川に囲われた長閑のどかな村じゃ。

 若き皇帝アイシス七世がおさめる「アールヴィン皇国」という国の、東の国境近くに南北に伸びる大アトラスティカ山脈のふもと、「銀龍の森」と呼ばれる広大な森林の入り口にワシらの住む村はある。

 皇都や貿易都市といった都市圏からはそれなりに離れているために、生活に不便は多い。じゃが、冬には銀雪に覆われた針葉樹の森が朝日を反射して白銀に輝き、春には山から流れ込む豊富な雪解け水が川を潤す。そんな風光明媚な土地としてそれなりに旅人が訪れたりもする、知る人ぞ知るステキ村なのじゃ。温泉もあるぞ!


 冬には厳しく冷え込む地域ではあるが、今は初夏。ワシはいつもの散歩コースとして銀龍の森に入ると、清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んでから、朝の木漏れ日差し込む木々の間を、えっほえっほと走りだした。

 比較的村に近い場所とはいえ、森の中は樹木の葉や下草に陽光が遮られて薄暗い。さらに、樹木の根っこは複雑に絡み合っていて地面に平らな場所を作らない。


(これが良い運足うんそくの修行になるんじゃよな)


 足を取られやすい地形を見るともなく見、それでいて足運びは地面スレスレの摺り足で。躓かないように速度を落とさないように、一定の歩幅とリズムを維持して走り続ける。走る速度は徐々に加速し、やがて飛び回るような速さとなって木立の中を駆け抜けていく。平坦な道では何でもないことが、障害物の多い森の中では一瞬の中での多くの状況判断が求められ、格段に難度は増す。


 これは、前世の師匠から修行始めてすぐの頃に徹底的にやらされた修行じゃった。

 迷宮探索者ダンジョン・シーカーを目指すと決めてから、ワシは毎日コツコツ修行を積んでおった。前世の幼い頃は来る日も来る日も延々走らされてイヤになったもんじゃが、自分で自由に修練の方法を考えていると、自然とこういった地味な基礎トレに戻ってくるのじゃった。


「悔しいが、あのアホ師匠、剣のことだけは世界で一番正しいからのう……やや?」


 走り始めて半刻ほどした頃、目の前に開けた地面が見えてきた。そこだけ地面がクレーター状に抉れており、周囲の木々が放射状に薙ぎ倒されている。何かが地面に落下して爆発してできた爆心地のような有り様じゃった。


「なんじゃろう、コレ。夜のうちに隕石でも落ちたんじゃろうか?」


 隕石を降らす魔術というものを前世で見たことがある。使い手はあの鼻持ちならない意地悪エルフじゃったが、その威力は凄まじいの一言じゃった。


「じゃが、なにもこんな所でブッパする理由も無いじゃろうしなぁ。……ちゅーか、そもそもこの時代に【隕石召喚アレ】が使える術者おるんじゃろうか?」


 とはいえ、最近で夜中の間に大きな爆発音を聞いた記憶もないため、爆発の中心地と見られる場所で手掛かりを探す。なんか落ちとるモノとかないかのう?

 

 その時、視界の端で朝陽をキラリと反射した光が目に入った。


「……これは」


 割れた、卵の殻だった。

 まるで磨かれた鏡のような銀色の金属光沢を持つ卵の破片が、陽光を反射してきらめいていた。

 

(不味い!)


 第六感が最大級の警鐘を鳴らす。

 その直後、「気」の運用によって常に張り巡らせている周囲への警戒網が、背後に強大な怒気を孕んだ圧力プレッシャーの出現を感知した。

 ワシは即時にその場をダッシュで離脱する。

 コンマ何秒かの差で、今までワシが立っていた地面に無数の光線が突き刺さる!


「グァガアアアアアアアアアア!!!!」


 爆散する地面。

 そして、怒りに満ち満ちた咆哮が森の空気を激震させる。



「——銀龍かっ!!」

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