第3話 その3

 黒い服の男が去るのを確認したところで、その男性は改めて先輩に話しかけてきました。

「私はノザキと言います。あの、私自身も状況をうまくわかっていないんですけど、あなたも迷い込んできた人ですよね?」

「迷い込んできた…。確かにそういう感じですね。私は、普通に登山をしていただけなのに、気がつけば目標とは違うところにきてしまったみたいで。」

 先輩は戸惑いながらも、自分の状況について、ノザキさんに話したそうです。それを聞いたノザキさんは、

「私もそうです。普通に登山をしていただけなんですがいつのまにかこの集落に迷い込んでて。私はもう丸一日ほど、この辺りにいるんです。昨日は、遅くなれば住民の誰かが帰ってくるんじゃないかとも思ったんですが、夜になっても人の気配は全くないままで。それで、行儀が悪いことは知っているんですが、空いている家につい、上がらせていただいて、その中で寝袋にくるまって一晩中過ごしたんですよ。」

 やや、恐縮したような感じで、そう話されたそうですが、先輩としては見た目とは裏腹に大胆な人だなと感じたそうです。

「私もいい加減不安になってきまして。でも、あなたの格好や雰囲気からして、きっと私と同じ境遇の方だなと思って。声をかけさせてもらったんです。驚かせてすいません。」

 ノザキさんは穏やかに、そして丁寧な感じで先輩に話してきたそうで、先輩としても信用できると感じたそうです。ノザキさんは、先輩に対して、

「お近づきの印に、これなんかいかがですか?」

 そう言って、ラップに包まれた干し柿のような果物を差し出してきたそうです。ただ、色が明らかに柿のそれとは違っており、見たことも無いものでした。

「とても甘くて、元気になりますよ。」

「これはなんですか?ノザキさんの地元の果物とかですか?」

「これは…。正直言うと何かはわからないんです。私、こんなことになるなんて思ってなくて、食べ物の備えが少なくて。それで、昨晩泊まらせていただいたお家の軒に干してあった果物を拝借してしまったんです。ああ、もちろん食べる前に匂いは嗅いでますし、最初の一口を食べてから時間は経っているので、お腹を壊すものじゃないことは保障しますよ。あくまで私はですけど。」

 ノザキさんは悪気なさそうに言うので、先輩は少し面食らってしまったそうです。

 先輩としてはある程度食料については確保しており、気分的にも何かを食べたいわけではなかったので、ノザキさんの誘いを断ったそうです。もちろん、ノザキさんを不快にさせないように、空腹でないことや、先が見えない状況で、折角のノザキさんの食料を減らすわけにはいかないと理由を説明しながらだそうですが。

 ノザキさんは、納得されたのか、それはそれはと言いながら、差し出した果物を引っ込めると、そのまま自らの口に放り込んだそうです。

「ああ、甘い。これだけ美味しい果物に出会えたのは、ここに迷い込んだ中で、唯一の救いです。もし、食べたくなったらいつでもお気軽に仰ってくださいね。」

 再度悪気なさそうにノザキさんはそう話されたそうです。


 2人は元の場所に戻るには、どうすべきなのか、話し合いを始めました。手始めに2人がここに入り込んだきっかけについて話したなのですが、2人に共通するようなエピソードは見つかりませんでした。

 そこで先輩はふと思い出したそうです。

「ノザキさん、先ほど僕が黒い服の人物に話しかけようとした瞬間、止められましたよね?ノザキさん、あの連中についてはご存知なのですか?」

「あの黒いマントの連中ですか?正直わかりません。ただ、雰囲気的には私たちとは違う雰囲気、なんと言うか今私たちがいるこの場所を拠点としている連中な気がするんでよね。あなたや私とは違うタイプだと言うことです。」

「なぜ、そう思われるんですか?」

「それは…、まあ直感による部分もありますが、私がこの集落に到着した直後のことなんですが、あの連中が3人くらいでまとまってここに到着して、何か話していたんです。私は気付かれないように建物の壁沿いに近づいて、何を話しているか聞き耳を立てたのですが何を言っているのか全くわからなかったんです。ひとりでずっと何か喋っているんじゃなく、それぞれ何か言葉を発していたから会話であることは間違いなさそうですが、明らかに日本語ではないですし、それ以外の言語でも、聞けば何語かくらいはわかりそうですが、それもピンときませんでした。なので、彼らは私の全く知り得ない言語での会話ということになりますが、こんな山奥でそんな言葉で会話しているという事実が、私たちと彼らの違いの一つといえます。」

 ノザキさんの割と冷静な分析に、先輩はとても感心したそうです。

「それだけではありません。結局私は彼らにバレないように最後まで隠れていたんですが、やがて会話を終えた彼らは、その場で解散して、1人は来たほうへ引き返し、2人は反対方向に向かったんですが、その時の足音が普通じゃありませんでした。服のせいで足元がどうなっているかは全く見えませんでしたが、なにかを引き摺るような感じというべきでしょうか、少なくとも私達のように二本足で移動するような足音ではありませんでした。」

「あの、一つ質問していいですか。ノザキさんはここに迷い込むよりも前に、あの連中を見かけてはいないんですか?」

「ええ、私は見かけていません。いつのまにか迷い込んでいましたし、あの連中を見かけたのはここに来てからです。」

「私は違うんです。決して近くではないんではないんですが、あの連中を見かけていて、そしてそこからここへ迷い込んでしまったんだと思います、もちろん絶対だとは言えないですけど。」

 その言葉を聞いたノザキさんは先輩に伝えたそうです。

「つまり、彼らであれば、私たちが今いる場所と元の場所を行き来することができると、そう言うことですか?」

「確信はないですが、そうではないかと思います。」

 結局2人は、黒衣の人々を探し、元の場所へ戻る方法を調べよう、そう決めたそうです。

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