第2話 その2

 集落にたどり着いたのであれば、普通は安心するかもしれません。しかし、先輩はそこで異常事態に陥っていることを確信したそうです。

 先輩があらかじめ計画していたルートでは集落にぶつかることはなく、そもそも登山道の付近には集落すらなかったのです。

 そんなわけですから、先輩は相当困惑したそうです。

 集落も雰囲気としては、古めかしい感じというか、端的にいうと1970年代くらいの街並みだったそうです。

 もちろん先輩はその時代には生まれてすらいないわけですから、あくまでテレビとかネットで見たようなイメージ、雰囲気がそんな感じだったということです。

 古びた建物の外側には一軒につき、一枚とか二枚とか、企業の看板が貼ってあって、それも四隅が錆びてボロボロになりかけているようでした。ある意味で生活感を感じるものですが、人の気配はなかったそうです。

 また、看板を見てもその文字は全く読めなかったそうです。錆びついていて文字が上手に読めないとかそういう意味ではなく、いや、そういう部分もあったのかもしれませんが、文字そのものが何を書いているのか判別できないものだったそうです。

 ひらがな風の丸みを帯びた文字、カタカナ風の角張った文字、線の多い漢字のような文字、何れもが混ざり合っていましたが、そのどれもが日本で使われている文字に合致しなかったそうです。

 ここまで、話すとピンと来た方もいるかもしれませんが、先輩はいわゆる「異界」に迷い込んだのだと思います。夜遅い電車にのっていたらたどり着いてしまった謎の無人駅の話とかが有名でしょうか。空の色や植物の色が変わっていると感じたのもそのせいではないでしょうか。

 先輩は異界については何も知らなかったそうですし、ピンともこなかったようですが、異常な状況に追い込まれていることだけは理解したそうです。

 とはいえ、家があるのだから誰か住人がいるのかもしれない、そう考えた先輩はとりあえず集落の中を歩いてみたそうです。

 それぞれの家からは生活感を感じられるものの、見渡しても、声をかけてみても住民がいる様子はなく、結局不安を増すだけの結果になってしまったそうです。

 先輩はどうしようかと途方に暮れかけていたものの、道を引き返すよりはまだ進んだほうがいいのではないかと思ったようで、入ってきたのとは反対側の集落の入り口に向かい、その付近にあった大きな木の下でとりあえず休んでいたそうです。

 相変わらず、空はオレンジがかっており、異常な状況は続いていましたが、それでも腰を据えると少しは落ち着けたそうです。

 先輩が、そこで持ち込んでいたおやつなどを少し頬張っていたところ、集落の入口付近で何かの気配を感じたそうです。

 何がくるのかわからなかったものですから、とりあえず先輩は姿がみられないようにしたほうが良いと考え、木の幹に体をピッタリとつけて、目だけでその入り口付近をみていたそうです。

 すると、先輩が道中で見かけた黒い服の連中とそっくりな服装の人物がやってきたのが見えました。その人物は1人きりでしたが、やや余裕がなさそうに、慎重に周りを伺いながら進んでいるように見えました。

 先輩は迷ったそうです。感覚的なものではありましたが、先輩がこの異常な世界にいることと、この黒い服の連中にはなんらかの関わりがあるはずであり、そうだとすれば話しかけに行くべきではないかと思ったそうです。しかし、そもそも言葉が通じるかさえわかりませんし、下手すれば暴力を振るわれるかもしれない、そんな逡巡があったそうです。

 でも何かしなくては現状は打開できない、そう思った先輩は思い切って接触しようと思ったそうです。

 その矢先でした。

 がっと急に後ろから肩を掴まれたそうです。思わぬことに体勢が崩れそうになり、なんとか立て直して後ろを振り向くと、見知らぬ男性が、立っていました。男性は、人差し指を立てて口に当てながら、

「しー。気づかれてしまいます。」

 そう小声で話しました。先輩は、驚きながらも、男性の言葉を理解できていることに気づき、なんとなく信用していいのかと思いました。

 「しゃがんで、しゃがんで。とりあえずやり過ごしましょう。」

男性は小声で続けました。先輩は言葉を発さず、男性の言うこと従ったそうです。どうやら男性は黒い服の男を警戒しているようでした。

 結局、2人は黒い服の男が遠くへ行くことを確認するまで、黙ってその場で待っていたそうです。

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